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80 とにかく、愛らしいのです(照)

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     ◆とにかく、愛らしいのです(照)

 翌日、大和の案内で、紫輝は堺とともに、奥多摩の山の中へ入っていった。
 どこかに狩猟小屋があり、そこに天誠と藤王がいるという。
 狩猟小屋は、大和が千夜の隠密修行をしたときに、使った場所らしい。あぁ、姿は見えないが、千夜も、他の隠密も、人知れずついてきているみたいだ。
 でも、兄弟対面のときは、外で待機するんだって。

 四季村の近くまで来ているのに、天誠が村に来ないのは。まだ、藤王が味方になるのか、わからないからだ。
 強力な龍鬼であるからこそ、彼の動向は、慎重に見極めなければならない。
 もしも、彼が裏切ったら。
 天誠が作り上げた村が、壊滅することも、あり得るので。

「堺、昨日は眠れた?」
「いいえ、緊張してしまい…青桐様にも迷惑をかけてしまいました」
「あぁ、一緒の寝台だものな?」
 紫輝はもう、堺と青桐が恋仲なのを知っているので、当たり前のつもりで言ったのだが。
 堺は、恋人だと指摘されるのが、恥ずかしいみたい。
 まだまだ初々しいんだよね、このカップルは。

「紫輝様、あちらになります」
 大和が手で示した先に、小さな小屋があり。その前で、藤王と天誠が、外に出て待っていた。
 黒い詰め襟の、手裏の軍服は。長身のふたりが身につけていると、マジで格好いい。
 天誠の話では、藤王は普段、黒髪のようなのだが。小屋の前で立っているのは、白くて長い、堺に似た髪の人。
 白と黒のコントラストも、格好いいじゃん!

「兄さんっ」
 小走りになって、堺が近づき。
 藤王も、堺に駆け寄った。
 そしてふたり、ギュッと抱きつく。

 兄弟の感動の再会に。紫輝も、天誠と再会したときのことを思い出して、感動してしまった。

 弟である堺の方が、若干、背が高いか?
 堺は、天誠と同じくらいの身長があるからな。

「堺、よく顔を見せてくれ。あぁ、会わぬうちに、私の身長は越されてしまった。もう、抱っこはできないな?」
 その言葉に、堺は目を潤ませる。
 年の離れた兄は、いつも忙しくしていて、そうそう会うことはできなかったが。仕事から帰ると、真っすぐ堺の元へ来て、手で体を持ち上げるのだ。
 抱っこして、幼い堺が、どれだけ成長したのか。確かめているようだった。
 そのことを、懐かしく思い出す。 

「申し訳ありません、兄さん。図体ばかりが大きくなり、兄さんが可愛がってくれたときの面影を、なくしてしまいました」
「謝るな、兄としての立つ瀬がなくなるだろう? それに、立派になったが。私の愛らしい弟であることに変わりはない」
 藤王が言うのに、堺は、はにかんだ微笑みを浮かべた。

 紫輝は、天誠の隣に立って、仲睦まじい兄弟を見守る。
 藤王のことを初めて見るが、堺が大人になったらこうなるのかな? と思うくらい、面差しが似ている。
 白皙の肌も、高い鼻梁も。
 くっきりした目元は、少し藤王の方が、厳しい眼差しだろうか。
 目の色だけが、堺は薄青で、藤王は赤色だった。
 その印象のせいか、同じ白髪であるのに。堺は青みのグラデーションが入るが。藤王は黄色の温かみを感じるグラデーションだ。
 藤王は炎を操るのが得意だと聞いているから、能力差でも、そのように印象が変わるのかもしれないな、と。紫輝は思った。

「兄さん、手が震えていますね。私が刺した傷が、まだ痛むのでしょうか?」
 堺は藤王の手を取り、小刻みに震える手に、手を重ねる。
 藤王は右手に、天誠が作ったという革の手甲を装着し、目立つ傷跡をそれで隠している。

「いや、これは…」
 藤王は言いよどむ。
 傷跡は目立つものの、堺が刺したことによる後遺症はほとんどなかったのだ。

「堺、それ、俺のせいかも」
 そう紫輝が声をはさんだことで、堺のことしか目に入れていなかった藤王は、ようやく紫輝を認識した。
 安曇の肩までもない、黒髪の小さな青年。
 なにやら嬉しげに、安曇が青年の肩を抱いた。

「紹介しよう、不破。彼は間宮紫輝。俺の愛する兄さんだ」

 ちょん。と、安曇の横にいる青年を。藤王は、もう一度、まじまじと見た。
 どこの村にも、ひとりはいそうなほど、特徴のない容姿。
 安曇のように麗しくもない。
 というか、目つきは悪めの、青年だ。

「この、ちんちくりんが、安曇がずっと言っていた、愛らしい兄? 白を固めたかのように清い、天使の兄? つか、年下じゃね?」
「ま、詳しい話は、小屋の中でしよう。兄さんが凍えてしまうからな」
 そう言って、天誠は紫輝の肩を抱いたまま、狩猟小屋に入っていった。

 紫輝は。藤王の言い分に、いろいろ言いたいことがあったのだが。
 紫輝に会っただけでご機嫌さんの天誠は、聞く耳持たずだ。
 もうっ。

     ★★★★★

 狩猟小屋の中は、八畳くらいの広さの一部屋があるだけの、簡素な造りだった。
 囲炉裏があるから温かいし、お茶ぐらいは飲めるが。生活をする意図では作られていない、休憩所という感じ。
 ま、内緒話をするのには、もってこいだ。

 囲炉裏を囲んで、紫輝と天誠、堺と藤王が並んで床板に座っている。
 いよいよ本題だ。

「安曇、おまえの兄にしては、小さい…」
 しかし、藤王は。まだ紫輝が気になるようで。ぽつぽつと暴言を吐く。
 もう、よっぽど天誠が、兄賛辞をしたみたいだ。
 天誠の評価はほとんど嘘だから、藤王が首を傾げる気もわかる…んだけどぉ。

「小さい、言うな」
「兄というには、子供…」
「子供じゃねぇし、十八歳だし」
「嘘だっ!」
 藤王に断言された紫輝は、ガーンと、ハンマーで頭を殴られたようなショックを受けた。
 年齢は詐称してないもんっ。
 涙目で、横にいる天誠にすがる。

「うぅ…天誠っ」
「兄さんを泣かすな、不破。手、治さねぇぞ」
 紫輝を慰める安曇に言われ。藤王は慌てた。

「それは困る」
 堺が先ほど言ったように、普通にしていても、藤王の手は震えるようになってしまった。
 早くなんとか、できるものならしたいのだ。

「治すの、兄さんだから」
 そうして、安曇はドヤ顔で、紫輝を手で示す。
 藤王は、疑いの眼差しで紫輝を見やった。
 マジで、どこにでもいるような容姿の青年。しかし、龍鬼ではある。
 紫輝の背後に立ち昇る紫の炎は、能力の可視化だ。これほどの気を発するのは、並の能力者ではない。

「紫輝、先ほど兄の手の震えが、紫輝のせいだと言っていましたが。どういうことなのですか?」
 おっとりした口調で、堺に聞かれ。
 紫輝は気を取り直して、説明する。

「この前、話したろ? 子供の俺が、三百年前の世界に逃げたとき。時空の穴に手を突っ込んで、引き戻したのが不破、いわゆる藤王だったのだと。彼はそのとき、俺の能力の欠片を体に取り入れて、不調になったと考えられる。その傷を見ると、そんな感じだ」
「あっ、二年前の、あの子供かっ?」
 心当たりアリアリだから、藤王は息をのんだ。
 そして堺もハッとして、藤王をみつめ。
 そして紫輝に、視線を戻す。

「兄さんの能力とか、二年前のこととか、聞きたいことはいろいろありますが。とりあえず、兄さんの傷を、治せるのなら治していただけませんか?」
「うん。手甲、外して?」

 堺に依頼され、紫輝はうなずく。
 でも、天誠は。少し心配そうな顔を見せた。

「兄さん、無理するな? 能力いっぱい使うようなら、止めるから」
「いや、棘を抜くくらいなものだと思う」
 手甲を外した藤王が、紫輝に手を差し出す。
 紫輝は藤王の手に触れ、ひっくり返すと。手のひらの大きな傷を、改めて見やる。

「あぁ、これだ。あのときの大きな手。間違いない」
 紫輝は、自宅の庭に突然現れた、大きな手に握られて、この世界に連れて来られた。まだ一年経っていないけれど。ようやく、その手の持ち主をみつけたのだ。
 なんだか感慨深くなる。

「な? あの手で間違いないだろ?」
 天誠が、深くうなずきながら言うと。
 藤王は、眉間にしわを寄せて、いぶかしげに安曇にたずねた。

「なに言ってんだ? おまえは二年前、私と一緒にその場に居合わせただろ?」
「いろいろあるんだよ。じゃあ、紫輝。頼む」
 オッケー、と紫輝は軽く請け負うと。藤王の人差し指に手を当てて。ブチリと紫のモヤを引き千切った。
 その途端、藤王はだいぶすっきりとした感覚を得る。しかし。

「あぁ、これは。ライラの呪いもかかっているな」
 と、紫輝がなにやら怖いことを言い出した。
 そしておもむろに、後ろ手に剣を抜く。
 その剣が空中でクルリと回ったと思ったら、デデーンと白い大きな獣が現われ。
 藤王は、驚愕に目を見開いた。

「なっ、なっ?」
 藤王は、堺に目をやる。
 すると弟は、訳知り顔で『ライラさんです』と紹介した。
 理解が追いつかない藤王は、ただただ紫輝に身を委ねるしかなかった。

「ライラ、この人、苦しんでいるみたいなんだ。ライラは怒っているかもしれないが、機嫌を直して、彼の呪いを解いてあげてくれないか?」
「おんちゃんは、そうしたいの? いっぱい、泣いたわぁ?」
「俺は、ライラと天誠がそばにいるから、もう大丈夫なんだ」
「そう? なら、いいわ」

 ライラはそう言って、藤王をキッと睨む。
 ちなみに、ライラの呪いを受けているからか、藤王には、ライラの声が聞こえていた。

「ちょっと、あんた。おんちゃんに、かんしゃしなさいよねぇ? あたしだけだったら、ずっとこのままなんだからねぇ?」
「わ、悪かった」

 よくわからないが、藤王はとりあえず謝った。
 そうしたら、ライラはにっこり笑って。藤王の人差し指をザラリと舐めた。
 すると、薄布でギリギリ締めつけられていたような感覚が、すっかり消えて。己の龍鬼の能力も、体の中に感じられるようになってきた。
 試しに手の上に炎を出してみると。メラリと赤い火が立ち昇る。

「治った」
「本当ですか? 良かったですね、兄さん?」
 心から兄の再起を喜んでくれる堺が、やはり一番、心根の美しい人物のように思われ。
 藤王はつい、つぶやいてしまった。

「あぁ、やっぱり。天使というのは、堺のような清らかな者にこそ、相応しい言葉だ」

 うっとりと、堺をみつめる藤王に。意義を唱えたのは、もちろん天誠だった。
「は? なに言ってんだ? 敵味方関係なく傷を治してやる、器のでっかい兄さんこそが、天使だろうが? 愛らしさの極致だろうがっ」

「いやいや、おまえの目は節穴か? 容姿の美しさは、堺にかなう者はいまい? この世で一番愛らしいのは、堺だ」
「こんな身長の馬鹿でかい男を、愛らしいとか、思えるわけねぇ。この世で一番愛らしいのは、紫輝だっ」

 紫輝は、半目で、男たちの攻防を見やる。
 なんて、不毛な言い争いだろうか。
 つか、紫輝は。己を愛らしいなどとは、毛ほども思っていないのだ。
 堺が美しいのは、言うに及ばずだし。
 それに対抗などできるわけもない。
 こればかりは、天誠の負け戦である。

 紫輝は弟が可哀想になり、堺に仲裁を求めた。
「もう、ふたりとも、なに馬鹿なこと言ってんの? なぁ、堺も止めてよ」
「…紫輝は男らしくて、たくましくて、格好いいのです」

 そうしたら、堺まで、紫輝を褒め殺しし始めて。オロオロしてしまう。
 もう、聞くに堪えない。

「いや、そうじゃなくてね、堺。ま、男らしいと堺に言われるのは、嬉しいけどぉ…」
 愛らしいよりはマシに思えて、そう紫輝は言ったのだが。

「そして…とにかく、愛らしいのです」

 ほんのりと頬を染め、なにやら照れ照れしている。
 堺さん? なんで、愛らしい話に戻しちゃうの?

「ほら見ろ、おまえが愛らしいと思っている堺が、愛らしいと認める兄さんこそが、この世で一番愛らしいのだっ」
 胸を張って、藤王に指を突きつける天誠。
 そして悔しがる、藤王。
 紫輝は呆れてものが言えない。

 この、ブラコンどもめがっ。

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