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ルリアーナ編
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卒業パーティーの日から5日後。
ルリアーナは王妃に呼ばれて王宮を訪れていた。
すでに王子の婚約者ではないが王妃はルリアーナを大変気に入っていたため、彼女は今でもこうしてお茶に招かれることがある。
だが今回の招集がいつものお茶会と同じであるとはもちろん思っていないので、ルリアーナはいつもより緊張した面持ちで王妃の入室を待っていた。
「ルリアーナ姉様ぁ!」
「ヴァルト様!?」
しかし侍女に案内されたサロンには、王妃より先にジークの弟であるヴァルトがやって来た。
この5歳年下の第二王子はルリアーナを本当の姉のように慕ってくれ、ルリアーナも彼を実の弟のように可愛がっていたから、実はジークとよりも数段仲がいい。
「お会いできたのは嬉しいですけれど、今日はどうなさったのですか?」
間もなくここには王妃が来るだろう。
もちろん母親である王妃と息子である第二王子が一緒になっても不都合はないが、もしいつもみたいに侍女の隙をついて脱走している最中だったら大変だ。
そう思ってルリアーナはヴァルトに問うたのだが、その心配は杞憂だったらしい。
「お母様が久々にお姉様が王宮に来るから一緒にお茶しましょって」
だから来たんだよとヴァルトはにっこり笑ってルリアーナの手を取る。
「お姉様は今日も綺麗だね」
そしてその甲にそっと触れるだけの口づけを落とし、ヴァルトはちらりとルリアーナを見上げた。
「っ!」
その目に宿っていたのは何の炎か。
去年学園に入学したばかりの、13歳とは思えないほど強い意志の込められたその視線にルリアーナは一瞬気圧されたじろいだ。
「姉様…」
そんなルリアーナにうっそりとした笑みを向けるヴァルトが掴んだままだったその手をさらに引こうとした、その時。
「遅くなってしまってごめんなさいね」
前の予定が長引いてしまって、と謝りながら王妃がサロンに到着した。
その姿にルリアーナの手を掴んでいたヴァルトは小さな声で「…残念」と呟いて自分の席へと戻る。
「いえ、ヴァルト様とお話ししながらお待ちしておりましたから、ちっとも淋しくありませんでしたわ」
一方のルリアーナはヴァルトが醸した怪しい雰囲気が消えたことに心の内で安堵の息を吐きながら慌てて席を立ち、美しいカーツィで王妃を迎えた。
王妃はルリアーナに穏やかな笑みを向け、「身内の集まりみたいなものよ、楽にしてちょうだい」と言い、席に着く。
しかしその美しいカーツィもまたルリアーナが王妃のお気に入りである理由の一端であったため、王妃は満足そうに彼女を見つめていた。
けれど王妃に促され椅子に座ろうとしていたルリアーナはその目に気がつかなかった。
ここではヴァルトだけがしっかりとそれを見ていた。
「今日来てもらったのはね、王族の今後について話し合いたかったからなの」
「……王族の、今後?」
温かい紅茶が王妃にサーブされるのを待っていたルリアーナは、彼女の第一声に首を傾げる。
すでに王家とは君主と臣下の関係しかないはずなのに、わざわざ自分に話すような今後とは一体何だろうか、と。
「ええ。率直に言って、今のジークには何の期待も持てないでしょう?」
王妃は程よい温度に調整された紅茶をこくりと口に含む。
ふわりと広がる早摘みの茶葉の芳しくもすっきりとした香りが王妃を包んだ。
「陛下ははっきりとは仰らなかったけれど、もしあの子がこのままなら、最悪の事態もあり得ると思うの」
王妃の言葉に何と返したらよいか掴みあぐねていたルリアーナは曖昧に頷きながら話を聞いていたが、王妃の言う『最悪の事態』を考えてみる。
「……まさかとは思いますが、廃嫡、ですか?」
このゲームにおいて、ルリアーナの本来の未来は断罪の末の国外追放だ。
それに準じて考えるなら、王子の最悪は廃嫡の上平民落ちといったところだろう。
とはいえ、流石にそんなことにはならな…。
「そう、そのまさかよ」
…なるらしい。
王子が特別扱いされないことに喜ぶべきか、と一瞬ルリアーナは考えたが、すぐに頭を振って考えを改める。
「そんな、ジーク様は優秀な王子でいらっしゃいます。婚約を破棄した私が言えたことではないかもしれませんが、国にとって手放すには惜しい人材かと…」
ルリアーナはジークを愛してはいないが、幼い頃から隣で見てきた彼は王子としての、次代の王としての才覚があるとは思っている。
「私もそう思います。しかし、以前のあの子ならばいざ知らず、今のあの子には何より大切なものが欠けているのです」
王妃もルリアーナの言葉に頷きながら、だが同時にそれをきっぱりと否定するだけのものがあると言う。
ルリアーナにはそれが何かわからなかったが、ちらりと視線をやるとヴァルトには答えがわかるのか、彼は王妃の言葉にうんうんと頷いていた。
「大切なもの、とは、何でしょう?」
それが何かわからないのが自分だけであることに少しだけ落ち込みながら、ルリアーナは王妃に答えを求めた。
王妃は「それは」と言って香り立たせるように紅茶を揺らしながら、
「王族としての矜持、そして臣下の義務です」
と答えを告げた。
王妃の手の中で紅茶の水面が揺れる。
それが示しているのは王妃の母としての心情か、はたまたジークの行く末の不安定さか。
「自身の行動が齎す影響や責任を認識しないで、許されるわけのない色恋に呆けている今の兄様には王族としての矜持なんか微塵もないでしょう?」
ルリアーナが何とはなしに王妃の手元で揺れる紅茶を見ていると、ヴァルトがその後を継ぐようにさらに王妃の言葉を解説する。
「しかも色ボケした結果、父様、つまり国王陛下が最善であると選ばれた婚約者を蔑ろにして婚約破棄までした。いずれが次代の王であろうと現在は一介の王子に過ぎない兄様が現代の王の命に逆らったんだ。それは臣下としてあるまじきことだと思わない?」
ふふふと笑みを滲ませ、自分の兄の不手際を語っているとは思えないほど無邪気に、いっそ楽しそうにヴァルトはそう言ってルリアーナを見る。
「つまりね、今の兄様は王族どころかこの国の貴族としてすら落第点なの。そんな人を王族に、ましてや王太子になんか絶対にできない。だからこのままなら廃嫡もやむなしというのが僕たちの考えだよ」
素敵でしょ?と小首を傾げるヴァルトは可愛らしかったが、ルリアーナは頭を抱えたくなった。
「ええと、ちょっと待ってくださいね…?」
ルリアーナは額に手を当て、瞑目して今まで得た情報をまとめる。
確かに現王に逆らったのだから、ジークは処罰を受けるべきだというヴァルトの話は理解できる。
だが元はと言えば婚約破棄はルリアーナから言い出したことで、であるならば裁かれるべきは自分ではないかと思った。
ということはもしかしてそのために自分は今日ここに呼ばれたのかと勘繰ってみたが、それにしては王妃とヴァルトが好意的過ぎる。
だからきっとそうではないのだろうが、では自分がここに呼ばれたのは何故だという疑問が浮かぶ。
王妃は「王族の今後について話し合う」と言ったが、今のところジークのこと以外の話は出ていない。
これからそういう話になるのだろうかとも考えたが、それでも何故自分に話したのかはわからなかった。
と言うか正直、そんなことよりももっと気になることがどうしても頭を掠めて思考が上手くまとまらない。
気になること、それはヴァルトの態度だ。
自分の兄が追い込まれているというのに、何故ああも楽しそうなのか。
彼が国王の座を狙っていたならともかく、以前『自分は兄の治世を支えたい』と言っていたし、彼が野望を抱いているという話も聞いたことがないのに。
そんな彼が何故兄の廃嫡を『素敵』と言ったのか。
考えても答えが全く浮かばず、ルリアーナは呻きながら髪を掻きまわしたい衝動に駆られた。
ルリアーナ付きのメイドが普段の何倍も気合を入れて整えてくれたものでなければ本当にそうしていたかもしれない。
「ふふふ、ルリアーナ姉様、今頭の中ぐっちゃぐちゃでしょ?」
そんなルリアーナの葛藤を見透かすようにヴァルトが笑顔を浮かべる。
それはもう実にいい笑顔で、この子は将来確実にドSの腹黒になるなとルリアーナは確信した。
「多分僕が嬉しそうだから戸惑ってるんだよね?だから、ヒントをあげる」
ヴァルトは年不相応の聡明さでルリアーナの思考を読むと、
「僕もね、婚約破棄をしたんだよ。そして新たに婚約者候補となった人が、僕がずっと大好きだった人なんだ」
少し照れくさそうに頬に赤みを乗せて、胸元で両手を打ちながら嬉しそうににっこりと笑ってそう言った。
なるほど、確かにそれなら上機嫌な理由もわかる。
だが何故兄の失脚が素敵なのかはわからない。
「その人はね?ゆくゆくは王妃になってもらいたいと父様や母様に思われている人で、だから今までは王太子に最も近い第一王子の婚約者だったの。そのせいで王になる気がなかった僕はその人を諦めるしかなかったんだけど、今回兄様がやらかしてくれたお陰で僕が王太子にならなくちゃいけなくなって、正直めんどくさいなあって思っていたんだけど、それなら僕が王妃候補のその人と婚約してもいいんだって気がついちゃって」
ヴァルトは嬉々とした様子で兄の失脚で自分の立場がどう変わったかを語る。
そしてルリアーナはそこまで言われてそれが誰かわからないような鈍感系ヒロインでもなかったし、察しが悪くもなかった。
「あの、それって、そう、いう、こと…?」
ヒントと言いながらほぼ答えを口にしたヴァルトの言葉で全てを悟って、ルリアーナは冷や汗を流す。
それでも最後の悪あがきとばかりに決定的な言葉を口にしなかったのだが、ヴァルトは輝く笑顔でとどめを刺した。
「うん。僕ね、ルリアーナ姉様と婚約することになったんだ」
素敵でしょ?とヴァルトは先ほどと同じ言葉と笑顔でルリアーナに同意を促した。
「えーっと…」
思いもよらぬ報せに頭が真っ白になりながら、ルリアーナが真っ先に思い浮かべた言葉は。
『この天使の如き笑顔で人の不幸を喜ぶような腹黒ドS王子と、一生一緒に暮らすの…?』
そんな不安と驚愕と、
『………でもきっと、退屈はしないだろうな』
ほんの少しの興味と高揚による期待の言葉だった。
ルリアーナは王妃に呼ばれて王宮を訪れていた。
すでに王子の婚約者ではないが王妃はルリアーナを大変気に入っていたため、彼女は今でもこうしてお茶に招かれることがある。
だが今回の招集がいつものお茶会と同じであるとはもちろん思っていないので、ルリアーナはいつもより緊張した面持ちで王妃の入室を待っていた。
「ルリアーナ姉様ぁ!」
「ヴァルト様!?」
しかし侍女に案内されたサロンには、王妃より先にジークの弟であるヴァルトがやって来た。
この5歳年下の第二王子はルリアーナを本当の姉のように慕ってくれ、ルリアーナも彼を実の弟のように可愛がっていたから、実はジークとよりも数段仲がいい。
「お会いできたのは嬉しいですけれど、今日はどうなさったのですか?」
間もなくここには王妃が来るだろう。
もちろん母親である王妃と息子である第二王子が一緒になっても不都合はないが、もしいつもみたいに侍女の隙をついて脱走している最中だったら大変だ。
そう思ってルリアーナはヴァルトに問うたのだが、その心配は杞憂だったらしい。
「お母様が久々にお姉様が王宮に来るから一緒にお茶しましょって」
だから来たんだよとヴァルトはにっこり笑ってルリアーナの手を取る。
「お姉様は今日も綺麗だね」
そしてその甲にそっと触れるだけの口づけを落とし、ヴァルトはちらりとルリアーナを見上げた。
「っ!」
その目に宿っていたのは何の炎か。
去年学園に入学したばかりの、13歳とは思えないほど強い意志の込められたその視線にルリアーナは一瞬気圧されたじろいだ。
「姉様…」
そんなルリアーナにうっそりとした笑みを向けるヴァルトが掴んだままだったその手をさらに引こうとした、その時。
「遅くなってしまってごめんなさいね」
前の予定が長引いてしまって、と謝りながら王妃がサロンに到着した。
その姿にルリアーナの手を掴んでいたヴァルトは小さな声で「…残念」と呟いて自分の席へと戻る。
「いえ、ヴァルト様とお話ししながらお待ちしておりましたから、ちっとも淋しくありませんでしたわ」
一方のルリアーナはヴァルトが醸した怪しい雰囲気が消えたことに心の内で安堵の息を吐きながら慌てて席を立ち、美しいカーツィで王妃を迎えた。
王妃はルリアーナに穏やかな笑みを向け、「身内の集まりみたいなものよ、楽にしてちょうだい」と言い、席に着く。
しかしその美しいカーツィもまたルリアーナが王妃のお気に入りである理由の一端であったため、王妃は満足そうに彼女を見つめていた。
けれど王妃に促され椅子に座ろうとしていたルリアーナはその目に気がつかなかった。
ここではヴァルトだけがしっかりとそれを見ていた。
「今日来てもらったのはね、王族の今後について話し合いたかったからなの」
「……王族の、今後?」
温かい紅茶が王妃にサーブされるのを待っていたルリアーナは、彼女の第一声に首を傾げる。
すでに王家とは君主と臣下の関係しかないはずなのに、わざわざ自分に話すような今後とは一体何だろうか、と。
「ええ。率直に言って、今のジークには何の期待も持てないでしょう?」
王妃は程よい温度に調整された紅茶をこくりと口に含む。
ふわりと広がる早摘みの茶葉の芳しくもすっきりとした香りが王妃を包んだ。
「陛下ははっきりとは仰らなかったけれど、もしあの子がこのままなら、最悪の事態もあり得ると思うの」
王妃の言葉に何と返したらよいか掴みあぐねていたルリアーナは曖昧に頷きながら話を聞いていたが、王妃の言う『最悪の事態』を考えてみる。
「……まさかとは思いますが、廃嫡、ですか?」
このゲームにおいて、ルリアーナの本来の未来は断罪の末の国外追放だ。
それに準じて考えるなら、王子の最悪は廃嫡の上平民落ちといったところだろう。
とはいえ、流石にそんなことにはならな…。
「そう、そのまさかよ」
…なるらしい。
王子が特別扱いされないことに喜ぶべきか、と一瞬ルリアーナは考えたが、すぐに頭を振って考えを改める。
「そんな、ジーク様は優秀な王子でいらっしゃいます。婚約を破棄した私が言えたことではないかもしれませんが、国にとって手放すには惜しい人材かと…」
ルリアーナはジークを愛してはいないが、幼い頃から隣で見てきた彼は王子としての、次代の王としての才覚があるとは思っている。
「私もそう思います。しかし、以前のあの子ならばいざ知らず、今のあの子には何より大切なものが欠けているのです」
王妃もルリアーナの言葉に頷きながら、だが同時にそれをきっぱりと否定するだけのものがあると言う。
ルリアーナにはそれが何かわからなかったが、ちらりと視線をやるとヴァルトには答えがわかるのか、彼は王妃の言葉にうんうんと頷いていた。
「大切なもの、とは、何でしょう?」
それが何かわからないのが自分だけであることに少しだけ落ち込みながら、ルリアーナは王妃に答えを求めた。
王妃は「それは」と言って香り立たせるように紅茶を揺らしながら、
「王族としての矜持、そして臣下の義務です」
と答えを告げた。
王妃の手の中で紅茶の水面が揺れる。
それが示しているのは王妃の母としての心情か、はたまたジークの行く末の不安定さか。
「自身の行動が齎す影響や責任を認識しないで、許されるわけのない色恋に呆けている今の兄様には王族としての矜持なんか微塵もないでしょう?」
ルリアーナが何とはなしに王妃の手元で揺れる紅茶を見ていると、ヴァルトがその後を継ぐようにさらに王妃の言葉を解説する。
「しかも色ボケした結果、父様、つまり国王陛下が最善であると選ばれた婚約者を蔑ろにして婚約破棄までした。いずれが次代の王であろうと現在は一介の王子に過ぎない兄様が現代の王の命に逆らったんだ。それは臣下としてあるまじきことだと思わない?」
ふふふと笑みを滲ませ、自分の兄の不手際を語っているとは思えないほど無邪気に、いっそ楽しそうにヴァルトはそう言ってルリアーナを見る。
「つまりね、今の兄様は王族どころかこの国の貴族としてすら落第点なの。そんな人を王族に、ましてや王太子になんか絶対にできない。だからこのままなら廃嫡もやむなしというのが僕たちの考えだよ」
素敵でしょ?と小首を傾げるヴァルトは可愛らしかったが、ルリアーナは頭を抱えたくなった。
「ええと、ちょっと待ってくださいね…?」
ルリアーナは額に手を当て、瞑目して今まで得た情報をまとめる。
確かに現王に逆らったのだから、ジークは処罰を受けるべきだというヴァルトの話は理解できる。
だが元はと言えば婚約破棄はルリアーナから言い出したことで、であるならば裁かれるべきは自分ではないかと思った。
ということはもしかしてそのために自分は今日ここに呼ばれたのかと勘繰ってみたが、それにしては王妃とヴァルトが好意的過ぎる。
だからきっとそうではないのだろうが、では自分がここに呼ばれたのは何故だという疑問が浮かぶ。
王妃は「王族の今後について話し合う」と言ったが、今のところジークのこと以外の話は出ていない。
これからそういう話になるのだろうかとも考えたが、それでも何故自分に話したのかはわからなかった。
と言うか正直、そんなことよりももっと気になることがどうしても頭を掠めて思考が上手くまとまらない。
気になること、それはヴァルトの態度だ。
自分の兄が追い込まれているというのに、何故ああも楽しそうなのか。
彼が国王の座を狙っていたならともかく、以前『自分は兄の治世を支えたい』と言っていたし、彼が野望を抱いているという話も聞いたことがないのに。
そんな彼が何故兄の廃嫡を『素敵』と言ったのか。
考えても答えが全く浮かばず、ルリアーナは呻きながら髪を掻きまわしたい衝動に駆られた。
ルリアーナ付きのメイドが普段の何倍も気合を入れて整えてくれたものでなければ本当にそうしていたかもしれない。
「ふふふ、ルリアーナ姉様、今頭の中ぐっちゃぐちゃでしょ?」
そんなルリアーナの葛藤を見透かすようにヴァルトが笑顔を浮かべる。
それはもう実にいい笑顔で、この子は将来確実にドSの腹黒になるなとルリアーナは確信した。
「多分僕が嬉しそうだから戸惑ってるんだよね?だから、ヒントをあげる」
ヴァルトは年不相応の聡明さでルリアーナの思考を読むと、
「僕もね、婚約破棄をしたんだよ。そして新たに婚約者候補となった人が、僕がずっと大好きだった人なんだ」
少し照れくさそうに頬に赤みを乗せて、胸元で両手を打ちながら嬉しそうににっこりと笑ってそう言った。
なるほど、確かにそれなら上機嫌な理由もわかる。
だが何故兄の失脚が素敵なのかはわからない。
「その人はね?ゆくゆくは王妃になってもらいたいと父様や母様に思われている人で、だから今までは王太子に最も近い第一王子の婚約者だったの。そのせいで王になる気がなかった僕はその人を諦めるしかなかったんだけど、今回兄様がやらかしてくれたお陰で僕が王太子にならなくちゃいけなくなって、正直めんどくさいなあって思っていたんだけど、それなら僕が王妃候補のその人と婚約してもいいんだって気がついちゃって」
ヴァルトは嬉々とした様子で兄の失脚で自分の立場がどう変わったかを語る。
そしてルリアーナはそこまで言われてそれが誰かわからないような鈍感系ヒロインでもなかったし、察しが悪くもなかった。
「あの、それって、そう、いう、こと…?」
ヒントと言いながらほぼ答えを口にしたヴァルトの言葉で全てを悟って、ルリアーナは冷や汗を流す。
それでも最後の悪あがきとばかりに決定的な言葉を口にしなかったのだが、ヴァルトは輝く笑顔でとどめを刺した。
「うん。僕ね、ルリアーナ姉様と婚約することになったんだ」
素敵でしょ?とヴァルトは先ほどと同じ言葉と笑顔でルリアーナに同意を促した。
「えーっと…」
思いもよらぬ報せに頭が真っ白になりながら、ルリアーナが真っ先に思い浮かべた言葉は。
『この天使の如き笑顔で人の不幸を喜ぶような腹黒ドS王子と、一生一緒に暮らすの…?』
そんな不安と驚愕と、
『………でもきっと、退屈はしないだろうな』
ほんの少しの興味と高揚による期待の言葉だった。
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