1 / 11
「お泊まりか。」
しおりを挟むきっかけは、浅井先輩のシャツがいつもと違うと気が付いたことだった。
浅井先輩はわたしが入社した時の教育係で、三年目になった今でも細やかに気にかけてくれる。
その日はなんだか朝から浅井先輩の雰囲気が違うなと思っていたのだ。
お昼頃になって、その理由が分かった。
シャツがカッターシャツではなく、白色だが少しラフなコットンシャツだった。
わたしの部署はがっちりシステム技術系ではなくても、ちょくちょくとそういった仕事に携わることから、それほど服装に厳しくなく、白シャツに目立たないストライプが入っていたり、時には綿パンを履いてきたりすることがある。
だから、浅井先輩がコットンシャツを着てきても、上から背広を羽織っていたし、それほど気にならなかった。
いつもきっちりスーツで決めている浅井先輩にしては珍しいな、という程度だ。
「今日はなんだか雰囲気が違うと思ったら、シャツが違うんですね。」
軽く口にしたつもりだったのに、浅井先輩は表情を強張らせた。
「やっぱり気になるかな。洗濯がしてなくてさ。お昼に一回着替えに帰ろうかとも思ったんだけど‥‥って、帰っても洗濯してないから、シャツはないんだけどね。」
わたしはその言い訳に、なにも違和感を持たなかった。
ふうん、と頷いて、こういうシャツも似合ってるから、そのままでいいのにな、と思っていた。
女性社員には分からない、これはセーフ、これはアウトという、身だしなみの違いがあるのかな、と思った程度だ。
昼を過ぎて、浅井先輩が席を外しているときに、松本先輩が訪ねてきた。
「浅井は?」
「打ち合わせです。えーっと、3時ごろ戻る予定ですよ。」
「へー。」
松本先輩は浅井先輩の同期で、仕事終わりの流れで何度か一緒に飲みに行ったことがある。
三人で飲んでいるときは、わたしはイイ男二人に囲まれて至福の時間だ。
浅井先輩は人懐っこく明るい性格で、この部署のムードメーカーだ。
それに対して松本先輩はクールな性格で、誰に対しても愛想がいいわけではないが、だからこそ仲良くなると気を許してくれてるのがうれしい。
イケメンはイケメンとつるむのか、二人ともわが社の一押しのイケメンなのだ。
ふと、特に深く考えずに口を開いた。
「松本さんって、毎日スーツですよね。」
「ん?そうだな。」
「今日、浅井さんの雰囲気が違うと思ったらシャツが違ったんです。シャツが違うだけで、けっこう変わるんですね。」
松本先輩はちらりと視線をそらして「ああ。」と納得してから、わたしににやりと笑いかけた。
「お泊まりか。」
わたしの思考が停止した。
「あ。あー‥‥。」
なにか言おうとするのに、意味のない音しか出てこなかった。
ちょうどそのとき、松本先輩が上司に呼ばれてその場を離れたので、わたしはなんでもないふりをしてハンカチを取り出して席を立ち、トイレへと向かった。
トイレの個室で一人になって、ぐるぐると頭の中をさっきの松本先輩の言葉が巡っていた。
お泊まり。
つまり、浅井先輩に彼女ができたということか。
あのコットンシャツは、彼女の家に置いておいたものだったんだ。
いつの間に。
知らなかった。
昼間のあれは、言い訳ということになる。
家に帰ってもシャツがないだなんて、よくよく思い出せば、なぜかやけに強調していた。
お泊まりならお泊まりって、隠さないで言えばいいのに。
いらっとした。
そして、にやついて指摘した松本先輩もいらっとした。
もしかして、わたしが先輩のこと好きなことに気が付いていて、釘を刺すつもりで言ったのだろうか。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる