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話しかけてこないで

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(嫁がないことで、ディオルのお母様のお側に行かずに済んだことは良かったかもしれないわね。あの人、何かと嫁いびりしてきそうな雰囲気しかなかったし。ラッキーだわ。)





 そんなことを思い、すっかりと婚約解消が行われた気分で爽やかな朝にルンルンと登校すると、学園の門前でディオルにばったりとであった。
 と言うか、待ち伏せされていたらしい。アリエットの姿に気が付くと、まるで大型犬がしっぽを振るようにこちらに駆け寄ってくる。昔なら多少は可愛いと思えていたのかもしれないが、今となっては赤の他人である。うわあ、と顔に出さずに少女は心の中で呟いた。




「アリー!」

「あら、マニール伯爵令息様」

「え、何その他人行儀な呼び方…。それよりも聞いてよ。父上が変なんだ!」

「へえ」



 スタスタと教室に向かって歩きながら、アリエットは気の無い返事をする。他人行儀なのではなく正真正銘な事に、もしかしてこの幼馴染は気がついてない?と内心白けた目でディオルを見たが、表面上はいつもの淑女の笑みを称えていた。




「聞いてる?」

「まあ、それなりには」

「アリーとの結婚がなくなったんだからって、領地経営の勉強の時間が増えたんだけどそれがものすごく多いんだ。僕は次男だから継ぐわけでもないのに…。兄さんの補佐に必要だからって。」

「そうなんですか」

(そりゃそうでしょうよ。本来私と結婚したならうちの領地の経営を半分こする予定だったのに、あんたが婚約解消なんて持ち出したからおじ様が怒ってるんじゃない?)



 ディオルの父親は彼の母親と違って領地や領民の事を本当に考えていたし、薬草栽培という新たな事業に携わることが出来るという利点があった分、特に目新しいものを得ないアリエットの父よりも婚約に乗り気だったはずだ。
 元々成績の良いアリエットの方が経営に関しては期待をされていた。出来が悪いとまでは言わないが、平均並みのディオルを助けてやってくれと会う度に過大な期待を込めて言われていたのだから。

 
 スイスイと人混みを避けながら進んでゆくアリエットの後ろを、ディオルはぶつぶつと文句を呟きながら付いてくる。




(注意なんてしないわよ?)



 元婚約者にそんな話をしてくるなんて非常識極まりないが、アリエットには関係ない。
 廊下ですれ違うクラスメイトが、ディオルとアリエットを興味津々に見ているが、聞こえてくる会話(ディオルの一方的なもの)を聞こえてくると、ギョッとした顔をした。こんな人通りの多い場所で婚約解消の話をするなんて、常識がありませんと大声で言っているようなものだからだ。


(でしょう、そうでしょう。ね?それが普通の反応よ。)




「ねえ、聞いてるのアリー」

「…聞いておりませんわ」

「え?」

「聞いてないって言っておりますの。マニール伯爵令息様」

「な、何で?それにその呼び方やめてよ!変だ」
 
「全く、まーーーったく。変じゃないです。貴方と私は他人です。以前は婚約者だったのでお名前をお呼びしておりましたが、現在では関係の無く親しくもない方ですので、お名前で呼ぶことはありません」

「か、関係がないって…。お、幼馴染じゃないか!」

「幼馴染であろうとなかろうと、親しくない方を名前で呼ぶ訳にはまいりませんので。」


(嫌だって言ってるのが分からんのかこいつは)




 アリエットは笑顔のままでイライラし始めていた。大体こんなに話の分からない男ではなかったはずなのに、何かおかしい。もしかしたら、ディオルは元々こんな性格だったのだろうか?アリエットが気が付いていなかった(興味なかったから)だけで、前から話の通じないやつだった可能性が出てきた。
 段々と相手をするのも面倒くさくなってきたアリエットが話を切り上げようとした時。




「あら、ディオル様」

「え?あ!…リ、リ、リエナ様」

「おはようございます。朝からお会いできて嬉しいですわ」

「あ、あ、ぼ、僕も」


(あら、お互いを名前で呼んでるのね)


 教室の前まで辿り着いたちょうどそのタイミングで、後ろから天敵のリエナ・ランドーソンに声をかけられたアリエットは、ディオルとリエナがお互いを名で呼び合ったことに眉毛を少しだけ上げた。

 いつも通り、美しい笑みを浮かべた少女に微笑まれてさっきまでの不機嫌さは何処へやら。ディオルを頬を赤く染めながらデレデレと頭をかいている。
 幼馴染の照れた顔など一度も見たこともなかったアリエットは、素直に珍しいものを見た、という気持ちになった。




(ふぅん、あんな感じになるのねえ)





 校門からここまで着いてこられて、その上教室まで入ってこられたらどうしようと思っていたアリエットは、しめたと思いながら話し始めた二人を廊下に残したまま教室の中へと入っていった。
 
 後ろからアシェルが着いてきたのに全く気付かず、自分の席の前まで到着して振り返った瞬間に彼の存在に気がついて、悲鳴をあげたけれど。






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