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「本当は電車じゃなくて、車で行けたらよかったんだけど」
「車、持ってるんですか?」
 このあたりでは珍しい。自動車を持とうと思ったら、維持費が大変なのです。
 駐車場を借りるだけでも、万単位のお金がかかります。そのくせ、近場に出かけようと思っても、コンビニには駐車場一つついてない場合も多いのです。
 少し郊外に出ればそんなこともないのですが……。
「まぁ、一応……でも、お酒、飲めないのもつまらなかったから」
「そうですね。和臣さん、お酒行けるタイプですものね」
「結梨絵さんも分かる口だよね」
 そうでした。合コンの日に、飲み放題なのをいいことに、飲んだことのないお酒をいろいろ注文して飲んだのです。その時に、たくさんおいしいお酒があることに気が付いてしまいました。
 飲み会の時には、缶詰を選びながら店員さんに追加注文するときに、どんなお酒が合うのか尋ねて決めたくらいです。
「今日は洋酒が中心の店だよ」
 和臣さんも私と同じように、この間の缶詰居酒屋を思い出していたのでしょうか。あそこはビールと日本酒が中心のお店でした。
 店の前につくと、和臣さんが手を差し伸べてきました。
「?」
「店内、段差があるみたいだから。今日も、コンタクトはないんでしょう?」
「え?わかりましたか?」
「なんとなく、かな。ホームや電車で案内版や広告とか、全く見ていなかったみたいだから」
 和臣さんの差し出してくれた手に、手を乗せる。
「じゃぁ、お願いします。足元も、段差はちょっと怖いんです」
 和臣さんの手を握り、まるで恋人同士みたいに店内に足を踏み入れた。
「2名で予約していた――きですけど」
「はい、ご案内いたします」
 名前、苗字で予約してあったんだ。最後の文字しか聞き取れなかった。きのつく苗字なんですね。
「ここ、一段下がってるよ」
 和臣さんが足元のことを教えてくれるので、海の底のように柔らかな青い光で薄暗くなっている店内の足元にも不安はなかった。
「う、わぁ~」
 受付から1段おり、角を曲がると途端に目に飛び込む、壁一面の巨大モニター。スクリーンかな?
 そこには、海中の映像が映し出されている。水族館の巨大水槽の前のよう。
 いいえ、映し出されている映像は水族館のように水槽という感じのしない海中の映像。
 潜水艦で海中に潜っているかのような錯覚を受けます。
 菜々さんの言うように眼鏡なしで映像をはっきり見られないから、余計にそう感じるのかもしれません。
 潜水艦の中から分厚いガラス越しに見ている海の底……。
 案内された席に、和臣さんの手を引かれて進んでいく。
 素敵です。


 コース料理もとてもおいしい。フランス料理をオリジナルアレンジしたメニューのようです。
「あ、始まるみたいだよ」
 スープとサラダを食べ終わったこと、和臣さんが映像を見ました。
「始まるって?」
 食事から目を離し、映像に注目する。海の底のような映像から、水族館の水槽の中のような映像に切り替わっている。
 たくさんのキラキラ輝く魚が姿を現し、何千、何万いるのか分からないような魚の群れが、渦を巻いて泳ぎだした。
「トルネードだよ」
 トルネード……。
 大きなうねりとなって、無数の魚が渦を作り出しています。巨大な生命を形作っているようにも見えます。
 不思議で、幻想的な光景です。
「名古屋の水族館の映像らしいよ。イワシのトルネードショーがあるんだって」
「そうなんですね。イワシなんですか。今度からイワシを見るとこれを思い出しそうです」
「イワシを見ることなんてある?」
「ありますよ。スーパーの鮮魚売り場で売っています。手間がかかるので頻繁には作りませんが、時々イワシのつみれを作ったりしますよ」
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