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ルリアーナ編
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「ジーク様ぁ。おはようございますぅ」
「ああカロン、おはよう。登校早々に朝日に煌くどんな花よりも愛らしい君の笑顔が見られるなんて、今日は気持ちよく一日が送れそうだ」
「やだぁ、ジーク様ったらぁ」
馬車停まりで降りて校門へ向かうまでの僅かな朝の散歩の最中、ルリアーナの耳にそんな声が聞こえてきた。
声の主は互いに呼び合っていた名前の通り、元婚約者の第一王子ジークと泥棒猫ヒロインのカロンだ。
「そういえば昨日珍しい菓子をいただいてね、カロンが好きそうなものだったから持ってきたんだよ」
「わぁ、嬉しいですぅ!」
「君に喜んでもらえるなら何よりだな。後でサロンで一緒に食べようか」
「はぁい!」
2人はぴたりと寄り添い、仲睦まじく門をくぐっていく。
数メートル先のその光景を見て、ルリアーナはこう思っていた。
さっっっっむううぅぅぅ!!!
ゲーム通りのセリフってだけなんだけど、記憶にあるものと寸分違わぬものだけど。
朝一であれはきっついわぁ。
私、ヒロインじゃなくてよかった。
サバサバとした性格の彼女は人前でベタベタといちゃつくのが苦手だった上、君とな2のキャラクターたちに恋情は抱けそうにもなかったので自分の転生結果にほっと胸を撫で下ろした。
あちら側でなくて本当に良かったと。
しかしふと顔を上げて周りを見れば、そこには様々な種類の視線がある。
憐み、蔑み、嘲笑、愉悦。
多くがルリアーナを馬鹿にして侮るような視線だったが、その中に僅かばかり憤慨もあった。
「おはようございます、お姉様。朝から随分と不快なものをご覧になってしまいましたわね」
「おはようございます。あの2人、ルリアーナ様に気づいてもおりませんでしたわ」
「ほんと、朝から脳内お花畑かっていう。おはようございます、ルリアーナ様」
そんな数少ない憤りを瞳に宿しながらルリアーナに近寄ってきたのは3人の令嬢だった。
彼女たちは昨日のお茶会にも出席していた、ゲームではルリアーナと同じ立場に、ジーク以外の攻略対象者たち5人の婚約者でカロンにとっては悪役令嬢だという立場にある。
「おはよう、サーシャさん、アリシアさん、グレイスさん。今日はミーシアさんとレイシーさんはまだ来ていないのかしら?」
ルリアーナは自身に向けられる多数の視線などものともしない笑顔で3人に挨拶を返しつつ、茶会に来ていた残りの2人(彼女たちも悪役令嬢である)の姿が見えないことを問う。
ちなみにサーシャ、グレイス、ミーシアは伯爵令嬢で、アリシアとレイシーは男爵令嬢だ。
ルリアーナの問いは単純に今日は5人一緒じゃないのかという疑問からだったのだが、問われた3人は顔を暗くして俯いてしまった。
「それが…」
3人を代表してグレイスが答えようと口を開くが、歯切れ悪くすぐに言い淀む。
普段は快活で物をはっきりと言う彼女らしからぬその様子にルリアーナは焦った。
「えっと、私が聞いてはいけないことだったのなら、無理には…」
ルリアーナはすぐに笑顔で取り繕って手を振りながら、無理なら言わなくてもいいと示す。
彼女たちの様子から、きっと聞いてはいけないことだったのに自分が公爵令嬢だから話さなければいけないと思わせてしまったのだと思ったのだ。
振りかざすつもりはないが、自分には権力があるのだから発言には気をつけなければならなかったのに。
言葉も配慮も足りなかったかもしれない。
そのことを反省しながら、ルリアーナは大切な悪役令嬢仲間である彼女たちの気持ちを無視してまで聞きたいことではないのだと改めてグレイスに笑顔を向ける。
だが戸惑いと反省と焦りが混じったその笑みは、困っているような悲しんでいるような顔になってしまっていた。
ルリアーナにそんな気持ちは微塵もなかったが、そう見えてしまったことでグレイスは逆にルリアーナに正直に告げるべきだと決意を固めたようだ。
「実は、ローグ様が」
「…ローグ?」
グッと顔を上げたグレイスが告げた名前にルリアーナは意外そうにその名を繰り返す。
ローグというそれはルリアーナの親戚筋の侯爵子息の名前であり、ここに来ていないミーシアの婚約者でもあったはずだ。
なぜ今その名前が?と不思議に思っていると、
「先日、とうとうローグ様が、あの女の手に落ちたようなのです…」
グレイスがぎゅうっと強くスカートの裾を握りしめ、悔しさを滲ませながらそう告げた。
きっと心の中ではカロンへの罵詈雑言が渦巻いていることだろう。
グレイスのアントン家とミーシアのナバール家は遠縁で一族の仲が良かったからなおさらだ。
「それを登校中に知ったミーシア様はショックで倒れてしまって、今はレイシーさんが付き添って医務室に」
グレイスの言を継いだアリシアは、今にも泣きそうな顔で両手を組んで俯いたままで、隣のサーシャは顔を上げてはいたが口元はきつく結ばれており、悔しい気持ちはグレイスと同じといった様子だった。
しかしそんな3人を見ながらルリアーナが感じたのは「やっとか」という、ある意味彼女たちとは真逆の感情であった。
ローグが悪役令嬢ミーシアの婚約者であるということは、つまり彼も攻略対象者ということ。
ゲーム補正かヒロインマジックか知らないが、攻略対象者である以上いずれローグも落ちることなどわかり切っていた。
だから聞いても然程のショックはない。
「あの女、ルリアーナ様の婚約者のみならず、ご親類のローグ様まで…!!」
けれどそう言って「くぅっ」と呻いているサーシャは、もしかしたらカロンが狙いすましたようにルリアーナの周辺の人間を取り込んでいる(ように見える)ことが悔しいのかもしれない。
だがそれもゲームの内容を踏襲しているだけの仕方ないことであったので、やはりルリアーナとしては思うところはなかった。
そもそもメインの攻略対象者である第一王子ジークの婚約者であったルリアーナは、メインの悪役令嬢ということもあり他の5人の悪役令嬢よりも扱いが酷い。
例えばカロン虐めの主犯は誰のルートを選んでもルリアーナであるし、そのせいでカロンがジーク以外を選んでも必ず断罪の累が及ぶ。
そしてその罪は婚約者と身内から証言されるため、彼女の周囲にはいつでも味方がいないのだ。
正直、ルリアーナとしてはジークが離れて行ったことよりも、ローグがカロンについたことよりも、今こうしてルリアーナのことを憂いてカロンに対し憤りを感じてくれる人がいることの方が大事だった。
「ローグのことは残念だけれど、起きてしまったことは仕方ないわ」
だからそんな彼女たちを守るために、ルリアーナは口を開く。
「恐らく彼女が手に入れたかった駒はこれで全部揃ったはず。あとは計画通り、貴女たちは絶対に彼女に近づかないこと。悪口も言わないこと。そして家長に婚約者と彼女のことを詳しく伝えて、いつでもこちらに有利な婚約破棄ができるようにしておくこと」
それはカロンがジークに近寄ってきた頃から彼女たち5人に言い含めてきたことだった。
『彼女はジーク様のみならず貴女たちの婚約者たちにも声を掛けていたから、きっと彼らのことも狙っていると思うの』
そう言って集めた5人は初めのうちこそ半信半疑だったが、1人2人とジークと共にカロンの周りに侍るようになっているのを見てルリアーナの言うことが正しいと理解し、彼女の言を守るようになっていた。
そうして仲間になった彼女たちに、ルリアーナは事あるごとにそれを言い聞かせていた。
忘れないように、常に意識するように、と。
「決して感情に流されて不利を掴まないこと。いいわね?」
そうしなければ彼女たちを守るのは難しいから心に刻んでおくようにと、ルリアーナは何度目かわからない釘を刺した。
彼女たちを信じていないわけではない。
ただ、ルリアーナとは違い今まで婚約者と仲良く過ごしていた彼女たちが抱く嫉妬心が怖かった。
嫉妬というのは時として冷静な判断を奪い、人を人ではないものに変えてしまうことがあるものだから。
彼女たちがいつかそうならないとは言い切れない。
「「「はい!お姉様!!」」」
しかし声を揃えてそう言う目の前の彼女たちを見る限り、今のところその心配はなさそうだと安心する。
彼女たちはきっと、ルリアーナを信頼してくれているだろうと。
実際は信頼どころか心酔しきっているが、ルリアーナはそのことには気がついていなかった。
なお、ルリアーナをお姉様と呼んでいるが、彼女たちは全員同い年である。
「ああカロン、おはよう。登校早々に朝日に煌くどんな花よりも愛らしい君の笑顔が見られるなんて、今日は気持ちよく一日が送れそうだ」
「やだぁ、ジーク様ったらぁ」
馬車停まりで降りて校門へ向かうまでの僅かな朝の散歩の最中、ルリアーナの耳にそんな声が聞こえてきた。
声の主は互いに呼び合っていた名前の通り、元婚約者の第一王子ジークと泥棒猫ヒロインのカロンだ。
「そういえば昨日珍しい菓子をいただいてね、カロンが好きそうなものだったから持ってきたんだよ」
「わぁ、嬉しいですぅ!」
「君に喜んでもらえるなら何よりだな。後でサロンで一緒に食べようか」
「はぁい!」
2人はぴたりと寄り添い、仲睦まじく門をくぐっていく。
数メートル先のその光景を見て、ルリアーナはこう思っていた。
さっっっっむううぅぅぅ!!!
ゲーム通りのセリフってだけなんだけど、記憶にあるものと寸分違わぬものだけど。
朝一であれはきっついわぁ。
私、ヒロインじゃなくてよかった。
サバサバとした性格の彼女は人前でベタベタといちゃつくのが苦手だった上、君とな2のキャラクターたちに恋情は抱けそうにもなかったので自分の転生結果にほっと胸を撫で下ろした。
あちら側でなくて本当に良かったと。
しかしふと顔を上げて周りを見れば、そこには様々な種類の視線がある。
憐み、蔑み、嘲笑、愉悦。
多くがルリアーナを馬鹿にして侮るような視線だったが、その中に僅かばかり憤慨もあった。
「おはようございます、お姉様。朝から随分と不快なものをご覧になってしまいましたわね」
「おはようございます。あの2人、ルリアーナ様に気づいてもおりませんでしたわ」
「ほんと、朝から脳内お花畑かっていう。おはようございます、ルリアーナ様」
そんな数少ない憤りを瞳に宿しながらルリアーナに近寄ってきたのは3人の令嬢だった。
彼女たちは昨日のお茶会にも出席していた、ゲームではルリアーナと同じ立場に、ジーク以外の攻略対象者たち5人の婚約者でカロンにとっては悪役令嬢だという立場にある。
「おはよう、サーシャさん、アリシアさん、グレイスさん。今日はミーシアさんとレイシーさんはまだ来ていないのかしら?」
ルリアーナは自身に向けられる多数の視線などものともしない笑顔で3人に挨拶を返しつつ、茶会に来ていた残りの2人(彼女たちも悪役令嬢である)の姿が見えないことを問う。
ちなみにサーシャ、グレイス、ミーシアは伯爵令嬢で、アリシアとレイシーは男爵令嬢だ。
ルリアーナの問いは単純に今日は5人一緒じゃないのかという疑問からだったのだが、問われた3人は顔を暗くして俯いてしまった。
「それが…」
3人を代表してグレイスが答えようと口を開くが、歯切れ悪くすぐに言い淀む。
普段は快活で物をはっきりと言う彼女らしからぬその様子にルリアーナは焦った。
「えっと、私が聞いてはいけないことだったのなら、無理には…」
ルリアーナはすぐに笑顔で取り繕って手を振りながら、無理なら言わなくてもいいと示す。
彼女たちの様子から、きっと聞いてはいけないことだったのに自分が公爵令嬢だから話さなければいけないと思わせてしまったのだと思ったのだ。
振りかざすつもりはないが、自分には権力があるのだから発言には気をつけなければならなかったのに。
言葉も配慮も足りなかったかもしれない。
そのことを反省しながら、ルリアーナは大切な悪役令嬢仲間である彼女たちの気持ちを無視してまで聞きたいことではないのだと改めてグレイスに笑顔を向ける。
だが戸惑いと反省と焦りが混じったその笑みは、困っているような悲しんでいるような顔になってしまっていた。
ルリアーナにそんな気持ちは微塵もなかったが、そう見えてしまったことでグレイスは逆にルリアーナに正直に告げるべきだと決意を固めたようだ。
「実は、ローグ様が」
「…ローグ?」
グッと顔を上げたグレイスが告げた名前にルリアーナは意外そうにその名を繰り返す。
ローグというそれはルリアーナの親戚筋の侯爵子息の名前であり、ここに来ていないミーシアの婚約者でもあったはずだ。
なぜ今その名前が?と不思議に思っていると、
「先日、とうとうローグ様が、あの女の手に落ちたようなのです…」
グレイスがぎゅうっと強くスカートの裾を握りしめ、悔しさを滲ませながらそう告げた。
きっと心の中ではカロンへの罵詈雑言が渦巻いていることだろう。
グレイスのアントン家とミーシアのナバール家は遠縁で一族の仲が良かったからなおさらだ。
「それを登校中に知ったミーシア様はショックで倒れてしまって、今はレイシーさんが付き添って医務室に」
グレイスの言を継いだアリシアは、今にも泣きそうな顔で両手を組んで俯いたままで、隣のサーシャは顔を上げてはいたが口元はきつく結ばれており、悔しい気持ちはグレイスと同じといった様子だった。
しかしそんな3人を見ながらルリアーナが感じたのは「やっとか」という、ある意味彼女たちとは真逆の感情であった。
ローグが悪役令嬢ミーシアの婚約者であるということは、つまり彼も攻略対象者ということ。
ゲーム補正かヒロインマジックか知らないが、攻略対象者である以上いずれローグも落ちることなどわかり切っていた。
だから聞いても然程のショックはない。
「あの女、ルリアーナ様の婚約者のみならず、ご親類のローグ様まで…!!」
けれどそう言って「くぅっ」と呻いているサーシャは、もしかしたらカロンが狙いすましたようにルリアーナの周辺の人間を取り込んでいる(ように見える)ことが悔しいのかもしれない。
だがそれもゲームの内容を踏襲しているだけの仕方ないことであったので、やはりルリアーナとしては思うところはなかった。
そもそもメインの攻略対象者である第一王子ジークの婚約者であったルリアーナは、メインの悪役令嬢ということもあり他の5人の悪役令嬢よりも扱いが酷い。
例えばカロン虐めの主犯は誰のルートを選んでもルリアーナであるし、そのせいでカロンがジーク以外を選んでも必ず断罪の累が及ぶ。
そしてその罪は婚約者と身内から証言されるため、彼女の周囲にはいつでも味方がいないのだ。
正直、ルリアーナとしてはジークが離れて行ったことよりも、ローグがカロンについたことよりも、今こうしてルリアーナのことを憂いてカロンに対し憤りを感じてくれる人がいることの方が大事だった。
「ローグのことは残念だけれど、起きてしまったことは仕方ないわ」
だからそんな彼女たちを守るために、ルリアーナは口を開く。
「恐らく彼女が手に入れたかった駒はこれで全部揃ったはず。あとは計画通り、貴女たちは絶対に彼女に近づかないこと。悪口も言わないこと。そして家長に婚約者と彼女のことを詳しく伝えて、いつでもこちらに有利な婚約破棄ができるようにしておくこと」
それはカロンがジークに近寄ってきた頃から彼女たち5人に言い含めてきたことだった。
『彼女はジーク様のみならず貴女たちの婚約者たちにも声を掛けていたから、きっと彼らのことも狙っていると思うの』
そう言って集めた5人は初めのうちこそ半信半疑だったが、1人2人とジークと共にカロンの周りに侍るようになっているのを見てルリアーナの言うことが正しいと理解し、彼女の言を守るようになっていた。
そうして仲間になった彼女たちに、ルリアーナは事あるごとにそれを言い聞かせていた。
忘れないように、常に意識するように、と。
「決して感情に流されて不利を掴まないこと。いいわね?」
そうしなければ彼女たちを守るのは難しいから心に刻んでおくようにと、ルリアーナは何度目かわからない釘を刺した。
彼女たちを信じていないわけではない。
ただ、ルリアーナとは違い今まで婚約者と仲良く過ごしていた彼女たちが抱く嫉妬心が怖かった。
嫉妬というのは時として冷静な判断を奪い、人を人ではないものに変えてしまうことがあるものだから。
彼女たちがいつかそうならないとは言い切れない。
「「「はい!お姉様!!」」」
しかし声を揃えてそう言う目の前の彼女たちを見る限り、今のところその心配はなさそうだと安心する。
彼女たちはきっと、ルリアーナを信頼してくれているだろうと。
実際は信頼どころか心酔しきっているが、ルリアーナはそのことには気がついていなかった。
なお、ルリアーナをお姉様と呼んでいるが、彼女たちは全員同い年である。
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