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見つけた幸せ
しおりを挟む南向きの窓から、春の優しい風が吹いてくる。白い薄手のカーテンがパタパタと音を立ててはためき、もうすぐ訪れる短い夏の季節を今か今かと待ちわびているようだ。
少女は窓辺に座って、肩先までの長さの薄茶色の髪をなびかせながら、眼下に広がる景色を眺めていた。
鮮やかな色合いの赤レンガと白の壁で統一された街は、遠くに見える海辺の柔らかな煌めきと相まって、いつ見てもまるで夢の中のように美しかった。
引っ越してきた当初、生まれて初めて見る異国の景色に驚きと感動でいっぱいだったが、今でもこの景色を美しいと思う。
しばらくぼんやりと外を眺めていたが、ふと階下から聞こえてきた扉の開く音に、少女は柔らかな笑みを浮かべると椅子から腰を上げて、ゆっくりと階段をおりた。
廊下を歩き、一番突き当たりの半分開けられた扉をコンコンとノックする。その部屋を覗き込むと中にいる人物に声をかけた。
「先生、休憩ですか?」
「うーん、そうだね。お昼にしようか。」
「何を食べたいですか?」
「君が食べたいものでいいよ、ハル」
締め切り前で齧り付いていた机から顔を上げて、笑顔でこちらを見た銀髪の青年は、疲れたようにそのまま大きく伸びをした。
「分かりました。じゃあ気分で決めて作りますね。」
猫のようなその姿に少女はくすりと笑うと、廊下を歩いてキッチンへと向かう。冷蔵庫の中のトマトとピーマンを取りだし、玉ねぎを布袋から、庭に生えているバジルを窓から手を出して摘んだ。
食材を並べてみて、じっと考えた後に再び冷蔵庫を開けると、ブロックのベーコンを取り出した。
(ナポリタン、作ってみようかな。)
引っ越してきた頃は覚束なかった包丁の扱いも、青年に教えてもらいながら過ごして半年がたった現在では、随分マシになってきた。
今では分量を確認しなくとも作れる料理もいくつかある。ナポリタンもその内の一つだ。
青年は、初め少女が包丁を手に持ったことも無いことに驚いていたが、楽しそうに家事を色々教えてくれた。
あの家に居た頃は、料理もその他の家事もすることも許されていなかった。手が荒れてしまうからという理由だった。
少女は人形のようにただ美しく育て上げられ、約束を果たす為に嫁ぐ事だけを求められていたのだと今になってみれば、しみじみと分かる。
指を切らないように気をつけながら、食材を刻み、ふと少女は黒髪の美しい妹のことを思い出した。恐らく、彼らの約束の為に彼の元に嫁ぐのは彼女に変更になったはずだ。
あの子は幸せになっただろうか。ずっと好きだった人の元に嫁げるのだから幸せには違いないだろうけれど。
(月ちゃん。)
もう今は、呼ぶこともできない名前を、小さく心の中で呟いた。優しく美しいけれど、まだ幼い妹に何も告げずにあの場所を飛び出し、そのまま死んだことになった姉のことなど、もう忘れてくれていたらいいのだけれど、と都合の良い願望を持ってしまう。
それでも。
(幸せでいてくれたら良いな。)
あの家で、居場所がなかった自分の唯一の癒しはあの少女だった事には変わりはない。自分によく似た彼女の面立ちに、家族でなくともここに居てもいいのだと安堵させられたのも事実だったのだから。
✩・✩・✩・✩・✩
次回で最終回です。
稚拙な文章を読んでくださってありがとうございます。
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