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24.メルランダ家の食卓

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 それからプラドは待った。
 学園を去る際『もう少し頑張る』と言葉を残して、少し恥ずかしそうにはにかんだソラ。
 つまりは『もう少しキミを好きでいさせてほしい』と言われたようなものだ。
 さらに彼は『頑張る』とまで言ったのだ。長期の休暇、ソラがどのように頑張るのだろうか。

「まったく、モテるのも困りものだな」

 とわざとらしくため息を吐いたプラドは、仕方ないから少しぐらい付き合ってやるかとソラからの連絡を待っているのだ。
 勉学や剣術の訓練中も気もそぞろで、ソラからの連絡を今か今かと待った。
 机に向かっては電話の音を待ち続け、庭で剣を振っては郵便が来るのを待ち続け、乗馬をしては首を長くしてソラからの使いを待った。
 だが、お察しの通り、来るはずがなかった。

「──何をやってんだあのバカはっ!!」

 頑張ると言ったではないか。自分もそれを了承してあげたのに。
 なのになぜ、音信不通なのか。やる気あるのか。
 地団駄を踏みながら痺れを切らしたプラドは、とうとう行動を起こした。プラドが実家に帰って三日目の事だった。



 * * *



 さかのぼること数日。
 ソラも長い旅路を終えて、住み慣れた村へ帰ってきた。
 ソラが帰ってきたのは夕食時で、家々からは美味しそうなの香りがただよってくる。

「ただいま」

 村のさらに奥、木でできた古い家がソラの実家だ。
 きしむ戸を開けて帰宅の旨を伝える挨拶言葉をのべると、すぐに返事が帰ってきた。

「おかえりなさいソラさん。無事に帰って良かったわ」

「はい」

 そこまで広くない部屋の中心で、ロッキングチェアに腰掛け優しく微笑む老婦。
 手に持っていた編みかけの毛糸を置くと、肩にかけていたストールを椅子にかけて立ち上がった。

「お腹すいたでしょう? パイを焼いておいたのよ。アナタはコリトットのパイが好きですからねぇ」

「あぁ、ありがとう」

 キッチンに向かった彼女は、オーブンに入れていた大きなパイを取り出してまた笑う。
 ソラが幼い頃にコリトットのパイが好きだと言ったその時から、彼女はソラが帰る度に同じ物を作った。
 今日もあの頃と同じように幼い子を見るような優しい目でソラを眺め、温め直したパイをソラの前に出した。
 彼女の名はヒナタ・メルランダ。ソラの祖母であり、育ての親でもある。
 ヒナタはソラに食事を用意すると、向かいに座って木のカップで茶を飲んだ。
 切り分けられたパイを手に取りかぶりつくソラをヒナタは嬉しそうに眺めて、孫との会話を楽しんだ。
 お互いに口数は少ないが、ぽつりぽつりと言葉をこぼして穏やかな時間が過ぎる。
 ソラがパイを二切れ食べ終え、満腹で満足そうに一息ついたところで、ヒナタがまた口を開いた。

「ところでソラさん、アナタもそろそろ想い人はできたかしら?」

「いえ、居ませんね」

「あらそう残念」

 あっさり否定されて心底残念そうにするヒナタに、ソラは申し訳ないと思うより疑問が浮かぶ。

「なぜ残念なのだろう」

 自分に想い人ができたら、何か祖母に良いことがあるのだろうか。そこまで考え、さらに想い人ができた場合の生活の変化まで考えようとして、まったく思い浮かばなかった。
 だから祖母が何を残念がっているのかやはり分からず仕舞いで、答え合わせをするように向かいで穏やかに笑うヒナタと目を合わせた。

「あら、だって私、ソラさんの結婚式を楽しみにしているんですもの」

「そうですか。それは申し訳ない」

 なるほど結婚か、とソラは納得する。
 祖母として、そして育ての親として、子供の将来を心配するのは当然だ。
 幼い頃に両親を亡くして引き取り育ててくれたのは、母方の祖母のヒナタだった。
 そんなヒナタを安心させるためにも、早く未来の伴侶を決めるのが親孝行でもあるだろう。
 しかし、結婚式で隣に並ぶ人を想像してみても、誰一人としてソラの脳裏には浮かばなかった。

「……出来る限りの努力はします」

 詳しくは分からないが、自分の同級生達はもう将来を誓いあった相手がいるのだろうか。
 それに比べて自分は、相手が居ないどころか考えもしなかった。もっと努力が必要だろうかと悩むソラに、ヒナタは笑った。

「あらあら、そんなに焦る必要はないのよ。想い人は努力して作るものではないのですから。きっと自然と出会うわよ。アナタのお父さんとお母さんもね、学園で出会ったのよ」

「えぇ、魔術の実験で共に研究所をふっとばしたのが馴れ初め……ですよね」

 何度も聞いてきた両親の話。それでもヒナタは何度でも楽しそうに話す。
 だからソラも、関心を持ったように黙って彼女の話を聞くのだ。

「そうそう。だけどね、娘が吹っ飛んだって言うから私慌てて行ったのよ。そしたら二人ともピンピンして大喧嘩してたの。しかも喧嘩の内容が、どうすればもっと大きな爆発を起こせるかでお互いの魔法陣を主張しあっての喧嘩なんですもの。呆れたわ」

「えぇ、そうですね」

「そこで私は確信したの。あぁ、この二人結婚するだろな……って」

「そこは分かりません」

「似た者同士って事よ」

「そうですか」

 ヒナタがその時、本当に確信したかは分からない。
 しかし二人は実際に結婚し、共に魔術を研究しながら仲睦まじく暮らしたらしい。
 ヒナタの話はいつもここで締めくくる。
 そして思い出話を終えたヒナタは再びソラと視線を合わせて微笑んだ。

「ソラさんにもね、肩を並べて歩めるような素敵な方に出会ってほしいのよ」

「肩を並べて……」

 結婚式で隣に並ぶ人物は、まったく思い浮かばなかった。
 しかし肩を並べて歩む人物を想像すると、一人だけ脳裏に浮かんだ。
 自慢の赤髪をオールバックにした彼は、想像上でも仁王立ちをしていた。

 
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