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第3章
30 反撃と逃亡
しおりを挟む「あ~可愛いなあ!このモグモグしてる小さな口とか最高だよ!あ、もういっこ食べる?」
「いや、あの……もう大丈夫です。それより、さっきの話を詳しく……」
ルカは困惑しながらも、ディルクに質問を投げかけた。まさかとは思うが、王子様の愛人と勘違いされて拉致されたのだろうか。いや自分からついてきたけど。アベルを洗脳した犯人も気になるが、この屋敷と二人の男たちの正体も不明である。
「……残念ながら、あまり余計なことは言えないんだよねえ。でも怖いことは何もないから安心して」
ディルクは誤魔化すように笑いながら答えた。この様子ではこれ以上の情報は聞き出せそうにない。ルカは仕方なく左耳のピアスに軽く触れ、闇属性の魔力を少し解放させる。
「……あの、ディルクさん」
ルカはディルクを上目づかいに見上げた。手錠をかけられた腕を伸ばして、ディルクの手首にそっと触れる。途端にディルクが息を呑む。ルカはそのまま彼の手首をぎゅっと掴んで視線を絡めた。
「いろいろと教えて欲しいことがあるので、大人しくしてくれてたら嬉しいです」
「はひ……っ♡はい♡」
ディルクはへなへなとその場に座り込んだ。そしてルカを熱っぽい視線で見つめながら荒い呼吸を繰り返している。
今世でははじめてこの術を他人にかけたが、どうやら上手くいったらしい。ディルクはかなりチョロいようだ。アッサリかかった。ルカはそのまま質問を続けることにした。
「ディルクさん、なぜ僕を此処で監禁しているのですか?目的は何なんですか?」
「……あ♡それは……っ♡……っ♡」
ディルクはルカに手首を握られたまま、恍惚の表情で身悶えている。どうやら質問は聞こえているが答えられない状態のようだ。ルカが彼にかけた魔術は、『自白』を織り交ぜた『魅了』だ。苦手なので今まであまり使ったことがなかったのだが、この魔術は相手の心を支配する魔術のひとつである。
『魅了』の効果は、術者に対する好感度を爆上げし好意を持たせること。同時にかけることで『自白』をさせやすくなる。もともとルカに好意的な雰囲気だったディルクには、やはり『魅了』がかかりやすかったようだ。ルカは質問を続けた。
「ディルクさん、僕の質問に答えてください」
「あ♡はい♡ルカちゃんを監禁している理由は……っ♡」
ディルクはビクビクしながら、促されるままにルカの質問に答えだした。そして言葉を続けながらも興奮した様子で鼻息を荒くしている。かなり気持ち悪いし怖い。やっぱり『洗脳』か『自白』のみの術式を使ったほうが良かったかもしれない。
「理由は?」
「えと♡第二王子を、排除するため♡……ですっ!うひっ♡……んっ♡ルカちゃん、可愛すぎ♡」
ディルクは最後の方は言葉にならず、はあはあと息を荒げている。
「排除ってどういうことですか?第二王子に何をしようとしてるんですか?貴方たち二人と犯人の関係は?」
ルカが矢継ぎ早に質問を続けると、ディルクはようやく自分が喋れる状態であることに気付き、慌てて口を開いた。まだ息は荒いが先程よりは落ち着いたようだ。
「第二王子の愛人であるルカちゃんを人質にして、第二王子を脅して、誘き寄せて暗殺を企んでるんだ!俺たち二人は、金で雇われただけだけど」
「……いや、僕ただの一般庶民なんで。全然愛人じゃないんですけど」
ディルクの発言に、ルカは頭を抱えながらも一応突っ込んだ。だが、魔術をかけられている為かディルクは気付かない様子だ。
というか今なんて言った?暗殺?んん?
「第二王子をいつ、何処に誘き寄せる予定なんですか?」
「えと……っ♡明日、王宮内の礼拝堂に……」
ルカはディルクの話を興味深く聞いていた。王宮内の礼拝堂と言えば、建国記念日や王族の生誕祭の時にしか開放されない特別な場所だ。礼拝堂で暗殺って、なんだか物凄い違和感があるが、犯人の作戦はそれなのだろうか。
そういえば建国記念日は明日である。だから明日までルカをここに監禁しておくつもりなのか。全く犯人の行動としては的外れだが。
「犯人は何故第二王子を暗殺しようとしているんですか?そもそも犯人は誰ですか?」
ルカは核心的な疑問をディルクにぶつけた。
「えと♡……うひっ♡それは……」
ディルクは息を荒げながら口をもごもごとさせた。また口調が怪しくなっている。ルカがディルクをじっと見つめていると、ディルクは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、視線を反らして呟いた。
「その……分かんない……♡でも、俺たちを雇ったのは、別の奴だよ。多分……っ♡うひっ♡」
ディルクはルカに手首を握られたまま、恍惚の表情で身悶えている。どうやら『魅了』がかかりすぎたようだ。これ以上ディルクから情報は聞き出せそうにないし、このままだと危険かもしれないと、ルカは術を解除しようとディルクに視線を合わせた――その時だった。
「あ、あああっ♡……っ♡」
ディルクは突然絶叫し、ブルリと身震いしたかと思うと床に崩れ落ちた。そしてそのままビクビク痙攣し続けている。
「……へ?え?」
ルカは困惑して思わず彼から手を離した。すると、ようやくディルクの呼吸が落ち着いてくる。しかし彼は床に倒れたまま、未だに恍惚の表情を浮かべている。その股間部分には、染みが広がっていた。
「……あ」
ルカはディルクから一歩後ずさった。なんかヤバいやつだこれはと、本能が危険信号を発している。
「ディルクさん、大丈夫ですか?なんかごめんなさい……」
ルカはディルクに恐る恐る声をかけたが、ディルクは床に横たわったまま動かない。とりあえず呼吸はしているので、一応生きてるようでほっとする。
「……おい、ディルク。なんかすげえ叫び声したけど大丈夫か?」
そこに、先程出ていったはずの若い男が、再び部屋に入ってきた。
そして床に倒れ伏すディルクを見付けると、軽く眉を顰め、ルカに訝しげな視線を向けた。
「おい、ガキ、どうやらことだ?お前なんかしたのか?」
「いえ。僕は何も……」
ルカはしれっと首を振ったが、男の視線は相変わらず厳しいままだし、警戒するように距離を取っている。なんだか非常に気まずい状況だ。この男には『魅了』はかかりそうにないし、これ以上ここに居たくないので、ルカはもう逃げることにした。
「あの、僕そろそろ帰りますね。お邪魔しました」
ルカはそそくさと男の横をすり抜けてドアに向かった。しかしすぐに男に腕を捕まれ阻止されてしまう。
「いや、帰さねえし」
男はルカを軽々と持ちあげて肩に担いだ。ルカは反射的に手足をバタつかせて抵抗するが、男は構わず歩き始める。
「え、あれ?何処へ?」
「とりあえず地下牢で拷問な」
「は?え、なんで?え、僕を傷つけないはずでは?」
ルカは慌てて男の背中をポカポカ叩いた。嘘つきだ。すると男は面倒くさそうに答えた。
「ディルクはアホだが腕は立つ。そんなディルクを、お前は一瞬で無力化した。状況が変わったんだよ。種明かししてもらわなきゃなんねえからな」
男はどうやらルカが『魅了』を使ったことに気付いていないようだ。しかしこのまま大人しくしていたら、なんだかヤバい気がする。
「あのっ、困ります!」
ルカは慌てた。どうにかして脱出しなければ明日の建国記念祭が終わってしまう。すると、男は面倒くさそうに振り返りながら言った。
「お前に、選択権はねえよ」
まるで猛禽類のような鋭い眼光がルカを睨んだ。視線が絡んだ瞬間、ルカは無詠唱で男に向かって『氷結』の術を発動した。
「……は?」
男の足先から腰までが、一瞬で凍り付いたように氷結する。男はルカを担いでいたのでバランスが取れず、ルカを放り出して転倒した。ルカはすかさず床に落ちた状態で、もう一度同じ魔術を男に放った。
「くそがっ!何しや……ぐぎゃ!!」
男は怒りに任せて叫ぶ途中で氷漬けになった。ルカは男の氷像を横目に見ながら立ち上がり、急いで部屋から出た。とりあえず空気穴は作っておいたので死ぬことはなかろう。風邪くらいは引くかもしれないが。
屋敷にかけられていた結界っぽい術を無理矢理解術しながらルカが館から外に出ると、精霊たちがふよふよと一斉にルカに集まってきた。
『あー、無事でよかったぁ』
『あのね、レオに伝言してきたよ。レオも無事だよー』
『金色の王子様も、すぐ帰るってー』
精霊たちが口々にルカに告げた。
「ありがとう。助かるよ」
ルカは精霊たちを見回して礼を言った。どうやら無事にレオに伝言してくれたようだ。
『王子様、光の力持ってたけど、闇の力は感じなかったよ。間違いー!』
精霊たちが誂うようにルカに言った。
「あれ?そんなはずないけど……伝言した相手、間違ってない?」
『間違ってな~い!だって王子様に、レオ?って聞いたら、そうだって言ってたもん!!』
「……えと、じゃあ、大丈夫、かな」
ルカは困惑したが、精霊たちはうんうんと得意そうに頷いている。レオが光属性を持っているのは間違いないので、上手く伝言出来たようだ。
「あの、さっきここへ来るときに僕と一緒にいたアベルは無事?きちんと寄宿舎に帰れたか分かる?」
『その子なら闇の子が、ちゃんと連れて帰ったよー』
『だから安心して』
精霊たちは口々に告げた。とりあえずアベルは無事らしい。ルカは安堵の息を吐いた。精霊が告げる闇の子というのは、恐らく闇属性持ちの人物のことだろう。やはり犯人は闇属性持ちの人物だということだ。
「じゃあ、みんな、今日はありがとう。僕は一度学園の寄宿舎に戻るから。何かあったら、また呼ぶね」
ルカがそう言うと精霊たちは『は~い』と言って散り散りに去っていった。
ルカはそれを見送ると、両手にずっと嵌められていた手錠を魔術でバキッと破壊し、転移魔法を発動して学園の寄宿舎に戻ったのだった。
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