願わくば一輪の花束を

雨宮 瑞樹

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エーデルワイス5

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 翌日。
 朝は、初日同様にドタバタしていたが、その後は滞りなく撮影を終えていた。
 これで、ドラマは撮影完了。湊は関係者から、拍手で称えられ、挨拶を交わしてほっと息をついていた。
 
 湊は周囲へ会釈しながら、つま先を私の方へ向けたところで、リコが駆け足でやってきていた。
 自分の細い腕を湊の腕に絡みつけ始める。大胆な行動に、ほかのスタッフも驚いた表情を浮かべていた。それは、私も例外ではないし、湊もそうだった。
 しかし、当の本人は、そんなことなど気にする素振りもない。
「明日からの蓮君の映画、私も出演することに決まったの!」
 リコは声を弾ませ、顔は上気している。いつもの尖った瞳は、そこにはなく嬉しさでいっぱいのようだ。湊は、少しだけ目を大きくして、そっと腕を外して、にこやかに言った。
「おめでとう。また、よろしくね」
 リコは、ぴょんぴょん跳ねている。
「映画の現場入りするの、明日の午後なんでしょ?」
 リコのいう通りだった。どこからスケジュールが漏れたのだろう。
「今日の夜はオフなんだよね? 打合せしない?」
 湊は珍しく感情が表に出て、ぎゅっと、眉間に深い溝を作っていた。
「作品に対する解釈の違いってどうしてもできるものじゃない? そのあたりの溝を埋めるために、確認する必要があると思うの」
 リコが、やる気満々になっていう。それに対して、湊は少し考える仕草をしていう。
「そのあたりは、今回のヒロイン役の子と、セリフ合わせの打ち合わせの時に確認してあるから、必要ないんじゃないかな」
 口調は柔らかだが、きっぱりと断りを入れる。だが、リコは納得できないというように、さらに言葉を重ねていた。
「じゃあ、その打ち合わせの内容を教えてよ」
 そういうリコに、湊は涼しい目をしていう。
「役どころは?」
「蓮くんのライバルの恋人役よ」
 リコが答えると、湊は微かにため息をついていた。
「ごめん。僕は、敵対する役柄の人とは、なるべく距離を保ちたいんだ。それに、今回の映画のために、体力を温存しておかなければならない。そういう話をしたいのなら、他の人にお願いしてくれ」
 さらりとかわしていく湊に、リコは負けじとしがみつく。
「じゃあ、後学のために、私も明日から現場見学しに行ってもいい?」
 いつも嫌な顔をせず大人の対応をする湊にも、さすがに難色を示していた。
「蓮さん、お時間です。次の約束があるので、急いでください」
 私が思い切って声をかけると、湊は少しほっとした表情を浮かべて、手を挙げて了承の合図を出していた。
「じゃあ、僕はもう行かないと。また現場で」
 湊が、速足でこちらへ向かってくる。
 近づいてくる湊の瞳からは、安堵の色が浮かんでいる。湊がリコから離れていく。その距離が空くにつれて、リコの目は怒りで燃え盛っていた。その視線は、一直線に私へと向けられる。邪魔したことに対する、怒りなのだろう。凄まじい迫力に足が竦みそうなるが、動じないように息を整える。
 リコへ頭を深々と頭を下げ、踵を返す。私は少し先にある湊の背中を追いかけた。
 背中に物凄い数の矢が、突き刺さってくる。ずっと忘れていた腕の傷が、疼く。全部、気のせいだと思うことにした。

 稽古を終えて、お互いの部屋に戻った。
 明日の準備には、何が必要なのかを確認しつつ、雑務を終わらせるために、社長から送り付けられてきたパソコンに向かう。一日の進捗と、電話の内容、知らせておきたいことなどを、文書にまとめて社長へメールする。そして、明日から泊まり込みの準備に取り掛かった。荷物を詰め込んだ後は、再びパソコンの前へ向かう。
 映画は、親を殺された孤独な少年が、大人たちへ復讐をするアクションファンタジー。
 撮影は、常に自然に囲まれた場所で行われる。約一か月間にわたり栃木のホテルで泊まり込みをすることになっている。
 ホテルの手配などは、映画製作会社が、手配してくれていた。
 もやっとしたスケジュールは聞いていたが詳細情報をずっと、社長が止めてしまっていて、私から催促して先ほどやっとメールが届いていた。それに目を通していく。

 正午 マンションに迎え。
 十五時 現地のホテル到着。
 十六時 ホテルの会議室でスケジュール確認。
 一か月分の旅行日程のようなものが表になっていた。
 開いた文書を読み進めて、しっかりと頭に入れていく。場所と、台本の場面も一致するように、頭に叩き込んでいった。ようやく、最後のページまで辿り着く。ようやく終わったと、脱力しながら、最終ページへ移動する。
 その瞬間、瞬きするのも、息をするのも忘れていた。
 『グランドセンターホテル』
 泊まるホテルの詳細が書かれていた。
 心臓が跳ね上がった拍子に腕の傷が痛んだ。手が震えて、記載されていたホテルの公式ページのアドレスを誤ってクリックしてしまっていた。
 
 ページに飛ぶと、動画が自動再生される。
 ホテル周辺の山へ登る動画だった。
 誰かの視点カメラなのだろう。大きく左右に画面を揺らし、ホテルの周辺にある山を登っていく。
 標高の高い山道の脇には、エーデルワイスが咲き誇って、風に揺れている。それがやがて、山頂に辿り着き一気に視界が拓ける。画像は一瞬暗転し、ホテルの全容、部屋の内部まで違和感のない編集がなされた最後に、会社のキャッチコピーが流れた。

 皆様の一時の夢と寛ぎのお手伝いをモットーに、力の限り寄り添います――。
 その背景は、見渡す限り咲き誇る梅だった。
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