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17 第五大隊長は誰ですか?   ▲

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     ◆第五大隊長は誰ですか?


 紫輝が天誠と会えなくなってから、十日ほどが過ぎ。九月になった。
 そうは言っても、ライラを通して毎日話しているから、互いの安否確認はできている。
 でも、頼もしい存在が、そばにいないということは。心細いし。
 恋人だったら、毎日会いたいものだし。
 なので。天誠と会えなくて、寂しいのは寂しいのだった。

 だけど、忙しくなったので、少しは気が紛れている。
 千夜が班長の業務を、いろいろ教えてくれるのだ。

 新しいことを吸収するのに、頭を使っている。
 つか、マジで自分に班長をやらせるつもりなのか?
 まぁ、戦場以外での、班長のやることといったら。班長同士の連携の確認や、伝令報告や、備品の調達や、掃除当番の監督とか。
 元の世界での、学校でもやるような、雑務なので。なんとかやれている。
 一番、紫輝が不安に思っていたのは、班長同士のコミュニケーションで。
 たとえば、廣伊からの指示を通達するようなとき、龍鬼と話したくない、なんて言われたら。仕事にならないだろう?
 でも、今のところ、そういうことはなく。紫輝が連絡をしに行っても、距離はあれども、ちゃんと話を聞いてくれる。
 優しい班長さんたちで、良かった。

 というのも。一番の、懸念材料だった。五班の吉木が、いないのだ。
 五班は、六月末の大規模戦闘のときに、一点突破されそうになり。三人が亡くなり、二人が重傷。行方不明ひとり、それが吉木だった。

 班員の激減で、五班は班として機能しなくなった。
 無事だった三名は、別の班に振り分けられたという。

 つまり、今、二十四組は。班がひとつ足りない状況だった。
 班長もどきの仕事をして、吉木に威圧されるのは、嫌だなと思っていたけれど。
 いないというのは、それはそれで複雑な気持ちになる。

 二十四組は、今日は休息日だ。
 紫輝は、お昼ご飯を食堂でもらい。外で、ご飯を食べる。
 いつもの食事場所は、宿舎から少しだけ離れた、樹海の中。
 周りは鬱蒼とした木々で、空まで覆われているが。紫輝がみつけた場所は、木が伐採されていて、日の光が地面まで射し込んでいるのだ。
 ライラは、日向ぼっこして寝ている。
 紫輝は切り株に腰かけ、おにぎりを食べ。
 そのあとはライラに寄り掛かって、昼寝する。最高の時間だ。

 班長もどきなんかしていても、なんとか受け入れてもらっているだけで。
 龍鬼への差別がなくなったわけではないし。今は、龍鬼差別の激しい左の人も、食堂を使っているから。まだ食堂で食事ができるほど、地位向上はしていないのだ。
 いらぬ騒ぎを起こしたくないから、穏便に、ボッチ飯をするのだった。
 いや、ライラがいるからボッチ飯ではなかった。ライラ様様である。

「…せんにゃっ!」
 すよすよ寝ていたライラが、突然頭を起こし、叫んだ。
 どうやら千夜が、紫輝を探しに来たようだ。

「紫輝、廣伊が呼んでいるから。行くぞ」
 薄暗い樹海の木々の合間から、千夜が現れた。
 日差しに当たると、きらりと光る、メタリックブルーの髪が目にまぶしい。
 千夜は横の髪を編んで、ピンで止めている。
 おしゃれさんだが、胸板が厚く、二の腕もがっしりした、体格の良い男前だから。全然、女々しく見えないのだ。
 なんで、そう思うのかというと。
 千夜が軍服を脱いで、腰に巻きつけているからだ。つまり防具だけ。
 タートルネックのノースリーブを着ているみたいに見える。

「なんだよ、腕出して。筋肉自慢かよ?」
 よっこらせっと立ち上がると、紫輝はライラを剣に変えて、背に背負う。
 千夜は、ゴリゴリマッチョではないのだが。汗で筋肉が光って、陰影を強調し。腕の健康的な盛り上がりが、格好いい。
 なんかムカついたから。手のひらで、ベチリと二の腕あたりを叩いてやった。

「暑いんだよ。もう九月なのに、なんでまだ、こんなに暑いんだ?」
「俺だって暑いのに、我慢してんだぞ。…規則だから」
 本当は。天誠に、人前で脱ぐなと釘刺されているからだけど。
 軍には男しかいないんだから、いいんじゃないかと思うんだけどなぁ?

「革の防具だけで、充分暑いっつううの、もう、無理無理」
 千夜は手のひらで顔をあおぎ、さらに羽もバサバサさせた。
 そんなやり取りをしつつ、紫輝たちは廣伊の元へ向かう。
 廣伊に、ちょっと聞きたいことがあったから、紫輝的には丁度良かった。廣伊とは、毎日顔を合わせているのだが。友達だけど、上官だから。そうそう、馴れ馴れしく話しかけたりはできないのだ。
 特に一般の兵の前とかでは。
 だから、聞きたいと思うことがあっても、すぐに聞けないことがある。

 まぁ、千夜に聞いてもいいんだけど。
 この件はなんとなく、廣伊に聞くべきだと思っていた。

 廣伊に割り当てられているのは、組長専用の宿舎だ。と言っても、バンガローを個人使用している。
 組長は、大体、二人一部屋らしいが。
 龍鬼だから個室。
 龍鬼は仲間外れにされがちだけど、個室の恩恵はありがたいんじゃね?

 廣伊の宿舎に到着すると、外で、廣伊は誰かと話をしていた。
 赤茶の髪の毛の、背の高い青年。
 千夜と同じくらいの身長?
 なんか、ニコニコしていて。日本人的な、こげ茶の瞳がキラキラしている。これはっ。

「ゴールデンレトリバーっ!」

「なんだ、その呪文は? つか、鳥じゃねぇよな? それ」
 すかさず、千夜がツッコみ。いぶかしげな顔つきで、紫輝を見やる。
 すいません。だって…大きくて、赤茶色で、ニコニコで、目がキラキラだったから。つい。

「…紫輝、来たか。九班に、ひとり班員を増やす。本拠地に戻ったら、五班の再編をするので、仮だが。千夜を組長補佐として動かすと、九班の戦力が落ちるので。テコ入れに、一班の木佐に入ってもらうことにした」
 紫輝が来て早々、廣伊は流れるように事情を説明した。
 簡潔で、わかりやすい。

 隣にいた青年が、親しみやすい笑顔で、紫輝をみつめた。
 軍服は、多くの兵が着用している、茶色。
 髪は赤茶色で、肩にかかるぐらいの長さ。横髪が内巻きでシャギー入ってて。後ろ髪は外はねになっている。
 つか、この世界の人って、ドライヤーもスタイリング剤もないのに、なんでこんなに、髪型が決まってんの?
 うらやましいんですけどぉ。

 と、水で濡らしても、なにをしても。黒猫耳がおさえつけられない紫輝は、思うのだった。

「木佐大和、十八歳っす。大和と呼んでください、間宮さん」
「お、同い年じゃん。間宮紫輝です。九班の班長もどきやってます。みんな、紫輝って呼んでるんで。大和もそうして?」
 笑顔で挨拶した紫輝は、握手する手を差し出した。
 元の世界でやっていたみたいに。

 でも、ここでそれはダメなやつ。

 気づいて、慌てて手を引っ込めようとしたのだが。
 大和は躊躇わずに握ってきて、ぶんぶん振った。
「光栄です。殺さずの雷龍に握手してもらえるなんてっ」
 殺さずの雷龍って、なに?
 よくわからないけど。
 彼のフレンドリーさに、紫輝はタジタジした。
 この世界に来て、こんなにぐいぐい来る距離感は、眞仲以来だ。

「え、えっと。タメだから、敬語じゃなくて、いいよ」
「いえ、恐れ多いっす。無理っす」
 握手を離した手を、横に振って固辞する。
 礼儀正しいチャラ男?
 あと、羽がよく見えない。もしかして龍鬼?

 紫輝が彼の背後をうかがっていると、大和は気づいたようで。背中の羽を見せてくれる。
「アカモズっす。羽は小さいっすが、モズは小さな猛禽って言われているんで、中身は怖いっすよぉ?」
「あぁ、モズ、知ってる。百舌って書いてモズ。難読漢字クイズでよく見たやつだ。実物見たことはないけど」
「それっす。百舌っす」

 大和の背中の羽は、腰まで届かないくらいに小さい。背が大きいから、余計、翼の小ささが目立つ。
 赤茶の羽、羽先だけ濃い茶色になっている。

「つか、なんで『くいず』って、よくわからん単語はツッコまないんだ? まぁいい。友達になれるといいな、紫輝」
 千夜はにっこり笑って、そう言うけど。
 龍鬼と友達になるような奇特な人は、極少なので。紫輝はあまり期待はしなかった。
 それに、一班には。剣の精鋭が揃っていると聞いている。
 大和は千夜に代わるテコ入れなわけだから、当然、剣の腕が立つのだろうし。むしろ、足を引っ張らないよう頑張らないと。

「あとで紫輝が、九班のやつらに木佐を紹介してくれ」
「了解。あと、俺、廣伊にちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
 鋭いけれど大きめな緑の瞳で、廣伊は不思議そうにみつめる。
 廣伊は基本、表情の変化が乏しいが。この頃は、彼の微妙な表情がわかるようになってきて、紫輝は嬉しい。

「なにか、質問か?」
「うん。第五大隊長って、誰?」
 聞いた途端、三人ともに、あからさまに驚いた顔をした。
 廣伊でさえ、わかりやすく、だ。

 ん? これ、ヤバい話でしたか?

 十日前。紫輝は、天誠にいろいろ伝授された。
 次の手裏の司令官が、不破だということ。
 不破は、波状攻撃と奇襲が得意だということ。
 そして、大隊長をピンポイントで狙うことがある、ということ。
 そこで、紫輝は思ったのだ。

 自分は第五大隊所属だが、第五大隊長に、会ったことなくね? と。

 九班班長である千夜、組長の廣伊、二十番台の組長くらいまでは、顔を見たことがある。
 すっ飛ばして、右のトップスリーである堺、月光、右総司令官の赤穂にまで会ったことあるというのに。
 いや、大隊長には、誰とも会ったことないんだけどね。

 紫輝の質問に、みんなが変な顔しているから。
 困って、眉を八の字にする。
「もしかして、聞いちゃダメな話だった?」
「いや。紫輝、第五大隊長は、誰も知らないんだ」
 千夜が説明してくれたが、よくわからなくて、紫輝は首を傾げる。

「ん? なに? どうゆうこと?」
「第五大隊長が誰なのか、それは右の幹部と、副長の富永さんしか知らない」
「なんで? あ、大隊長は、みんな内緒ってこと?」

「いや、第五だけなんだけど。第五は、二十四組同様、先陣を務めることの多い隊だ。大隊長は、兵を動かす司令塔。特に第五が崩されると、右が総崩れになりかねない。だから敵に顔を知られないよう、配慮されている」
「これ、第五の中では『言わざる聞かざる』ってやつなんっすよ」
 千夜の説明のあとに、大和がこっそり囁いて教えてくれた。

「あぁ、そういう理由があるんだ。俺だけが知らないのかと思ったよ。でも、なんでそんなに驚いた顔したんだ? 言わざる聞かざる、だから?」
「…実は、つい先日。第五大隊長について、ちょっとした騒動があったばかりなんだ」
 千夜は太い腕を体の前で組んで、話し始めた。

     ★★★★★

 第五大隊の組長会議に、千夜は組長補佐として出席していた。
 いつものとおり、廣伊の斜め後ろに控えていて。会議が終了したので、廣伊とともに会議室を退室しようとした。
 そのとき、二十二組の組長である山本が、廣伊に向かって言ったのだ。

「高槻よぉ、俺の組は、死者が出ていないんだ。だが、おまえの二十四組は、三人も死んだだろ? なのに、大隊長が降格を匂わすなんて、おかしいと思わねぇ? 降格にするなら、おまえが先だ…」

 千夜が、山本の言葉を口にし。
 それを受けて、廣伊が紫輝に説明した。
「山本の組は、確かに死者はない。だが、剣を二本折っていて、補充申請を出していた」
「え、剣って、折れるの?」

 将堂の主な武器は、剣だ。
 手裏の、切れ味のいい刀に対抗し。将堂の剣は、厚みのある刃である。
 刀に比べて、切れ味は落ちるものの。上手に使えば、刀をしっかり受け止められて、刀を折るほどの破壊力もある。そして、体に当てられれば、ダメージが大きい。
 HP激減ってやつ。
 あと、ぶっ刺されたら、高確率で死ぬ。
 そんな丈夫な剣が折れるという場面が、紫輝には想像できないのだ。

「んー、考えられるのは。岩に、思い切り叩きつけるとか、だが。なんにせよ、剣の使い手としての適性は、その者にはない。その兵に、もう一度、剣を与えるのか? 剣の支給はできない、というのが。大隊長の指示だった。剣に執着せず、弓や槍など、その兵が扱いやすい武器の適性を調べ直せ。今度、適性に合わない武器を部下に支給したら、降格だ。そう、山本組長は大隊長から叱責を受けたんだ。まぁ、正論だな?」
 肩をすくめて、千夜は当然だという顔でうなずく。

「降格って、なんの話かと思ったけど。そういうことか。なら、廣伊が降格って話には、ならないよね?」
「あぁ、筋が違うので。その心配はない」
 不安そうな紫輝に、廣伊はしっかりうなずく。
 安心した。

「大隊長の言い分は、納得できる話だ。ただ、適性に合わぬ武器を、支給しなければいいだけだからな。それが元で、大事な兵の命を散らすようなことになれば、その兵にも、兵の家族にも、申し訳が立たないだろう。私たちは大事な命を預かっているんだ。考えなしに、剣を与えておけばいい、というのは間違いだ。組長の立場になれば、そういうことにも気を配らなければならない。千夜、肝に銘じろ」

 廣伊に振られ、千夜は目を見開いて、手を横に振った。
「え、俺か? いやぁ、まだまだ。組長なんか無理だよ」
「当たり前だ。私の後釜は、上条に決まっている」

「え、廣伊、組長やめるの? もしかして、昇進?」
 千夜の謙遜に廣伊がツッコみ。それを紫輝が拾い上げた。

「いや、そんな話はないが。普通に、戦死とか…」
「させねぇよ」
 廣伊は一般論を言ったのだろうけど。
 シャレになりません。
 間髪入れずに、千夜がツッコんだけど。
 ツッコミというか…低い声のマジモードなので。これも笑えないんですけどぉ。

「…それで、山本組長に絡まれて、どうなったんだ?」
 紫輝は逃げた。
 大外刈り並の強引さで、話を戻したのだった。
 
「その件は、私に言われても困る。と返した」
 廣伊は、そのときのことを思い返す。

     ★★★★★

 組長会議が終わったあとの、会議室。山本は断言したのだ。
「第五大隊長は、おまえだろ? 高槻」
 まだ、室内にいた他の三人の組長が、ギョッとして。廣伊と山本を見比べる。
 廣伊は、いつものように。表情を動かすことなく、淡々と彼に答えた。

「もし仮に、私が大隊長だとしたら。おまえは私に、そのような口を利くのか? 私はただの組長なので、構わないが。いずれ、その口の悪さが、おまえの足を引っ張るだろう」
 山本は、ケッと喉の奥で笑い。威嚇するように、羽を小刻みに震わせた。

「誤魔化そうったって、そうはいかないぜ。みんな、思っていても、言わないだけだ。な、黙っててやるから、俺を副長にしろよ。そうすれば、面倒なガキのお守りから解放されるんだからよっ」

 山本の言う、ガキのお守りというのは。新兵教育、または組の兵士たちの強化、訓練などをさすのだろう。
 そのような基礎的なことを、面倒くさがるようでは。昇進など、望む資格もない。

 大概の男には、出世欲がある。
 出世のために、精進するのは良いことだが。
 出世のためなら、汚い手段を使っても構わない。という輩も、多々いる。
 権力を持つと、高飛車になったり、威張り散らしたりする者もいる。

 そういう者は、上に立つ資格がないと思うのだが。
 軍という組織の中では、腕っぷしだけで権力を手にする者もいるので、厄介だ。

 山本は、まさしく、腕っぷしだけで組長にのし上がった、悪い上司の例だった。
 彼は、全くわかっていないのだ。
 出世することばかりに、気持ちを捕らわれ。副長になれば、今の五倍のガキの面倒を見ることになるのだと。気づいていない。
 たかが百人の兵をまとめられず、副長が務まると思うな、愚か者。
 と、心の中で罵っていた。

 組員をないがしろにする発言に、廣伊は、はらわたが煮えくり返っていたが。廣伊にしては頑張って、にっこりとした、わざとらしい笑みを浮かべ。言ってやった。

「勘違いすんな、私が大隊長なわけないだろ。二十四組は屈指の激戦組なんだ、大隊の指揮なんかしてる暇ねぇよ。おおよそ、幹部の誰かが兼任でもしてんだろ? 私は知らないがなっ」

 誰もが思った。
 いつも丁寧な言葉を話す廣伊が、暴言吐くと、おっかないと。
 そして顔と台詞が合っていないと。

 さすがに山本もビビッて、廣伊の感情のない笑顔をみつめる。
 そして『つまらねぇ』と吐き捨てて、会議室を出て行った。
 他の三人も、次々と部屋を出たが。
 廣伊が大隊長ではないのかと疑っている雰囲気を、彼らにも感じた。

     ★★★★★

「…なんて、胸糞悪い話だったんだよ。山本の目つきが、蛇みたいに、いやらしい感じでさ? 嫌な感じだった」
 千夜があらかた紫輝に説明してくれたので、口下手な廣伊は助かった。

「ふむふむ。じゃあ、第五大隊副長は、富永さんでぇ。大隊長は、内緒でぇ。組長の山本は、いやらしいってことで」
「そうだ」
 しかし、うなずき合う千夜と紫輝を見て、廣伊は少し不安になった。
 ちゃんと話、通じているよな?

 そのとき、兵がひとり、宿舎の前に走り出てきた。
「二十四組、高槻組長へ。第五大隊、富永副長からの伝令です。手裏陣営に動きアリ。明日の出陣に際し、今から組長会議を招集する。高槻組長は会議室へお越しください」
 伝令の兵士は一礼して、他の組長の元へと向かった。
「紫輝、二十四組各班へ、明日出陣の旨、連絡を頼む。千夜は私とともに会議へ」
「はい」
 紫輝と千夜は、廣伊の指示を受け、各々仕事のために動いた。

「大和、九班の仲間に挨拶に行くから、ついてきて。ま、一班にいたんだから、わからないことなんかないだろうけど」
 彼をうながし、紫輝は二十四組の宿舎へと向かう。
 大和には、笑みを向けたが。
 紫輝は胸のうちで『とうとう来た』と思っていた。

 天誠はすぐにも、と言っていたが。軍の編成を整えていたのか、十日ほども時間がかかったようだ。
 でも、これから不破の攻撃が始まるのだ。
 そう思うと、背中が縮こまるような緊張感が、迫ってくるように感じた。



     ◆幕間 モズの独り言。

 大和は、紫輝の斜め後ろを歩いている。
 かれこれ四ヶ月ほど、紫輝のことを見てきたのだが。こんな手が届く距離まで近づいたことがなかったので。
 感動している。

 安曇とともにいるところを、よく見ていたので。すごく小さいのかと思っていたが。
 そんなことない。
 ちょっとうつむけば、頭がある。
 あ、でも、頭はちっさ。顔、ちっさ。

 彼が自分で、極悪ノラ猫顔って言うけど。言い得て妙なんだよな。
 強面こわもてのノラ猫って、見れば見るほど味があるというか。だんだん可愛く見えてくるじゃん?
 紫輝の顔は、そんな感じ。
 一見、吊り目で、可愛い要素ゼロだけど。
 ずっと見ていると、瞳、キラキラだし。口元、小さいし。笑顔、優しいし。
 安曇が『紫輝可愛いマジ天使』を繰り返すから。洗脳されたかもしれないが。
 まぁ、可愛いと思うよ。うん。

「なに? なんか、ついてる?」
 視線を感じたのか、紫輝が振り返って、大和に言った。
 つい、感激してじろじろ見てしまった。

「いえ、大きな剣だな、と思って」
 紫輝が背負っている剣は、背中を覆うほど大きなもので。鍔には白い毛が、その中央に金緑色の宝石がついている。
 でも大和は知っている。
 この宝石を通して、安曇が見ているということを。

「そうだろ? 俺、でっかいのが好きなんだ」
 にっかりと、快活な笑みで、紫輝は言う。
 その、でっかいというのは。おそらく、この剣の、真実の姿である、猫のライラのことを、紫輝は言っているのだろうと、大和は思う。
 思うのだが。エロく聞こえてしまうのは、何故だろう?

(これは、安曇様に報告しなければ。お兄様は、でっかいのが好きだと)

 でも、離れている状態の安曇に、これを言ったら。暴走してしまいそうだから。
 やはり保留にしよう。

 紫輝は九班の部屋に入り、大和を仲間に紹介する。
 それで、明日出陣のことも、仲間に伝えた。
 ピリリとする空気感の中、他の班にも伝令してくると野際に伝え。部屋を出た。
 それに、大和もついていく。

「ん? どうした? 部屋で休んでいていいんだよ」
 後ろに、ぴったりくっついてくる大和に。紫輝は小首を傾げた。
 え、いちいち仕草が可愛い。

「伝令、行くんっすよね? 俺も付き合います。班長もどき? の仕事に興味があるっす」
「…そう? たいしたことしないけど」
「はい。貴方のこと、守るっすよ」
 紫輝は少し目を丸くして、大和をみつめた。
 龍鬼のことを、人が守るなんて。おかしいと思ったのかな?
 でも、なんか少し頬を赤くして。

 はにかみながら、微笑んだ。

「ええ? 宿舎の中だから、大丈夫だと思うけど。じゃあ、よろしくな?」
 少し早足で、紫輝は廊下を進んでいく。
 大和は。その後姿を、感慨深くみつめた。
 ずっと、遠目から見守っていたのだ。
 やっと、近くまで来られた。そう思うと、大和の顔にも自然に笑みが浮かんだ。

     ★★★★★

 大和は、十一歳のときに安曇に拾われた。
 五年ほど、戦災孤児として孤児院にいたが。十歳になる前に、追い出されてしまい。仕事も家もない状態で、困窮していた。
 同じような境遇の孤児が、下町に集まり。盗んだり、店の余りものを貰ったりして、食いつなぐ日々。

 そこに、龍鬼の安曇が現れた。

「近いうちに、軍の者が、強制的におまえたちを排除しに来る。軍隊に所属させられるか、売られるかだ。もし俺の家で働いてもいいという者がいるなら、衣食住を提供するが、どうだ?」

 手裏の黒い軍服を着た安曇は、金の髪がきらびやかで。顔も、見たことがないくらいの造形美で。大和の目には神々しく映った。
 その人が、衣食住を提供するという。

 まさしく、神。

 大和はそう思ったが。
 意外にも、そこにいた半数以上が、この好条件を渋った。

「龍鬼の家になんか行ったら、すぐにも死ぬ」
「死ななくても、人生が終わる。龍鬼と関わったら、仕事がもらえなくなる。結婚もできなくなる」

 いやいや、今、死にそうじゃん。
 大和は十一歳の頃、すでに身長が高くなりかけていて。少ない食料では、腹が満たされず、常に飢餓状態だった。
 すぐ目の前に迫った冬を、越せる自信がなかった。
 だから、言った。

「ここで行かなきゃ、死ぬ。龍鬼の家に行っても、死ぬかもしれないが。どうせ死ぬなら、腹いっぱい食って死ぬ」
 そうして、男女八人ほどが、安曇の世話になることになった。

 大和にしてみれば、食事があり、雨風しのげて、夜寝られる、それで最高だった。
 それ以上は、天国だ。
 ほとんどの孤児は、そういう考えだった。

 安曇は、腹が満たされるほどの食事を出して、清潔な衣服も用意し、温かい部屋で、夜盗の心配もなく安眠できる環境を用意してくれた。
 さらには、教育と剣の訓練まで。
 手に職がついたのだ。
 これで、たとえ将来どう転んでも、生きてはいける。
 安曇は、やはり神だった。

 そうして、大和は高等教育を受けた、どこにも順応可能な、ハイパー隠密になったのだ。

 金髪碧眼の龍鬼だった安曇が、ある日、黒髪大翼持ちになって帰ってきたときは、みんなで驚いたが。
 そのとき、大和たちは安曇に、三百年前の世界から来た者だということを教えられた。
 生きるために、翼が必要だったということも。

 そのときには、もう、みんなが安曇に心酔していて。たとえ彼が、どこの何者であろうと。一生仕えたいと思えていたので。
 誰も、なにも、言わなかった。

 安曇は冷酷無比な男で、つい二年前までは、本気で、この世界を潰そうとしていた。
 大和たち、元孤児も。
 両親を奪われ、生きるのにも苦労する、死にそうな自分を助けてくれなかった世の中に、憤っていたので。
 安曇が滅ぼすと決めたのなら、その手伝いをすることに躊躇いなどなかった。
 それくらい、大和も、他の孤児たちも。冷酷無比だということだ。

 そんな滅びの道を突き進んでいた安曇が。一年前、なぜか唐突に、百八十度変わった。

「もうすぐ、紫輝が、この地にやってくるんだ」
 そう報告してきた、安曇の顔は。長年、寝食をともにしてきた腹心の手下たちが、初めて見るという。満面の笑みだった。
 凍りついた黒い瞳。笑っても、口元が愛想程度に少し動くくらい。人を何人斬っても、眉ひとつ動かさなかった男が。
 初めて太陽を見た、というくらいの。晴れやかな笑顔を、見せた。

「その、しき、というのは。時折、安曇様の話題にのぼる、兄君のことですか?」
 孤児の中でも、一番、冷静沈着なカラス羽の勝池亜義かついけあぎが、安曇に聞いた。
「そう。俺の兄さん。そして、俺の最愛だ。やっべぇ、テンション爆上がりだ」
 テンションダダ下がりはよく聞いたが。対義語は初めてだ。
 これが噂の爆上がりかっ。

「おい、おまえら。計画、変更するぞ」
「計画って、どの作戦ですか?」
「どれ、じゃねぇ。全部だ。紫輝がこの世界に来るなら、これから先、十年間の人生設計を、全部、計画し直す」

 そう言って、安曇はひと月ほど部屋に引きこもった。
 まぁ、軍に変に思われない程度に、だが。
 そして、部屋から出てきた安曇は、まず大和に言ったのだ。

「大和、将堂の右第五大隊二十四組に入ってきて」
 そこの店で、豆腐買ってきて。という、軽い感じで言われ。
 …まぁ、いいですよ。なんでもやりますけど、と。大和は、胸のうちで頭を抱えるのだった。

 大和は、手裏軍に顔は出していたが。安曇のお抱えなので。正式に、軍に所属しているわけではない。
 それに隠密で、カラス羽でないのは、大和だけなので。
 任務が遂行できるのも、大和だけだった。

「紫輝が、この世界に来たら。そこへ誘導する。大和は紫輝を、護衛しろ。もし死なせたら、殺す」

 淡々とした命令だった。
 それゆえに、ゾッとした。
 紫輝が死んだら、確実に安曇に殺される。

 六年そばにいて、彼の恐ろしさは身に染みている。
 たとえ腹心の部下でも、しくじったら、容赦なく誅殺だ。この案件だけは、失敗は許されない。

 そういうわけで、紫輝が入隊する一年前から、大和は将堂軍にいるのだ。
 もちろん将堂にいるのだから、手裏兵を殺す。
 大和にとって、敵味方という概念はない。安曇の命令に従うのみなのだ。

 そして、一年後。本当に、紫輝が来た。

 もうすぐ紫輝がくる、と安曇が言っていた。
 安曇には確証があり、そのように言ったのだと、思うが。
 彼を信じていなかったわけでも、ないのだが。
 本当に来た、と思って。びっくりした。
 占いが当たったというか。予言的中というか。大和的には、そういうイメージだったのだ。

 二十四組というのは、将堂の中でも『腕に覚えアリ』という者が志願する組で。
 大和は、そこに入るために、ちょっと頑張った。
 そうしたら、二十四組の中でも、精鋭揃いという、一班に配属されてしまった。
 でもとりあえず、二十四組に潜入して、紫輝を待つことができたわけだが。
 紫輝は、龍鬼だが、剣術は素人なので。五班に配属されてしまった。
 同じ班なら近くで見れたのだが。なかなかそう、うまくはいかない。

 紫輝は、遠目で見る限り。なんというか、どこにでもいるような、普通の青年だった。
 青年、というか。少年?
 安曇と、比べてはいけないのかもしれないが。
 小さくて、黒髪短髪のくせ毛で。いつも笑顔だけど、どこか自信がなさそう。

 美麗高潔、冷厳冷酷、傲岸不遜な、安曇の兄だなんて。到底思えなかった。

 まぁ、あの禍々しい安曇と、同じような兄が、この地に降臨したとしたら。マジで、この世は滅ぶだろうから。
 無害そうな兄で、良かったのかもしれない。

 でもこの人が、安曇の最愛、か。

 安曇が、彼のなにに惚れ込んでいるのかは、わからないが。
 まぁ、とにかく、自分は彼を護衛するだけだ。

 五班の班長の吉木は、高槻組長に心酔しているから、まぁ大丈夫だろう。なんて思っていたのだが。
 紫輝は初日から、野宿してた。

 嘘だろっ? これ、助けるべきかな?
 でも、なるべく手を貸すなと言われている。
 安曇が、なにを考えているのか。そのときの大和には、わからなかった。
 最愛なら、すぐにでも懐に入れて、大事に囲うべきだ。
 龍鬼に冷たいこの世界に、ひとりで放り出すなんて。可哀想。考えられない。

 のちに、ちゅーとりあるだとか、よくわからない過去の言葉で、説明を受けたが。
 つまり、この世界で生きていく上で必要な、善も悪も経験させるということらしい。

 最愛なのに、意外とスパルタ。

 安曇に、スパルタ教育を施された大和は。そのとき、紫輝に同情したのだった。
 さらに、兄と恋仲になるためでもあったと知り。

 それを聞いたときは、マジで、膝から崩れ落ちたのだった。

 ライラが、ちょっと顔を上げて、大和を見た。
 ライラとは事前に会っていて、大和の気配は無視するよう、安曇に言い含められている。
 彼女はちゃんと、そのように振舞った。素敵です。

 ライラがこの世界に来るまで、安曇は紫輝を、囲うか、将堂へ入れるか、ギリギリまで悩んでいた。
 もしかしたら、大和が将堂に入軍したのも、無駄になるかもしれなかったのだ。
 でもライラがチートで。紫輝を完璧に守れる能力を授かっていたから。当初の計画通りになったのだ。さすがです。

 とにかく、そのときは。ライラが紫輝を温めて、守っていたので。大和は、ただ見守ったのだった。
 翌日。紫輝は吉木に無視され、どうしたらいいかわからず、うろうろおろおろしていた。
 大和は見兼ねて、一班の班長である上条にお願いした。

「あそこの龍鬼に、次にどこへ行くのか教えてあげてください」
 上条は、普段、余計な口を利かず、影の薄い部下に、突然声を掛けられ。驚いていた。
「…おまえが教えてやればいいんじゃないか?」
「俺じゃ、駄目なんです」
 大和はなるべく、紫輝の目に映りたくなかった。護衛をしているのを感づかれたくない。
 安曇からも、そのように指示を受けていたから。
 人知れず守れということを。

 上条は、組長の高槻に、一番近い人物で。龍鬼差別は、ほぼなく。人柄も良い。なので大和の言うとおり、彼にいろいろ教えてくれた。
 班に戻ってきた上条は、大和に聞く。

「なんで、おまえでは駄目なんだ? 龍鬼と話をするのが嫌だということか?」
「…一兵士の俺の話では、それが本当か嘘かわからないでしょう。龍鬼というだけで、彼は嫌がらせをされる。ただの兵士のことを、彼は警戒するべきなんです。でも班長は、組のために動くから嘘をつかない。貴方はそういう肩書なんです」
 ズルだけど。大和は。紫輝が過去から来たけど、本物の龍鬼ということを知っていた。
 でも、この世界で育っていない紫輝は。龍鬼としての振る舞いを、全く知らないのだ。
 生まれたての龍鬼も同然。
 なのでまず、誰が敵で、誰が味方か。紫輝には理解してほしかった。

「おまえ…そんなに喋れたんだな」
 上条は別なところに感動している。
 はい。紫輝以外のことは、どうでもいいので、他の者と話す気はありません。

 ともあれ、紫輝は動き出した。
 おそらく高槻組長は、すでに用意しているはずだ。紫輝に最良なお友達を。

 だが、紫輝がお友達と仲良くなる前に、吉木がキレた。
 紫輝に剣を振り上げた吉木に、ライラ剣が光を放つ。

 吉木の生気を吸った剣からは。確かに安曇の気配がした。

 大和は、紫輝と吉木の間に入る機会を、逸してしまった。護衛距離が遠すぎたのだ。
 これはまずい。死亡案件である。
 大和は、安曇に斬られる覚悟をした。

 その後、紫輝には。九班の望月がそばにつき。剣の指導や身の守り方など伝授されて。彼の安全は守られた。
 富士に行き、初陣もなんとか無事に済ませ。
 大和はホッと息をつく。
 前線基地へ入って早々、安曇に呼び出されていた。

 あぁ、これで、お役御免かもしれない。つか、命が風前の灯火だった。

 大和の小さな羽では、空を飛べない。なので、防御塀に細工をした。己が通れるだけの穴を開け。外へ出る。
 もちろん後々も使えるよう、カモフラージュもばっちり。
 生きて、帰って来られるか、わからないけどねっ(泣)。

 久々に顔を合わせた安曇は、当然ながら怒っている。
 高身長の彼が、腕を組んで、ひざまずく大和を見下ろせば。さながら閻魔大王の、地獄の沙汰である。

「大和。二度はない。いいな?」
「はい。申し訳ありませんでした」
「あの者は生かさない」
 安曇は黒マントを羽織り、闇の中へ消えた。怖ぇぇぇ。

 紫輝に、どれだけの価値があるのか、大和にはわからない。
 ただ、あの安曇が。紫輝を害する者は許さないと言うのだ。
 それだけで、大和は。紫輝を害する者を排除するべきなのだということはわかる。

 価値など。愛する理由など、ないのかもしれない。でも、安曇は紫輝を愛しているのだ。
 紫輝がただの凡庸な人物であっても。安曇が愛しているのなら。自分は全力で紫輝を守る。それだけだ。
 二度と、紫輝を危険に近寄らせない。大和は肝に銘じるのだった。

 そして日々が過ぎていき。六月半ば。
 五班が一点突破された。
 大和は、あぁ、安曇が吉木殺害を実行したのだなと思った。

 しかし戦闘中、大和は手裏兵の中に亜義がいるのに気づいた。
 大和は亜義と剣を交える。これは安曇が大和に接触するための口実だ。
 剣と刀が合わさり、鍔迫つばぜり合いをしつつ、話す。

「どうした?」
「吉木が逃げた。仕損じた。班員を見捨てて、樹海に逃げ込んだ」
 そして、アイコンタクト。剣を振り上げ、亜義を突き放すと。彼はそのまま後退し、手裏兵の中に混ざって消えた。
 つまり、安曇は。大和に尻拭いをしろと言っているのだ。
 大和はさっそく動いた。上条に告げる。

「味方の兵が、手裏に追われて、樹海に入ったのを見た。助けに行きたい」
「了解」
 五班が潰れたことで、隊列の立て直しに、忙しく指示を出していた上条は。短く返答した。
 大和は班から離れ、樹海に潜入する。
 ひとりになると、すぐに亜義が姿を見せた。

「こっちだ」
 居場所を把握しているらしい。
 ほどなく、亜義は、ある洞窟を顎で示した。

「俺の失態だ。俺にやらせてくれ」
 無言でうなずく亜義を見て。大和は洞窟に入っていった。
 そうして数分で出てくる。

「安曇様には、刀の扱いを習ったが。俺は、剣で刺すのも性に合っているようだ。モズの血かな」
 剣を振って、血を跳ね飛ばし。鞘におさめながら言う。
 モズがトカゲなどの獲物を枝に突き刺すのは、有名な話だ。

「刀でった方が良かったんじゃないか? 死体が見つかって、剣の刺し傷だとバレたら、厄介では?」
「死体など、みつからない。永久にな」
 洞窟の奥に、溶岩でできた複雑な隆起と亀裂があり。死体はそこに投げ捨てた。
 奈落の底だ。

「あの方は、優しい方だ。たとえ害された者でも、死んだとなれば、心を痛める。行方不明の方が、まだ傷心にならないだろう」
「そういう方なのか。…安曇様とは似ていないのだな」
「あぁ、全く。むしろ、真逆だ」
「…己にないものに憧れる、というやつかな?」
 亜義の言葉に。大和は納得する。
 ないものねだり、そういうことはあるかもしれないな。
 ま、そんな単純でもないかもしれないが。

「戻る。死ぬなよ」
「おまえもな」
 幼馴染みであり、同じ志を持つ仲間。その中でも、亜義とは特に馬が合った。
 目の色で、相手の気持ちがわかる。
 だからこそ、短い言葉で、互いを労わりつつ、敵味方に別れることができるのだ。

 大和は素知らぬ顔で班に戻り。上条に報告した。
「逃げた兵も、手裏兵も、みつけられませんでした」
「そうか、樹海なら、逃げおおせられれば、基地に戻ってくるだろう。脱走となると重罪だが。帰る場所などひとつしかない」

 家族の元、妻の元、恋人の元。脱走したって、そこへ帰れなければ、無意味なのだ。
 ま、吉木は二度と帰れない。
 仕方がないのだ。あいつは、手を上げてはいけない人物に手を上げたのだから。

 そうして五班が壊滅したことで、生き残りの班員は、他の班に振り分けられることになった。
 ふたりは、九人以下でやっていた班へ。ひとりは、一班へ。

 そして九月になり、組長補佐として、望月が九班から抜けることになり。テコ入れのため、一班から、誰かが行くことになったのだが。
 一も二もなく、大和は手を上げた。
 距離が遠いせいで、彼を危険にさらした。これからはそばにいて、紫輝をがっちり護衛できる。
 安曇と紫輝は出会ったのだから、もう素性をバラしてもいいと思うのだが。

 安曇が案外ヘタレなので。まだ素性を明かすことはしないつもりだ。

 とにもかくにも、今、紫輝は目の前にいる。
 彼のそばにいるだけで、なんか安心した。なんでかな。

 食事時、紫輝は、いつもの秘密の庭に行く。
 木々が伐採されていて、そこだけ日の当たる場所。
 夜は、月明かりが射し込む場所。
 でも今日は新月だから、暗くて。紫輝は、ランプをひとつ灯していた。
 おにぎりを食べたあと。ちょこんとお座りをしているライラに向かって、紫輝が話しかける。
 紫輝は立っているけれど。ライラは大きいので。紫輝がちょっとうつむけば、そこに顔がある。
 大和が紫輝を見る、そのくらいの身長差だ。

「とうとう不破が仕掛けて来たよ。明日、出陣だ」
 紫輝は、猫に話しかけているように見えるけれど。相手は安曇だ。
 紫輝と安曇の、一日一度の定期連絡…と言うと、色っぽくないので。逢瀬だな。

「この頃ね、班長もどきの仕事をしているんだ。千夜が組長補佐になるから、その代わり。俺…龍鬼だから、噂に疎くて。班長もどきの仕事をして、やっと知ったんだ。六月に、五班が壊滅していたこと。吉木が行方不明だってことを」
 大和は聞いてて、ギョッとした。
 それを、安曇に話すのか、と。

「千夜や九班のみんなは、俺が五班と揉めたから、わざと知らせなかったみたい。だから、今更の話かもしれないけど。俺のせいで、誰にも死んでほしくないんだ…」
 紫輝の話を聞いて、大和は憤った。

(はぁ? 俺は、あんたのために、吉木を殺したんだ。それは安曇様の命令だぞ。吉木を殺した、あんたのために殺した、この俺をっ、受け入れられないんだとしたら。それは安曇様を全否定することと同義だ。所詮、この世界に染まり切れない、平和な世界で育った、甘ちゃんだったってことかよっ)

「…なんて、綺麗ごとは言わない」
 大和は、胸のうちで紫輝を罵っていたが。
 続く言葉に、目をみはった。

「おまえが、俺のことで、絶対に許せないと思うことがあるって、知ってる。それはたぶん、俺の命を守ること。俺の心を守ること。おまえは、俺のためにならないことは、しないもんな? だから、俺はおまえのすることに、なるべく駄目出しはしないよ」
 紫輝はライラの頭を、毛並みに沿って撫でていた。安曇を慰撫するように。

「でも。最低限にしてくれ」

「…わかった」
 いつもは甲高い声なのに、少し低めな声で、ライラは…安曇は言った。
 紫輝はにっこりと、慈愛のこもった笑みを浮かべ、ライラの額にキスをする。

 驚いた。
 あの、己がすべて正しいを地でいく安曇が。承諾したこともだが。
 紫輝の、あの全肯定感に。
 安曇が何者でも。どんなに巨悪でも。それを理解し、受け入れる度量。
 かといって、自分たちのように盲目的に従うというものでもない。
 レベルが違うって、こういうことかと思った。

 すげぇと、ただただ感嘆した。

 だから安曇は。
 彼をあがめるのだろう。
 彼にひざまずくのだろう。
 彼に愛をうのだろう。

 安曇が彼を愛する理由わけの一端を、大和は初めて理解した。

 ライラが紫輝の胸に、顔を寄せる。
 彼に甘えている安曇から、大和は視線を外す。
 これからは、彼らの愛の時間だ。

 四ヶ月、紫輝を見てきた。
 でも、まだまだ。彼のことをわかっているなんて、言えない。
 つか、一度、幻滅させてから。思いっきり、引き上げられた。この落差が、ヤベェ。

 我知らず、手が震えていた。
 安曇を肯定されたことで、己も肯定されたのだ。
 これはっ。安曇に仕えるように。彼に仕えるのも、やぶさかではないかも。

「そうだ、九班に新しい班員がきたんだ。彼に、あなたを守るって言われてさ。おまえが、よく俺に『兄さんは僕が守る』って言ってたこと、思い出しちゃった」
「兄さんは俺が守る。遠く離れていても、今も、ちゃんと守っているよ」
 フフッと、照れくさそうに。紫輝は、ライラに笑み返す。

 大和は…あのときの、はにかんだ顔は、安曇を思い出していたからなのか。と理解して。
 なんか、顔が熱くなった。

 なにそれ。甘い。ゲロ甘じゃねぇかっ、あの黒猫耳めっ。

 主たちのラブラブっぷりに、大和は身悶えそうになる。
 ま、仲が良いのはなによりだ。

 安曇に、護衛しろと命じられた。だから守ってきた。
 だけど。大和の中に、紫輝を守りたいという気持ちが芽吹いた。

 今度は命令だからじゃなく、本心から『貴方を守るっすよ』と。紫輝に言えるだろう。
 とりあえず、今度、安曇に会ったら言うことは。

 紫輝は、でっかいのが好き。ということと。ごおるでんれとりばってなんですか? ってことだ。

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