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第3章

26 監督生と練習

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「訓練場の使用許可を頂きたいのですが」
 ルカは放課後、魔術科の教官室を訪れ、担任の教師に申請した。

「訓練場?なぜ?」
「魔術の発動練習がしたくて」
「ああ、そうか。君は……なかなか上手く使えないのだったな。しかし、何かが起こったときのために、一人での使用は許可できないからな」

 教師はルカが『落ちこぼれ』だったことを思い出したのか、同情の眼差しを向けている。

「申請書だ。注意事項はしっかり読んで守りなさい。あと、ここに監督生の署名を貰ってくるように」
 教師は申請書と、訓練場の使用に関する注意事項の書かれた紙をルカに渡した。

「……監督生?」
 ルカは首を傾げて、教師に聞き返した。

「監督生の名前も知らないのか?」
 教師は少し驚いたように問い返してくる。そして、ルカと同じクラスの監督生の名前を教えてくれた。

 その名前を聞いたルカは、「終わったな」と遠い目をして呟いた。



***

 監督生とは、各学年の優秀な生徒に与えられる、アストレア学園独自の名誉ある役職のようである。

 ルカと同じクラスの監督生の名前は、ノア・オルコット。ルカの天敵その3だ。
 ノアに絡まれると非常に面倒だし、なるべく関わりたくないと思っているが、訓練場を使用するには監督生の署名が必要らしいので、ルカは申請書を持ってダメ元でノアを訪ねることにした。

 予想に反してアッサリ署名をしてくれたノアに拍子抜けしていると、「魔術の発動訓練をするのだろう?さっさと行くぞ」と教師に申請書を提出した後も、訓練場まで何故かノアがついてきてしまった。

「あの、一人で練習するから、お構い無く」
「貴様は注意事項を読んでないのか?単身での魔術訓練は禁止だ。事故が起こったときに、対処する者が必要だろうが」

 ノアはルカの申し出を一蹴する。一応、何かあったときのために、付き添いで来てくれたらしい。真面目君だ。感謝をする立場なのだろうが、ノアの態度がそんな気を萎ませる。ルカは溜め息をついた。

「……姉が迷惑をかけてすまないな」

 小さな声の謝罪が聞こえ、ルカは目を見開いて隣を見た。今、信じられない言葉を聞いた気がする。

「……は?」
「姉がお前に迷惑をかけているだろう」
 ノアは無愛想に言葉を重ねている。

「いや、別に……」
 ルカはしどろもどろに返答した。まさかいつも辛辣なノアに謝られるとは思ってなかった。やはり、思ったより悪い奴ではないのかも。

(……もしかしたら、少し話が聞けるかも……)

 ルカは、ノアに尋ねたいことがあったのだが、普段のルカに対するノアの様子からして、彼から情報を聞き出すのは無理だと諦めていた。
 だが、ノアから話しかけてきたことは、思いがけないチャンスかもしれない。

「あ、あの……ちょっと尋ねたいことがあるんだけど……」
「とりあえず、その蛆虫みたいな魔力を最低限あのボンクラ姉くらいのレベルには引き上げろ。話はそれからだ」

 ルカの質問をぶったぎり、ノアは冷たい目でルカを見下ろしながら、容赦なくダメ出ししてくる。


 やっぱりコイツ嫌い。
 タンスの角に小指をぶつけて悶絶する悪夢を毎晩見るよう『夢幻』の魔術をかけてしまおうか。
 ルカは苦虫を噛み潰したような顔でノアを見上げた。

 
「お前はそもそもゴチャゴチャ考えすぎなんだ。デカい術を最初から使おうとするな。とりあえず、自然界の魔素を使わず、まず自分の魔力だけで練ってみろ。一旦教科書も無視していい。威力や制御も度外視でいいから」

 ノアはルカに、魔力の練り方について御指導をしてくれるらしい。ご主人様の意味不明な説明と違って、彼はルカにも理解できるように、いつも噛み砕いて説明してくれる。授業中は、教科書に沿って説明してくれていたが、ルカが全く魔術の発動ができずに体調を崩すので、どうやら根負けしたようだ。

「……まず、自分の魔力だけを使って、あの的を狙ってみろ」

 ノアは訓練場の中央に設置された、人型の的を指差した。授業中、ノアは風圧で的の心臓部を一発で撃ち抜いたが、ルカは魔術の発動すらできなかった。

 学園に入学してから、教科書に書いてある通り、一生懸命に練習しているが、なかなか上手くいかない。しかし自己流でいいなら、大丈夫かもしれない。


 ルカは、的から50メートルほど離れた位置に立ち、人差し指を的に向けた。的までの距離から込める魔力の量を計算しはじめる。

「……まずは、風属性」
 ルカは呟くと、自分の体内の魔力を練り上げる。
(風を的の周りに巡らせながら)
「圧縮して」
 そして、集めた魔力を弾丸のようにして一気に撃ち出すイメージで指先から解き放つ。

「えいっ」

 気の抜ける掛け声とともに、ルカの指先から撃ち出された魔力弾は、凄まじい音を立てて的を撃ち抜き、その奥の外壁を破壊して訓練場の壁にまで到達した。そのまま壁に大穴を空けてしまう。

「あっ……」
 ルカは、自分が魔力で撃ち抜いた大穴を眺めて青ざめた。コントロールはそれなりにできるのだが、やはり魔力制御に失敗してしまったらしい。ちょっと的に穴をあけるだけのつもりだったのだが……。

 ノアは険しい顔のまま、ルカが壁に空けた大穴を暫く眺めた後、無言でその場所へ赴き壁の修復作業を始めた。

「……応急処置だ。後でちゃんと学園に報告するからな」
「は、はいっ……」
 ルカはノアの怒りを察して、素直にコクコク頷いた。

「もう一度、やってみろ。魔力の制御だけ考えろ」 

 ノアは、ルカにもう一度魔術の発動を促す。ルカは再び同じ操作を繰り返した。ただし、使う要素を少しずつ変える。風圧で的に穴をあけた後は、氷の刃を生成して同じ穴を通してみたり、炎を纏わせ、その炎を圧縮して弾丸のようにして撃ち出してみた。

 やはり自分の魔力は、体外にある物や空間の魔力と反発し合う。体内に魔素を取り込まなければ、問題なく魔術は発動可能だ。 


「……貴様、何の目的でこの学園に来た」
「え?」
「魔力制御は苦手なようだが、その膨大な魔力と操作技術があれば、この学園で学ぶことなどないではないか?賢者が何故貴様を推薦したのか、以前と逆の意味で理解に苦しむ」
 ノアは独り言のように呟いている。

「えと、この学園に来た理由は、社会勉強のために、普通に学園生活を送れと命令されたからで……」

 ルカは言いかけて、途中で言葉を詰まらせた。自分の意志で来たわけではない、と答えようとしたのだ。

(この考え方って、『洗脳』されてるのと同じだよな……)

 ルカは、王子様もとい、レオから指摘を受けたことを反芻していた。これでは、彼に信用されないのも、無理はないのかもしれない。

 
 急に黙り込んでしまったルカにノアは怪訝な視線を向けていたが、やがて不機嫌そうにルカに背を向けた。

「もう満足だろ?戻るぞ」
「え?あ、うん」
 ルカはノアの背中を追いかけた。そして彼の右手首の腕輪が目に入って、思わず口を開いた。

「その腕輪って……」
「なんだ?」

 ルカの視線に気づいたノアが、自分の右手首を見やった。彼の手首には、白銀の腕輪が輝いている。

「……魔力制御を手助けする魔道具だ。この学園にいる間は必須だと言われたので、仕方なく身に付けている」

 ノアは忌々しそうに呟いた。どうやら好きで付けているわけではないらしい。その説明は、ルカが前世でクライヴからされた説明と酷似していた。

「あの、誰に貰ったの?」
「……誰って、誰でもいいだろう」
 ノアは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

「その腕輪、闇属性を持つ魔力制御が難しい人のために作られた物だよね?」
 
 ルカが確認するように問い掛けると、ノアは目を見開いた。ルカがさらに問いかけようとした時、背後から声がかけられた。

「おい、訓練場の利用時間は終わったぞ」
 
 振り返ると、訓練場の出入口から顔を覗かせている教師がいた。もう利用時間が過ぎたらしい。ノアは即座に「申し訳ございません」と一礼し、ルカに「行くぞ」と告げた。結局その日、ノアに聞きたいことは聞けず終いだ。

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