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何故なのか
しおりを挟む「いいじゃない、アシェル・ランドーソン様は特に婚約者様も決まっておられないのでしょう?賢くて見目も麗しいらしいし、パートナーに誘われるなんて名誉なことではないの?」
「…そうですけど」
「アリーは何が気に入らないの?」
「お母様、…‥…ツンデレってご存知です?」
「つんでれ?なぁにそれ」
スコーンを優雅に口に運びながら、母親はおっとりとアリエットを見た。
小首を傾げて不思議そうな顔をしているので、やはり意味は通じていないようだ。なので、アリエットは巷で流行っている恋愛小説の中でのお話なのですが、とつけ加えてから大まかな説明をした。
「普段は、相手によっては不遜に感じるほど澄ました態度をとる人物が、何かのきっかけで態度が軟化することをいうようです。」
「…パパのこと?」
「え?」
「貴女のお父様よ。」
「ええ?」
思ってもみなかった方向から父親が登場して、アリエットは間抜けにぽかんと口を開けた。その顔にふふ、と母は可憐に微笑む。
「パパ、ああ見えて人見知りがすごいの」
「人見知り…」
「そうよ?驚くわよね?ふふ、分かるわ。
学生の頃なんて、私の後ろに隠れて吃りながら喋ってたもの。それが他の人から見ると、怒っているように見えていたのよ。喋るのも好きじゃなくて今よりもかなり無口だったし。
貴女の知るお父様と全然違うでしょう?年を取るってすごいわよねえ、生きるのに慣れてくるのかしらね?
未だに家族以外と話す時は緊張して睨んでいるようになってしまうって言っているけど、前みたいに挙動不審にはならなくなったもの」
「…」
(何それ。全く想像できない…)
確かに父は少々強面である。商売をする時には少しくらい迫力があった方が良いなと常々思っているアリエットからすれば父の長所の一つだと思っていたけれど、その父がこのふんわりとした母の後ろに隠れていた?どうやって?
「だって貴女のつい最近まで結んでいた婚約、あれも断れなくて、だったのよ?」
「え?」
アリエットは大きな瞳を更に丸くした。友人同士の酒の席での話で結んだものだと聞かされていたのだけれど?(それもどうかと思うが)
「お酒の席で、断れなくてそうなってしまったのよ。友達だから、隣の領地だから都合が良いとか言い訳みたいに時々言ってたいたけれど自分を過ちを正当化しようとしたんじゃないかしら?
昔からマニール伯爵はパパの元々の性格を知っているから、ちょっとパパのことを下に見ているというか舐めているというか、そういう所があったのよね~」
父とは幼少期から知り合いであった母が言うのだから、そうなのだろう。
お前には自分の息子と同い年の娘がいる、しかも薬草と食いっぱぐれにくい特産品のある領地でお隣さん。お互いに利があって良いじゃないか、婚約をしてくれ、それが良いそうしようと、押し切られたとのことだ。
「だからこそ、ランドーソン様のご子息様が貴女を誘った事に対して、人一倍喜びを感じているのかもしれないわ」
「どうして?」
「パパねえ、同級生の中で私以外にランドーソン様だけには心を開いていたのよ」
「…数回しか話したことがないのに?」
「あら、そうなのよ。よく知っているわねえ。
ほら、あるじゃないそういう事。たった一度きりしか会わない、一言しか言葉を交わしていないのにこの人だ、って思うこと」
「…恋愛的にということ?」
「やだ、もしそうだったら貴女が産まれていないじゃない」
口元を隠しながらころころと少女のように楽しげに笑う母に、アリエットは困惑を深めるばかりで。
「あの方はパパにとって人間としてとても尊敬できる方だったと言う事よ。
特殊な環境に身を置かれていたし、同学年でいる期間はとても短かったから数回しか言葉を交わす機会はなかったと聞いているけれど、その数回でランドーソン様に心酔していらっしゃったから、よっぽど心が惹かれたのでしょうね。だから、嬉しかったのよ、とても。」
「…今回は妹さんにお相手が居るということでたまたま誘われただけかと思いますし、普段は親しい訳では無いですけど」
「あら?そうなの?」
「はい。むしろ嫌われているのかと」
「え?どういうこと?」
アリエットのその言葉を聞いた瞬間に母の顔が曇ったので、少女は普段のアシェルの様子を素直に伝えた。
いつも双子の妹の後ろに立ち、言葉をかけてくるわけでもなく無表情で見つめられる、嘲笑を向けられる、無視をされるなど。
話をしていたら色々と今までの事を思い出してしまって、少し不機嫌になり頬を膨らませながら説明をするアリエットに、母は少女に良く似た形の目を丸くした後。可笑しそうに笑った。
「…何故笑うのですか?」
「ごめんなさい、とても似ている人を知っているものだから」
「どなたです?」
「さっき話したわよ」
「?」
「貴女のお父様よ」
「え?!ど、どこが」
「成程、ランドーソンのご子息様はさっきアリーが言っていた『つんでれ』、というやつなのね。話を聞いてよーく分かったわ」
母の言葉にアリエットはますます意味が分からないと言った顔をして、母はその表情に笑みを深めた。
「好きな子ほど、なんとやらって、ね?」
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