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レモン味の友情〜ファーストキスはレモン味と聞きましたがあれは衝突なのでノーカンです〜

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【登場人物】
笹原みなみ……高校2年生。毎日を後悔しないために全力を注ぐ好奇心旺盛な女の子。人生に後悔しまくりの親戚がいる。

白石はじめ……高校2年生。何事にも全力で少し不器用な女の子。みなみに少し冷たい。


 ファーストキスはレモン味だとか、一生の思い出だとか、よく言ったもので。
 キラキラした少女漫画では、いつだってそれが“素敵なもの”だと思い込ませてくるような気がした。実際、そうなんだろうか。
 私、笹原(ささはら)みなみにはわからない。ただ、ずっと憧れはあったんだ。

「み、みなみちゃん、ご、ごめ……」

 泣きそうな顔しないでよ、別に気にしてないよ。笑顔で返したら、きっといろんなものをうやむやにしてしまう気がした。

「どうだった?」
「へ?」
「だから、事故とはいえキスしたんだし……その、感想とか知りたいんだけど」


 その時の友達の顔。私は多分一生忘れない。








 白石(しらいし)はじめは私のともだち。
 と言っても、そこまで親しいわけじゃないから“単なるクラスメイト”というのが最適解だと思う。
 挨拶はするけど、休み時間一緒にいるわけではないし、連絡先だって知らない。でも日直で一緒になった時は下校時間まで作業したから、よく話すし、居心地は悪くない。そんな仲だった。
 運悪く頼まれた資料整理を、手伝ってくれるという白石ちゃんの厚意に甘えて二人でしていた時だった。

「白石ちゃん、これをあの棚に戻したいんだけど脚立とかある?」
「脚立? 職員室に行けば借してくれると思うけど……」

 それはちょっと面倒で。何しろ職員室の近くで顔見知りの先生に会おうものなら雑用を押し付けられることも多い。実際、この資料整理だってそうだし。

「さすがにまた雑用を頼まれるなんてないと思うけど、私行ってこようか」
「もしもの可能性をいつだって忘れちゃダメなんだよ少年」
「何キャラなの……少年じゃないし」

 まぁそうはいっても届かないって高さじゃない。指の長さを信じればいけなくもない、かも?くらいの高さだった。……それって届かないのか。とにかく、あの時は大丈夫と思ってた。届くはずだと、思ってたんだ。

「あ、もうちょっと」
「いやいや、全然届いてなくない?」
「大丈夫だって、あと5関節足りないくらいだし」
「指1.5本分くらい足りてないよね!?」

 白石ちゃんのポテンシャルの高いツッコミはさておき、案の定とでも言いますか、背伸びをして腕を目一杯伸ばしている私は盛大にバランスを崩した。崩したけど、そこまでは良かったのかもしれない。問題はそこからだ。
 バランスを崩した時に私は咄嗟に受け身を取ろうと体を回転させた。床に手をつくために必死になっていた。

「……え゛っ」
「……へっ」

 察しのいい人ならわかると思うけどそう。白石ちゃんは私の後ろに立っていて、私はその顔に向かって倒れ込んだ。
 ……唇に、柔らかな感触を残して。



 そして、今に至る。そりゃ私も最初は申し訳ないって気持ちでいっぱいだったし、責任とって結婚するしかないのかななんて考えたよ?でもさ、やっぱり気になるじゃない。

「で、どうだったのかな、私とのキスは」
「すっごい気まずいことを楽しそうに聞かないで」

 だってファーストキスだよ?白石ちゃんはどうか知らないけど、やっぱり乙女の夢っていうじゃない。ほとんど衝突だったのが寂しいけど知りたいと思ってしまう。

「ちなみに私は痛かった」
「私なんてあのあとみなみちゃんの体重背負って背中から床にダイブしてるからね?!」
「え、それはごめん」

 そういえば倒れたあと全然痛くなかったな。白石ちゃんが受け止めてくれていたからか。

「ありがとう、助かったよ」
「別にいいけど、脚立借りにいこうよ」
「いや、ギリギリ入った」
「あ、そう……」

 結果はよくても過程がダメっぽい。白石ちゃんの目が明らかに「背中いてーんだよ」って物語っている。まさか雑用からこんな友情ルートが生まれるなんて思ってもいなかった。ちょっと楽しくなってきた。

「背中さすろうか」
「いや、大丈夫」

「湿布貼る?」
「それもいいかな」

「じゃあもう一回キスする?」
「いやもうだいじょう……え?」

「もう一回、キスしてみない?」

 そんなあり得ないものを見るような目はやめてほしい。確かにこの提案は“ない”。引くか引かないかでいえば引くだろう。でも、やっぱり気になるんだって。ファーストキスの味、レモン味なのかなって。

「してどうするの」
「さっきのはほとんど衝突だったし、思い出に、とか言われてもピンとこないじゃん。だからもっかいちゅってしてほしいなって」

 そしてその感想を聞かせてほしい。いいよもうゴミを見るような目でみられても。探究心って大事じゃない。興味のあることには何事にも全力で取り組んでいかないとすぐに歳とるよと近所のお姉ちゃんは泣いていた。25くらいの。

「……いいよ」
「へ……んっ」

 言葉の理解をするより先に、触れ合った唇は、さっきよりも現実味を帯びていて。レモンなんかよりよっぽど、甘くて柔らかかった。

「あ、えと」
「どうだったの?教えてよ」

 何これ。形成逆転ってやつですか。私だって遊び半分であんなこと言ったわけじゃないけどあんな奪うようにされたらドキドキだってしてしまうだろう。

「もう一回お願いします」
「調子に乗らないで」

 怒られたのは、いうまでもない。




 キスすることに意味があるとして、それは友情を超えるものなんだろうか。あの後の白石ちゃんといえば嵐のような説教の後、脱兎の如く私の前から走り去ってしまった。なんでだよ。

「……?」

 探究心って大事っていうじゃないですか。(二回目)この気持ちはなんなんだろう。高揚感、とでもいうのかな。この、キスしちゃったみたいな。でも、そう呼ぶにはなんだかちょっと物足りない。人間って難しい。
 あれだけ近くも遠くもなかった白石ちゃんとの距離が縮まったような気さえする。心の距離はまぁ、遠くなったかもしれんけど。
 あれ、白石ちゃんて可愛い? いや、そんなこと知ってたし思ってたけど、やっぱり前よりも考えるとドキドキしてくるといいますか。

「えっと、どうしよう……」

 ドキドキうるさくて、もう会いたいって思ってる。今から追いかけたら追いつくかな、怒られちゃうかな。でも怒った顔も見てみたい。

「白石、はじめ……」

 名前を呼んで数秒。私はようやくわかった気がした。こんなに柔らかい感触が、こんなに甘い気持ちが、なんで“レモン味”だなんて言われているのか。


「────あまずっぱぁ……」


 遅れてやってきた想いと感触。確かにこれは、“レモン味”だった。





おわり
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