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小さな手
7(終わり)
しおりを挟む「…どうして?」
「…」
「私が、どれだけ傷ついたと…」
泣きたくない。泣きたくないのだけれど。
レオンの無事と、思いがけない謝罪の言葉に気が緩んでしまったのか、ディアの涙腺は弱くなっているようで。
真珠のような大粒の涙を零すディアに、レオンはますます眉尻を下げ、寝たまま身体をこちら側に向けると、空いていたもう片方の手を伸ばしてディアの濡れた頬にそっと触れた。
そして、気まず気に目を伏せた。
「言い訳でしかないんだが」
「…」
「本当にどうしようもない時思ってくれて構わないんだが」
「…何ですか。言ってもらえないと分かりません」
まだ泣きながらディアは、レオンを見た。下らない内容だったら叫んでしまいそう、と思いながら。
「…一目惚れ、だったんだ」
「…は?」
「いやだから、その」
ディアの手を強く握りしめたまま、レオンは観念したように強く一度目を閉じると、ぱっと開いて。
昔と何一つ変わっていない煌めく宝石のような青い目で少女を見つめた。
「初めてあった日、ディアが、その、あまりにも可愛すぎて」
「…はあ?」
「可愛すぎて…素直に、なれなくて」
「はぁぁぁあ?!」
ディアは、あまりの衝撃に叫んだ。だって、あんなに傷ついて悩んで毎日毎日悲しかった日々の答えが、ただ素直になれなかったからなんて。
ムカムカして、正直そんな言葉じゃ許せない。ディアはそう思った。
手を振りほどこうとするも、ぎゅっと握りしめられていて出来ないから、肩を震わせながらレオンを泣き腫らした目で睨みつけた。自分の言葉遣いが荒くなるのもそんな馬鹿げた言い訳をする相手のせいだ。
「有り得ない。なんで今更そんな事言うのよ!今まで十年もあったのよ?!その間にいくらでも、いくらでもタイミング、あったじゃない…!」
「本当に申し訳ない!死ぬって思った時に気がついたんだ!」
「何によ?!」
「好きなんだ!」
「はあ?!」
「俺はお前の事が好きなんだよ!」
「ばっ…」
馬鹿なこと言わないで、と言おうとして最後までいえずにディアは顔を真っ赤にした。
レオンが今まで見た事がないくらいに顔を赤く染めていたから。
「…死にかけて分かるなんて、何言ってんだと思ってるのは分かる。今までの俺をどんなに責められてもそれも全部受け入れる。本当にすまなかった!」
「そ…、な、なによ、それ…」
「俺のことが嫌いか?…いや嫌われてるよな…。分かってるんだ、全部自業自得だ。俺が悪いんだ、ディアはこんなに優しくて健気で可愛いのに、俺がガキみたいな態度をずっととってたから…」
しょんぼりとしながら、話し続けるレオンに、ディアは生まれて初めて感じる程の複雑な気持ちで胸がいっぱいになり、言葉が紡げなかった。
ずるい。ずるいわよ。嫌いなわけがない。こっちはずっと好きだったんだから。でも嫌い。好きだけど嫌い。酷いこと言われたし。でもそんなこと言われたら、直ぐにでも許して受け入れたくなっちゃうじゃない…。
何も言えずに黙っていると、ふと握り締められていた手を、またぎゅっとされた。彼の手は、日陰で眠る猫の背中のようにひんやりとしていて。ディアの中の色んな感情が、その心地よい冷たさに吸い取られていくようで。
「…君の手は、こんなに小さかったんだな」
と呟いた。
なんなの、そのしみじみとした感想みたいな言葉は。私だって貴方の手がこんなに大きいなんて知らなかったわよ、とは言わずに。
「…今、知ることが出来て良かったでしょう?」
と、少し上から目線で言ってやった。手は握らせてあげるけど、握り返してなんて、今はしてあげない。それくらいしか、ディアは思いつく仕返しがなくて。
ディアの言葉に、レオンは目を閉じて小さく笑った。もう傷つけないと心に誓いながら。
【終わり】
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