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第二章
気持ちがは先走りいたしました
しおりを挟むマテオが呆気に取られた顔をして少女を見つめている。
その顔にアリアはハッと我に返った。
「あっ、も、申し訳ありません。勢い余ってつい...。」
コホン、と咳払いをするとアリアはうふふ、とごまかし笑いをうかべた。
「という訳で、是非ともリュシアン殿下と同じ学園生活を送るために、殿下ににご進言されるのはいかがでしょうか?」
「うーん...。」
マテオは目を伏せて、ガゼボの石の地面を見つめた。白いそれは鏡のように磨かれていて、うっすらと二人の姿が浮かび上がっている。
その反射を眺めるようにしながら、マテオは呟いた。
「リュシーはきっと...。」
「はい。」
「君が隣国へ行くというのなら、此方の学園には来ないと思うよ。」
「...はい?」
告げられた言葉に、アリアは首を傾げた。何故?とその顔には書いてあったに違いない。マテオは苦笑いを浮かべた。
「僕の口から何も言えないけど。彼はきっと...、ううん、絶対かな。留学はしないと思う。
そもそも、アリア嬢の留学の話を持ちかけたのってリュシーでしょ?」
「!そ、そうですね...。」
「うん。だよね。彼は君の力になりたいんだと思う。...そして出来ればアリア嬢の近くにいたいんじゃないかな。」
「わたしの、近くに...。」
(どうして…?)
『お前の知っている方向に物語は進まない。 』
男性主人公の一人であるマテオからそう断言されたように感じたアリアの顔からサァーっと血の気が引き、とっさに本音が口からこぼれ落ちてしまった。
「そ、それは、…。」
「…一国の王太子に気に入られていることは確かに厄介かもしれないね。けれど、リュシーは一度関わった事は最後までやり遂げたいと考える人間だから、アリア嬢に伸ばした手を途中で引っ込めることはしないと思うよ。」
「そ、それは…。」
「でもそうか。リュシーがそんな事まで...。弱ったな。」
マテオの小さな呟きはアリアの耳には届かなかった。少女は頭の中でぐるぐると小説の展開を思い出していた。
(それはそうでしょう。そういう方ですもの、リュシアン殿下は...。)
リュシアンが責任感の強い人物であることは、アリアも知っていた。
彼の腹心であるカトレアをスラム街で拾った時、周りの大人にどんなに反対されても彼女を手放さなず、明日死ぬかもしれなかった幼い女の子に生きる意味を与えその生命を守った。
カトレアと同時に拾った少年は身体が弱かった為、彼の記憶を魔法で封印した後に孤児院へと入れている。小説の中では、確かその少年は今はごく一般的な市民として、普通に働いているはずだ。
小説の中のカトレアはその少年の未来を当時は心から心配していて、それをリュシアンが責任を持って最後まで面倒を見たという内容が描かれていた。
カトレアが彼の腹心となり暗殺に手を染めた経緯も、リュシアンに生命を助けられた事に恩返しをしたいという強い気持ちが後押ししていたし。
彼女は主人公に言っていた。
『我が君は心根の美しい御方でございます。私の命を賭けても惜しくないほどに、守りたいと思える、そんな方なのです。』
まあ、そう言った彼女が普通にリュシアンの元を離れてここに居るのが、もはや謎すぎて意味が分からないのですが~?
「アリア嬢が留学するなら、僕も留学を考えてみようかなあ。」
「えっ?!」
急に悪戯っぽく微笑むマテオのその言葉に驚いたアリアは、思わず椅子から立ち上がった。その拍子に目の前の石のテーブルに強かに膝をぶつけてしまった。ゴンッと鈍い音が静かな朝の空間に響く。
(昨日に引き続き…!同じところ…?!
ああ、昨夜も大理石のテーブルでしたね、痛さが道理で同じくくらい…じゃないです、不注意がすぎます…!)
「…っ!!」
「大丈夫かい?!」
骨伝導で鈍く痺れるように痛む右膝を押さえて前屈みになるアリアの姿に、マテオは慌てて立ち上がるとテーブルを回り込んで少女に近づいた。
そして自らの肩に触れようとするマテオの手を目の端に捉えた少女は、反射的にガゼボの奥側に飛び退いてそれを避けた。
(ひぃっ…近い!断罪の種ダメ絶対!断固反対!です!)
痛みに顔を歪めたアリアの目に、一瞬にして鋭く走った緊張でブワッと涙が浮かび上がる。その顔を見たマテオは、伸ばしかけた手を宙に縫い止め、そのまま下ろすと何処か苦しげに、そして寂しそうに微笑んだ。
「…僕に触れられるのは、嫌?」
「…い...?...!!い、嫌とかでは!けして、けしてそうではないのですが、お、お気になさらないで欲しいと申し上げますか何と言いますか…。」
(なるべく断罪の要素に繋がる方達には近づいたくないんです、とは言えない…。)
「気にしないで欲しい?目の前で怪我をしている君を見て、それは無理な相談なんだけど…。」
心底心配そうなマテオの言葉は、アリアの心にストンと落ちた。ああそうだ、この方もこういう性格の方だった、と思い出した。
初めて出会った時。学園で迷子になり途方に暮れていたアリアを講堂まで導いてくれたのはマテオだった。優しい笑みを浮かべて彼女に手を差し伸べた。その親切心に触れてアリアは彼のストーカーになってしまうのだが。
(まあなんということでしょう、それは思い出す度に天を仰いで記憶喪失を願ってしまうほどの黒歴史…!!)
少女は走馬灯のように頭の中を駆け抜けた記憶に、思わず動揺で頭を目の前のテーブルに打ち付けてしまいそうになったが、それでもそこは淑女の卵。一切表情を変えずにその場で踏ん張った。
寧ろ緊張の余韻で少しだけ目元に涙を浮かべたまま「そろそろ使用人が部屋を訪れる時間ですので失礼しますね…」と言って、今度は膝ぶつけないようにゆっくりと立ち上がった。それと一緒に立ち上がった青年に少女は粛々と頭を下げた。
「送るよ。」
「いいえ。マテオ様はこのままどうぞ庭園をお楽しみください。もう暫くすると日が昇って、暑くなりますから今のうちですよ。」
そそそ、とその場を離れながらアリアはニッコリと笑って言った。
決して嘘ではない。昼間の日差しは最近だとやはり真夏のもので、なかなかに強くて影に居なければ肌が焦げてしまいそうになるのだ。空気が乾いている分感じる気温は湿度の高い地域よりも大分ましだったが、昼に花壇を見るとどことなく花達も暑そうに揺れている姿に見える。
アリアの言葉に戸惑ったように足を止めたマテオは、ゆっくりと去ってゆく少女の小さな背中をじっと見つめていた。そして小さく息を吐き出すと踵を返して反対方向へと歩き始めた。
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