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最終編

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「ル、ルカリオ?なにして」
彼の突然の行動に驚きながらルカリオの元へ駆け寄ったヴァルトが頬を引き攣らせながら訊ねれば、
「ん?あいつを殺したんだけど?」
ヴァルトに顔を向けたルカリオはあっけらかんと自分の所業を認める。
両手を頭の後ろで組んで笑う姿は、とても人を殺した直後とは思えないほど、何の感情も孕んでいなかった。
「いや、そうじゃなくて…」
「だってさ、俺がやらないと、誰もやれないだろ?」
額に手を当てながら力なく頭を振るヴァルトに、ルカリオは何がダメなんだと首を傾げる。
「…あいつが生きていないと、罪を償わせられないだろ」
そんなルカリオに見かねたような顔で同じく駆け寄ったフージャがそう言ったが、その言葉にもやはりルカリオは首を傾げる。
「どうやって?」
「え?」
「どうやってあいつの罪を裁くんだ?」
だからルカリオは自分の疑問をそのまま口にした。
「どうやってって、そりゃあ、裁判をして、罪状を決めて…」
「何の罪で裁くんだ?姫さんたちの件に関してはこの世界のどんな法律でも裁けない。この世界の法律であいつを裁こうと思うなら、該当するのは教会の連中に魅了の魔法を使って司祭を追い出して自分が大司祭になったっていう、その部分だけだろ?それだってあいつの証言以外に明確な証拠はない。全員の魅了を解いて証言させたところで、どうせ教会内の罪は教会内で収められる。今この瞬間以外、俺たちじゃ手が出せなくなるぞ?」
天井へ目を向けながら手順について指折り数えているフージャが言ったことは、この国の罪人が辿る道として至極正しいものだ。
だがその手続きが踏めるのはあくまで国内で起きた騒動に限られる。
当然ながら前世がどうとか転生がどうとか、そんなことではクレッセンを裁けるはずもない。
また、大司祭が国王と同位であるように、教会は特殊領域、一種の国のように扱われているため、ルカリオが言った通り今回の件については国の法律は適用されず、事件自体が表に出てこない可能性だってある。
というより十中八九出てこないだろう。
何故ならクレッセンは元々教会に神官として仕えていた人間だからだ。
そんな人物が実は復活したとされる魔王本人で、知らずに潜入されていたばかりか上層部を操って好き勝手していたというのは教会にとって醜聞以外の何物でもない。
教会の体面を守ろうと思えば内々でもみ消してしまうのが一番だ。
どころかそうなってしまえば魔王でもあるクレッセンを倒せない教会は、どうすればいいかわからないからと『教会に手を出さない』などの条件を付けただけで魔王城に帰してしまう可能性まで出てくる。
裁きは前大司祭やトプルたち司祭の手に委ねられるのだろうが、トプル以外の人間性を知らない状況で『トプルがいれば大丈夫だ』と楽観視はできなかった。
「ついでにクレッセンの器になってる今の内なら、あいつと一緒に魔王も倒せるだろ?」
それに今はクレッセンに抑え込まれている魔王がいつ体を取り返すとも限らず、そうなれば魔王は本来の残虐性を以ってこの世界に手を出すかもしれない。
だから今のうちに倒しておけば、そこを考慮する必要はないというわけだ。
そうして考えていけば、自分たちの手でこの件に決着をつけるという点において、そして世界から脅威を取り除くという点において、確かにルカリオの取った行動は最善であった。
だが、最善策だからと実行していいかはまた別問題だ。
だからこそヴァルトは責めることもできずに頭を抱えている。
しかしルリアーナたちにとってみればクレッセンの死によって一つの区切りがつき、ずっとあった胸の閊えが取れたような、今にも自分を圧し潰しそうだった肩の荷が下りたような、そんな気持ちだった。
肯定してはいけないと思いながらも、感謝しているのもまた事実だ。
「…いや、よかろう。私から見ても彼の行いは間違いではない。恐らく今回、皆を騙していたクレッセンを排除した功によって私は大司祭の任に就くことになるだろう。いや、必ず就いてみせる。そして彼の行いが正しいものであったと証言し、必ずその身の安全を守ろう」
ルカリオの主張を聞き、ヴァルトの懊悩を察し、最後にルリアーナたちの顔を見たトプルは空咳と共に一歩前に出る。
そして教会関係者として彼はルカリオの行いを肯定し、その正当性を主張し、罪に問われることがないように守ると力強く宣言した。
「彼の手柄を横取りするようで気が引けるが」と言いながらも、それを最大限活かすために自分も力を尽くすと約束してくれたのだ。
それはきっとルリアーナたちの前世についての話を聞いていて、今ルカリオの手でその因縁が断たれたことを祝福してのことだろう。
結果的にクレッセンであった神狩勇気の身勝手な欲望の犠牲となった彼女たちは、形はどうであれ今世での彼との関わりはなくなった。
彼女たちのすっきりとした顔を見てしまえば、それでは間違いなく喜ばしいことだと思える。
「教会が今回の件をもみ消すことは止められないかもしれないが、それだけは私の話を聞いてくださったディア王家への御恩返しとして、必ず果たしますぞ」
トプルはそう言ってルリアーナに優しく微笑んだ。
トプルがディア王家に助けを求めたことと、ルカリオがディア王太子妃の専属護衛だったことは単なる偶然の一致だが、きっとこれはそういう縁だったのだ。
であれば、元日本人としては縁を大事にしたい。
「はい。よろしくお願いいたします」
ルリアーナはルカリオの主人としてトプルの心遣いに感謝して頭を下げた。

予想外のことも予定外のことも色々あったが、とりあえずはこれでここに来た目的は果たされた。
ヴァルトなどは「あんなに無理を押してついてきたのに、結局なんの役にも立てなかった」とフージャに愚痴り、彼から「大丈夫、俺もです」と返されて、もう苦笑するしかない。
2人とも女性陣の強さを改めて実感した。
「さて、せめて事後処理くらいでは役に立とうかな」
ふ、と自嘲にも似た笑いを零し、ヴァルトはトプルに声を掛け、クレッセンの元へ向かっていく。
「……死体運ぶくらいなら俺でも手伝えるかな」
フージャも全く同じ笑みを浮かべ、先を行くヴァルトの背を追った。
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