上 下
68 / 112
アナスタシア編

11

しおりを挟む
「聞いておいてなんだけれど、ガイラス殿下のことは一旦置いておいて」
「はい」
「貴女が誰なのか、確認させてもらってもいいかしら?」
「はい?」
ゲームの知識はないものの、君となについてはある程度知識があったため簡単に済んだ自己紹介の後、ルリアーナはアデルから関係者一覧の紙を借りてアナスタシアの前に広げる。
「これは今までに判明している転生者の一覧で、恐らく貴女が最後の一人なの」
「は、はあ…?」
「突然で驚くわよね。でも無印から4までのヒロインと悪役令嬢が全員転生者であることはほぼ確定しているわ」
困惑した顔で紙を眺めるアナスタシアにルリアーナは宥めるように笑って見せると、紙に指を滑らせた。
「そして皆の欄に『ストーカー事件』と書いてあるでしょう?これは前世のある事件の仮称なのだけれど、私たちは全員この事件に関わっていたの。だからきっとアナスタシアちゃんも関わっていると思って、それも聞きたくて今日ここにお邪魔したというわけ」
「な、なるほど」
アナスタシアはようやく明かされた来訪目的に頷くと、再び紙を見つめる。
しかし紙には事件内容については書かれていないため、アナスタシアにはこれが何の事件を指しているのか、そして自分が関わっているかどうかがわからなかった。
「えっと、そのストーカー事件の概要を教えていただいても構いませんか?」
紙を見ると『ストーカー事件被害者』と書かれている人もいるので聞いてもいいのか迷ったが、聞かねば何もわからないと腹を括り、断られることも覚悟でルリアーナに問う。
自分も中々に悲惨な死に際だったが、彼女たちもそうだとしたら聞くのは申し訳ないと思ったのだ。
だがそれでも、先に自分の死に際について語る気にはどうしてもなれなかった。
「もちろんよ。私たちが知っている事件のことを話すから、知っていることがあったら教えてね」
けれどそんな葛藤がまるで無駄だったようにルリアーナは明るく了承を返した。
その顔を見て、もしかしたら自分が危惧しているよりこの事件は暗いものではないのかと僅かな希望を抱いたが、そうではなかったとすぐに知ることになる。
「えーっと、この事件はまず、ある男が女子高校生にフラれたことが発端なんだけど、そのせいでその子と同じ高校の制服を着た女の子が6人ほどその男にストーカーされることになって、その内の何人かがこのストーカーに殺されたの」
「え…」
「アナスタシアちゃんは前世で誰かにストーカーされた記憶はある?」
「い、いえ、特には…」
ルリアーナがさらりと始めた説明は、初めから理解し難いものだった。
いや、話としては理解できるが、心情的に理解できなかった、したくなかった、と言う方が正しい。
だって彼女が今言ったことは、端的に言えば『ある高校の制服を着ていただけの女性6人が逆恨みのストーカーに殺された』ということだろう。
同じ女性として、そして同じ世界に生きていた者として、そんな意味のわからない事件に自分が巻き込まれていたかもしれないなんて恐怖しか感じない。
死に際のことといい、前世の自分はどうやら相当運が悪かったようだ。
「というか、アナスタシアちゃんは前世の記憶、どの程度あるの?」
自分の思考に沈んでいたアナスタシアはその言葉にハッと顔を上げると、「多分、割と鮮明に覚えていると思います」とやや焦りながら伝える。
自分に関わった記憶がない以上、当事者の前で必要以上に落ち込んだ姿を見せるべきではないと考えたからだ。
「そっかぁ。でも気づかないうちにとか、忘れていたっていうこともあるかもしれないから、とりあえず聞いてくれる?」
「はい」
ルリアーナはアナスタシアの返事に「ありがと」と笑うと一口紅茶を含み、続きを話し出した。
「問題のストーカー事件だけど、最初の被害者はシャーリーちゃんだったの。彼女は親御さんが警察に相談したお陰で難を逃れたわ。それで、その次の被害者はストーカーから逃げるために引っ越したみたいなんだけど、これが誰なのか今のところわからないの。だからアナスタシアちゃんがそうだと思ったんだけれど…」
違う?とルリアーナが目線で問えば、
「いえ、私は高校の時に引っ越したことはありません」
アナスタシアはきっぱりと否定を示した。
「それに多分、皆さんとは高校が異なると思います。私は地方にある女子校に通っていましたから」
「…あら?」
そしてさらにそう付け加えられたことで、本当に彼女はこの事件とは無関係である可能性が出てきたことにルリアーナは当てが外れたような気分で首を捻った。
「……ということは、もしかしてカロンさんがその方だったのでしょうか」
それまで黙っていたアデルは消去法でそう結論を出し、それにはルリアーナも「かもしれないわね」と頷くしかない。
「それ以外に残っている被害者は美波だけだけれど、カロンは絶対にあの子ではなかったし」
そうなればもう、事件関係者はいないのだが。
「……考えても仕方ない。とりあえず続けるわね?」
まだ説明は始まったばかり。
結論を急ぐ時ではないと、ルリアーナは再び事件のことを語り出した。
「次の犠牲者はイザベルちゃん。彼女はこの事件で最初に男に殺された子よ」
「っ!」
「その次は私ね。私の場合は妹の美波がこの男にストーカーされてて、会社から家に帰ってきたところで偶然鉢合わせちゃって。追われているうちに熱中症で死んじゃったみたいなの」
イザベルの話以降はここにいる人の死が連続する話になるので、ルリアーナはなるべく重くならないように事件のことを語る。
それは事件への関わりも死んだ時の記憶も薄い自分が被害者面して事件を語ることへ対する申し訳なさからくるものでもあり、重い記憶のあるリーネやアデル、ルナに対して自分ができる精いっぱいの気遣いでもあった。
「その次がルナちゃん。ルナちゃんは男に大怪我を負わされて、その後亡くなったそうよ。で、その次のアデルちゃんは最後の犠牲者なんだけど、リーネちゃんのお陰で男との関わりは薄いみたい」
「あ、そうなんですね」
アナスタシアはアデルの話でようやくほっと息を吐いた。
それまでの話がさらっと語られている割にはよくよく考えると重い話で、なんとなく息を詰めていたのだ。
「んー、でもアデル様の場合、私は彼女の先輩だったし、ルリアーナ様の妹さんとはすごく仲が良かったから、精神面での被害が大きいかな?」
しかしその安堵もルナのこの言葉を聞くまで。
やはり彼女もまた辛い思いを抱えていた。
「いえ、私なんかリーネさんに比べれば全然…」
アデルはルナの言葉をやんわりと否定するが、リーネの事情をまだ聞いていないアナスタシアからすれば『辛い経験』だということに変わりはない。
それに誰かより悲惨な経験をしていないからと言って、その人が辛くなかったわけでもないということはわかるつもりだ。
「事情も知らずにごめんなさい…」
だからアナスタシアは謝ったが、アデルは「そんな、全然気にしなくて大丈夫ですから」と慌てて手を振った。
そしてルナも「あ、別にアナスタシア様を責めるとかではなかったんです!無神経にすみません!!」と自身の発言の迂闊さに気がついて謝罪した。
「うんうん、お互いを思い合えるのはいいことよ」
ルリアーナは3人の会話に笑顔で頷きながら、一番近くにいたアデルの頭を「いい子いい子」と撫でる。
それぞれが自分の非を認めたり相手を気遣ったりできるのは心に余裕があるからだ。
この事件の話を何度も繰り返しているが、ここまで冷静に話が進むようになったのは、そろそろ各々がこの事件に折り合いをつけられてきているという証だと思う。
「さて、じゃあ続きだけれど」
言いながらルリアーナがアナスタシアに目で「続けていいかな?」と問えばすぐに頷きが返ってきたので、そのまま続ける。
「残っているのはリーネちゃんね。リーネちゃんは実は前世でイザベルちゃんのお姉ちゃんだったの。まあ私の同級生でもあったんだけど、関係ないから今は置いておくわね」
ちなみにシャーリーちゃんは私の後輩よ、と付け加えながらルリアーナはリーネを見る。
「それで、リーネちゃんはイザベルちゃんの敵を討つために男を探して、3年かけて見つけたの。それがたまたまアデルちゃんがつきまとわれ始めた時期だったから、男がリーネちゃんから逃げるために街からいなくなったおかげでアデルちゃんは助かったの。でもね」
ルリアーナは「ふう」と息を吐いて一旦紅茶を口に含む。
それに紛れてちらりとリーネの様子を確認したが彼女は落ち着いており、そのまま話を続けても問題なさそうであった。
「…その男は追ってきたリーネちゃんを逆襲しようとしたみたいなんだけど、間違って別の女性を刺したらしいの。しかも男は自分が間違って刺したその女性に自分が凶器に使ったナイフで刺されて死んでしまった。だからイザベ」
「ストーカーの男ってあいつかよ!!!!!」
だが問題があったのはアナスタシアの方であった。
突然激昂した彼女はルリアーナの言葉を遮り、ダァンッ!!と大きな音が立つのも構わずにテーブルを殴りつけ、そのままズルズルと力なく項垂れる。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
「きゃっ、手が…!」
「血が出てるわ!!」
驚くルリアーナの隣ではアデルが彼女の手を見て絶句し、その手を見たルナが駆け出しながらポケットからハンカチを取り出して手のひらに当てる。
テーブルを殴りつけた拍子に握っていた指の爪が手のひらを傷つけたようで、少なくはない量の血が出ていた。
「アナスタシア様…?」
ルナの横にそっとリーネが近づき、彼女の顔を見れば、
「私を殺したのはその男よ!そして、そいつを刺し殺したのも私だわ!!」
顔を上げたアナスタシアは憎悪を映した瞳で怨嗟の念が溶け込んだ涙を流していた。

「そういう繋がりか…」
会ってすぐには歓喜の涙を流させることができたのに、今度は憎悪の涙を流させてしまったことを悔しく思いながらルリアーナは涙に濡れるアナスタシアを見る。
まさか勘違いで巻き込まれただけの女性までが転生しているとは思わず、何の留意もしないまま無遠慮に彼女の最期に触れてしまった。
きっとそれは彼女にとって触れられたくない傷であっただろうに。
今の彼女の目を見ればそれは想像に難くない。
「やっちゃったなぁ…」
自身の失態にルリアーナは悔しさを誤魔化そうとするかのように前髪を掻き上げて、憐憫と悔恨が混ざった目をアナスタシアに向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

処理中です...