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【八】胡散臭い魔術師
しおりを挟む「待ってください。ルシア様」
東の帝国の国境の麓にある街、アレイに到着する頃には、空は夕日で赤く染まっていた。俺が方角を間違えたせいで、ジラルドと共に森の中で一夜を過ごす羽目になり、かなり疲労困憊である。魔物が跋扈する森の中で眠るのは、それなりの勇気が必要だった。
アレイは国境の関所がある大きな街である。この街は、帝国と王国が戦争をしていた時代の名残で、国境の警備が非常に厳しい。
そんなアレイの街の入り口で、俺は突然腕を掴まれた。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは胡散臭い微笑みを顔に張り付けた若い男性だった。濃紺の髪は無造作にセットされており、細身の割にしっかりとした体つきをしている。そして切れ長の鋭い瞳は澄んだターコイズブルー。身に纏っているのは、魔術師らしい黒いローブだ。
「……良かった。ご無事だったんですね」
彼―――シモンは俺の全身を確認すると、そう言って安堵の息を漏らした。何故か涙ぐんでいる。心配していたと言わんばかりだが、俺は騙されない。
「人違いだ、離せ。馴れ馴れしくするな」
「……おや?何か怒っていらっしゃいますか?」
俺が冷たく言い放つと、シモンは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、少し困ったように笑った。いちいち癪に障る奴だなと思う。
「その胡散臭い笑顔をやめろ。裏切り者」
「いやいや、私はルシア様の味方ですよ。本当に心配してたんですよ?この数日、心配で夜も眠れませんでした」
「嘘つけ。……お前、俺の居場所漏らしただろ。お前以外に、俺の事情を知る奴はいないんだよ」
俺が責めるように睨むと、シモンは肩をすくめた。
「……ああ、なるほど。確かにそれは申し訳なかったですね。ですが、貴方の身を案じてのことです」
「ふざけるな。元凶が連れ戻しに来たんだぞ、最悪だ」
俺が舌打ちすると、シモンは困ったように笑った。
「ルシア様。……少し誤解されているようなので白状しますが、貴方の居場所についての情報を、私はお一人にしかお伝えしていません。その方には、必要なら貴方を保護して頂くようお願いしただけです」
シモンの言葉に、俺は眉を顰めた。
「……一人?」
「ええ。貴方の後ろにいる、騎士様ですよ」
シモンはそう言って微笑んだ。俺は思わず後ろを振り返る。そこには当然ジラルドが無表情のまま佇んでいた。
「……まあ、はっきり知らされた訳では無いが、情報提供があったのは事実だ」
ジラルドは俺の視線を受け止めると、シモンの言葉を肯定した。俺は思わず目を見開く。
「だが、俺は他には一切漏らしていない」
「……え、じゃあ」
どういうことだ?と再びシモンを見ると、彼は溜め息をつきつつ口を開いた。
「ルシア様。時系列が逆です。先に貴方の居場所というか、貴方の目的地を知ったのは恐らくアドラシオン殿下の方ですよ。殿下の周囲に動きがあったので、私も貴方を裏切る形になることを承知で、ジラルド様に探りを入れました。……そして、情報が漏れたのは恐らく貴方自身からです」
ピシッと人差し指を俺に突き付けて断言するシモンの言葉に、俺は思わず固まった。俺から……漏れた?
「単刀直入に言います。貴方、まっっっったく変装してませんよね?人違いと言い張ったところで無理があります。貴方が潜んでた場所は王都から離れた田舎町ですし、あの店も貴族が来るような場所ではありませんが、貴方の顔を知っている者が全く来ないとも限りません。一年間、貴方があの場所でダラダラ過ごしている間も、アドラシオン殿下は貴方をずっと探していたようですし。貴方、世間話も含めて東の帝国へ行くと誰にも言ってませんか?……総合的に考えて、今までバレなかったのが奇跡です」
「う……」
俺は思わず言葉に詰まる。髪の色は変えてるし、偽名も使ってるし、バレてないとばかり思っていた。
「……ごめん、シモン。疑って悪かった」
「分かって頂ければいいんですよ。……私も貴方が無事で安心しました」
シモンは優しく微笑むと、俺の頭を撫でようとした。しかしその手が届く前に、ジラルドがシモンの腕を掴んで制止した。
シモンは笑顔のまま、ジラルドに視線を向ける。
「どうされましたか?」
「……気安く触れるな」
「これは失礼しました」
シモンは大袈裟に肩を竦めて見せた。ジラルドは相変わらず無表情で無言のままだ。しかし何となく怒っているような気がする。何故だ。
「さてと、それでは本題に入りましょう。ルシア様。私は貴方を迎えに来ました」
「迎え?」
俺は思わず首を傾げるが、シモンは構わず続けた。
「ルシア様。貴方の居場所がアドラシオン殿下にバレた以上、この国に居続けるのは危険です。1年前、私が卒業したら迎えにいくとお伝えしたでしょう?一緒に帝国に行きましょう。それが貴方のためです」
シモンはにこやかに告げると、 俺に手を差し出した。俺はその手をじっと見つめる。
「……シモン、お前には感謝してる。お前がいてくれなかったら俺は今ここにはいないし。でも」
「ジラルド様と、この国で共に生きたいという貴方の気持ちは分かります。……ジラルド様を通じて、クロヴィス王太子殿下に頼めば、アドラシオン殿下からある程度は貴方を守ってくださるかもしれませんが、それはあまりにも危険な賭けです」
「俺もこの国を出るから問題ない。ルシアは俺が守る」
シモンの言葉を遮るようにして、ジラルドがそう告げる。シモンは驚いたように目を見開いた。
「……ジラルド様。貴方、王太子殿下の専属近衛騎士でしょう?脱走するんですか?」
「いや、正式に許可をもらって騎士団は辞めた。俺が東の帝国へ向かうことは、既にクロヴィス殿下も了承済みだ」
ジラルドの言葉に、シモンは唖然とした様子で口を開けた。そして何か思い当たったように「あー」と呟いた。
「……分かりました。部署替えですね。騎士団は辞めたけど、クロヴィス殿下には仕えたままって訳ですか。諜報部とかですか?ちょっと意外ですが。……まあ、いいです」
シモンは納得したように頷く。ジラルドはシモンに対して何も言わないが、否定もしなかったので、恐らく図星なのだろう。
俺は二人の会話について行けず困惑した表情を浮かべるしか無かった。
「まあ、ジラルド様がルシア様と一緒に東の帝国へ行きたいと仰るなら仕方ありません。……今日はもう日が暮れるのでこの街に一泊して、明日の朝、国境を越えて帝国に向かいましょう」
「え?シモンも行くの?」
思わず聞き返すと、シモンは満面の笑みで頷いた。
「ええ。元々私、帝国に行くつもりでしたから。あっちの方が魔術師の待遇良いですし、おカネも稼げますし。あ、ルシア様の身分証は私が準備しときましたよ。感謝してくださいね?」
シモンの言葉に、俺は目を瞬かせた。何だかんだでコイツは頼りになる。
「……ありがとう、シモン」
「どういたしまして」
そう言ってシモンは微笑んだ。そして、ふと、俺の首に視線を向けた。俺の首には、ジラルドから身に付けていろと渡された首飾りがぶら下がっている。彼はそれに視線を向けた後に、ジラルドに視線を移す。
「役に立ちましたか?あの石」
「……まあ。おかげで見つけることが出来た」
気まずそうなジラルドの言葉に、シモンが満足そうに笑った。俺は二人の会話の意味がよく分からずに「なあ、どういうことだ?」と問いかける。この石はもともと俺が子供の頃、ジラルドにあげたものだ。何故か首飾りとして加工されて、ジラルドが再び俺に渡してきたのだ。
「ルシア様は知らなかったでしょうけど……、これ、実は魔導具なんです。自分の魔力を石に流しておくと、その石の周囲の魔力の流れを感知できるようになります。……これで、ルシア様がどこにいるのか把握して、探し出すことが出来た、ということですね」
「はっ!?」
俺は絶句してジラルドの顔を見返した。つまり、彼が俺にこれを身に着けていろと言ったのは、俺の居場所を常に把握するためだったのだ。
「お前……、そんなこと一言も言わなかっただろ!?」
「言ったら、お前は素直に着けなかっただろう。実際、すぐ逃げたしな」
「うっ……、それは……」
ジラルドの言葉に反論できず口籠る。確かに、彼の言う通りである。
「まあまあ、いいじゃないですか。結果、無事に合流できたんですし。ある意味、幸せの石ですよ」
シモンは笑いながら、宥めるように俺の肩を軽く叩いた。
「そろそろ宿を手配しましょう。あ、宿の部屋は別にしますので安心してください。お二人の初夜を邪魔するわけにはいきませんので」
「は!?なななな何言ってんだよ!」
シモンの一言に、俺は思わず赤面した。ジラルドは無表情のまま、ポツリと呟いた。
「……初夜では、ないな」
「え、じゃあもうヤッたんですか?」
「馬鹿!!お前ほんとそういうとこだぞ!品が無さすぎだ!!」
俺は思わず大声で叫んだ。ジラルドは特に気にした様子もなく、平然としている。シモンはクスクスと笑いながら、「先に宿を確保して来ますね」と言って、俺たちに背を向けた。
歩き出したシモンの背を、俺はブツブツ呟きながら小走りで追いかけようとして、ジラルドに腕を掴まれて引き戻された。そしてそのまま彼の胸に抱き留められる。
「ジラルド?」
「……離れるな」
耳元で囁かれた言葉に、俺は小さく笑った。彼は相変わらず言葉が足りないが、それでも彼の思いは十分に伝わってくるから不思議だ。
この先も、ずっとこの幸せな時間が、いつまでも続くことを俺は切に願った。
「……うん、もう逃げない」
俺は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、ジラルドの背中に腕を回した。
この男なら、一生離してくれなくてもいいか。
【終】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ブクマやエール、いいね、とても嬉しくて、励みになりました。本当にありがとうございます。
拙い文章でお見苦しい箇所も多々ありますが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
後日、番外編(R18)を投稿予定です。
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