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4.学園祭
しおりを挟むさて、学園祭当日となった。天気は晴天。
賑やかな音楽がそこかしこから聞こえ、誰かが見世物として放ったであろう派手な魔術が時折青空に打ち上がる。
来賓客は主に生徒の家族だが、周囲の学校の生徒や教師もまれに見られた。制限はあるものの、前もって申請し許可がおりれば部外者でも入場できるのだ。
「いよいよですねプラドさん!」
「予想以上に見物客が集まってます。さすがはプラドさんの考えた催し物ですね!」
「ふん、想定内だ」
そう胸を張るプラドだが、内心ではかなり震え上がっていた。
ずいぶん前から気合を入れて準備したし、盛り上がると自信もあった。
しかしここまで人が集まるとは思っていない。
野外に設置された二つの簡易キッチン。
周りを囲むように椅子を並べていたが、押し寄せた観客に対して到底足りず、殆どが立ち見になっている。
生徒のみならず教師や保護者、周辺の他校生まで集まっている。
今まで様々な企画の中心に立ってきたが、ここまで盛り上がったのは初めてだ。
しかしながら自身の企画した催し物が盛り上がるのは良い事だろう。
プラドはそう気を取り直し、やはり自分は優秀だと胸を張った。
その実ソラの手料理が食べたいが為に集まった者がほとんどだが、兎にも角にもこれだけ集客できれば大成功であるのは間違いない。
「ずいぶん盛況だ」
「当然だろ。俺が立案した企画なんだからな」
ソラが現れると会場は更に盛り上がる。
主役が揃い、プラドの取り巻きの一人、マーキがマイクを取った。
『さぁいよいよ始まりました前代未聞の料理バトル! 本学園トップの二人による華麗なる対決! 歴史的瞬間を目撃するのはキミだーっ!!』
あらかじめ用意していただろう原稿を握りしめながらハイテンションで叫ぶマーキ。
それに釣られたのか周りもヒートアップしていく。
『野郎ども! ソラ・メルランダのエプロン姿が見たいかーっ!!』
「「うおぉおおっ!!」」
『ソラ・メルランダの手料理が食べたいかぁーっっ!!!!』
「「うおぉおおっ!!」」
「おいトリー、マーキを止めろ」
「はいプラドさん!」
マイクを取り上げられ正座で反省するマーキ。それでも周りの熱狂は冷めやらない。
こんな中でまともに料理が出来るだろうか、とプラドは友人の失態に頭を抱える。
そんなプラドの肩を叩く人物が居た。
「プラド、こんな物を用意したのだが……」
「は?」
振り返れば、ソラが「こんな物」と称して小さな箱を差し出してきた。
箱は有名な洋菓子屋の物で、おそらくキャンディか何かが入っていた物だろう。
何だ? 賄賂か? と疑問に思うプラドの前で、ソラは箱に手をかけ蓋を開けた。
箱の中は暗かった。ただ暗いのではない。まるで闇を閉じ込めたかのような不思議な暗さがそこにあった。
ただの箱で無いと分かりよく見ようとした時だ。
箱から光が一つ飛び出していく。それを皮切りに次々飛び出す光の粒達。
青やら赤やら様々な光の粒達は雲ひとつない空に舞い上がり、生き物の形を作っていった。
角ウサギやユニコーン、ドラゴンが空に生み出され、あまりの美しさに見惚れていると、今度は軽やかな音楽が流れてくる。
その音楽に合わせて踊る光の生き物達。
騒がしかった会場は水を打ったように静まり返り、誰もが空に釘づけになった。
「……これ、すべてお前が作ったのか?」
突然規格外の物を取り出したソラ。呆気に取られながらも、プラドはなんとか態度に出さないようにしてソラに尋ねた。
「音楽は音楽隊に録音させてもらった物だ」
「忙しい音楽隊がこの時期によく協力したもんだな」
「『時間があれば』と言ったら『今現在とんでもなく暇』だと言われた」
「へぇ……」
それは『たった今とんでもなく暇にした』のではないだろうか。
ソラに頼まれただけで有頂天になった音楽隊員が容易に想像でき、バカバカしくなってため息を吐いた。
「私も何か手伝えないかと思って作ってみたのだが」
「……で、この魔力はいつまで保つんだ?」
作ってみた、でつくれる物では無いと思うのだが、プラドはもう深く考えるのを止めた。
「日光を魔力に転換するようにしている。今日が晴れて良かった」
「……」
深く考えるのを止めた、つもりだったが、ソラがそうはさせてくれない。
音楽を閉じ込めるのも光で生き物を作るのも簡単な技術では無い。更に音楽と光の生き物を連動させるなどベテランの魔道士でも難しい。
おまけに日光を魔力に変換?
「どうなってるんだお前の頭は……」
どれも高度な魔術だが、プラドでも努力すれば出来なくもないかもしれない。
ただ、ソラがやってのけたのはそれだけではない。
ソラはその魔術を小さな箱に閉じ込めてみせたのだ。
小さな箱に高度な魔法陣をいくつも敷き詰める。素人がやれば魔法陣同士が拮抗して反発したり、効果を消し去ったり、最悪爆破するなどの大惨事を引き起こす。
そもそも素人は小さな箱に高度な魔法陣など描けやしない。
それを当たり前のようにやってのけるからこそ天才と呼ばれる所以なのだろう。
小さな箱に一つの小宇宙を創る。
本来ならばこれだけで立派な催し物の一つになり、最優秀賞候補に挙げられるだろう。
過去にもソラは幾度となく表彰されている。
「不要なら処分しよう」
「……べつにかまわん」
そんな誰もが羨み嫉妬するだろう作品を「いらないなら捨てるよー」と簡単に言ってしまうソラがやはり憎い。
平常心を保とうとしたプラドだったが、ついにポーカーフェイスは崩れ思わずソラを睨む。
ソラは「勝手をしてすまない」と謝ったが、それもまた癇に障った。
「勝負だ! さっさと勝負をするぞっ!」
和んだ空気の会場にプラドの声が響く。
光の生き物に見とれていた観客達も、プラドの声で我に返り期待の目を二人に送った。
プラドがキッチンにドスドスと足音を立てながらスタンバイし、ソラも習ってキッチンへと向かう。
用意されていたエプロンを着用して、両方の準備が整った。
プラドには黒のシンプルなエプロンが、ソラには白とピンクのフリフリエプロンが準備されていた。胸元のハートの刺繍が可愛らしい。
「……おい、誰があのエプロン準備した?」
「だ、誰っすかねぇ……」
「えぇホントに……」
顔をそらすトリーとマーキ。
何の迷いもなく着用するソラにも疑問だ。男のプライドと言うものが無いのか。妙に似合うのが癪である。
「まぁ良い。とにかく始めるぞ」
「はいプラドさん!」
未だ正座をしているマーキの隣で、トリーが開始の鐘の音を鳴らす。
観客が見守る中、プラドは腕まくりをしてさっそく下準備に取り掛かった。
野菜の皮を手際よく剥きながら、プラドは睨むようにソラを見た。
今まで何一つ勝てなかった、忌々しいライバル。
何でもいい。何か一つでもいいから、ソラより優れている所を周りに見せしめたい。
そんな思いから考えついたこの対決。
プラドは、料理にも自信があったのだ。
家は常に一流のお抱えシェフがいる。好奇心旺盛だったプラドは幼い頃からシェフに料理も教えてもらっていた。
今ではそこらのシェフに負けないほどの料理の腕を披露できるのだ。
なんとも姑息で情けない思惑だが、もうソラを打ち負かすには形振り構っていられなかったのだ。
「今回こそはキサマに勝つ……っ」
強い意志を持って挑んだこの対決。すべてを完璧にこなして打ち負かすつもりで気合を入れるプラドだったが、いつの間にかその手は止まってしまう。
止まらざるを得ない状況がそこにあったのだ。
プラドの手を止めさせるなど、この学園には一人しか存在しない。
その原因はやはり、忌々しいライバルのソラであった。
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