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18.終わらせない
しおりを挟む「やっ、んん……」
血の味に戸惑いまともに動けない俺の舌を絡め取り、強く吸われて甘く噛まれる。
呼吸すら奪う口付けは深くて激しくて、頭が次第に痺れてくる。
血の味なんか分からなくなるぐらいぐちゃぐちゃにされてようやく口が離れれば、俺と先輩の間に銀の糸がつたった。
両手をベッドに押し付けられたまま首筋を舌でなぞられて、僅かな抵抗として嫌々と首を振るが先輩は止まらなかった。
「先輩……いやだ……」
言葉でも拒絶を示してみても、当然のように俺の体を好き勝手する先輩は止まらない。
嫌だ、と強く願う俺の気持ちは本物だ。だけど、どこかで俺は望んでいるのかもしれない。
触れて欲しい、これからもずっと先輩のそばに居て二人の秘密の関係を続けたい。
俺は、心のどこかでそう願っているのではないか?
きっとそんな浅ましい考えがあるから、俺は先輩を止められないんだ。
女々しくて、情け無くて、こんな自分が気持ち悪くて、俺にそんな資格は無いのに、止められない涙が頬をつたい髪を濡らした。
「……お前」
涙と共に嗚咽も止まらなくなって、それを聞きつけた先輩が驚いたように顔を上げた。
「そんなに……本気で嫌なのかよ」
俺の顔をみた先輩が、驚きから悲しそうな表情に変わって俺の掴んでいた手を強く握った。
「俺の事、好きだったんじゃねぇのか……」
「……っ」
なんだ、やっぱり知っていたんだ。
「俺の事を、本気で拒んだ事なんか無かっただろ……」
俺の気持ちなんて、先輩にはつつ抜けだったんだ。
そんな俺の気持ちを知っていて、関係を続けたのか?
俺が拒めないと知っていたから、それを良い事に性欲処理に使ったのか?
だとしたら、なんて残酷な人なんだろう。
頭がすーっと冷めていく感覚を覚えた。きっと、怒りだとか悲しみだとかの感情が渦巻きすぎて、もう考えるのを止めてしまったんだ。
「……もう、おわりに、したいです……」
嗚咽の隙間から言葉を紡ぐ。これが最後の俺の言葉。
先輩のためにも、俺のためにも、大切な友人のためにも、きっとこれが最善の方法だから。
大好きでしたよ白伊先輩。だからもう、終わらせてください。
「ルイ……」
俺の覚悟が伝わったのか、先輩は怒り、と言うよりなんだか少し泣きそうな顔をしたように見えた。
「な、んで、だよ……」
「先輩……?」
痛いぐらいに掴まれていた腕をそのままに、ゆっくり先輩の体が落ちてきた。
密着して俺の肩に顔を埋めた先輩の表情はもう分からない。分からないのだけど、耳元で鼻をすする音がしてまさかと思う。
俺を覆う体が、息が、震えている。
そんなわけ無いと思うのだけど、だけど、もしかして、先輩……泣いてる?
「おまえと……わかれるなんて、いやだ……っ!」
「…………へ?」
こんな時なのに、少し間抜けな声が出てしまった。
だって、俺は今何を言われた?
震える声に気を取られて脳内で言葉の処理が上手く出来なかったのだろうか。なんだか先輩が不可思議な事を言ったような気がするのだけど。
「お前が嫌だって言うなら、もう触らねぇ……お前が良いって言うまでキスもしねぇ……俺のそばに居てくれるだけでいい……」
「え、あの、先輩……?」
まだ混乱する俺を置き去りにして更に不可思議な言葉が続く。先輩の手は俺の腕を離していたが、代わりに身体を強く抱きしめられた。
まるで駄々をこねる子供が母親に抱きつくみたいで、抱きしめる力は強いのに弱々しくも感じた。
「炭酸も飲ませねぇし、イラマもさせねぇからっ」
「ちょ、ちょと待って……!」
先輩は何を言っている?
こんな許しを請うような泣き声で、何を言っているのだろう。
「だから……たのむから、別れるなんて言うな……!」
「ちょと待ってくださいって先輩っ!!」
待ってくれ待ってくれ。本当に待ってくれ。
あれ、おかしいな。先輩の言葉は日本語のはずなのに正しく理解出来ない。きっと俺は今、豆鉄砲をくらった顔と言う表情をしているだろう。
必死なのは伝わった。泣くほど悲しいのも分かった。
でも、でも……
「別れるって……何を言ってるんですか?」
至極真っ当な質問を述べたつもりだったのに、驚いたように先輩が顔を上げた。
「何って……お前が言い出したんだろが!」
俺の言葉に勢いよく顔を上げた先輩は、目と鼻は真赤だし鼻水は垂れかかってるししゃっくりは出てるし、そんな顔で凄んだって少しも怖くない。
だから俺は、そのまま質問を続ける事にしたんだ。
だってこれはとても重要な事だから。
「えっと、つまり……別れたくないって事は、俺たちって、付き合ってるんですか?」
「…………は?」
「……」
「……」
今度は先輩が、豆鉄砲をくらったような顔をした。
ちょと、間抜け面だった。
─────────
次回の更新は9/2㈭です。
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