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後悔はない。

諦念の気持ちに浸っていたが、やけに静かなことに気がついた。
二人はどうしたのだろうと顔を上げた。
‥‥すんなり顔が上げることができた。
つまり、いつのまにか後頭部をおさえていた王太子の手がなくなっていたのだ。

「うーん。なんか自分は関係ないみたいになってない?」
振り返って、呆れたような顔をしているマリアに、ぱちくりとまたたきした。

「え?」

「自分がこれからどうなるか分かってるの?」

え?え?と目を見開く。

不安になって王太子をちらりと見上げれば、渋々、といった感じで唇を歪めている。

「コレの目論見に乗ることにした。きみを共有するというのは業腹だが、そうでなければコレは引かん。下手をすれば、僕のほうが排除されかねない」

きょうゆう?

「なに不本意そうにしてるんだか。渡りに船だって、嬉々として監禁しようとしてるくせに」

「か、かんっ?監禁!?」

目を白黒させて、王太子とマリアを行ったり来たりさせた。

「殿下は〝お嬢さま〟を他の男の前に出さずに済むしーー俺以外の男ねーー俺は俺で堂々と〝お嬢さま〟と一緒にいられるし、お互いに譲るところは譲って、相互利益の関係でいましょうねってことになったって話」

「えっと、いつそんな話に?」

「いまだよ。たったいま、手を結んだってこと」

にこっとマリアがほほえむ。
見た目だけなら天使のようだ。

なにやら、二人は具体的にどうこう話をすり合わせなくても同じ結論が出ていて、それをお互いに承知しているらしい。

わたしにはサッパリわけがわからない。
さっきの監禁などという物騒な言葉は、聞き間違いだろうか。

(そうでありますように)

祈る気持ちで王太子を見つめた。

「僕はね、常々きみがいろいろな人間に会うのが気に入らなかったんだ。【神々の目】として、そして僕の婚約者として周囲が放っておかないことはわかっている。でも、僕だけのきみなのに。僕だけのことを考えていればいいのに、他の人間関係のことで頭を悩ませたり、配慮をしたりするのを見るたびに不快だったよ。そんな瑣末事(さまつごと)に、きみが気持ちを向けてやる価値はない」

いつにはなくじょうぜつな王太子が説明し始めた。

「城に上がる前は伯爵の屋敷に出入りする者を制限することで悪い虫は避けられた。でも、王城内ではそうはいかない。そんなときにコレが怪しい動きをし始めて、きみの気を引き始めた。きみはコレのことばかり気にしていたね。それがどうしてなのかわからなくて、乗ったふりをして見張っていたんだ」

王太子が嫉妬深いことは知っていたけれど、まさか屋敷に出入りする人を制限していたなんて知らなかった。

「コレコレって、人のことをモノみたいに」
マリアが抗議の声をあげる。

「あなた、わざと男だってバレるように振舞ってたんじゃなかったの?」

昨夜そう言ってなかっただろうか。
王太子の嫉妬心を煽った、と。

「違うよ。バレてたの。殿下ったら、たまに俺のこと射殺すような目で睨んでたし、俺と話すときもずっと凍てつくような目をしてたよ。ふふ、ほら、いまだって。俺って〝お嬢さま〟の関心を奪うカタキだからさ。執念じゃない?いっつもお嬢さまの周囲に目を光らせていたから、嗅覚で男だって嗅ぎ分けたんじゃないかな」

そんなまさか。
冗談でしょうと笑い飛ばそうとしたが、当の王太子がこれまで見たことのない目でマリアを睨んでいたので、笑いかけた口のまま固まってしまった。

彼の顔が怖すぎて、マリアみたいに笑いとばせそうにない。

もともと低い王太子の声が、地を這うような低さまで落ちた。
「屋敷にいるうちは報告書の内容を信じていたし、気にも留めていなかったがな。我が婚約者が城へ上がるのに付いてきて、目の前をウロチョロしだしてから、やけにかんに触る奴だと思って注視していたんだ」

「ほらね?俺は最初は王太子狙いだったんだけど、取りつく島もないし、俺自身〝お嬢さま〟に夢中になっちゃったから、方向転換したんだよ」

(王太子狙い!?)
やはり女装しているだけあって、女だけでなく男もイケるのか。

「いや。驚くところはそこなんだ。『王太子狙い』っていうのは、そういう意味じゃなくて‥‥。変な顔しないでよ。そうじゃなくて、籠絡していいように操ってやろうと思ってたってこと」

マリアはわたしが驚いた意味を正確に読み取って否定した。

「あんたのことを好きになるまで、俺の目的は故郷を取り戻すことだけだったんだよ。そのために、使えるものは使ってやろうって。――あれ?ねえ、心当たりがあるみたいだね。どうして〝お嬢さま〟が知ってるの?」

ハッと目を見張ったわたしの表情で、マリアはわたしがマリアの出生の秘密を知っていることに気づいたようだ。

「ねえ、ずっと不思議だったんだ。どうして俺の行く先々で待機できたのか。【目】で見た以外の行動をとるのか。俺が男だってことは知らなかったみたいだけど、【神々の目】を持つことは知ってたよね?」

「えっ、あの‥‥それは‥‥」

「このペンダント、母の形見なんだ。あんた、これがなにか知ってるね?」

マリアの服の下から、首にかけていたペンダントが引き出されて、わたしの目の前にかざされた。
隣国の王家に受け継がれるペンダントだ。
わたしはそれから目をそらす。

「じゃあ、俺とあんたが近親相姦に当たらないことも?」

わたしが伯爵の血を引いていないことを言っているんだ。
これ以上考えを読まれないように、ギュッと目を閉じた。

「ぅひゃ、ひんッ」

耳たぶににゅるッと湿った感触がして驚いて目を開くと、王太子に耳を食(は)まれていた。

「ぁ、んんッ」
そのままジュルジュルピチャピチャと耳に舌を差し込まれる。

「ちょっと!俺がいま質問してるんだから、さからないでよ」
そう言いながらも、マリアの手はシーツごしにわたしの胸をモミモミともんでいる。

「ちょっ、やめッ」
シーツにぐるぐる巻きにされた状態ではろくに抵抗できない。

「きみが無防備に目を閉じるからだ」
王太子が耳から唇を離し、ついでにまだわたしの胸を揉んでいたマリアの手を、大きな手でバシッと叩き落とした。

手を叩かれたマリアは、呆れたような恨みがましいような目を王太子に向けた。
それをまるっと無視して、王太子は話を再開させた。

「僕はペンダントを調べて真実にたどり着いた。きみは、どうしてコレを意識していたんだ?それを聞いていなかったな」

「あのさあ‥‥まあいいや。僕にも納得できる説明をしてくれるんだよね?〝お嬢さま〟」


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