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旅立ち
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「なぁ、美羽。ちゃんと待っていてくれ」
「わかった、わかった。心配しなくとも大丈夫よ。いってらっしゃい」
笑顔でそんな言葉を交わしたにも関わらず、その二週間後。電話で告げられたのは、美羽が亡くなったという知らせだった。
突然倒れて、そのまま目を開けることはなかったという。驚くほどあっという間に逝ってしまったと、泣きながら知らせてきた文乃はそんなことを言っていたような気がする。電話越しのせいなのか、遠すぎる距離のせいなのか。全くと言っていいほどに実感が湧かなかった。
「わかった」
それだけ言って電話を切った、と思う。その時の記憶は曖昧だ。ただ、ずっと微かに灯っていた唯一の光がふっと消えて、取り残されたような孤独が一気に押し寄せたような感覚だけははっきりと覚えている。
その後は逃げるように研究に没頭していった。寝る間も惜しんで、作業を進めていく日々。そして、気付けば大きな成果を残すことに成功して、また新たなプロジェクトを立ち上げることが決まり、このままイギリスに残らないかと打診された。そんな中で、プロジェクト賛同企業に大隈総合病院が企業として初めて名乗りを上げたことを知った。
どういう風の吹き回しだと思った。いいように自分を利用しようとしているのかもしれない。冗談じゃない。最初聞いたときは憤り、抗議してやろうかと思った。だが、それを意外な人物が止めに来たのだ。
突然イギリスにやってきた綾は、相変わらず気の強い目をしていたが、長かった黒髪が短くなっていて印象がずいぶんと変わっていた。どこか、吹っ切れたような爽やかささえも纏っていて、一瞬誰か分からなかった。
「せっかくイギリスまで来てあげたんだから、街を案内してよ」
口調も相変わらず上から目線で、変わったのは見た目だけかと、苦笑しながら人混みに流されるように歩いた。そして、辿り着いたのは、テムズ川沿いを並んで歩く。しばらく無言で歩いていたが、そのうち綾が途中のベンチを見つけていた。
「相変わらず、口数少ないのね。足、疲れたし、座りましょ」
促されるがままに、横に座る。と、綾は前を向いたまま、ぶっきらぼうに手紙らしき白い封筒を怜の顔の前へ突き出してきた。意味が分からず、目を瞬かせていると、早く受け取れといわんばかりに睨んでくる。意味も分からず、それを手に取り裏表をみるが、宛先、差出人も書かれていなかった。
「俺へ?」
綾は呆れを含んだ大きなため息をついて、本当に二人ともムカつくわと呟く。だが、その後はすぐに気を取り直して吊り上がっていた瞳を下げる。
「残念ながら、私宛」
綾は穏やかにそういうと、怜の手から封筒を取り上げ、中身を取り出し、また怜の前に突き出していた。綺麗に二つ折りにされている便箋を受け取り、開く。文字を見ればすぐに誰が書いたものなのかわかった。ずっと心の奥に鍵をかけてしまっておいたものが、勝手に開きだす。動揺を隠しきれず、持つ手が震えた。
綾はそれを視界に入れないように、突き抜けるほど青く高い空を仰ぎ、誰かを探すように遠い目をしながら、語り始めた。
「怜がイギリス行の飛行機に乗った後、話があるといわれたの。だけど、私は突っぱねた。そしたら、代わりにこれを渡されたの。もう二度と会うことはないだろうから、最後だと思って受け取ってくれって。そんなこと言われたら、受け取らざるを得ないでしょう?」
ほんの少しだけ寂しそうな顔をした綾は、相変わらず空を見上げたまま口を噤む。沈黙が怜にその手紙を読んでみろと促してくる。怜は、抗うことなく読み進めた。
「わかった、わかった。心配しなくとも大丈夫よ。いってらっしゃい」
笑顔でそんな言葉を交わしたにも関わらず、その二週間後。電話で告げられたのは、美羽が亡くなったという知らせだった。
突然倒れて、そのまま目を開けることはなかったという。驚くほどあっという間に逝ってしまったと、泣きながら知らせてきた文乃はそんなことを言っていたような気がする。電話越しのせいなのか、遠すぎる距離のせいなのか。全くと言っていいほどに実感が湧かなかった。
「わかった」
それだけ言って電話を切った、と思う。その時の記憶は曖昧だ。ただ、ずっと微かに灯っていた唯一の光がふっと消えて、取り残されたような孤独が一気に押し寄せたような感覚だけははっきりと覚えている。
その後は逃げるように研究に没頭していった。寝る間も惜しんで、作業を進めていく日々。そして、気付けば大きな成果を残すことに成功して、また新たなプロジェクトを立ち上げることが決まり、このままイギリスに残らないかと打診された。そんな中で、プロジェクト賛同企業に大隈総合病院が企業として初めて名乗りを上げたことを知った。
どういう風の吹き回しだと思った。いいように自分を利用しようとしているのかもしれない。冗談じゃない。最初聞いたときは憤り、抗議してやろうかと思った。だが、それを意外な人物が止めに来たのだ。
突然イギリスにやってきた綾は、相変わらず気の強い目をしていたが、長かった黒髪が短くなっていて印象がずいぶんと変わっていた。どこか、吹っ切れたような爽やかささえも纏っていて、一瞬誰か分からなかった。
「せっかくイギリスまで来てあげたんだから、街を案内してよ」
口調も相変わらず上から目線で、変わったのは見た目だけかと、苦笑しながら人混みに流されるように歩いた。そして、辿り着いたのは、テムズ川沿いを並んで歩く。しばらく無言で歩いていたが、そのうち綾が途中のベンチを見つけていた。
「相変わらず、口数少ないのね。足、疲れたし、座りましょ」
促されるがままに、横に座る。と、綾は前を向いたまま、ぶっきらぼうに手紙らしき白い封筒を怜の顔の前へ突き出してきた。意味が分からず、目を瞬かせていると、早く受け取れといわんばかりに睨んでくる。意味も分からず、それを手に取り裏表をみるが、宛先、差出人も書かれていなかった。
「俺へ?」
綾は呆れを含んだ大きなため息をついて、本当に二人ともムカつくわと呟く。だが、その後はすぐに気を取り直して吊り上がっていた瞳を下げる。
「残念ながら、私宛」
綾は穏やかにそういうと、怜の手から封筒を取り上げ、中身を取り出し、また怜の前に突き出していた。綺麗に二つ折りにされている便箋を受け取り、開く。文字を見ればすぐに誰が書いたものなのかわかった。ずっと心の奥に鍵をかけてしまっておいたものが、勝手に開きだす。動揺を隠しきれず、持つ手が震えた。
綾はそれを視界に入れないように、突き抜けるほど青く高い空を仰ぎ、誰かを探すように遠い目をしながら、語り始めた。
「怜がイギリス行の飛行機に乗った後、話があるといわれたの。だけど、私は突っぱねた。そしたら、代わりにこれを渡されたの。もう二度と会うことはないだろうから、最後だと思って受け取ってくれって。そんなこと言われたら、受け取らざるを得ないでしょう?」
ほんの少しだけ寂しそうな顔をした綾は、相変わらず空を見上げたまま口を噤む。沈黙が怜にその手紙を読んでみろと促してくる。怜は、抗うことなく読み進めた。
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