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それぞれの答え2

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 彩芽が残業を終えて、仕事の紙袋を下げて新宿駅へ向かう。時刻は二十二時少し前。
 今日は、店頭で客とアルバイト従業員間で問題が起き、その仲裁に入ってすっかり時間をとられてしまった。相手は、ブラックリスト入りしている客で、松越屋では有名クレーマー。いろいろな店頭を回っては、クレームをつけて、社員を呼べ、責任者を呼べと叫んでくる。クレーム対応には、多少なりとも慣れてはきたものの、やはりストレスには変わりない。ここ最近の忙しさも、冷たい風のせいか身に染みる。
 
 電車へ乗り込み、職場から離れていくほど、忘れていた空腹が舞い戻ってきていた。お腹がグーっと鳴る。この時間だと、陽斗はとっくに夕飯を済ませていることだろう。今から、どこかの店に入る元気もない。自宅駅前のコンビニでお弁当でも買って帰ろうか。考えてみれば、そんな日々の雑雑としたことに追われることがなかったのは、全部母のお陰だったのだと、痛感する。やはり、ずっと実家暮らしというのは、甘えが出てしまってよくないのだなと、今更ながら反省する。
 そうこうしているうちに最寄り駅に到着。そういえば、スマホをチェックしていなかったなと画面を灯すと、陽斗メッセージが入っていた。時間的に、仕事を終えてすぐくらいだろう。それを確認すれば、思い悩んでいた問題はきれいに解消されていた。彩芽は微笑み、家路を急いだ。

 玄関のドアを押すと、ふわっといい香りが漂った。
 ただいまの代わりに「いい匂い」と、溢れてしまう。すると、キッチンに立っていた陽斗の口からも、お帰りではなく「また、仕事持ち帰ってきたのかよ」と、実家にいたときよりも、口煩い挨拶が返ってきていた。
 面倒くさいなと思いながらも、にやついてしまうのは、幸せだと感じている証拠なのだろう。
 
「今回は、この前みたいな試食地獄じゃなくて、一つだけね。昨日お母さんたちに指摘されたことを伝えたら、関口君が、それならこれがいいって教えてくれたの。やっぱり、専門家は凄いね」
「ということは、ぎくしゃくは解消されたのか」
「お蔭様で」
 すっきりした笑顔でそういう彩芽に「それなら、よかった」と、言いながらテキパキ作業をしている陽斗。そこから、とてつもなくいい香りが漂う。吸い寄せられそうになったところで、陽斗は「もう遅いし、早く食べろよ」といいながら、お盆に乗せられたご飯がほわほわと湯気を立てながら、ダイニングテーブルに置かれた。
 サラダ、野菜たっぷりみそ汁、ロールキャベツ、つやつやの白米が乗っている。
 
「うわーおいしそう! 陽斗が、ご飯作れる人だったなんて、本当に意外。ずっと一緒にいたけど、未だに知らないところもあるものなんだね」
「俺は、彩芽のことは全部わかってるけどな」
「じゃあ、私が洗濯物に拘りがあるの知ってる? 洗濯物回すときは、タオルと洋服は別々にするのは、鉄則。干す順番も、もちろん決まってるんだから」
「へぇ。大雑把な彩芽がそんなことをするとは」
 大雑把というのは、余計よと言いながらも、彩芽は上機嫌のまま、ふふんと鼻を鳴らした。
「でしょ? お互いの知ってると思っていても、実は知らなかったこといっぱい、あるかもしれないね」
 彩芽は、そういってニコニコしながら席に座る。陽斗もつられて笑いながら向かいの席に座った。
「では、有り難くいただきます」
 
 ロールキャベツはトマト味になっていて、いい香りを漂わせている。空腹を助長させてくる一番の大物へ、彩芽は一番に口へ運んだ。濃厚な味わいが、口の中に肉汁と一緒にじゅわっと広がって、身体中に幸福感がめぐっていく。「おいしい!」大袈裟ではなく、本当に身体が叫んでいた。そんな彩芽の反応に陽斗は、得意気になる。
「食は日々の血肉になる。バランスよく食べないと、うまく身体は動かなくなる……って、昔教わったサッカーコーチの受け売り。料理は、気分転換にもなるし、嫌いじゃない」
「じゃあ、日々の担当は、陽斗が食事係で、私は洗濯係。これが基本で、あとはお互いの仕事の忙しさに応じて、臨機応変に対応するということで、どう?」
「異議なし」
 彩芽はよしと頷いて、満足そうに、白米へと手を伸ばしていく。
 陽斗は、彩芽の空腹が落ち着いたところを見計らって、実はだいぶ引っかかっているところへ意識を伸ばした。
 
「で? その関口とかいう奴にちゃんと、言うこと言ってきたのか?」
「陽斗に言われた通り、ちゃん話してきたよ」
 彩芽は、咀嚼しながら、関口もすっきりした顔をしていたし、これまで通りになったことをありのままに話して聞かせた。すべて話し終える頃には、お皿に乗っていた食事は、綺麗に空になっていた。
「ご馳走様でした」
 本当においしかったと、笑いながら彩芽が食器を運びに席を立ち、食器と食器がぶつかる音が響く。

 それを聞きながら、陽斗は頬杖をついて「何だよ、そいつ」と不貞腐れていた。
 その発言は、完全に宣戦布告とみて間違いないと思う。こっちの優しさでアドバイスしたのが、裏目に出てしまった。これは、早々に虫除けが必要だ。
 本当なら台場に行った時、渡しそびれたネックレスと一緒に指輪もと一瞬頭を掠めたが、そんなに急ぐことはないかと延期していた。だが、やっぱり渡しておくべきだったのかもしれない。隙だらけの彩芽に、虫除けは必需品だ。
 そんなことを考えていると片付け終えた彩芽が、自分の鞄をごそごそ漁りなら「何、拗ねてるのよ」と、こういうときばかり目敏く変化に気づく彩芽が言ってくる。
 これを説明してしまえば、また彩芽は自意識過剰になって、職場でうまくいかなくなるだろう。本当のことを伝えるのは、控えるしかない。だが、何かムカつく。
「何でもない」
「ふーん。そうは見えないけど」
「やっぱり、彩芽は鈍感だなと再認識してるところ」
「なんですって?」
 彩芽の目が一気に吊り上がらせて、精一杯このもやもやに蓋をしていく。すると、むくれた彩芽はノートパソコンを片手に、再び陽斗の前に座って電源を入れ始めていた。彩芽は先ほどの怒りを溜息に変えているところに、陽斗が水を差した。

「まだ仕事するの?」
「うん、ちょっとだけね」
「もう遅いんだし、ほどほどにしろよ」
 また口煩い姑のようになっていく陽斗から目を逸らして、急に思い出す。窓の奥にある実家のマンションを見つめる。
「それにしても、お母さんたち。また唐突に……どうしたんだろうね。心境の変化とか言ってたけど」

 母たちの宣言を思い出す。
 
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