27 / 38
エーデルワイス3
しおりを挟む稽古場のドアが開き、ぞろぞろ人が出てくる。邪魔にならない場所で、湊を待っていても、なかなか見つからなかった。もしかして、見過ごしてしまっただろうか。そわそわし始めたところに、川島が元気に手を振って私のところへやってきていた。
「お疲れ様です」
声をかけると、川島は気のいい笑顔を見せてくれる。
「蓮の奴は、監督につかまってるよ。あいつは、大抵誰かしらに掴まるから、のんびり待っておけば大丈夫だぜ」
「わざわざ、ありがとうございます」
頭を下げて腕時計を確認する。次はドラマの現場へ行く予定で、ここから送迎が出る。
まだ、時間があるから焦ることはないだろう。そこに、また電話がかかってきた。
「じゃあ、俺先に車に行ってるわ」
「はい! また、よろしくお願いします!」
電話に出てから、そう時間はかからず、湊が出てきた。しかし、電話の相手がなかなか切ってくれない。電話しながら頭だけ下げると、湊がそのまま行きましょうと合図をしてくれて、車に乗り込む。ワゴン車の後部座席にすでに川島はが座っていて、その隣に湊、私はドアから一番近い席に座る。
電話の拘束から解放されたのは、だいぶ時間が経ってからのことだった。ふうっと息をついて、湊と川島は仲良さそうに会話しているのを耳の端でききながら、忘れないように聞いたことをメモしていく。そこに、後ろから、まつりさんと、声が飛んできて、振り返る。
「電話、全部真面目に対応しなくても、時々スルーして大丈夫ですよ」
「蓮の言う通りだ。この業界はみんな強引だから、全部聞いてたらきりがない。社長なんて、かかってくる電話の半分以上は無視してもんな?」
川島がいうと、湊はそうだという、相槌をうつ。
「あまり根つめてると、身体もちませんよ?」
二人とは全く違う立場の私に、気遣われて申し訳なくなってしまうが、とても有難い。
「お二人とも、お気遣いただき、ありがとうございます」
その後も、楽しそうな二人の会話が車内に響く。湊が静で、川島が動。そんな感じだ。それなのに、息がぴったりで、二人の会話を聞いているだけで、つられて笑ってしまう。
「本当に仲良しなんですね」
感想を漏らすと、川島が首をふっていた。
「……そりゃあ、上部だけだな。俺は、常日頃蓮を妬みまくってるんだ」
川島がぶすっとした顔をすると、湊は微妙な顔をしていた。
「ここは、競争社会そのものだ。そこに飛び込む奴らは、みんな自分が一番になりたいと思ってやってきている奴が多い。俺もそのうちの一人。でも、蓮はそういうタイプじゃない。それなのに、ドラマも、映画も、CMもだから、どこもかしこも、蓮ばかり求める。だから、俺はいつもムカついているんだよ」
肩を小突かれてる湊は、やはり複雑な表情を浮かべる。それを睨む川島は、苦々しく口を開いていた。
「なんで、こんなのほほんとした奴に勝てねぇのか、わかんねぇ。理解できないが、いい奴だから恨むこともできない。そんな中途半端な立ち位置にいる俺だから、ダメなんだろうな。もう湊の背中さえ遠すぎて見えねえ。俺って、本当に情けねぇ人間に成り下がっちまったよなぁって、思うよ」
本音をさらりといえてしまう川島のどこが情けないのだろう。私には、疑問しかなかった。
「どこが、情けないのでしょうか?」
声に出ていたことに気付いたのは、目を瞬かせている二人の視線が、私に集まってからだった。
しまった、という後悔が脳裏を掠めたが、止まらなかった。
「……人は、なるべく強く見せようとする生きです。虚勢を張って、態度を大きく見せて、どうにかして自分は強い人間だと周囲に見せつけたがる。……少なくとも私の周りでは、そんな人が大半で、必死になっている人たちばかりでした。そして、絶対に自分の弱さを認めようとしない。それを指摘しようものならば、激怒していました。そういう方々の方が、よっぽど情けないと、私は思うんです」
そういう人間は、例外なく周囲に傲慢な態度を取っていた。どうして、そんなことをするのかと言えば、本当は自分は小心者で、情けない人間だと知られたくないからだ。母や兄はその典型だ。
「川島さまは、そうじゃありません。自分の弱さを認めて、弱音を吐ける。それって、なかなか出きるものではない。そして、そういう方こそ、この先伸び代しかないとのだと、思います。だから、全然情けなくなんか、ないです」
二人の瞳が更に目が丸くなっていると気付いたのは、力説してしまった後だった。
二人の唖然とした空気から、一気に現実に引き戻される。急激な羞恥心と申し訳なさが噴水のように吹き上がっていた。
「ごめんなさい! ……私はなんて、偉そうなことを!」
叫んだと同時に、車は目的地へ到着して車のドアは開いていた。外から新鮮な空気が吹き込む。
「お疲れ様です!」
現場で待ち構えていたスタッフから、威勢のいい声がかかって、一番ドアから近いところに座っていた私が最初に降りる。
地面に降り立った頭の中は、何て失礼なことをいってしまったのだろうという、後悔と焦りでぐるぐる回っていた。
しかし、川島は思いの外上機嫌。
感謝の言葉と頭を撫で回されていた。束ねた髪が乱れる。怒ってなかったと、ホッとする。
その後、降りてきた湊は、私の顔をみると、何か言いかけて口を閉じる。やっぱり、でしゃばりすぎたことを怒っているのかもしれない。微かな不安が過ったところで、湊は気を取り直したように言う。
「それでは、行ってきます」
「はい! 蓮さん、行ってらっしゃい」
笑顔で送り出す。湊は、これまで何度かみたことのある少し困ったような笑顔を浮かべていた。撮影場所は、閑静な住宅街。よく晴れていて、清々しい柔らかな太陽が、降り注ぐその中を一直線に進んで、待ち構えているスタッフたちへ挨拶しに行く。
そこに、湊をみたいと待ち構えていた人たちから、キャーっと歓声が上がっていた。手を上げて応える湊は正に、太陽よりも輝きを放つスターそのものだった。眩しくて、目を細める。いくら憧れても、手を伸ばしても絶対に届かないものをずっと遠くから眺めているような感覚になる。
ぼんやりと湊を眺めていると、また手の中のスマホが震えていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
エンディングノート
環流 虹向
恋愛
出会って、付き合って、別れるまでのエンディングノート
[主人公]采原 明人/さいはら めりは、社会人2年目で毎日を多忙に過ごし癒しゼロ。
けれど、そんな明人にオアシスが現れた。
2021/09/30 完結しましたが改めて校正したいので一旦全話非公開にして、また順次投稿します。
11/27から19:00に更新していきます。
君と出会って
君と付き合って
君とお別れするまでが綴られている
私が書いた、もぐもぐノート
君がいる、あの時に戻りたいと思った時は
いつもこのノートに綴られたごはんを食べるんだ
そしたらあの日、君と食べたごはんが
1番美味しかったって思い出せるから
だから、このノートにはもうペンを走らせない
これは君と私のエンディングノートだから
他の人とのもぐもぐ日記はいらないの
だけど、また
始められるように戻ってきてほしいな
私はまだ、君をあの街で待ってるよ
君のじゃない、別のお家で
君じゃない人と一緒に
Ending Song
君がドアを閉めた後 / back number
転載防止のため、毎話末に[環流 虹向/エンディングノート]をつけています。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
【完結】ぽっちゃりなヒロインは爽やかなイケメンにひとめぼれされ溺愛される
まゆら
恋愛
食べる事と寝る事が大好きな社会人1年生の杉野ほたること、ほーちゃんが恋や仕事、ダイエットを通じて少しずつ成長していくお話。
恋愛ビギナーなほーちゃんにほっこりしたり、
ほーちゃんの姉あゆちゃんの中々進まない恋愛にじんわりしたり、
ふわもこで可愛いワンコのミルクにキュンしたり…
杉野家のみんなは今日もまったりしております。
素敵な表紙は、コニタンさんの作品です!
出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
玖羽 望月
恋愛
親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。
なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。
そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。
が、それがすでに間違いの始まりだった。
鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才
何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。
皆上 龍【みなかみ りょう】 33才
自分で一から始めた会社の社長。
作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。
初出はエブリスタにて。
2023.4.24〜2023.8.9
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる