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「余の祖母だ」

その瞬間、相手の正体が分かった。
最後の【神々の目】は現国王の祖母であり、前々代の王妃だった。
【神々の目】が現れた当時、すでに王には国内貴族出身の王妃がいた。
しかし、【神々の目】を王妃の座に据えるために、王はそれまでの王妃を追い出したのだった。

新しい王妃は王の寵愛を一身に受けたともいわれているし、別の話では政治的な意図で王妃の座に就いたともいわれている。
【神々の目】は男児を一人産み、その出産が原因で命を落とした。
そしてその男児が前代の王。
前代の王には王子が一人しかおらず、その王子が現在王位についていることを考えると答えは簡単に出る。

ごく、と喉が鳴った。


「顔を上げよ」

ゆるゆると顔を上げた。
「陛下‥‥」
喉が絞られたようにまともに声が出ないわたしに、男性――国王陛下――は、いたずらが成功した子どものようにふっと笑った。
「そなたの父や使いに、そなたには内緒にしろと言ったのは余だ」
王は上から下までなめるようにわたしを見た。
「まだつぼみか。だが時が来れば、それは美しく咲くだろう」
コツ、と王の靴が床を鳴らし、わたしの目の前に立つ。
「いや、すでにほころびかけているかな」
国王の目が妖しく光る。
わたしは直立したまま、身体をこわばらせて動くことができなかった。
「ここから花の芳香が」
国王が片手をわたしのむきだしの喉元に伸ばし、首筋をかさついた大きな手が滑った。
そしてそれはわたしの鎖骨をなぞるように、肌の上を移動する。
自分の呼吸音がやけに大きく感じる。
「王宮にはさまざまな花が咲き誇る。そなたもいずれ、このオーリッド宮殿を彩る花の一つに、しかもとびきり大輪の花になるだろう」
王は顔を傾けると、頭を下ろしていく。
そのひげをたくわえた口元が、わたしの首筋を目がけておりて来る。
ぶわっと鳥肌が立ち、いまにも叫び出しそうだった。
いや、叫ぶ寸前だった。

コンコン、と扉をノックする音がして、王の頭がぴた、と止まった。

続いて扉の外から「ルイスです」と呼びかける若い男の声が聞こえると、王は頭を引き戻して、ふうとため息をついた。
わたしは心臓をばくばく鳴らしながら、王の指が離れていくのを見ていた。

「なんだ」
「入ってもよろしいですか」
王がわたしをちらりと見て「入りなさい」と言うと、扉が開いた。

「父上、ここにいらっしゃいましたか。今夜のメインイベントが始まります。父上がいらっしゃらなければ始められないと、パトリックが困っておりました」
ルイスと名乗った青年は、王のかたわらに立つわたしに一度も目を向けることなく王だけを見ていた。
国王を父上と呼ぶということ、さらにルイスという名は王太子と同じ名前だということを考えると、この青年が王太子ルイスなのだが、このときのわたしは混乱のまっさなかでそんなことを考える余裕はなかった。
「おお、もうそんな時間か」
王はそそくさと部屋を出ていき、後にはわたしと青年だけが残された。

青年がはじめてわたしへ顔を向けて無表情で近づいて来たとき、わたしはびくりと身体を震わせて、視線を青年と開いたままの扉と行ったり来たりさせ、無意識に退路を確認していた。
男性の足で三歩程度の距離まできて、ぴたり、と青年の足が止まった。
腕を伸ばしても届かない距離で、彼は
「おいで、もう大丈夫だ」
とわたしを呼んだ。
戸惑うわたしに対して、彼はもう一度呼びかけた。
「なにもしないから、おいで」
差し出された右手に、わたしはゆっくりと近付き、その手を取った。
彼に伴われ、わたしは父の待っていた部屋へと戻ったのだった。
わたしを見た父は、気まずそうにふいと視線をそらした。
それを見て、わたしは気が付いてしまった。
父は、わたしが国王になにをされそうになったか、知っている。
知っていて、わたしを差し出したのだと。
部屋に入っても握ったままだった手を、青年がぎゅっと握ってくれたのに安心感を覚えた。

なぜ王太子があんなにタイミングよく現れたかというと、後から聞いた話では、わたしが王の部屋へ入っていくところを見かけた王妃派の貴族がそれを怪しみ、王の側近を問い詰め慌てて王太子のもとへ走ったからだという。
【神々の目】ということは、先々代の王のような事態もありうるからだ。
直接王妃に報告しても、もちろん王を止めることはできたはずだが、夫婦関係に亀裂が入るうえに、【神々の目】と王妃の関係に暗雲をもたらすことになると機転をきかせたようだ。
そのおかげで、その後国王から呼び出されることはなくなり、無事【神々の目】として王太子と婚約者に内定した。

宮廷では、わたしに【神々の目】の自覚がないこと、また、能力を特定できないことが不安材料としてあげられていたらしいのだが、なによりうれしいことに、王太子ルイスがわたしを【神々の目】として、王太子妃として推してくれたらしい。
それを父から聞いたときは、普段はろくに目も合わさないのに、思わず何度も聞き返してしまった。
それくらいうれしかった。


わたしをいらないと言った父。
父親に捨てられたって平気。
だって、父よりずっと価値のある人が、わたしを必要としてくれているから。
これからは、王太子のために生きるのだと心に決めて頑張ってきたのに。



その王太子までもが、マリアを選んだのだ。

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