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ネイフィア
しおりを挟むネイフィア・スパリオルは、辺境伯爵の一番目の娘だ。
深紅の艶やかで真っ直ぐな髪に、エメラルドのように煌めく切れ長の大きな瞳には勝気な性格が現れている。
火属性の魔力を持って生まれ、また現辺境伯爵であるネイフィアの母も同じ火魔法の使い手であった為、三歳の頃から簡単な魔法の扱い方の手ほどきを受けていた。
最初は安定して力を使うことは出来なかったが年々力が強くなり、学園へと入る手前には、既に中級の火魔法をかなり器用に使いこなせるようになっていた。
明日から始まる学園の寮生活に向けて最後の準備をしていた時、ふと机の上に置いてあったウサギのぬいぐるみがネイフィアの目に入った。
少女は一瞬躊躇った後、それを手に取った。小さな頃にまだ仲の良かった彼より贈られたものだ。
ネイフィアには他国に留学している兄がいる。少女と同じく、深紅の髪と緑色の目をした人だった。
ネイフィアの火の魔力が、歳を追うごとに強くなり順調に育っていく中、兄はそれを面白く思わなかったのだろう。
『何故ネイフィだけが強くなるの?ぼくはどうして強くなれないの?』
『もうネイフィとは遊ばない。』
『女ばかり魔力が強いこの国はおかしい。呪われてる。』
『俺はこの国を去る。』
このまま辺境伯に残っていても、兄は家を継ぐことは出来ないと、アストリス国を出て今は隣国のパイトル国で暮らしている。留学という形をとっているが、恐らく学園を卒業しても彼は戻ってこないだろう。そうネイフィアは思った。向こうの国では、兄の魔力程度でも強いとされている。生きている術はいくらでもあるだろう。
「何故、女だけが魔力が強いのか、か。そんなの…」
知らーんがな!
神様にでも聞いてくれ、である。
事実として女性の魔力が高いのはずっと古来からのことで、これは世代が移り変わっても続いている。
つまりいくら血が交わろうと、魔力が多く宿るのは圧倒的に女性なのだ。その事は物心のつく幼い頃に教えられる。
十年に一度ほどのタイミングで、魔力が女性の平均レベルの男性が産まれることもあったが、それは本当に稀有な事だった。兄は、そんな稀な存在になりたかったのかもしれない。
妹よりも魔力を上手く扱えない兄の怒りや嫉妬心を、ネイフィアは分からないわけではなかったが、幼馴染のクリステルとエリオットの関係のように、お互いにフォローし合える事が出来ることも知っていた。本来であれば将来的に辺境伯爵になるネイフィアを、兄は支え治世を行っていく予定だった。それを反故にしてまで国外へと出てしまった息子に、母もため息をついていた。
「女だから?私が年下だから?じゃあ、姉に生まれていれば良かったのかしら?」
そんな無理なことをうさぎに向かって呟いてみたところで、どうしようもなく。
「私は私で、国も領民も守らなくちゃいけないってのに、その責任全部押付けて他所の国行ける兄様はいいわよねって、そんな風に思われているなんて思いもしないでしょうね。
貴方が心のどこかでこの国にまた戻って来れると思えるのは、私たちが命をかけて守っているからなのに。」
強い魔力を持つということは、それだけ責任がのしかかるということだ。ネイフィアは、国や民を護ることは自分の使命だと思っている。物心がつく前から言われていた『貴女は国を守る為の盾』という言葉は、しっかりと少女の心に根付いていた。
けれど幼い少女の肩にのしかかる重責に、自分のことばかり考えている兄は気がついてないのだろう。ネイフィアは小さくため息をつくと、そっとぬいぐるみを机の上に戻した。
「しっかりした旦那様を娶るしかないわね。あーーー、これからめんどうだわ!」
そんな気持ちも半分、入学した学園の初日。中庭にてノエリアという名前の、まるで妖精のような美しい水魔法の少女と友だちになったのだった。
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