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番外編
シャーリーへのお祝い
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ある日、ルリアーナの下に2通の手紙が届いた。
差出人はシャーリーとアデル。
彼女の大切な友人たちだ。
「まずはシャーリーちゃんのお手紙から読もうかしら」
アデルからの手紙は長文であることが多いので、先にシャーリーからの手紙の封を切る。
封筒の時点で厚さが倍近く違うので、恐らく今回もアデルの手紙は長いのだろう。
それにシャーリーは前回の手紙に「プロポーズされた」と書いていたから、その後が気になっていたのだ。
「………まあ!!」
にこにこしながら手紙を読み始めたルリアーナは、しかしすぐに口元に手を当てて目を大きく見開いている。
「そう、そうなのね」
ルリアーナは笑みを深くして手紙を読み終えると、すぐに立ち上がって逸る気持ちを表したような小走りで王宮内を移動した。
そして目的の場所、旦那様であるヴァルトの執務室に着く。
ノックの前に乱れた息を深呼吸で整えて、いざと思って手を胸の前に上げた時、
「何してんだよ、さっさと入れば?」
ガチャリと内側からドアを開けたルカリオが不審気な顔でルリアーナを見た。
「へぇ、シャーリー嬢が結婚。めでたいね」
ルカリオに促されて入った執務室にはベリアルと魔王ことシエルも揃っていた。
最近この4人は妙に仲が良く、ルリアーナはほんの少しだが淋しいような気もしている。
だが4人が一緒にいる理由がまさか自分にあるとは思っていない。
「そうなのです!お相手はシャーリーちゃんが働いているパン屋さんの息子さんだそうで、これからは2人で後を継ぐために息子さんはご主人に、シャーリーちゃんは女将さんに師事するそうですよ」
ルリアーナはにこにこと上機嫌な笑みで、シャーリーからの手紙を見ているヴァルト以外にも伝わるようにと声に出す。
ベリアルとシエルは関わりは薄いが見知らぬ仲ではないし、ルカリオはそれなりに共に過ごした時間があるから皆にもこのめでたい出来事の詳細を知ってほしいと思ったのだ。
「まあ、あいつ意外とまともだったしな。いい相手が見つかってよかったんじゃね?」
むしろ一時期は想い人として追われていたことさえあるルカリオは、しかし実害がほとんどなかったため彼女になんら隔意を抱いておらず、素直にシャーリーの結婚を祝福する。
シエルも「お祝いしなきゃね」と無邪気に笑い、ベリアルは『くふふ、さて、私はどうしましょうかねぇ』などと言って意味ありげに嗤っているが、心酔しているルリアーナの大切な友人には下手なことはしないだろうと思われる。
ヴァルトやルカリオは最近、ベリアルがルリアーナに嫌われることを恐れているせいか言動の割にはヘタレであることに気がついていた。
「それで、お祝いに行きたいのですけれど、5日ほど城を空けてもよろしいでしょうか?」
ルリアーナはそれに気づいているわけではないだろうが、本能的にベリアルがルリアーナの嫌がるようなことをするはずがないと理解しているので、彼がどれだけ不穏なことを言ったとしても気にすることはない。
その絶対の信頼にも似たものを自然と悪魔である自分に向けてくることがベリアルには新鮮で、信じられなくて、くすぐったい思いを抱かせる。
だからといって『ああ、乙女よ…』と呟きながら恍惚とした表情で身を捩らせるのはやめてほしいとはルカリオとヴァルトの言だ。
「構わないけど、その間カナンはどうするんだい?」
ヴァルトは極力ベリアルの方を見ないように視線をルリアーナに固定しながら問う。
最近3歳になったばかりの、家庭教師がついている時間以外は母親にべったりくっついて離れない息子をどうするのかと。
「もちろん」
ルリアーナはにっこりと笑みを深める。
誰もがその「もちろん」の続きは「一緒に連れて行く」だろうと思っていた。
「置いていきますわ!」
だがそこはルリアーナ、全員の期待という名の希望をたった一言で容易く打ち砕いた。
結果。
「いーやーだー!!僕もお母様と一緒に行くのー!!」
「ダメよ。貴方にはお勉強があるでしょう?」
「やー!!!」
「わがまま言わないの」
「んにゃあああー!!!!」
「あら、泣いたってダメよ?」
翌日の別れ際にカナンはそれはもう大泣きをした。
だがそんなやり取りをしながらもルリアーナは無情にも笑顔で旅立って行ってしまった。
ディア王宮に大号泣した3歳児という爆弾を残して。
その日の夕方にハーティアの王都ルハートに着いたルリアーナは、翌朝早速シャーリーが勤めるパン屋『トリフォリウム』へと赴いた。
「「いらっしゃいませー!」」
扉を開けると同時にカランとドアベルが鳴り、それを合図に店の奥から元気のいい2人分の女性の声が来店を歓迎する言葉を届ける。
「ただ今伺いますので、ご覧になってお待ちくださーい!!」
その内の若い方の声がさらに元気な声を張り上げてそう続けた。
開店直後の店内にはまだ客がおらず、店員も商品を揃えるのに忙しいようで姿は見えない。
誰もいない店内でルリアーナと護衛のために同行したルカリオはどうしたものかと顔を見合わせた。
「…商品でも見てましょうか」
「だな」
しかし今はその言葉に従う以外には黙って突っ立っているという選択肢しかないため、2人はそれぞれに近くの棚の前に移動する。
元々シャーリーの予定を聞かずに勢いでディアを飛び出してきてしまったため、今日はアポ取りのつもりだった。
そのため急ぐ用事もないと、ルリアーナとルカリオは昼食にするパンを物色し始めた。
「すみませんねぇ、バタバタしちまって」
すると1分もしないうちに40代と思しき女性が店の奥から顔を覗かせる。
恐らく彼女がシャーリーからの手紙にあった『女将さん』だろう。
「いえ、どうぞお気になさらず」
ルリアーナは朗らかで陽気そうな彼女に微笑みながら軽く会釈をするとパン選びを再開する。
しかし彼女の顔を見た女将は驚きに目を丸くして固まってしまった。
そりゃあ、明らかに高位貴族って感じの女が平民の自分に頭を下げたらビビるわなぁ。
微動だにしない女将を見て、ルカリオは心情を察して余りあるといった顔でそっと胸の内で手を合わせた。
こんな主でごめんな、と。
でも絶対に悪いようにはしないから心配すんな、とも。
だが哀しいかな、女将にはその言葉の一つとして届いていないため、彼女はシャーリーが焼きたてのクロワッサンを運んでくるまでその場で固まり続けていた。
「朝はびっくりしました。お店にルリアーナ様がいらっしゃるなんて思っていなかったので」
「ごめんねぇ。早くお祝いしたくて気が急いちゃって」
「いえ、とっても嬉しいです!!ルカリオもありがとね」
「まあ、俺は護衛のついでだから気にすんな?」
「うん、でもありがとう」
あの後、石化した女将の他に石化した店主と石化した見習いを生み出したルリアーナは閉店後にシャーリーと会う約束をし、シャーリーが持ってきたクロワッサンと、前世の知識を活かして彼女が提案したジャムパンと、店の一押しだというサンドイッチを3種類買って店を出た。
そしてルカリオと昼食として食べ、先ほどまでイザベルに「あと3日ほどハーティアにいる」という手紙を書いたり、アデルからの手紙を読んで過ごしていた。
そうしていると意外にも時間は早く過ぎ、滞在しているディア王家所有の屋敷(ルリアーナに頻繁に訪れてほしいというイザベルたっての希望でハーティア王家が威信を懸けて建てた豪奢な屋敷である)にシャーリーがやって来た。
普通ならば気が引けてとてもではないが平民には潜ることなどできない門を何の気負いもなく潜り抜け、彼女は今、他国の王族の前で無邪気に笑顔を見せている。
事情を知らない人間が見たら「この平民の心臓は鋼鉄でできているに違いない」と思われたことだろう。
「ふふ、では改めて、シャーリーちゃん、結婚おめでとう」
「おめでとさん」
そしてその他国の王族であるルリアーナに言祝がれ、幸せな笑みが彼女の可憐で愛らしい顔全体を彩る。
間違いなくこの瞬間においては、彼女は世界で一番幸せな人間だった。
ちなみに同時刻、彼女が嫁ぐ予定のレーペンス家の3人は「とんでもない人間を嫁に貰おうとしているのでは…?」と戦々恐々としながらも彼女の無事の帰りを願っていた。
だがそんな彼らの心配など全く必要ない3人は和やかな空気で晩餐を共にし、その席で結婚祝いには何がいいかなどの相談をした結果、「そういえば最近パン焼き窯の調子が悪いと言ってました」とシャーリーが言ったので、それをレーペンス家への祝いとした。
そしてシャーリーには可愛い店員さんセット(シンプルながらも可愛い制服、フリルのついたエプロン、制服と揃いの三角巾、動きやすい編み上げブーツなど)を贈ることに決めた。
「ありがとうございます。私、絶対にトリフォリウムを大きくして、いつかディアにも支店を出しますね!!」
これまたお祝いとして開けたワインでほろ酔いになったシャーリーは力強く宣誓すると、明日も仕事だからと笑顔で帰宅していった。
女将は休んでもいいと言ったようだが「私が働きたいんです」と言った彼女は本当に幸せそうで、ルリアーナは「ディアへ帰る前にまた寄るわ。ヴァルト様へのお土産にしたいから」と同じく笑顔で見送った。
その夜イザベルから『時間がある時で構わないので是非王宮に来てほしい』と手紙をもらったルリアーナは、翌日フットワークも軽くイザベルの元へ赴いた。
「お忙しいところお呼び立てしてしまって申し訳ありません」
侍女に案内された中庭にあるガゼボで先に待っていたイザベルは開口一番謝罪を口にすると土下座しかねない勢いで頭を下げる。
ルリアーナは慌てて「いいのよ、シャーリーちゃんへのお祝いは昨日のうちに終わってしまったし、時間が余っていたから気にしないで」と笑うが、頭を上げた後もイザベルの顔は晴れない。
らしくない彼女の様子に首を傾げるが、急かすこともないだろうとそのまま続きを待った。
「あの、実は折り入って相談があるのです…」
ややしてイザベルは遠慮がちに口を開く。
なるほど、そう言われれば確かに彼女の顔を曇らせているのは不安によるもののように見える。
果たしてそれはどのような悩みなのだろうか。
ルリアーナは心持ち居ずまいを正して再びイザベルの言葉を待った。
「昨日アデル様からお手紙をいただきまして、その、ルナさんを専属侍女にされた、と」
そうして躊躇いがちに紡がれた言葉は先日アデルから届いた手紙にも記されていたことであった。
そのためルリアーナは「ええ、私も聞いたわ」と笑顔で相槌を返す。
そのこととイザベルの悩みが繋がるのはまだ先だと思って。
けれどイザベルの悩みは正にそれであった。
「私、お手紙からアデル様の嬉しそうなお気持ちが見える気がして、是非ともお祝いを、と、思ったのですが…」
イザベルはそう言うと不意に眉間に皺を寄せ、
「そのお祝いに何を送ればいいのか、そもそも送ってもいいのか、ずっと悩んでいるのです…」
今にも涙を零しそうな様子で、絞り出すようにそう言った。
差出人はシャーリーとアデル。
彼女の大切な友人たちだ。
「まずはシャーリーちゃんのお手紙から読もうかしら」
アデルからの手紙は長文であることが多いので、先にシャーリーからの手紙の封を切る。
封筒の時点で厚さが倍近く違うので、恐らく今回もアデルの手紙は長いのだろう。
それにシャーリーは前回の手紙に「プロポーズされた」と書いていたから、その後が気になっていたのだ。
「………まあ!!」
にこにこしながら手紙を読み始めたルリアーナは、しかしすぐに口元に手を当てて目を大きく見開いている。
「そう、そうなのね」
ルリアーナは笑みを深くして手紙を読み終えると、すぐに立ち上がって逸る気持ちを表したような小走りで王宮内を移動した。
そして目的の場所、旦那様であるヴァルトの執務室に着く。
ノックの前に乱れた息を深呼吸で整えて、いざと思って手を胸の前に上げた時、
「何してんだよ、さっさと入れば?」
ガチャリと内側からドアを開けたルカリオが不審気な顔でルリアーナを見た。
「へぇ、シャーリー嬢が結婚。めでたいね」
ルカリオに促されて入った執務室にはベリアルと魔王ことシエルも揃っていた。
最近この4人は妙に仲が良く、ルリアーナはほんの少しだが淋しいような気もしている。
だが4人が一緒にいる理由がまさか自分にあるとは思っていない。
「そうなのです!お相手はシャーリーちゃんが働いているパン屋さんの息子さんだそうで、これからは2人で後を継ぐために息子さんはご主人に、シャーリーちゃんは女将さんに師事するそうですよ」
ルリアーナはにこにこと上機嫌な笑みで、シャーリーからの手紙を見ているヴァルト以外にも伝わるようにと声に出す。
ベリアルとシエルは関わりは薄いが見知らぬ仲ではないし、ルカリオはそれなりに共に過ごした時間があるから皆にもこのめでたい出来事の詳細を知ってほしいと思ったのだ。
「まあ、あいつ意外とまともだったしな。いい相手が見つかってよかったんじゃね?」
むしろ一時期は想い人として追われていたことさえあるルカリオは、しかし実害がほとんどなかったため彼女になんら隔意を抱いておらず、素直にシャーリーの結婚を祝福する。
シエルも「お祝いしなきゃね」と無邪気に笑い、ベリアルは『くふふ、さて、私はどうしましょうかねぇ』などと言って意味ありげに嗤っているが、心酔しているルリアーナの大切な友人には下手なことはしないだろうと思われる。
ヴァルトやルカリオは最近、ベリアルがルリアーナに嫌われることを恐れているせいか言動の割にはヘタレであることに気がついていた。
「それで、お祝いに行きたいのですけれど、5日ほど城を空けてもよろしいでしょうか?」
ルリアーナはそれに気づいているわけではないだろうが、本能的にベリアルがルリアーナの嫌がるようなことをするはずがないと理解しているので、彼がどれだけ不穏なことを言ったとしても気にすることはない。
その絶対の信頼にも似たものを自然と悪魔である自分に向けてくることがベリアルには新鮮で、信じられなくて、くすぐったい思いを抱かせる。
だからといって『ああ、乙女よ…』と呟きながら恍惚とした表情で身を捩らせるのはやめてほしいとはルカリオとヴァルトの言だ。
「構わないけど、その間カナンはどうするんだい?」
ヴァルトは極力ベリアルの方を見ないように視線をルリアーナに固定しながら問う。
最近3歳になったばかりの、家庭教師がついている時間以外は母親にべったりくっついて離れない息子をどうするのかと。
「もちろん」
ルリアーナはにっこりと笑みを深める。
誰もがその「もちろん」の続きは「一緒に連れて行く」だろうと思っていた。
「置いていきますわ!」
だがそこはルリアーナ、全員の期待という名の希望をたった一言で容易く打ち砕いた。
結果。
「いーやーだー!!僕もお母様と一緒に行くのー!!」
「ダメよ。貴方にはお勉強があるでしょう?」
「やー!!!」
「わがまま言わないの」
「んにゃあああー!!!!」
「あら、泣いたってダメよ?」
翌日の別れ際にカナンはそれはもう大泣きをした。
だがそんなやり取りをしながらもルリアーナは無情にも笑顔で旅立って行ってしまった。
ディア王宮に大号泣した3歳児という爆弾を残して。
その日の夕方にハーティアの王都ルハートに着いたルリアーナは、翌朝早速シャーリーが勤めるパン屋『トリフォリウム』へと赴いた。
「「いらっしゃいませー!」」
扉を開けると同時にカランとドアベルが鳴り、それを合図に店の奥から元気のいい2人分の女性の声が来店を歓迎する言葉を届ける。
「ただ今伺いますので、ご覧になってお待ちくださーい!!」
その内の若い方の声がさらに元気な声を張り上げてそう続けた。
開店直後の店内にはまだ客がおらず、店員も商品を揃えるのに忙しいようで姿は見えない。
誰もいない店内でルリアーナと護衛のために同行したルカリオはどうしたものかと顔を見合わせた。
「…商品でも見てましょうか」
「だな」
しかし今はその言葉に従う以外には黙って突っ立っているという選択肢しかないため、2人はそれぞれに近くの棚の前に移動する。
元々シャーリーの予定を聞かずに勢いでディアを飛び出してきてしまったため、今日はアポ取りのつもりだった。
そのため急ぐ用事もないと、ルリアーナとルカリオは昼食にするパンを物色し始めた。
「すみませんねぇ、バタバタしちまって」
すると1分もしないうちに40代と思しき女性が店の奥から顔を覗かせる。
恐らく彼女がシャーリーからの手紙にあった『女将さん』だろう。
「いえ、どうぞお気になさらず」
ルリアーナは朗らかで陽気そうな彼女に微笑みながら軽く会釈をするとパン選びを再開する。
しかし彼女の顔を見た女将は驚きに目を丸くして固まってしまった。
そりゃあ、明らかに高位貴族って感じの女が平民の自分に頭を下げたらビビるわなぁ。
微動だにしない女将を見て、ルカリオは心情を察して余りあるといった顔でそっと胸の内で手を合わせた。
こんな主でごめんな、と。
でも絶対に悪いようにはしないから心配すんな、とも。
だが哀しいかな、女将にはその言葉の一つとして届いていないため、彼女はシャーリーが焼きたてのクロワッサンを運んでくるまでその場で固まり続けていた。
「朝はびっくりしました。お店にルリアーナ様がいらっしゃるなんて思っていなかったので」
「ごめんねぇ。早くお祝いしたくて気が急いちゃって」
「いえ、とっても嬉しいです!!ルカリオもありがとね」
「まあ、俺は護衛のついでだから気にすんな?」
「うん、でもありがとう」
あの後、石化した女将の他に石化した店主と石化した見習いを生み出したルリアーナは閉店後にシャーリーと会う約束をし、シャーリーが持ってきたクロワッサンと、前世の知識を活かして彼女が提案したジャムパンと、店の一押しだというサンドイッチを3種類買って店を出た。
そしてルカリオと昼食として食べ、先ほどまでイザベルに「あと3日ほどハーティアにいる」という手紙を書いたり、アデルからの手紙を読んで過ごしていた。
そうしていると意外にも時間は早く過ぎ、滞在しているディア王家所有の屋敷(ルリアーナに頻繁に訪れてほしいというイザベルたっての希望でハーティア王家が威信を懸けて建てた豪奢な屋敷である)にシャーリーがやって来た。
普通ならば気が引けてとてもではないが平民には潜ることなどできない門を何の気負いもなく潜り抜け、彼女は今、他国の王族の前で無邪気に笑顔を見せている。
事情を知らない人間が見たら「この平民の心臓は鋼鉄でできているに違いない」と思われたことだろう。
「ふふ、では改めて、シャーリーちゃん、結婚おめでとう」
「おめでとさん」
そしてその他国の王族であるルリアーナに言祝がれ、幸せな笑みが彼女の可憐で愛らしい顔全体を彩る。
間違いなくこの瞬間においては、彼女は世界で一番幸せな人間だった。
ちなみに同時刻、彼女が嫁ぐ予定のレーペンス家の3人は「とんでもない人間を嫁に貰おうとしているのでは…?」と戦々恐々としながらも彼女の無事の帰りを願っていた。
だがそんな彼らの心配など全く必要ない3人は和やかな空気で晩餐を共にし、その席で結婚祝いには何がいいかなどの相談をした結果、「そういえば最近パン焼き窯の調子が悪いと言ってました」とシャーリーが言ったので、それをレーペンス家への祝いとした。
そしてシャーリーには可愛い店員さんセット(シンプルながらも可愛い制服、フリルのついたエプロン、制服と揃いの三角巾、動きやすい編み上げブーツなど)を贈ることに決めた。
「ありがとうございます。私、絶対にトリフォリウムを大きくして、いつかディアにも支店を出しますね!!」
これまたお祝いとして開けたワインでほろ酔いになったシャーリーは力強く宣誓すると、明日も仕事だからと笑顔で帰宅していった。
女将は休んでもいいと言ったようだが「私が働きたいんです」と言った彼女は本当に幸せそうで、ルリアーナは「ディアへ帰る前にまた寄るわ。ヴァルト様へのお土産にしたいから」と同じく笑顔で見送った。
その夜イザベルから『時間がある時で構わないので是非王宮に来てほしい』と手紙をもらったルリアーナは、翌日フットワークも軽くイザベルの元へ赴いた。
「お忙しいところお呼び立てしてしまって申し訳ありません」
侍女に案内された中庭にあるガゼボで先に待っていたイザベルは開口一番謝罪を口にすると土下座しかねない勢いで頭を下げる。
ルリアーナは慌てて「いいのよ、シャーリーちゃんへのお祝いは昨日のうちに終わってしまったし、時間が余っていたから気にしないで」と笑うが、頭を上げた後もイザベルの顔は晴れない。
らしくない彼女の様子に首を傾げるが、急かすこともないだろうとそのまま続きを待った。
「あの、実は折り入って相談があるのです…」
ややしてイザベルは遠慮がちに口を開く。
なるほど、そう言われれば確かに彼女の顔を曇らせているのは不安によるもののように見える。
果たしてそれはどのような悩みなのだろうか。
ルリアーナは心持ち居ずまいを正して再びイザベルの言葉を待った。
「昨日アデル様からお手紙をいただきまして、その、ルナさんを専属侍女にされた、と」
そうして躊躇いがちに紡がれた言葉は先日アデルから届いた手紙にも記されていたことであった。
そのためルリアーナは「ええ、私も聞いたわ」と笑顔で相槌を返す。
そのこととイザベルの悩みが繋がるのはまだ先だと思って。
けれどイザベルの悩みは正にそれであった。
「私、お手紙からアデル様の嬉しそうなお気持ちが見える気がして、是非ともお祝いを、と、思ったのですが…」
イザベルはそう言うと不意に眉間に皺を寄せ、
「そのお祝いに何を送ればいいのか、そもそも送ってもいいのか、ずっと悩んでいるのです…」
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