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93 ストライキ、します ②

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 紫輝は、金蓮たちから少し離れ、威圧を感じない位置に遠ざかる。
 全く、なにが怖いのやら。
 龍鬼、怖くなーい。って、言ってやろうかな?

「龍鬼だというだけで、疎み、忌み嫌う、ここ最近の将堂の風潮は、行き過ぎです。心の通じ合った恋人同士を引き離し、堺を牢に入れるのは、間違い。許しがたい所業だ。金蓮様は、龍鬼を不当に貶め、天から授かったありがたい能力ばかりを搾取する、この状態を、いかがお思いか?」
「ど、どうって…」

 考えたこともないだろうから、そりゃ、金蓮はなにも言えないだろうな、と紫輝は思う。
 こうして、龍鬼に牙を剥かれること自体、考えられないことなのだろう。
 それだけ、今までの龍鬼は、おとなしく泣き寝入りしてきた、ということだ。
 おとなしい龍鬼の上に、代々胡坐をかいてきたのだろうな?

「この将堂の体質が改善されない限り、我らは将堂のために能力を使用いたしません。ストライキ、します!」
「すとらいき?」
 この場にいる、すべての者が、聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「ストライキというのは、職場の待遇改善、地位の向上を目的に、業務を停止することです。堺が牢に入れられたのは、龍鬼に対する不当な行いだ。これを機に、龍鬼一同、龍鬼への待遇改善を要求いたします」

「それは、いいな。俺も、龍鬼の待遇改善に上が同意しないなら、右軍を動かさない」
 青桐も賛同し、紫輝とうなずき合う。
 これが、自分らの、結婚に向けての第一歩だと、言わなくても承知しているのだ。

「勝手なことを、青桐、誰のおかげでおまえはその地位にいられると思っているのだっ?」
「それは、なんのお話ですか? 兄上。俺は記憶喪失だから、よくわからないのだが?」

 赤穂が記憶を失ったのが、青桐というていなので。
 金蓮の『地位にいられる』という言葉はおかしいものなのだ。
 それを、記憶を失っていない青桐は、気づいているが。
 白々しくも、とぼけたフリだ。

 金蓮は、押し黙ってしまう。でもすぐに、不機嫌そうに、結んだ口を開いた。
「そのような、一兵士や民が思うことまで、私が統制できるものではない。それに、堺の投獄は不当ではない。堺は将堂の血脈をけがしたのだからな」

「はい、穢された、出ました。そうやって、龍鬼を汚物扱いしている間は、働きませんと申しました。大体、同じ戦場に立ち、龍鬼を率いる貴方が、龍鬼はうつると本当に思っているのですか? 藤王をそばにはべらせていたくせに、龍鬼を汚いと罵るのはなぜなのですか?」

「藤王はっ、汚くないから」
「その理屈が、ここで通用すると、お思いか?」

 容赦なく、紫輝は金蓮を追い詰めていった。
「一応、ここは論破させていただきます。二十年周期で三人ほどの龍鬼が生まれるということが、現在の研究で明らかになっています。その時点で、見るだけで龍鬼がうつる、触ると、体液を取り込むと龍鬼がうつる、などというのは妄言であると言える。戦場で、多くの者が龍鬼と相対しているはずだが、それでも龍鬼の出生率が上がらないことから、断言できます。あと、接触すると、翼が腐り落ちる、とか。能力がうつる、とか。化け物になる、とか。それもあり得ません。俺の伴侶も、青桐も、体調は万全ですし、翼もちゃんとありますよ」

 金蓮は青桐をみつめ、恐る恐る聞いた。
「本当に、龍鬼と関係を持っても、体に不調はないのか?」
「あるわけねぇ。堺は翼がないだけの、ただの人。俺と堺に、体の違いなどないし、不調などなったことない」

 わかりやすく、青桐は黒い大翼を部屋の中でバサバサさせた。
 うぜぇ。

「龍鬼は人を汚染しない。この持論に、金蓮様は、反論できますか?」
 この持論は、天誠が考えたものだ。
 己の賢い、スーパーダーリンがな。
 絶対に覆せないはずだっ。

「反論できないのなら、龍鬼は無害であると、しっかり認識してもらいたい。そして、これを知っても、まだ龍鬼を汚いと断じるのであれば、それは、明らかな龍鬼への敵対行動であり。我らはそれに歯向かう権利がある」
 これ以上は対決姿勢になりますよ、と。目力を込めて暗に訴える。

「金蓮様、俺は別に、難しいことを言っているのではないのですよ。堺の投獄は、間違いであったと認め。龍鬼を人と同等に扱ってもらいたいとお願いしているだけだ」
「私に…どうしろと言うのだ?」

「声明を出してください。龍鬼は翼がないだけの、ただの人である。将堂は正義の心を持って、あらゆる差別を撤廃する。咎のない者を理由なく疎み、迫害する者は、減給に処する。とね。統花様、貴方は頭が良いのでしょう? 一言一句、間違わずに声明の文書を各軍に行き渡らせていただきたい」

「間宮、おまえ…調子に乗るなよっ」
 燎源は憤りをあらわにし、いつも微笑んでいる糸目がかっぴらいていて怖い…けど。
 紫輝は小首を傾げて、不思議そうな面持ちで彼をみつめた。

「なんで怒るのですか? 統花様。これは善行なのですよ? 金蓮様が率先して、龍鬼への待遇を改めることで、民もそのような意識に置き換わっていくのです。金蓮様はそれほどに、影響力のある方ですからね?」

 金蓮を持ち上げる紫輝を、燎源はこれ以上、怒れない。
 悔しげに、押し黙るしかない。
 燎源を黙らせた紫輝は、意味深に金蓮をみつめ、ニコリと笑いかける。

「龍鬼の待遇改善がなされたら、きっと…藤王も感激して、姿を現すかもしれませんねぇ?」
「…声明を出したら、龍鬼は、右は動くのだな?」
「もちろんです」

 短く承知すると、金蓮はため息をついて言った。
「これだけだ、次も同じ方策が使えるとは思うなよ。燎源、前線基地に戻る。手配しろ。どうやら、この一連の騒ぎは、こいつの勘違いだったようだ」
 金蓮に燎源はうなずき。部屋の外にいる兵に、速やかに指示を出した。
 すると、こいつ呼ばわりされた元家令が、きいきいと声を上げる。

「そんな、金蓮様!? なぜ、このような龍鬼の言うことを聞くのですか? 金蓮様に仇成あだなすこんな者、手討ちにすればよいのだ」

 今まで黙って様子を見ていたくせに、元家令は強気で金蓮をけしかける。
 しかし将堂家当主の金蓮が、家令ごときに言い訳するわけもなく。
 顎を振るだけだ。
 燎源が代弁をした。

「わかっていないな、貴様。右軍が動かなければ、我らはたちまち、手裏に制圧されてしまうのだ。龍鬼の力は馬鹿にならない。ただそこにいるだけで、彼らは抑止力になる。その強力な駒を、簡単に手討ちになどできるわけがなかろうっ」

 したたかに燎源に怒られ、元家令は身を縮めて、頭を下げるしかない。
 燎源も、苦汁をのむ顔つきをするが。
 彼は頭が良いので、ここが、この話の落としどころだとわかっているようだった。

「声明だけで、龍鬼がこころよく動いてくれるのなら、安いものなのだ。それよりも貴様のせいで、やぶにいた大蛇を叩き起こしてしまったではないか。命が惜しければ、おとなしく田舎に下がるがよい」

 元家令は、そんな、とか。御考え直しを、とか。言っているが。
 もう誰も、彼に耳を貸さず。
 左の兵によって、執務室から出されていった。

 堺が投獄になり、ちょっとヒヤッとしたけれど。結果、いい話の流れになったので。
 元家令もグッジョブと言ってやってもいいと、思わないでもなくはなくはない。

「青桐、堺との結婚を許したわけではない。将堂家の者は、人の上に立って、戦と政治を先導してきた。上に立つ者が、人並み外れた大きな力を持てば、民の心に恐怖を生む。人々の意見をまとめて政治を行う我らが、畏怖の存在となってはならないのだ。だから私は、結婚は認めない」

 金蓮が青桐に告げる。
 言い方を変え、龍鬼へ向かうベクトルをそらしてはいるが。内容は変わっていないな。
 結局、龍鬼の大きな能力が怖いと言っているわけだから。

「なるほど、汚いとか、穢れるとか、言われるよりは、マシな意見だ。だが、俺はいずれ堺と結婚する。それは覆させない。でも今日のところは、これで引き下がりましょう。龍鬼の待遇が改善されれば、話し合いの余地もできるだろうからな。そう期待しています、兄上」
 青桐は金蓮に一礼すると、堺の腰を抱いて執務室を出て行った。
 幸直と巴も、安堵の表情をにじませて、退室する。

「間宮」
 名を金蓮に呼ばれ、紫輝はなにも考えずに大将の大机の前に立った。
 すると、一瞬、ものすごい殺意に襲われて。
 いきなり目の前に暗幕が下りてきたかのような、バリアのような感覚を受け。紫輝は目を丸くした。

 気づいたら、辺りが色褪せて…というか。白黒映画みたいになっていた。

 モノクロの中で、なにもかもが止まっている。
 目の前の金蓮は、ヤバい形相で、紫輝に向かって剣を突き出している。
 これは、あれを思い出すよね。
 よく見た、夢のやつ。
 子供の頃に、誰かが自分に向かって棒を振り上げているやつ。

 つまりこれは、母親から二度も殺されかけた、という感じですね。

 もう、期待なんか、してはいなかったけれどさ。やっぱり殺意を向けられると、それが誰でも、悲しい気持ちになるよね。
 なんで、すぐに殺そうとするのかな? ホント、意味不明。

 とりあえず、いつ時間が動き出すかわからないから、金蓮の剣先から、横に逃れておく。
 後ろを見たら、大和が手で防ごうとしているから。彼も避けておこう。
 体張っちゃ、駄目って、言っておいたのに。全く言うこと聞かないレトリバーだよ。

 そうこうしている間に、色が鮮やかに戻ってきて。時間が動いた。

 これは、無意識の能力発動かな?
 三百年前も、こんな感じで時空を移動しちゃったのかな?
 もしもそうだとしたら、今回は天誠を置いて行かなかったから、セーフだよね。
 怖いよね。無意識で能力出ちゃうの。
 ヤバいから、突発的になんかしないでほしいよね。

 紫輝の横にいる大和は、体がビクンとなった。
 予期せぬ体の位置に、心が追いつかなくて、痙攣したみたい。
 本能的なやつかな? 隠密としては優秀な反応です。

 金蓮の方は、剣が空振っただけだ。
 でも、金蓮には紫輝が瞬間移動したみたいに見えたのだろう。
 確実に仕留めたと思った相手がいないから、驚いたみたいだな。

「殺さずの雷龍を殺そうとするのは悪手だと、以前、申しませんでしたかね?」
「…龍鬼の能力に、殺傷力はないというが、おまえのこの力は、本当にそうなのか?」

「金蓮様は死んでいないのだから、そうなのでしょう? ところで、他になにか御用が?」
 金蓮は、内緒話をするつもりか、紫輝を呼び寄せるが。馬鹿ですか?

「今さっき殺そうとした人の近くに行くわけないでしょ」
「じゃあ、おまえ。席をはずせ」
 今度は大和に、金蓮は言うが。大和も首を振る。

「今さっき殺そうとした人の前に、と、友達を置いて行けません」
 本来、下の者は上官に逆らえない。大和は声を震わせるが。
 ここで下がれば、確実に死亡案件だ。

 魔王様の手によって。

 ブブブと、小刻みに顔を振る大和を見て、金蓮はため息をつく。
「まぁ、いい。おまえ、間宮は…もしかして藤王の子供なのか?」
 思いもよらないことを言われた。
 いいえ、己は赤穂の子です。
 つか、自分で生んでおきながら、マジでなにも感じないんですかね?
 てか、いろいろツッコミどころがあります。

「俺の中に、藤王の要素はないかと思いますが。藤王は堺の兄弟で、そっくりだという噂だ。第一彼、二十八歳でしょう? それじゃ、彼が十歳のときの子供ってことになる」

 でもそれを言ったら、マジ父の赤穂は三歳のときの子ってことになるけど。ウケる。

「…要素は確かにないが。随分、私に藤王の話を振ってくるから」
「貴方が藤王に執着しているからでしょう? 俺は、その気持ちを利用しただけだ」

「金蓮様の気持ちを利用などと、不敬にもほどがあるぞ、間宮っ」
 さすがに、そばにいる燎源が怒った。

 でも、これほどまでに龍鬼差別を助長した貴方にも、責任はあると思いますよ…と紫輝は思う。
 側近ならば、行き過ぎた差別を目にしたら、もっと、周囲をたしなめてくれないと。
 あれ? それとも。
 燎源も龍鬼憎し、なのかもな。
 藤王とは親友だったみたいだが。金蓮の側仕えとして、同僚でありライバルだったとしたら。藤王を蹴落とそうとする気持ちが芽生えても、おかしくないか。

 紫輝は。燎源は、金蓮至上主義という評価をしていたが。少し改めた方がいいような気がした。
 つか、元々腹黒そうだとか、裏がありそうとかは、思っていたのだけど。

「この、はなはだしい龍鬼差別の中にいたら、敬意も枯れます。待遇が改善されたら、金蓮様をおおいに敬うと思いますので、声明の方、よろしくお願いしますね。じゃ、失礼しまーす」
 軽い挨拶をして、紫輝は大和の手を引いて、今度こそ執務室を出た。
 その途端。横で大和が腰を抜かす。

「…マジで、ヤバかった。今度こそ、死亡案件かと…」
「本当だよねぇ。びっくりだよねぇ。マジむかつくよねぇ」

 あれ? この言い方。
 いつの間にか月光の口調がうつっているのを紫輝は感じ。こいつはヤバいと思うのだった。

「紫輝様、あのとき、なにをしたんですか? いきなり目の前の景色が変わったので。俺、クラッときて」
「なんか、時間、止まったんだ。無意識に能力出ちゃったみたい。大和、体張って、守っちゃダメだって、言っておいただろう? 最悪、ライラが生気を吸ってくれるんだからな? 剣の前に大和がいたから、危ないと思って、ちょっと動かしておいたんだ」

「しかし、なにもしなくても。紫輝様が傷つけば、俺は、あの方に殺されます。あの方に殺されるとしたら、きっと無残な死にざまでしょう…金蓮様の方がマシと言えます」
「まぁ、そこらは、俺、よくわからないから。とにかく、大和が無事で良かったよ」

 そう言ったら、大和は目をキラキラさせて。尻尾がブンブンと…ないけど、紫輝の目には見えた。
「ありがとうございます、紫輝様。紫輝様は俺の命の恩人ですっ。一生ついていきますぅ」
 この頃、言うこと聞かないレトリバーが、一段とウザくなったような。そんな予感が、紫輝の胸に走り。
 苦笑した。

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