上 下
11 / 79

殿下に疑問をぶつけました

しおりを挟む
こんな都合のいいことってあるんだろうか?
望まぬ相手とはいえ6年も別の男性の婚約者だったというのに、出会ってひと月程度しか経っていない相手を愛したばかりか、その相手から愛を返してもらえるなど。
「嘘よ…」
それを簡単に信じられないのは記憶にある3回の人生のせいだろうか、それともいまだ思い出せぬ5回の人生のせいだろうか。
いずれにしろ不運続きの私にこんな幸運が訪れるだなんて思えなかった。
「嘘ではない。いきなり言われても信じられないとは思うが、誓って真実だ」
首を振る私にそう訴える殿下の目には確かに嘘の色もなければ誤魔化しの色も浮かんではいない。
だからと言ってならばそれを素直に信じられるかと言われれば別問題だと思う。
だって愛される理由がないし、何より私にはまだ疑問があるのだから。
「…殿下、私は先日殿下よりお話を聞き、疑問に思っていることがあるのです」
その疑問が解けなければ、私は殿下への愛を口にすることもできなければ彼の愛を信じることもできない。
殿下の胸からそっと体を離し、私は彼の顔を真っ直ぐに見た。
「……なんだ」
胸から離れることを許しはしても完全に離れることは許さないと言うように私の背に腕を回した殿下は眉間に皺を寄せた顔で応えを返す。
面白くない、渋々だ、という気持ちが滲み出ているようだ。
「そんな怖いお顔をされると言い難くなってしまいますね」
その顔があまりにも険しかったものだから、私はついそう言ってしまった。
そして言ったことを後悔した。
「仕方ないだろう。早く口説き落とさないと君はまたどこかへ行ってしまうかもしれないのだから」
殿下は眉間の皺をさらに深くしながらそう返したのだ。
こんな一面があると知らなかったとはいえ、そんなことを言われてはこれからしようとしている話がさらに切り出し難くなってしまう。
「あの、逃げませんから…」
だからせめてお互い椅子に座り直しましょう。
私は場の空気を変えようと言外にそう言ったつもりだった。
「…わかった」
そして殿下も今回はそれを読み取ってくれた。
ぽすん。
「……へ?」
だが何故私は殿下の膝の上に座らされたのか。
当然ながら私はそう座ろうと言ったわけではない。
「で、でで、殿下、あの、下ろして」
「下ろすわけがないだろう、せっかく乗せたのに」
「あ、あわわわ…」
誰かこの状況を説明してほしい。
できれば100文字以内程度で簡潔に。
そんな私の混乱など空気を読んでくれない殿下には通じないのか、殿下は再び私の手を取り、持ち上げたその甲に口づけを落とす。
「君の話はちゃんと聞くし疑問にも答える。けれど俺は俺で君を口説くぞ」
ちらりと振り返れば、殿下は獰猛とすら思えるような顔で笑っていた。
本当に人が変わってしまったのかと思うほどの変貌だ。
一体何が殿下をこんな風にしたのか。
「実はここに来る前にマイラたちに会ってきた。そこで君が俺との結婚を嫌がっていないと聞いて舞い上がる気持ちを必死に抑えていたんだ。なのに君はとんでもない誤解をしていて、おまけに俺の気持ちを信じてもくれない。なら誤解を解いて信じてもらうしかないだろう」
私の心の声が聞こえたわけでもあるまいに、殿下はこの行動の理由を教えてくれる。
けれどそれを聞いて「それでしたら存分に口説いてください」とはならない。
むしろ今は先にしたい話があるのだから非常に困る。
「誤解はもう解けましたから!!」
だからこの状況を何とかしたいのだが、殿下は聞いてくれない。
「どうだろうな。ならば何故俺の気持ちを信じてくれない?」
持ち上げたままの私の右手を握り込み、髪や項にも唇を寄せる。
柔らかで温かな感触が微かに何度も触れるのが二重の意味で擽ったい。
当然今までそんなことを誰にもされたことがないから、恥ずかしさがどんどん募っていく。
初めての結婚式であんなことになったせいか、私は今までの人生で男女の接触をしたことがなかったのだ。
「それは…」
熱に浮かされたような頭でそう思った時、ある事実に気がついてその熱を全て消し去るような冷や水を浴びせられた気分になった。
私はこんな風に甘やかされるように男性に触れられるのは初めてだった。
けれど何度か結婚をしていた、立場上絶対に世継ぎを残さなければならなかった殿下は、絶対に初めてではない。
妙に手慣れているのも、恥ずかしそうな様子がないのも、全部私以外の誰かと『経験済み』だからなのだ。
私は殿下しか知らないのに。
何故だろう、そう思ったら急に冷静になれた。
嫉妬という感情を知らなかった私は胸に不快感を抱えたまま、殿下から手を奪い返し、急いで立ち上がって体の自由も奪い返し、さっさと彼から離れて不満げな色を浮かべている緑の瞳を睨んだ。
「殿下、一時休戦です」
「俺は戦っていた覚えはないが」
「今大事なのはそこではありません」
「俺にとっては大事な」
「殿下?」
「……わかったよ」
私が食い気味に呼ぶと、殿下は両手をあげてため息を吐いた。
降参、ということだろう。
「口説くのは君の話を聞いて答えてからにする。それでいいんだろう?」
「………はい」
本当はよくないが、とりあえず今はそういうことにしておく。
ともあれ了承は得たと、私は居ずまいを正して殿下に問うた。
「以前のお話しで、私はこの国の牢に捕らえられていたと仰っていましたね?」
「……ああ」
殿下はその言葉を聞くなり「その件か」と言いたげな様子で顔を顰める。
あの時の話しぶりからも察していたが、余程言い難い内容なのだろう。
それでも私は私のために聞かなければならない。
「何故私はこの国の牢に捕らえられていたのでしょう?何故私は心に傷を負ったのでしょう?」
そこで一度言葉を切り、気持ちを整えようと私は息を吸う。
「…何故私は、貴方に殺されたのでしょう?」
そして真っ直ぐに殿下の目を見つめながら一番聞きたいことを訊ねた。
それがどんな理由でもいい。
今の人生に、そしてこれからの生に関係ないのならば。
以前感じた通り、本当に私を助けてくれるためだけなのだとしたら問題はないのだ。
でももし何か、もっと根本的な理由からだとするならば、私はそれを知らなければならない。
「答えてくださいますか?」
私は黙ってきつく結ばれた殿下の口がゆっくりと開いていくのを見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極上の彼女と最愛の彼 Vol.2~Special episode~

葉月 まい
恋愛
『極上の彼女と最愛の彼』 ハッピーエンドのちょっと先😊 結ばれた瞳子と大河 そしてアートプラネッツのメンバーのその後… •• ⊰❉⊱……登場人物……⊰❉⊱•• 冴島(間宮) 瞳子(26歳)… 「オフィス フォーシーズンズ」イベントMC 冴島 大河(30歳)… デジタルコンテンツ制作会社 「アートプラネッツ」代表取締役

【完結】メンヘラ悪役令嬢ルートを回避しようとしたら、なぜか王子が溺愛してくるんですけど ~ちょっ、王子は聖女と仲良くやってな!~

夏目みや
恋愛
「レイテシア・ローレンス!! この婚約を破棄させてもらう!」 王子レインハルトから、突然婚約破棄を言い渡された私。 「精神的苦痛を与え、俺のことを呪う気なのか!?」 そう、私は彼を病的なほど愛していた。数々のメンヘラ行動だって愛の証!! 泣いてレインハルトにすがるけれど、彼の隣には腹黒聖女・エミーリアが微笑んでいた。 その後は身に覚えのない罪をなすりつけられ、見事断罪コース。塔に幽閉され、むなしくこの世を去った。 そして目が覚めると断罪前に戻っていた。そこで私は決意する。 「今度の人生は王子と聖女に関わらない!!」 まずは生き方と環境を変えるの、メンヘラは封印よ!! 王子と出会うはずの帝国アカデミーは避け、ひっそり魔法学園に通うことにする。 そこで新たな運命を切り開くの!! しかし、入学した先で待ち受けていたのは――。 「俺たち、こんなところで会うなんて、運命感じないか?」 ――な ん で い る ん だ。 運命を変えようともがく私の前に、なぜか今世は王子の方からグイグイくるんですけど!!   ちょっ、来るなって。王子は聖女と仲良くやってな!!

元勇者と元魔王の夫婦が異世界召喚されました。

水色の山葵
恋愛
異世界召喚を行って現れたのは元勇者と元魔王という規格外の存在だった。2人はお互いを愛していて、仲睦まじく暮らしていたのだが、異世界に召喚された事で平穏とは遠い生活を送らされる羽目になってしまった。無限の命を持つ元勇者は無限の魔力を持つ元魔王と共に異世界で暴れ回る。2人はお互いを何よりも優先するくらいのバカップルです。嫉妬で荒れ狂うと止められる相手はお互いしかいません。正直、異世界を脅かしている魔王や魔族より余程危険です。

私はあなたの母ではありませんよ

れもんぴーる
恋愛
クラリスの夫アルマンには結婚する前からの愛人がいた。アルマンは、その愛人は恩人の娘であり切り捨てることはできないが、今後は決して関係を持つことなく支援のみすると約束した。クラリスに娘が生まれて幸せに暮らしていたが、アルマンには約束を違えたどころか隠し子がいた。おまけに娘のユマまでが愛人に懐いていることが判明し絶望する。そんなある日、クラリスは殺される。 クラリスがいなくなった屋敷には愛人と隠し子がやってくる。母を失い悲しみに打ちのめされていたユマは、使用人たちの冷ややかな視線に気づきもせず父の愛人をお母さまと縋り、アルマンは子供を任せられると愛人を屋敷に滞在させた。 アルマンと愛人はクラリス殺しを疑われ、人がどんどん離れて行っていた。そんな時、クラリスそっくりの夫人が社交界に現れた。 ユマもアルマンもクラリスの両親も彼女にクラリスを重ねるが、彼女は辺境の地にある次期ルロワ侯爵夫人オフェリーであった。アルマンやクラリスの両親は他人だとあきらめたがユマはあきらめがつかず、オフェリーに執着し続ける。 クラリスの関係者はこの先どのような未来を歩むのか。 *恋愛ジャンルですが親子関係もキーワード……というかそちらの要素が強いかも。 *めずらしく全編通してシリアスです。 *今後ほかのサイトにも投稿する予定です。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

魔王と魔女と魔竜は悪役令嬢になりたい

福留しゅん
恋愛
「悪役令嬢に余はなるぞ! 未来が書かれた恋愛小説で余は『らすぼす系悪役令嬢』として断罪されているのだ。だから初っ端からヒロインめを邪魔しようというわけだな! 何? 魔女? 魔竜? そなたらは『別るーと』の悪役令嬢だと? 構わぬ、共に『転生ちーとヒロイン』とやらにざまぁしようではないか!」 ※小説家になろう様にも投稿しています。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア
ファンタジー
突如異世界『ルーファス』に召喚された一ノ瀬凍夜ーは、5年と言う年月を経て異世界を救った。そして、平和まで後一歩かと思ったその時、信頼していた仲間たちに裏切られ、深手を負いながらも異世界から強制的に送還された。 それから3年後、凍夜はクラスメイトから虐めを受けていた。しかし、そんな時、再度異世界に召喚された世界は、凍夜が送還されてから10年が経過した異世界『ルーファス』だった。自分を裏切った世界、裏切った仲間たちがいる世界で凍夜はどのように生きて行くのか、それは誰にも分からない。

処理中です...