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諦めない男
しおりを挟むそんな変な事が午前中にあり、その午後。いつも通りにメーベリナと図書館へ行こうとしていたアリエットは、そこへ行くまでの道程でまたしてもディオルに絡まれていた。執拗い男である。
「アリー!話が途中だったのに朝は何故挨拶もなしに行ってしまったんだ?」
「はあ?貴方が他の方とお話をされていたからでしょう?」
「なっ!ま、待ってくれたらいいじゃないか!」
「何故待たないといけないのですか?私全く関係ないのですけど」
「関係ないことは無いだろう?!婚約者なのに」
「書類のやり取りが本日もう終わっているはずですから、元 ですわね。もと。」
「はぁ?!」
(はぁ?って何よ。頭の中どうなっているのかしら?
自分で婚約を解消っていったんでしょうが!もうお父様にもお伝えして午前中に動くって言ってたわよ!いい加減にして欲しいものだわ)
心の中で悪態をつき続けながら、アリエットはメーベリナに先に行くように促した。メーベリナには朝の時点で婚約解消に今後なる旨を伝えているが、またしても廊下の真ん中で大声で話しかけてくるなんて、これではディオルは恥晒しどころではない、恥を積極的にばら撒くマンだ。
彼女をディオルの戯れ言に付き合わせるのが申し訳なかった。
けれど、少女は軽く首を振るとアリエットに対してにっこりと微笑んだ後、ディオルを虫螻を見るような目で見ながらこう言った。
「マニール伯爵子息様。幼馴染とは言え、女性に対してそんなに馴れ馴れしくするのはどうかと思いますが?」
「な、メーベリナ」
「あら?わたくしの事も幼馴染だからと言って名前で呼ぶのはやめて頂けません?」
そうなのだ。アリエットとディオル、そしてメーベリナは三人とも領地が隣同士の幼馴染なのであった。
アリエットとディオルは婚約を結んでいたが特に親しくなかったのと同じように、メーベリナとディオルも、季節ごとに行われる領地同士のパーティーで顔を合わせるくらいの関係性で、勿論親しくない。アリエットとメーベリナは同性でしかも趣味(絵画鑑賞や読書)が被っていたので、会えない間もしょっちゅう手紙のやり取りをし、親友と呼べるほどに仲良くなったのだ。
それを、何を勘違いしているのか幼馴染なら馴れ馴れしくしても良いと思っているらしいディオルに少女達は呆れた。
「べ、別にいいじゃないか、名前くらい」
「名前くらいではありません。貴方、まさか高位の方にも同じように仰るつもりなの?伯爵様の躾がなっておられませんわね」
「なっ?!」
「例え幼馴染であったとしても、こうも感性が違っておりますと絡むことも難しいのだと思うのです。だから今後は一切声掛けもしてこないでくださいませ?行きましょう、アリー」
「では、失礼致します」
言葉を挟む間もなく少女二人に背を向けられ、ディオルは唖然としたままそこに立ち止まっているようだった。廊下を進みながらアリエットは大きなため息をつく。
「淑女としては減点すぎる溜息ね」
「溜め息もつきたくなるでしょ、あんなの相手にしてたら」
「本当にね。…彼、あんな愚かな人だった?子どもの頃から知っているけど、もっと大人しかった気がするんだけど。知らない人を見ているようだったわ」
「私も知らなかったわよ。でも環境と恋は人を変えるというじゃない?」
「あら?あの方恋をしているの?え、だからアリーとの婚約を解消したってこと?」
メーベリナが興味津々な顔でアリエットを振り返った。
「何が原因なのか言ってなかったかしら?」
「聞いていないわよ?でも昔から結ばれても特に利益なし、恋愛感情なしだったでしょう?何かあれば解消になるんじゃないかとは思っていたわ」
「リナは恋愛本の読みすぎだけれど、正しくその通りになったわ。つい二日前に言われたのよ、好きな人ができたって。それでじゃあ別れましょう?ってお伝えしたの。…付き合ってる訳じゃなかったのだから、解消しましょう?の方が良かったかしら?」
「ふふ、確かに。」
クスクスと笑いながら歩く少女達の後ろ姿を、廊下の角に隠れながらひっそりと見つめる人影があったが、二人は気が付かなかった。
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