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イザベル編

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それから数日、イザベルは手厚い看護が受けられたお陰で徐々に体調を戻しつつあった。
痩せ細った身体はまだ以前のようには動かないが、短時間にゆっくりとであれば部屋の中を歩くこともできるようになってきている。
コンコンコン
「イザベルちゃん、ちょっといーい?」
そしてイザベル保護から5日後、ルリアーナとアデルは彼女の元を訪れた。
それまでも2人は彼女を見舞うべく度々この部屋に訪れてはいたが、バラバラだったりたまたま居合わせたりなどタイミングはまちまちで、こうして2人揃ってというのはあの日以来だ。
もちろんイザベルに否やはなく、2人を部屋に通すとルリアーナに付き従っていた侍女が手早くお茶の用意を整えていく。
「貴女に事情を聞いた日、実はすぐにバートランド公爵家に手紙を書いたの」
侍女にサーヴされた紅茶をこくりと口に含んだルリアーナの言葉に、自分もとカップを持ち上げていたイザベルの心臓が跳ねる。
『貴家令嬢イザベル・バートランド嬢を当家でお預かりしている。事情を聞けば貴国の王太子殿下の手で国外追放となったというが、真偽は?』
ルリアーナはイザベルの話を全面的に信じている、というよりは知っていたので彼女のことを理解できたが、彼女の家が彼女のことを信じているかはわからなかったので、念のためこのように記した。
イザベルから国王はオスカーが悪いとわかっているらしいとは聞いていたが、公衆の面前で婚約破棄されたというのはそれがどういった経緯であれ外聞が悪いものだ。
なのにそこに国外追放まで加わったらプライドの高い見栄っ張りな貴族であれば見捨てられても不思議ではないと思ったのだ。
今までディア王家に相談もなく、イザベルを探しにも来なかったことがその証左かもしれない。
ルリアーナはそう考えていた。
急ぎ届けられた返書を読むまでは。
「その返事がさっき届いたのよ。そこには王太子殿下のこともシャーリーのことも貴女のことも書いてあった。貴女にとって良くない報せもあるかもしれないけれど、どれから聞きたいかしら?」
ルリアーナは手に届いたばかりの返書を持っていたが、どれから読むかはイザベルに任せようと思っていた。
ああは言ったが、実際返書には彼女にとって悪いことは書いていない。
それでも彼女の負担を減らすために心の準備ができてから聞いた方がいいと思ったのだ。
「……では、シャーリーのことから」
「わかったわ」
ルリアーナは不安に思うイザベルの心情を感じ取り、大丈夫だと言うように彼女の頭を軽く撫でる。
命にかかわるような目にあったのだから、不安に思って当然なのだ。
それを恥と思う必要もなければ、申し訳なく思う必要もない。
「シャーリーは行方不明だそうよ」
「…え?」
ルリアーナは端的に返書に記されていたシャーリーの現状をイザベルに伝える。
曰く、『イザベルを追放するに至った原因である少女は学園を離れたが、現在その行方はわからない』とのこと。
思っていた通り縁遠くても顔を知っている人間が行方知れずだというその事実はイザベルの顔を歪ませた。
これはイザベルにとって良くない報せだとはルリアーナも考えていた。
優しい彼女はきっと、その原因を自分に求めるだろうからと。
「行方、不明…?」
「ええ。騒ぎの後学園をやめて、それから彼女に会った人はいないみたい」
けれど自分はその憂いを払えるだろうと確信していたから、そのまま話を進める。
「イザベル様…」
しかしその時、アデルが気遣わし気な目をイザベルに向けていることに気がついて口を閉じる。
「あまり強く握ってはいけませんわ。手が傷ついてしまう…」
アデルの言葉に彼女が差し出す手を目で追えば、きつく握られたイザベルの拳が見えた。
彼女は強張っているイザベルの手をそっと開き、その手のひらについた爪の痕を痛ましそうに見る。
それを見て、自分はシャーリーが無事だという確信を持っていたから何とも思わなかったが、そうではないイザベルがどう思うかを考えていなかったと反省し、上手くフォローしてくれたアデルに目で礼を伝えた。
アデルは無言で笑みを返し、イザベルの様子は自分が見ておくから説明を続けても大丈夫だとルリアーナを促す。
「イザベルちゃん、恐らく彼女が学校をやめたのは他の攻略対象者のせいよ」
アデルの言葉に頷き、ならば自分は説明に徹しようと言葉を次いだルリアーナは、「え?」と言って上げたイザベルと視線を合わせる。
「保健医と司書。その2人も攻略対象者だから、学校に残ったら面倒臭いことになると思ったんじゃないかしら?彼女はきっと、王太子だけじゃなくその2人にも好意を持たれていたはずだから」
『はず』と言いつつ確信を持ってそう言うルリアーナの言葉にイザベルは何かに思い当たりハッとしたような顔をすると、
「国王様からシャーリーは同級生や私の従兄弟、オスカー様の護衛騎士にも追いかけられていたと聞きました。教員の方は存じ上げませんでしたが、可能性はあるかもしれません」
と国王から聞いた話を口にする。
シャーリーは断り続けていたが、オスカーや数人の男性がシャーリーを我が物にしようと執拗に追い回していたと。
確かに自分も学園で走り回る彼女を数度目撃したので間違いはない。
学園内を走るシャーリーの姿に「オスカー様はああいう天真爛漫な様子に惹かれたのか」と淋しい気持ちを抱いたが、本人は本気で嫌がって逃げ回っていただけだったと聞いて申し訳なく思ったものだ。
「あの、追いかけられて、って?」
「どういうことでしょう?」
国王の話と自身の記憶を振り返っていたイザベルは2人の問いかけに意識を戻すと、今思い出していたことを2人にも伝えた。
シャーリーもまた被害者だった、と。
「ああ、なるほど。そうきたか」
「え?なにがですか?」
「いや、こっちの話」
それを聞いたルリアーナは得心がいったように頷く。
ならば自分の仮説は正しいだろう。
それを不思議そうな顔で自身を見る2人に披露するべく、ルリアーナはイザベルに問い掛けた。
「そういえば今まではっきりと聞かなかったけれど、貴女は転生者?」
「テンセイ、サ?」
「違うのかしら?『テレビゲーム』や『乙女ゲーム』はわからなくても、『日本』とか『地球』って聞いて何か思い出すことはない?」
「いえ、特には…」
首を捻るイザベルの回答にルリアーナはやはりかと思う。
恐らく転生者ではあるだろうが、記憶はないのだ。
同時にそれとも今回は違うのだろうかという不安も僅かに感じる。
確かに2と4のヒロインと悪役令嬢が転生者だからと言って無印と3のヒロインと悪役令嬢もそうだとは限らないと言われればそれまではある。
だがゲームと違う行動をしていることが転生者である証と言えるはずだ。
今のところ転生者以外でそんなことをしているキャラクターはいない。
しかしそれを今言っても詮のないことであるので、ルリアーナは続きを話そうとした。
「あ、でも」
けれど再び何かを思い出したらしいイザベルが声を上げたので黙る。
「以前シャーリーにもそのテンセイサ?かと聞かれたことがありました」
するとその口からはルリアーナの仮説を後押しする言葉が放たれた。
ならば自分がこれから話そうとしている仮説はやはり正しいだろうと考える。
そしてシリーズに関係なくヒロインと悪役令嬢は転生者であるという仮説もまた正しい可能性が高い。
「やっぱり、そうなのね」
しかもありがたいことにシャーリーは記憶持ちの転生者だったようだ。
「えっ!?ルリアーナ様、わかってらっしゃったんですか!?」
納得したルリアーナとは対照的に、アデルは何故シャーリーが記憶持ちの転生者だとわかっていたのか疑問なようだ。
「さっきイザベルちゃんが言っていたでしょう。シャーリーは逃げ回っていたと」
ルリアーナはそんなアデルに名探偵が事件の真相を解き明かす時のように語り掛ける。
勿体ぶるつもりはないが、アデルが冷静になる時間は必要だと思ったのだ。
「多分、彼女には別の目当てがいたのよ」
「別の目当て、ですか?他に好きな人が…?あれ?でもそんな話ありましたっけ…」
アデルはルリアーナの話しを聞きながら、なんとか自力で答えに辿り着こうと頑張っていた。
ルリアーナもそれがわかったのか、彼女が落ち着くという目的を達成した後も答えを言わずに導き出す方向へと話し方を変える。
「アデルちゃんも知っていたでしょう?私の名前」
「え?えっと、ルリアーナ、様?」
「違うわ。前世の名前で貴女が知っていたものよ」
「え?えーっと…?」
アデルは左上を見上げながら思い出そうと人差し指でこめかみをトントンと叩いた。
それは遠い記憶を呼び起こそうとしている様に似ている。
「……あ!わかりました!『流離うメイコ』ですね!!」
「正解」
少し時間をかけたものの、該当する記憶を思い出したアデルは「やったー!思い出せたー!」とはしゃぎ、ルリアーナも「おめでとう」とにこやかに拍手を送っている。
それを邪魔する気はないので黙っているが、現状イザベルには彼女たちの会話の内容が何一つわかっていない。
「さて、アデルちゃんはなんで流離うメイコの名前を知っていたんだったっけ?」
最後の仕上げと、ルリアーナはアデルに問い掛ける。
彼女はその問いにまた「うーんと」と左上を見上げ、
「イベント特典である暗殺者ルートの攻略法を発見した人だから!」
今度はすぐにそう答えた。
そしてハッとした顔でルリアーナとイザベルを交互に見る。
「まさか…」
「そう、そのまさかよ」
そしてルリアーナもイザベルを見て、
「前世の記憶があったシャーリーはイザベルちゃんが差し向けるはずだった隠れ攻略キャラの暗殺者を追って行方をくらませた可能性が高いわ」
なぜ今シャーリーが行方不明なのか、その真相を解き明かして見せた。
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