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77 紫輝の村ってなんだろな?   ★

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     ◆紫輝の村ってなんだろな?

 自室の寝台の上で、青桐は堺が来るのを待っている。夜、湯あみを済ませた、浴衣姿だ。
 就寝するという時間に、必ず堺は挨拶に来るから。

 明日は、本拠地に来てから、初めての外出だ。
 ずっと山の中で暮らしていたから、代り映えのない生活には慣れているし、どこかに出掛けないといられないというような、行動派でもないのだが。
 やはり、違う風景が見られるのだと思うと、ワクワクはしてしまうな。

 暇つぶしの本を読みながらも、頭には入っていないような状態。
 そんな中、扉が叩かれた。

「青桐様、失礼します。お休みの挨拶に参りました」
 廊下に正座して挨拶する堺は、軍服を着用していた。きっちりさんだな。
 堺は屋敷の中でも、いつも軍服を着ている。
 就寝前に、堺の自室をたずねても、軍服のときがあるくらいだ。
 青桐がお願いして、ようやく浴衣を着てくれるような感じで。
 堺は自分の家でも、羽を伸ばすことは、あまりないらしい。羽、ないけど。

「堺、入って。ここに座って」
 青桐は、寝台をポンポン叩く。
 入室した堺は、上品な仕草で扉をきっちりと閉め。青桐の隣に腰かけた。

 寝る前のキスは、習慣化している。
 青桐は手で、堺の白い髪を撫で、頬も撫で。
 すると堺が目を閉じるから。くちづける。

 キスのあと、その気になって情交に及ぶのは…毎回だ。
 堺と睦み合ってから、毎日いたしている。
 だって、この美しい人とくちづけたら、その気になるだろう? 絶対。
 それに、昼間は誘っても、絶対に応じてくれないが。堺は基本、夜は拒まないのだ。

 今日も、堺の肩を少し押し、横たわるようにうながすが。
 彼は唇を離し、眉尻を下げた。

「青桐様、申し訳ありません。明日は長く馬に乗るので、今宵はご容赦ください」
 初めて拒まれた。
 ま、それは仕方がない。
 紫輝の村がどこにあるのかは知らないが、一日、馬に乗るのを覚悟している。
 前日に激しい情交などしようものなら、堺の身が危険だっ。

「もちろんだよ。堺がつらい思いをするのは、いけないからな」
 こころよく承諾したのに。
 堺は。さらに悲しそうな、心配そうな顔でこちらを見る。

「どうした? なんで、そんな顔をするんだ?」
「青桐様を、嫌いになったわけではないのです。嫌いにならないでください」
「堺を嫌いになるわけないだろう? なんで? 断ったから?」
 聞くと、堺は衝撃を受けたというように、目をみはった。

「…断ったのではないのです。あの。でも」
「大丈夫だよ、わかっているよ、堺。明日はお出掛けだ。俺も、堺に楽しんでほしいし。体が痛くなったら、楽しめないだろう? 睦み合うのは、ふたりの気持ちが寄り添ったときに、自然にするものなんだよ。したくないときは、そう言っていいんだ。それで、堺のことを嫌いになったりしない」

 自分で、ご容赦を、と言ったのに。青桐の顔色をうかがって、悲しくなったりオロオロしたりしているのだ。
 可愛いなぁ。そんな堺を、嫌いになど、なるわけないよ。

「本当ですか? 嫌いにならない?」
「当たり前だろ? 堺が俺を好きなのは、よく伝わっているよ。断るの、怖かったんだな? そうか、俺から言ってやれば良かったな。今日は、明日に備えて。激しいのはナシな」
「激しいの?」
「挿入とか。すっごく、乱れちゃうやつ。でも、優しいキスや、抱き締めるのはいいだろう?」
「はい」
 堺は、ようやく納得したような顔をして、青桐の肩に頭を乗せてきた。
 昼間の、厳しい姿勢が嘘のような、デレだ。
 この緩急に、己は振り回されて、やがてメロメロになる。

 くっそう、計算じゃないところが、恐ろしい。

「一緒に寝るのは、いいだろう? 軍服を脱ぐか? 浴衣を貸すが」
「いいえ、今日はこのまま。青桐様を、隣で守らせてください。貴方の安らかな眠りを、私が守る。それが至福なのです」
「それはいいが、ちゃんと寝るんだぞ?」
「はい」

 剣だけは外した、軍服のままで、堺は青桐の隣に横たわった。
 優しいキスを、と言ったから。最初はついばむ、チュッと音をさせるようなキスをしていたが。
 やはり、堺の悩ましげな顔を見たくなって。徐々にくちづけを深めていく。

 最初、唇を合わせるのも、おっかなびっくりだった堺も。もう、恋人のキスを楽しむようになって。顔の角度を変えて、より深く唇を合わせる技を会得した。
 舌触りを楽しむほどに、巻きつけて、絡ませて。そんな、ねっとりと甘やかなくちづけをしていれば。堺の薄青の瞳が濃く変化し、じわりと濡れる。
 堺は感じやすいから。青桐が前に手で触れてみると、やはり堺の屹立は芯を帯びていた。

きざしてしまったか? あまり激しくないように、抜こうか。夢の中で、俺に抱かれたくないだろう?」
 暗に、夢精は嫌だろう? と聞くと。
 堺は、頬を赤くして。
 でも艶めいた眼差しで、青桐を睨む。

「夢の中でも現実でも、私は貴方に抱かれたい」
 普段、清廉な堺が、直接的な求める言葉を言うなんて。青桐も高ぶってしまう。

「こら、煽るな。明日、馬に乗れなくなるぞ?」
「もう…構いません」
 堺は青桐の首に腕を回して、ギュッと抱きついてきた。
 堺の方から行動を仕掛けてくるのは、珍しいことだ。いつも従順に、青桐のさせるままに、体を委ねていることが多い。
 龍鬼であることで、触れることを遠慮していた部分があったので、これは良い兆候だ。
 堺に求められれば、己も嬉しい。

「なんで、こんなに胸が苦しくなるのですか? 青桐様、貴方に抱き締められると、心臓が痛いのに、離れたくなくなるのです。全部、なにもかも、貴方のものにしてほしい」
 そんな、氷の精霊のごとき美しい顔を、情熱にきらめかせ、言い寄られたら…。
 痛いどころじゃなく、己の心臓は爆発する。

「堺はもう、俺のものだよ。俺の龍だ」
 俺の龍という言葉に、堺は身を震わせ。熱い吐息をついた。

「もっと。もっと、貴方のものにしてください。どうしたら、私のこの身を、貴方に捧げられるのですか?」
「落ち着いて、堺。ゆっくり、ひとつずつだ。ふたりで、ひとつずつ階段を登っていくんだよ。どっちが早くても、遅くても、駄目だ。一緒が、いいだろ?」
 なだめるように、堺の背中を撫でる。
 なにも、焦ることはないのに。まるで、早く大人になりたいと、泣いて駄々をこねる子供のようだ。

「じゃあ、堺。ひとつ階段を登るか?」
 青桐は、問う眼差しを向ける堺の唇に、人差し指を当て。告げる。
「くちづけだけで、イくところまで、してみるか?」
 明日のことを考えたら、やはり情交は控えるべきだ。でも。いつも冷静な堺が、明日のことなど考えないと言うくらい、彼は己になにかしたいのだ。
 なにかを捧げたいのだ。
 たぶん、そうすることで、自分の気持ちを示したいのだろう。
 愛を表現する方法がわからないから、もどかしいのだ。

 ちゃんと、伝わっているのだけどな。

「します。教えてください、青桐様っ」
 艶事つやごとをするのに、ふんわりと無邪気に笑いかけられ、青桐は苦笑する。
 でも、堺が己の首に腕を回し、顔を傾けて誘うから。
 挑みかかるように、青桐は彼を体の下に組み敷いて、深くくちづけた。

 キスだけで、体を高ぶらせる。
 先走りで、下着を汚したくないから。青桐はくちづけながら、片手で自身の下着を手早く取り去り。堺のズボンと下着の紐もほどいていった。
 互いの高ぶりをあらわにしたら、堺の足を開かせて、その間に己の体を入れ込む。

 浴衣の前を開け、堺の屹立と、己の剛直が、触れ合うようにすれば、ビビッと快感が走り抜ける。
 だが、とりあえず。そこには、手で触れない。
 あくまで、キスで、ふたりで高まり合うのだ。

「ふ、ん、んっ…んふ」
 桃色の薄い唇を舌先で舐めると、それを迎え入れるように、堺も舌先を出してくる。
 遊びのように、舐めたり、引っ込めたり、つついたり、して。その戯れに、堺も己もフフッと笑う。
 そのうち、舌をカミカミしてください、と言うように。堺が舌を差し入れてくる。
 青桐は、柔らかく、甘く、舌先を噛んでやった。

「ふ、んぁ…あおぎ、り、ひゃまぁ…」
 長く離さないでいると、身をブルリと震わせるほどに、堺は感じる。そのサマが可愛くて、たまらなくて、青桐はニヤリと笑ってから、舌を離す。

「あっ、は…はぁ…んん…ふ、んぅ」
 息の上がった堺を、なだめるように。揉むように、小さく食むように、唇を動かす。
 とろりと潤んで、濃い色になる薄青の瞳が、愛おしく。
 こめかみにキスした。

「んっ、青桐さま…ぁ」
 キスを欲しがって、甘さがにじむ声で、己の名を呼ぶ。
 力の抜けた、とろんとしている眼差し。
 開いた口元からのぞく、赤い舌。
 気品がありながらも、妖艶な媚態に。青桐は痺れたかのように、羽を震わせた。

 たまらず、噛みつくように、荒々しくくちづける。
 青桐は…堺が様づけをするたびに、怒って、訂正させていたが。

 今は、もう。あきらめた。

 堺はどうしても、己を青桐様と呼びたいのだ。
 なんとなく、最初の内は、様をつけられると線を引かれたような気がして。心の距離が遠くなるような気がして、嫌だったのだが。
 今の、堺が呼ぶ『青桐様』には、愛を感じるのだ。
 例えるなら…お慕いしてます旦那様、的な。
 そういう意味合いを感じたとき。ま、いいか。という気になった。

 なのでもう、いちいち訂正していない。
 睦み合っているときに、こら、というのも。流れが止まるしな。

 それに、睦み合いのときの『青桐さまぁ』は、甘えも見えて。本当に可愛いので。
 絶頂を迎える前の『イく、青桐様っ』は、すべてを預ける信頼が見えて。色っぽいので。

 青桐は、どのような堺も、つぶさに愛でていた。
 だから、わかる。
 これほどに、とろんとろんになるキスをしたら、堺はそろそろ限界だろう。
 腰をすりつけて、剛直で屹立をなぞりあげれば。肩を掴む堺の指先に、ギュッと力がこもる。
 もうすぐいただきに上がる。

「堺、ここまで、とても上手にできたな。さぁ、俺と一緒にイこうか」
「はい、青桐様」
 目の前の青桐の胸に、堺は飛び込むように抱きついた。
 青桐は、堺の頭を愛おしげに、片手で抱き締め。空いた片方の手で、屹立と剛直を一緒に握り込み、擦りたてる。手の輪の中で、剛直を行き来させれば。先走りの蜜に濡れた屹立が、くちゅくちゅと音をさせながら摩擦される。
 熾火おきびを燃え立たせるように。熱く、熱く、堺を苛烈に駆り立てていく。
 堺はなまめかしくも、素直に、身悶えた。

「ん、あ、あ…青桐様っ、あ、イく。青桐様ぁ」
「いいよ。じゃあ、キスしながらイけるか、やってみような? 堺は上手にイけるかな?」
「で、できます。青桐、さま…キスを、ください」
 震える舌を差し出す堺が、たまらなく扇情的で。青桐は奥歯を噛みながら、笑う。
 本当に、可愛い。食べてやるっ。

 青桐はきつく舌を巻きつけて、堺にくちづける。
 窒息しそうで、甘ったるい、濃厚なキス。
 そして、食べちゃうつもりで舌をしゃぶって、軽く噛みついた。

「ふ…ん、ぁ」
 愉悦に腰を浮き立たせ、堺は青桐の口の中に、歓喜の嬌声を上げた。そして本能的な動きでふたり、腰を激しく揺らし。高まり切っていたところから、一気に頂点に駆け上がる。

「んんんぁっ…」
 ビクンと背を反らし、堺と青桐は、同時に精をほとばしらせた。
 ビクビクとする震えが止まるまで、青桐は堺の舌を離さず。カミカミし続ける。
 長い絶頂を越え、体が弛緩した頃、ようやくキスをほどいたら。ふたりともに息を荒げて、寝台にぐったりと身を沈めてしまう。

「あぁ、少し激しくなっちゃったかな。ずっと口が塞がれていたから、息苦しかったろう?」
 堺の頬を優しく撫でて、青桐は問いかける。
 でも、堺は。まだハフハフしていた。

「キスしながら、上手にイけたな? 頑張ってくれてありがとう、堺」
 親指で、堺の濡れた唇を撫で拭い、告げた。
 すると堺は、少し涙ぐんで。青桐の首元に頭をすりつけた。

「好き。青桐様…好きです。胸の中の気持ちが、言葉では、もう足りないのです」
 あふれる想いを口にできないで、悶えているなんて。
 あぁ、もうっ。なんて、いじらしいんだ。

「俺も好きだよ。…もう、なんだよ。俺の龍が可愛すぎるんだが?」
 耳をついばんで、青桐は堺の頭を上げさせ。抱きついてくる堺に、じっくりといたわりのくちづけを贈る。

 可愛い、可愛い、己の龍。

 これほどに好意を寄せてくれるのだ、兄に会って、求婚されても。きっと己のところに帰ってくる。
 堺を信じようと、青桐は思った。

 官能の余韻に身を委ね、まったりとふたりで抱き合っていると。堺が聞いた。
「青桐様は、明日の外出が楽しみなのですか?」
 横向きで向かい合っているから、堺の頭がコテンとなる。
 はい、可愛い。

「あぁ、楽しみにしているよ。俺は山の中で育ったから、初めて見るものは、なんでも新鮮なんだ」
 そう言うと、なにやら眉毛が下がった。
「青桐様は、最初に私を見たから、好きになってくれたのかもしれません。もしも紫輝の村に、青桐様が見初める方がいたら…」
「…いたら?」

「…二番目でも構いません」

 ここはすかさず、青桐は怒った。
「あり得ない。堺、俺は最初に堺を見たから好きになったわけじゃないよ。村に全く降りなかったわけではないし。女性も男性も、老若男女、それなりに人は見てきた。その中でも、堺はとびきり美しいんだぞ。それに、健気で可愛い。だから好きになったんだ。でも、謙虚なのは悪くないが。二番目だなんて、そんなのは悲しくなる。堺は俺の伴侶なんだから、私だけ見てと、言えばいいんだ」

「…そのような。もしも貴方が誰かを見初めたら、二番目を望むことすら、おこがましいと思っていたのに。図々しい我が儘を…言ったつもりだったのに。私だけなんて大それたこと、とても言えません」

 まさか、二番目という言葉が、堺にとっては『調子に乗ってすみません』的な我が儘だったなんて。
 楚々とした上品なところは、堺の良いところ。
 人の気持ちを、強引に己に向けるなんて、考えられないのだろうが。
 伴侶の堺には、その権利がある。

 旦那が余所見よそみしたら、怒っていいのだ。

 でも堺は。まだまだ臆病な龍だから。強気にはなれないのだろうな。
 なので青桐は、譲歩した。

「堺は、兄に会っても、俺を選んでくれるのだろう? 俺は堺を信じる。だから、堺も俺を信じて。俺は堺だけをみつめる。いつまでも。俺には堺だけだ」
「青桐様を信じます。私も、青桐様だけです」

 とろりとした、うっとりした目でみつめて、柔らかく微笑む堺を見て。余所見なんかするわけないと、青桐は確信した。
 こんな可愛い堺を、放っておけるわけないではないか。

「でも、紫輝の村って、なんだろな? 龍鬼が自然体で暮らせるってのが本当なら、いい村なんだけどな?」
「そのような村、存在しませんよ」
 紫輝の話を、珍しく、きっぱりと否定するから。青桐は目を丸くして、堺を見た。

「紫輝の言うことが、嘘だとは思いませんが。今まで、そのような村を見たことがないので、にわかに信じられないというか…マントは外せません」
「大丈夫。もしも堺が迫害されたら、俺が全力で守るよ。俺の伴侶だからな」
「守るのは、私の役目です」
 フフッと笑う堺。
 脇腹がこそばゆくなるような気分に、青桐はなった。

 もちろん、剣士として強いのは、堺に間違いない。
 でも、堺の心は己が守るのだ。もう、この繊細な人を誰にも傷つけさせない。

「さぁ、体を拭いて寝よう。明日のために」

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