【完結】え、別れましょう?

須木 水夏

文字の大きさ
上 下
9 / 23

何故なのか

しおりを挟む




「いいじゃない、アシェル・ランドーソン様は特に婚約者様も決まっておられないのでしょう?賢くて見目も麗しいらしいし、パートナーに誘われるなんて名誉なことではないの?」

「…そうですけど」

「アリーは何が気に入らないの?」

「お母様、…‥…ツンデレってご存知です?」

「つんでれ?なぁにそれ」



 スコーンを優雅に口に運びながら、母親はおっとりとアリエットを見た。
 小首を傾げて不思議そうな顔をしているので、やはり意味は通じていないようだ。なので、アリエットは巷で流行っている恋愛小説の中でのお話なのですが、とつけ加えてから大まかな説明をした。




「普段は、相手によっては不遜に感じるほど澄ました態度をとる人物が、何かのきっかけで態度が軟化することをいうようです。」

「…パパのこと?」

「え?」

「貴女のお父様よ。」

「ええ?」



 思ってもみなかった方向から父親が登場して、アリエットは間抜けにぽかんと口を開けた。その顔にふふ、と母は可憐に微笑む。




「パパ、ああ見えて人見知りがすごいの」

「人見知り…」

「そうよ?驚くわよね?ふふ、分かるわ。
 学生の頃なんて、私の後ろに隠れて吃りながら喋ってたもの。それが他の人から見ると、怒っているように見えていたのよ。喋るのも好きじゃなくて今よりもかなり無口だったし。
 貴女の知るお父様と全然違うでしょう?年を取るってすごいわよねえ、生きるのに慣れてくるのかしらね?
 未だに家族以外と話す時は緊張して睨んでいるようになってしまうって言っているけど、前みたいに挙動不審にはならなくなったもの」

「…」
(何それ。全く想像できない…)



 確かに父は少々強面である。商売をする時には少しくらい迫力があった方が良いなと常々思っているアリエットからすれば父の長所の一つだと思っていたけれど、その父がこのふんわりとした母の後ろに隠れていた?どうやって?





「だって貴女のつい最近まで結んでいた婚約、あれも断れなくて、だったのよ?」

「え?」



 アリエットは大きな瞳を更に丸くした。友人同士の酒の席での話で結んだものだと聞かされていたのだけれど?(それもどうかと思うが)



「お酒の席で、断れなくてそうなってしまったのよ。友達だから、隣の領地だから都合が良いとか言い訳みたいに時々言ってたいたけれど自分を過ちを正当化しようとしたんじゃないかしら?
 昔からマニール伯爵はパパの元々の性格を知っているから、ちょっとパパのことを下に見ているというか舐めているというか、そういう所があったのよね~」



 父とは幼少期から知り合いであった母が言うのだから、そうなのだろう。

 お前には自分の息子と同い年の娘がいる、しかも薬草と食いっぱぐれにくい特産品のある領地でお隣さん。お互いに利があって良いじゃないか、婚約をしてくれ、それが良いそうしようと、押し切られたとのことだ。





「だからこそ、ランドーソン様のご子息様が貴女を誘った事に対して、人一倍喜びを感じているのかもしれないわ」

「どうして?」

「パパねえ、同級生の中で私以外にランドーソン様だけには心を開いていたのよ」

「…数回しか話したことがないのに?」

「あら、そうなのよ。よく知っているわねえ。
 ほら、あるじゃないそういう事。たった一度きりしか会わない、一言しか言葉を交わしていないのにこの人だ、って思うこと」

「…恋愛的にということ?」

「やだ、もしそうだったら貴女が産まれていないじゃない」




 口元を隠しながらころころと少女のように楽しげに笑う母に、アリエットは困惑を深めるばかりで。





「あの方はパパにとって人間としてとても尊敬できる方だったと言う事よ。
 特殊な環境に身を置かれていたし、同学年でいる期間はとても短かったから数回しか言葉を交わす機会はなかったと聞いているけれど、その数回でランドーソン様に心酔していらっしゃったから、よっぽど心が惹かれたのでしょうね。だから、嬉しかったのよ、とても。」

「…今回は妹さんにお相手が居るということでたまたま誘われただけかと思いますし、普段は親しい訳では無いですけど」

「あら?そうなの?」

「はい。むしろ嫌われているのかと」

「え?どういうこと?」




 アリエットのその言葉を聞いた瞬間に母の顔が曇ったので、少女は普段のアシェルの様子を素直に伝えた。

 いつも双子の妹の後ろに立ち、言葉をかけてくるわけでもなく無表情で見つめられる、嘲笑を向けられる、無視をされるなど。
 話をしていたら色々と今までの事を思い出してしまって、少し不機嫌になり頬を膨らませながら説明をするアリエットに、母は少女に良く似た形の目を丸くした後。可笑しそうに笑った。



「…何故笑うのですか?」

「ごめんなさい、とてもを知っているものだから」

「どなたです?」

「さっき話したわよ」
 
「?」

「貴女のお父様よ」

「え?!ど、どこが」

「成程、ランドーソンのご子息様はさっきアリーが言っていた『つんでれ』、というやつなのね。話を聞いてよーく分かったわ」




 
 母の言葉にアリエットはますます意味が分からないと言った顔をして、母はその表情に笑みを深めた。



「好きな子ほど、なんとやらって、ね?」








 







しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...