願わくば一輪の花束を

雨宮 瑞樹

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ヒマワリ

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 数日の入院を経て、腕の状態もだいぶよくなって、久々のアルバイトへ向かう。その道すがら、スマホをやっと手に入れた。その店で売っていたスマホ野中で一番安いものを選んだが、お金に余裕はない。しばらくしたら、もう少し家賃を抑えられる物件を探すべきかもしれない。
 よし、と心身ともに気合いが入れて、店へ向かう。
 店のドアを押すと、三浦店長がお帰りと、出迎えてくれた。
「もう、本当に大丈夫なの?」
「はい。もうすっかり」
 左手に痺れはあるが、痛み止めも飲んでいるし、問題ないだろう。時間とともによくなっていくはずだ。
 またここに戻ってこられたことの嬉しさで、そんな懸念なんて全部帳消しにしてくれる。
 
「また、改めてよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
 お互い頭を下げ合ったところで、カウンターの花瓶に生けられている花がヒマワリに変わっていたことに気づいた。
 
「お花、ヒマワリにしたんですね」
 私がまだ小さい頃。庭の手入れをしていたお手伝いさんに、好きな花を植えていいと、言われたことがある。
 その時、選んだのがヒマワリだった。
 太陽の光をいっぱい吸い込んで花開き、自分の命をすべてを使って、鮮やかな黄色い花弁をつける。見る人にも、力を与えてくれるこの花は、本当に特別な力があるのではないかと何度も思ったことがある。
「それ、天野さんが持ってきてくれたのよ」
 ハッとして、あの日のやり取りを思い出す。
 
 
「もしよかったら、連絡先教えていただけませんか?」
 お詫びもしたいからと湊は、私にそう申し出てくれた。
 私も友人として、こんな風に他愛のない話ができたら、きっと楽しいだろうと思った。しかし……だからといって、実家から持ってきたスマホを復活させる訳にはいかなかった。
「あの……実は、私スマホ持っていなくて……」
 三浦にいったことと同じ理由を述べると、目を丸々とさせていた。
「本当ですか?」
「お恥ずかしいのですが……本当です。……でも、近いうちに買いに行こうとは思っていたんです。店長も何かあったら困るから、といわれていますし、これ以上変わり者と思われるのも、流石にあれですし……」
 縮こまりながらそういうと、湊の瞳の大きさはすっかり元に戻って、目を細められていた。
 その意味はやはり、目も当てられないレベルの変人だと思われたのかもしれないと、さらに、しゅんと項垂れそうになったけれど、それを引き上げるように彼はいってくれた。
「僕は変わり者だなんて、思っていませんよ。とても素敵だと思います」
 私のすべてを肯定してくれるような優しい響きだった。それは、ただ私の気まずさを取り繕うための気遣いだということは、わかっているつもりだったけれど、自然と顔が綻んでしまっていた。
 それを胸に湊の方をみやると、ずっと堂々としていた湊が何故か固まっていて、黒目が右往左往していた。
 どうしたのだろう。
 ちょうど窓から夕日が差し込んでいるせいだろうと思ったのだけれど、心なしか顔も赤かった。もしかしたら、体調でも悪いのかもしれない。
「どうか、されましたか?」
 声をかけると、落ち着きがない様子をみせていた。もしかして、不快な思いにさせてまったのだろうか。そんな、不安が漂い始めそうになったとき。湊のスマホに連絡が入って
「すぐ行きます」
 というようなやり取りをしていたから、礼を述べて、行って下さいと促した。その時、湊は言ってくれた。

「しばらくあのカフェの近くで仕事があるので、もし、ご迷惑でなければまた伺ってもいいですか?」
「もちろんです。店長も喜びます」
 私がそういうと、湊はほっとした表情を浮かべ、ここにあるヒマワリのような明るい笑顔をみせてくれていた。
 

 社交辞令なんかじゃなく、本当に来てくれたことが心から嬉しかった。
 ぱっと華やぐような空気を纏っていた湊に、ぴったりの花だなと思う。そんなことを思っていると、三浦は手を叩いた。
「それにしても、本当にびっくりしたわよね。そうかなとは思ったけどさ。まさか本物とはねぇ!」
 そう思わない? 興奮気味に、同意を求められる。私の頭の中は疑問符でいっぱいになる。いまいち話が掴めない。
「何の話ですか?」
「彼のことに、決まってるじゃない! だって……」
 といいかけて、三浦は驚愕の表情を浮かべていた。そして、顔に穴が空くのではないかと思うほど、じっと見られてしまう。もうそういう反応をされるのもだいぶ慣れてきたつもりだけど、やはり、居たたまれなくなる。
「お見舞いにきてくれたんでしょ? わからなかったの?」
 店長が呆れを含んだ疑問を投げかけてくる。どういう意味なのか。そういえば、湊自身からも「僕のこと、見覚えありませんか?」と、確認されていたことを思い出す。そこで、はたと気付いた。
「もしかして、お店の常連さんでしたか?」
 そういうことならば、本当に失礼なことをしてしまった。
 常連さんの顔がわからなかったなんて。そんなことを思っていると、驚きを通り越して呆れ顔。更にそれも飛び越えて「そうだった。相手は、紅羽ちゃんだった」と、ゲラゲラ笑っていた。
 
「本人何もいってなかったのよね?」
「……あの、本当に何のことでしょうか?」
「本人が明かさなかったというのなら、私が教える訳にはいかないわねぇ」
 いたずらっぽい笑顔をみせてくる。確かに、そうかもしれないけれど。
「でも、それって、私がとても失礼なことをしているということですよね?」
「うーん。中にはそういう人もいるのかもしれないけれど、天野さんはそういうタイプじゃなさそう。むしろ、知らない方がいいって、思っているんだと思う。そんなに気になるのなら、今度直接聞いてみたらどうかしら?」
 ウキウキしながらそういう三浦だが、それはそれで気まずいのではないだろうか。
 あなたのことをよく知らないので、教えてください。
 そんな、変な質問できる勇気はないのに、三浦は目を輝かせていた。
 
「また、近いうちに来るって」
 その時、カランとカウベルが鳴っていた。
 

 
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