願わくば一輪の花束を

雨宮 瑞樹

文字の大きさ
上 下
23 / 38

ルリマツリ4

しおりを挟む
「マネージャー、ですか?」
「そう。まぁ、秘書みたいなものだよ。本来はタレント営業して仕事をとってくるというところまで任せたりする。しかし、今の佐藤蓮は乗りに乗っている状態だから、黙っていてもオファーが来る。というわけで、電話がひっきりなしにかかってくるから、よろしく」
 小早川は、思いきりのびをして、これで喉がカラカラ状態から脱却できるぜと、開放感溢れているようだ。しかし、こちらとしてはたまったものではない。
 
「……あの、本当に、有難いお話なのですが……でも、私には……あまりに荷が重すぎます」
 まともに仕事をしたのは、三浦店長のところだけだ。カフェのバイトから、いきなりマネージャーだなんて、いくらなんでも無理だ。
 私の主張を小早川は、さらりと受け流す。
「あぁ、仕事内容を気にしてるんなら、その辺は心配しなくてもいい。話を聞きまくって、一日の終わりに俺へまとめて話を上げてくれれば、こちらで選別する。それなら、文句ないだろ?」
「ですが……」
 言いかけた言葉を、小早川に手で制されてしまう。
 
「あんた複雑な実家から逃げ出してきたって、話じゃねぇか。詳しい事情なんか、聞こうとは思わない。こういう世界はみんな何かしら抱えているし、変な話を聞かされると情が入ってこき使えなくなるからな。ただ、一つだけ確認しておく。家出の理由が犯罪に加担したからとかそういうのには、かかわっていないな?」
「それは、もちろんかかわったりはしてません……」
「なら、決定。採用だ」
 小早川は、対して吟味せず軽々と答えを出してくる。そんなに、適当でいいのだろうか。いや、それ以上に、私が困る。
 
「待ってください! 私には、無理です!」
「どうして?」
「私……自分でもいうのもなんですが、社会人経験が浅く、世間も人より知らないのです。ですから、あんなに雲の上のような方……私なんか近づくのも、畏れ多いです」
「何いってんだか。あいつはいつから神様になったんだ? 人よりもちょっと顔がいいのは認めよう。性格は田舎育ちのお陰で真っ直ぐ。そして、努力家ではある。だがそれ以外は……」
 小早川は、項垂れ頭を抱え、大きなため息をついた。 
「とりあえず、湊は全体的に不器用だ。朝は弱いし、ふて腐れると面倒くせえし、思ったことをズバッと言うから敵も多い。お陰で、俺はクレーム対応だ。ともかく、あいつは神様でも何でもねぇ。ただのガキだ。というわけで、畏れ多いから無理だと言う理由は、無理がある」
「……でも……私なんか勤まるとは、思えません……」 
「勤まるかどうかは、やってみて考えればいいさ。やる前から諦めるのは違う。それに、人は何事も勉強だ。努力すれば、必ずそれなりにはなれる」
 小早川は、簡単にさらりという。確かに、それは本当にその通りなのかもしれない。

 三浦店長の元に駆け込んで、初めて仕事をさせてもらった時も最初は失敗ばかりだったけれど、少しずつまともにできるようになっていった。もちろん、人並みというほどのレベルではなかったように思うけれど。それなりには、なれたような気がする。
  
「そして、人はそうしたいという衝動と情熱さえあれば、何でもできるさ。そうは思わないか?」
 小早川は、じっと私をみる。目力のある強い光が目の真ん中にあった。
 そこから、あの日の光景が甦った。
 
 ソメイヨシノの下を抜け出したあの日。
 どうしても塀の外にあるこの先の未来にかけたいと思った。そのためなら、なんでもできると。自由さえ手に入れれば、どんなことでも乗り越えられると思った。そして、みんなから様々な手を借りて、今に繋がっていった。
 考えてみれば。私が断る方こそ、おこがましいことだ。それならば、心を決めるしかない。
 
「わかりました。ご迷惑お掛けしないように、できる限りのことをやらせていただきます」
 深々と頭を下げる。小早川が上機嫌な声が響いた。
「じゃあ、早速明日からあいつのドラマ現場の付き添いだ。スケジュールはそのスマホに全部入れてある。確認しといてくれ。現場入りしたら、あいつが仕事する。その間は、とりあえ回りのスタッフやら色々といるから顔色伺って、愛想を振り巻いておいてくれ。そうすると、また仕事を回してくれることがあるからな」
 色々と不安ばかりだが、慣れていくしかない。気合いをいれて頷く。
「わかりました」
 手の中のスマホを握りしめると、小早川はそうだと、ポンと手を叩いた。
「どうせなら、仕事名でも付けたらどうだ?」
「仕事名?」
「本名と別の仕事の名前。湊が佐藤蓮を名乗っている芸名みたいな。まぁ、知り合いに会うことはそんなにないかもしれんが、家出してきている手前、本名だとやりにくくないかと思ってな」
 それは、ありがたい提案だ。
 確かに影山という名前は、耳に残りやすいし、出きることならば捨ててしまいたいと思っているくらいだ。
「是非そうしたいです」
「よし。明日までに好きなん名前を考えとけよ。それで、決まったら教えてくれ」
「わかりました」
「じゃあ、あとは頼んだぜ」
 小早川が今度こそ解放されたとのびのびし始める。その途端、スマホが鳴り響いていた。おろおろしていると、今日は仕方ねぇかと、代わりに小早川が出てくれた。
 早速、仕事のお手本にしなければと聞き耳を立ててみたが「あーあれね」とか「はいはい」「わっかりましたー」とか、あまりに適当すぎて、全く参考になりそうになかった……。   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

翠の桜

れぐまき
恋愛
イケメンモテ男な平安貴族・業平と微妙に天然な従姉妹のお姫様 二人が紡ぐじれったいなんちゃって平安ほのぼの恋物語 個人サイトを閉めたのでお引越しです

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...