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禍根の芽は早めに摘み取らせていただきます

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「申し訳ございません!!私すっかり気が動転してしまって…」
「マリー様は悪くないわ。悪いのは貴女にその話を聞かせた人間よ」
「ですが」
「あと、何故か私を野蛮な猿扱いしたいそこの騎士様と、それを咎めないどころか認めてさえいる殿下ね」
「すみませんでした!!」
「…すまん」
マリー様が落ち着いた頃を見計らってマイラが淹れ直してくれた紅茶を一口啜る。
胸が空くような紅茶の華やかで芳しい香りが鼻腔いっぱいに広がり、少しだけ機嫌が良くなった。
殿下とジスという名前の騎士は是非ともマイラに感謝してほしい。
彼女の紅茶のお陰で私からの叱責が僅かながらにでも減るのだから。
「マリー様のお話しはもう少し落ち着きになってから伺いますわ」
私は彼女にも紅茶を飲むようにと目で促す。
温かいものを口にすればそれだけで少しは心が安らぐだろう。
正確な話を聞くためにも、まず彼女には冷静になってもらわねばならない。
「なので先に殿下方へのお話から始めましょうか?殿下もお忙しいでしょうし」
ねぇ?とにっこり微笑めば、ソファに座る殿下とその後ろに立っている騎士の背筋が伸びた。
騎士に至ってはつま先立ちでもしていそうな勢いである。
つまり、それほど疚しい思いがあるということでしょうねぇ。
少し上向いていた機嫌をまた徐々に下げながら、私は2人を睥睨した。
「さて、まず殿下から参りましょう」
「……っ」
私が視線を殿下だけに固定すれば、彼はぐっと唇を引き結ぶ。
まるで母親に怒られることを覚悟した子供のような表情だ。
「貴方は部屋に入るなり『待て、ジスを殴るな』と仰いましたが、何故私がそこの騎士様に暴力を振るうなどとお考えになったのでしょう?殿下がご覧になった私はそんなにも暴力的な人間でしたか?」
「いや、決してそんなことは」
「では何故?」
殿下の反論の声に畳みかけるように問えば、殿下はちらりと背後に目を遣り、
「その、私に報告に来た彼の部下が『ザージス様がアンネローゼ様からマルグリット様を守っている間に早く来てください』と血相を変えてやって来たものだから」
彼の部下の言動が原因だと暗に示した。
「殿下!?」
騎士は「裏切りましたね!?」と、とても自国の王太子に向かって言ったとは思えない言葉を口にする。
「君がマルグリットを害さないことはわかっていたが、ジスに関しては確証が持てず、もしかしたらと…」
「なるほど」
殿下は騎士(面倒なので今後はもうジスと呼ぼう)の言葉を黙殺して私にそう言って「本当にすまなかった」と頭を下げた。
はっきり言って半分以上をジスとその部下のせいにしているが、まあ謝ったから『今回』は許しましょう。
もちろん『この次』を許す気はないけれど。
「ではそちらの騎士様。今度は貴方にお伺いいたします」
「はっ!!」
「何故貴方は私がマリー様を害すと、ましてや手に掛けるなどと仰ったのでしょう?」
視線を転じた私の呼び掛けに、ジスは目に見えて顔色を悪くしている。
彼の白い頬を伝っているのは冷や汗だろうか。
「理由を、お聞かせいただけるかしら?」
だがそんなことで私の溜飲は下がらない。
彼とはここで決着をつけようと、私は貼り付けた笑みが剥がれないよう目に力を入れた。
「あの、その、ええっと…」
そんな私を前に彼は目を泳がせながらしどろもどろと意味のない言葉を漏らす。
時折助けを求めるように殿下の方を見ているが、殿下は素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた。
なんとも薄情な主従関係だ。
「…そういえば私、まだ貴方の名前も伺っていなかったわね」
彼の狼狽える姿もそろそろ見飽きてきた私は彼が答えられる話題を提供してみる。
当然そこに親切心などない。
単に彼をさらに追い詰めようというだけの言葉だ。
「は、し、失礼いたしました!自分はザージス・クルストと申します!」
難なく答えられる質問に少しだけ肩の力を抜いて名乗った彼は思った通りの家名持ち、つまり貴族だった。
「そうですか。私はまだこちらの事情に明るくなくて申し訳ないのですが、クルスト家というと?」
続けて私が軽く首を傾げつつ問えば、
「はっ、当家は王家より伯爵位をいただいておりまして、自分は三男になります!」
ジスは誇らしげに自分の身分を明かした。
見た目的には殿下と同年代の20歳前後に見える彼に部下がいることからある程度の身分であろうとは思っていたが、そうか、伯爵家か。
公爵家と侯爵家についてはすでに覚えていたので念のためだったが、やはりそうだった。
我が家よりも、『下』か。
にやりと上がりそうになる口角を抑え、私はまた一口紅茶を啜る。
温くなってしまったそれは淹れたてと比べると若干の渋みを感じるが、それでもまだ十分に美味しかった。
「そうでしたの。由緒正しいお生まれなのね」
「いえ」
クルスト家が伯爵位だったことすら知らない私に『由緒』があるかどうかなどわかるはずもないが、彼はそのことに気がつかなかった。
きっと本当に由緒ある家なのだろう。
紅茶を置いた私が微笑みながら彼の家を讃えれば、照れくさそうにしつつも喜びで顔を綻ばせた。
「そうよね、オークリッドほどの大国の由緒ある伯爵家の方にしてみれば、小国であるマリシティの侯爵家など山猿の集まりに等しいわよね。当然その家の娘など、野山を駆けまわる猿と大差ないですわよねぇ?」
私がそう言うまでは。
「は…」
一拍置いて彼の顔から照れが消え、喜びが消える。
そしてはにかんだような笑いが、引き攣った笑みへと変わっていった。
赤味が戻っていた頬も再び白くなり、気のせいでなければ先ほどよりも大量の冷や汗が流れている。
「あの、決してそのような…」
「あら、私がここに来たばかりの頃に貴方が私を『猿』と評したこと、忘れていなくてよ?」
言い訳をしようと口を開いた彼に向かってダメ押しでにっこりと笑って見せれば、ジスはその場で膝から崩れ落ちた。
その瞬間『勝った』と思った私は心の中で拳を握り、誰にともなく高々と掲げて見せる。
カンカンカーンという鐘の音まで聞こえてきそうなほど清々しい気分だった
私が今したことは何のことはない、ただ単に彼が明らかに私を侮っていたから私の方が優位の存在なのだと思い出させただけである。
小国とはいえ侯爵家の令嬢に、大国とはいえ伯爵家の三男でしかない彼が言った言葉は、公の場であれば本来許されるものではない。
彼の行為は他国の侯爵家を貶めたばかりか、クルスト伯爵家の品格を下げる行いだ。
同時にそんな人間が在籍し、ある程度の地位にいたとなれば彼の所属する騎士団の顔にも泥を塗ることになる。
まだ王太子妃ではないと侮った結果か知らないが、彼は私を『猿』と評したがために方々に恥をかかせ、マリシティに喧嘩を売っていたに等しかったのだとようやく自覚しただろう。
私の怒りが私怨だけではなかったのだとも遅ればせながらに気づいただろう。
本来こういったことは騎士団でも厳しく教育されているはずだが、何故彼はここに至るまで矯正されなかったのか。
その答えを求めて私は殿下に視線を転じた。
「すまん…」
目が合ったと同時にそれは気まずげに逸らされたが口からは謝罪が出てくるあたり、殿下も彼の迂闊さには気がついていたはずだ。
ならばなおさら何故放っておいたのか。
「……こいつの母親が私の乳母で、こいつは私の乳兄弟なのだ」
「ああ、なるほど」
殿下のその一言で私は理解した。
「つまり彼は殿下の威を借る狐だったと、そういうわけですか」
乳兄弟ということは恐らく彼は物心ついた頃から殿下と交流があったはずだ。
だからこそ彼は先ほど殿下に向かって裏切り者などと言えたのか。
普通の騎士ならばそんなことを言えば首が飛ぶ。
なのに首が飛ぶこともなく許される自分は殿下にとって特別な臣下なのだと、彼は天狗になっていた。
そのせいで判断を誤ったとも言える。
まあ、だからと言って許しはしないが。
「その言い方は…」
「何か間違っていまして?」
殿下がフォローしようと上げた声にこれ見よがしに首を傾げて見せる。
私は殿下やこの国の人間が彼を甘やかしていたことに怒っていて、殿下もそれを理解している。
これは言ってしまえば茶番のようなものだが、さりとて私に引く気はない。
一度ならず二度までも私を虚仮にしてくれた彼を、今この場でぐうの音も出ないほどの正論を以って正す。
マリー様と同じように、彼が今後とんでもない間違いを犯さないように。
延いては殿下の傍近くに控えることが多いこの騎士によって引き起こされるかもしれないこの国の外交問題の不安を取り除くために。
王太子妃になる者として、こんな大きな禍根の芽を見過ごせるはずがなかった。
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