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【六】泣かせる理由と大嫌いな追手

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*時系列が現在に戻ります。【五】の続きです。









 俺は盛大に溜め息をついた。
 自分がどうするか、どうしたいか、答えは決まっている。


「気色悪いんだよ。離せ、変態」

 俺は吐き捨てるようにそう言うと、自分の腰に回されていたアドラシオン王子の腕を思い切り蹴り上げた。

「っ!」
 王子が、声にならない悲鳴を上げて俺の腕を離した。その隙に俺は素早く後ろに飛び退る。そしてそのまま崖のギリギリまで後退すると、剣を抜き放った。鞘を投げ捨て、刃を相手に向けて構える。

「……本当に躾がなっていないな、君は」
 王子は、俺の剣の切っ先を見て呆れたように溜め息をついた。しかし、どこか嬉しそうにも見える。


「人違いだから、連れて帰るとか結構。迷惑だ。自分のことは自分で決めるし、あんたの思い通りには絶対ならない。俺は俺のしたいように生きる」

 俺はそう宣言した。王子は俺の言葉に一瞬目を瞠ったが、すぐにその口元に笑みを浮かべる。

「……なんだ、ちゃんと僕にも本音を言ってくれるんじゃないか。君はいつも泣いてるときにしか本当の顔が見えないから、つい泣かせてばかりになってしまったけど、やっぱり素直になった方がずっと可愛いね」

 俺は無言で王子に切っ先を向けたまま、彼を睨み付けた。王子は何がそんなに嬉しいのか、ニコニコと笑いながら俺の反応を伺っている。そして彼はゆっくりと一歩足を踏み出した。


「……ルシア。君が望むなら聖女も切り捨てるし、君が嫌がることはもうしないと約束するよ。僕はね、君だけいればいい。僕には君が必要なんだ」

 王子が一歩ずつ俺に近付いてくる。俺は剣を握りしめたまま、それをただ見つめていた。王子は俺との距離を詰めると、俺の首に手を伸ばす。


「君を手に入れたい。ずっと隣に置いておきたいんだ」

 王子は俺の喉元に爪を立てたまま、優しく微笑んでいる。そのまま指先に力を込めようとしたので、俺は容赦なく剣の柄を彼の鳩尾に打ち込んだ。

「ぐっ!」
 王子の口から苦しげな呻きが漏れる。その場に膝から崩れ落ちた彼に素早く跨り、その首筋に剣先を押し当てる。痛みに悶絶しながらも俺を見上げる彼の表情は、どこか恍惚としていた。


 



「……俺は玩具じゃない。あんたなんか大嫌いだ」


 俺は王子を見下ろしながらそう告げた。そして剣を握る手に力を込める。

「っ、……はは。面と向かって言われると流石に傷付くな。……だけど、そんな君も好きだよ」

 王子は喘ぐように呟き、翡翠色の瞳を悲しげに細めた。その素の表情に一瞬気を取られていると、彼は俺の腕を強く掴んだ。そのまま勢いよく俺を引き寄せて抱き締め、その唇を自分のそれで塞ぐ。
 突然のことに驚いて、俺は思わず剣を手離してしまった。

「ん……っ!」
 口内に侵入してきた舌に歯を立てるが、逆にその舌に絡め取られてしまう。まるで蛇のようにしつこく纏わりつくそれに嫌悪を感じ、俺は思わず王子の舌を思いっきり噛んだ。

「っ……!」
 王子が痛みに呻き、唇を離した。そして肩で息をしながら口元を押さえている。俺は拳を握りしめて再び彼の鳩尾にその拳を振り下ろした。しかし、彼は俺の両腕を掴み上げると、そのまま地面へと押さえ込んだ。思わず舌打ちすると、王子はそんな俺を見て満足そうな笑みを浮かべる。

「行儀が悪いよ、ルシア」

 余裕ぶった台詞を吐きながら俺を見下ろし笑う彼を蹴り飛ばしてやりたいが、両腕を拘束されているため身動きが取れない。どこにこんな力を隠してたんだコイツ。

「人違いだって言ってるだろ。離せよ、変態」

 俺が冷たく告げるが、王子はそれを無視するように俺の首筋に顔を埋めた。そして舌先で首筋をなぞるように舐めると、そこに強く吸い付いた。

「っ……!」
 チリっとした痛みに、思わず眉を顰める。俺は何とか王子から逃れようと身体を捻るが、両腕を拘束されているため上手くいかない。そのまま耳の後ろや鎖骨にも舌を這わされ、思わず身体が震えてしまった。その反応を見てか、王子が楽しそうに笑う。そして俺の耳元に唇を寄せると甘く囁いた。


「……可愛い」
「!」
 俺はカッとなって頭突きを喰らわせたが、王子は咄嗟に避けたようでこめかみの上辺りを掠めただけだった。

「っの野郎!」
 俺は自由な方の脚で彼を蹴り上げようとしたが、蹴り出した脚をそのまま彼に掴まれてしまう。

「……、離せっ!」
 俺がそう叫んだ瞬間だった。


 王子の身体が俺から離れて吹っ飛んだ。



「……え?」


 ゆっくり起き上がると、王子が遥か後方に倒れている。一瞬何が起きたのか分からなかったが、どうやら崖の方まで蹴り飛ばされたようだ。王子は気を失ったのか、ピクリとも動かない。そして奴は今にも断崖絶壁から落下しそうになっている。





「落とすか?」

 背後から聞き覚えのありすぎる低い声がして、俺はゆっくりと振り返った。そこには、今朝別れたばかりの幼馴染、ジラルドが立っている。どうやら彼が王子を蹴り飛ばしたようだ。とんでもない馬鹿力である。


「いや……流石にそれは……。命に関わるし」

 俺がそう答えると、ジラルドは無表情のまま「そうか」とだけ言って、崖から落ちかけていた王子を片手で引き上げた。そしてそのまま地面に横たえると、鳩尾の辺りに強く蹴りを入れる。

「うぐ……!」
 王子は苦悶の声を上げて意識を取り戻したが、ジラルドはそのまま無言で彼の急所を蹴り続けている。

「ちょ、ちょっと!ストップ!もう気絶してるから!」

 俺が慌てて止めに入ると、王子は白目を剥いて泡を吹いていた。かなりヤバそうだ。コレ、大丈夫だろうか?

「……死んではないよな?」
「多分」
 俺はジラルドに確認する。彼は無表情のまま頷いた。そして王子の鳩尾から足を上げると、その頭を踏みつけた状態で俺を振り返る。

「何か問題でもあったか?」
「……いや、一応この人、この国の王子だから。俺はいいけど、お前の立場とか考えると、色々不味いだろ?」

 俺がそう告げると、彼は少し考えるような仕草をしてから腰の剣を引き抜き、王子の首にそっと押し当てた。

「……そうだな。証拠隠滅のために殺しておこう」
「待て待て待て!」

 物騒なことを言い出したジラルドを慌てて止める。彼を犯罪者にするわけにはいかないし、俺だって王族殺しなんてしたくない。

「冗談だ」
 ジラルドはそう言うと、王子の首から剣を離して鞘に納めた。
 この真面目男が冗談なぞ言ったことがあっただろうか?半分本気だった気がする。


「行くぞ」
 ジラルドはそう言うと、俺の腕を掴んで歩き出した。俺は慌てて彼に声をかける。

「え?いや、でもコイツこのままにしておくわけには……」
「大丈夫だ。取り巻きが数人周囲に潜んでいたのでとりあえず無力化しておいた。そのうちコレを回収しに来るだろう」
「無力化って、お前……」
「殺しはしていない」
「……」

 俺はそれ以上何も言えずに沈黙した。無力化……の内容は、敢えて聞かないことにする。多分聞いたら後悔する気がした。



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