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〚05〛過保護な守護者と危険な瞬間

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「ルシア様、聞いてください……」

  生徒会の庶務を担当している後輩、ノルドが俺を呼び止めた。彼は見るからに顔面蒼白で今にも倒れそうだ。目の下の隈がひどい。

「どうしたんですか?」
 俺が問うと、ノルドは震える手で俺の手をギュッと掴んできた。

「殿下が……っ、アドラシオン殿下が、仕事をしてくれないんです……っ。ルシア様もいなくて、俺にトバッチリが……」
 なるほど。俺がしていた雑用係は庶務の仕事に引き継がれたらしい。

 なんでも、生徒会室で他の役員達に仕事をさせながら、王子は聖女と仲良くお茶をしているんだとか。

「……以前は僕らが帰った後、ルシア様がお一人で仕事をされていたじゃないですか。あの量の仕事を一人でこなしてたなんて、尊敬しますよ……それを毎回命じてた殿下はオニですけど!!」
 ノルドの愚痴に、俺は首を傾げた。

「あ、いえ。私と放課後2人で居残りのときは、殿下は仕事一緒にしてくださってましたよ?仕事を放り出すような方ではないと……」

 別名『セクハラタイム』も含まれてはいるが、基本的に王子は俺以上に仕事をしていた。判断は的確で早いし、最終確認も怠らない。俺を撫でながら、ではあったが。


「……ルシア様、あんな仕打ちを受けても殿下を庇うなんて…っ!健気すぎる!!」
 ノルドは何故か感涙してその場に跪いた。いや、本当のことなんだが。

「今はお辛いかもしれませんが、俺、あの色ボケ殿下には、ルシア様みたいなしっかりされた方がが必要だと思います……っ!」
 ノルドは俺の手をガッチリと掴んで、俺を真っ直ぐに見つめてきた。

 俺は何か違和感を感じていた。
 何故、皆俺を「王子を想い続ける健気な人」に仕立て上げようとするのか。

 気になることではあるが、とりあえず目の前の人物は俺の代わりの犠牲者のようなので、声かけはしておこう。


「ノルド、私は殿下に呼ばれてないので、生徒会室には行けません。ただ、お手伝いできることはしますので、何なりとお申し付けくださいね」

 俺はとりあえず営業スマイルを浮かべてその場を去ろうとした。が、ノルドはガッチリと俺の手を掴んだまま離さない。何だか顔を真っ赤にさせて「ルシア様……っ」と呟いている。

「……ノルド?」
「あ、あの!俺、今から演習場に自主練に行くんですが、ルシア様も一緒に行きませんか?こう見えて俺強いんで!よく生徒会室の窓から見てたでしょ?もし、興味があるなら、ですけど……」

 ノルドは照れたように頭をかきながらそう言った。そういえば、ノルドは騎士科に所属しているんだった。放課後、彼が剣の稽古をしているところを見る機会はあった。真面目なのだろう。

「はい、ぜひ」
 俺がにっこり笑って頷くと、ノルドは顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。……やはり体調が悪いようだ。



***

「ルシア様、危ないので見学はこの辺りからでお願いいたします」

 学園の演習場はそれほど広くない。騎士科の演習場は、剣術の稽古に特化しているからだろう。真剣な顔をしたノルドにそう声をかけられ、自分自身が剣を振り回すつもりだった俺は、肩透かしをくらったような気持ちになる。
 しかしよく考えれば、騎士科でもなく、剣術の授業も受けていない俺が、騎士科が使う演習場で剣を振り回していいはずがない。

 俺は素直にノルドの忠告に従って演習場の入り口まで下がると、観戦しやすい位置で見学することにした。

 ノルドは知り合いらしき他の騎士科の生徒と派手に手合わせをしている。張り切っているようだ。彼以外も剣を振るっている騎士科の生徒たちが数人いるようだ。皆、自主練とはいえ真剣に剣を振るっている。







「お前は参加しないのか?」


 後ろから声をかけられ、俺はゆっくりと振り返った。俺の背が伸びたとはいえ、彼を見上げることに変わりはない。


「部外者だから」
「相手してやろうか?」
「……ここでは、いいや」
「そうか」 
  
 そこにいたのは、黒髪の幼馴染だ。久し振りに会ったジラルドに、俺はなんだか気まずくなってしまって俯く。最近は彼とほとんど手合せをしていない。実力差が歴然としているから仕方ないとはいえ、少しだけ寂しかった。
 俺は結局、ジラルドに一度も勝てていない。弱いままだ。


 彼本人から、まだ婚約の話は聞かされていない。



「ノルドとは知り合いなのか?」
「……生徒会役員で、後輩だ」

 ジラルドは俺の隣に立つと、演習場で剣を振るノルドに視線を向けた。俺は、彼の横顔をこっそりと盗み見る。切れ長の瞳に、高い鼻梁。誰が見ても美形と答えるであろう容貌の幼馴染に思わず見惚れてしまう。

「ルシア、お前大丈夫か?」
 ジラルドが、表情を変えずにそう俺に問うた。

「?大丈夫だ」
 ジラルドはいつも言葉が足りなすぎて、何を尋ねられているのかが分からない。心配されていることは伝わってきたので、俺は彼に心配をかけないようにと、笑って見せた。

「なら、いいが……。あまり無理するなよ」
 ジラルドは、そう呟いたきり黙り込んだ。暫く沈黙が続く。俺は手持ち無沙汰で、演習場をぼんやりと眺めていた。


「正式な配属先が近衛騎士団になりそうだ」

 不意に聞こえた彼の言葉に、俺はジラルドを見上げた。彼はやはり俺を見ずにじっと演習場を見つめている。その横顔からは感情が読み取れないが、いつもより少し強張った表情に見える。

「近衛は希望してたのか?」
「一応な。今のところクロヴィス王太子殿下の専属護衛騎士候補だ。……殿下が、俺を推薦してくださった」
 ジラルドは淡々とそう答える。

「凄いな、エリートじゃないか。おめでとう」 

 近衛騎士団は、その名の通り王族を守るために存在する部隊だ。高い実力と忠誠心が求められるため、その門は非常に狭く狭き門だと聞いている。『騎士科』の中でも優秀な成績を修めた者だけが入団できる部署である。
 単純に凄いことだと素直に感心はするが、なんとなく意外である。ジラルドは出世欲とは無縁のタイプだと思っていたし、王城での任務より、街に出て民のために剣を振るっている方が、彼らしいと感じていた。


「……できれば、お前を警護したかったんだ」

 彼は小さく溜息を吐いてから、ぼそりとそう呟いた。俺は、ジラルドのその言葉に、思わず彼の横顔を凝視した。彼は相変わらず無表情で演習場を見つめている。


 一応、俺は学園を卒業後、アドラシオン王子と結婚し、王城に住まうことになっている。


「お前、何考えてんだ?俺のことより自分の将来のこと、もっと考えろよ」
「……考えてはいる。だが、お前のことは別枠だ」
 
 堂々とそう宣うジラルドに、俺は呆れて言葉を失った。ジラルドは昔からこうだ。俺に対して、何故か過保護なところがある。自分の身くらい自分で守れると俺が言っても、聞く耳を持たない。

 正直、心が乱されて、苦しくなる。
「もういい加減……」

 ほっといてくれ、と俺が続けようとした瞬間、演習場に「危ない!!」と切羽詰まったノルドの声が響き渡った。何事かと振り向いた俺が見たものは、こちらに向かって勢いよく飛んでくる長剣。
 その軌道は、俺の顔面に向かって真っ直ぐに伸びていた。

 反射的に避けようとして、俺はピタリと動きを止めた。


 もし、このまま避けてしまえば、俺の横に立っていて、長剣の軌道上にいる幼馴染に直撃してしまうかもしれない。





 それに、俺の顔に傷がつけば。





「馬鹿!!避けろ!!」

 そんな俺の耳に、ジラルドの怒号が響いた。ガキン、という鋭い金属音が辺りに響く。反射的に目を閉じてしまっていた俺は恐る恐る目を開けた。俺が目を瞑っていた間にジラルドが動いて長剣を叩き落としていたようだ。彼が怪我をしている様子はなく、ほっと息を吐く。
 ジラルドは俺を背に庇うようにして立っているため、その表情は窺い知れない。しかし、その背中から伝わる彼の怒りに気が付き、俺の身体は震えた。


「ジラルド、ごめん……助けてくれて、ありがとう」

 俺がなんとか絞り出した言葉に対して、ジラルドは怒りを抑えるように深い溜息を吐いた。その溜息に反応し、ビクッと身体が震えた俺をジラルドがゆっくりと振り返る。その表情は俺が予想したものとは違い、穏やかなものだった。

「……無事ならいい。次は気をつけろよ」
 彼はそう言って、俺の頭をゆっくりと撫でた。俺は無言で首肯する。
 結局、俺はまた彼に守られてしまった。

 


「ルシア様あ!!!!申し訳ありませぇぇん!!すっぽ抜けてしまってええ!!」
 ノルドが真っ青な顔をして、演習場から駆けてくる。どうやら彼が長剣を飛ばしてしまったようだ。
 彼は俺のいる場所に向かってスライディング土下座をかました。


「危ないだろ。一体何やってるんだ」
 ジラルドが俺を庇うように前に立ち、ノルドに厳しく声をかける。

「もっ申し訳ありませぇぇん!!俺っルシア様に怪我させるつもりなんてなくてぇ!」
 ノルドは半泣きでそう叫んでいる。俺はそんな様子に溜息を吐く。確かに飛んできた剣は危なかったけれど……俺は簡単に避けることができたのに。躊躇して自分の身を危険に晒したのは自分自身の責任だ。

「ノルド、私は大丈夫ですから。……もう、剣は投げないくださいね」
 俺が苦笑しながらそう声をかけると、ノルドは「ルシア様ぁ!」と感極まったようにまた土下座をかました。
 ジラルドはそんな様子を苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。    
   



 




 

 この時、俺は忘れていた。
 この演習場は、生徒会室の窓からは丸見えであることを。




 

***


 翌日の放課後、俺はアドラシオン王子に呼ばれた。生徒会室の扉をノックして入室すれば、ソファで一人で寛いでいた王子は、俺の顔を見るなり「久し振りだね、ルシア」と言って微笑んだ。

「……ご無沙汰しております」
 俺は警戒しながら、王子に一礼する。

「そう固くならないでよ」と彼は苦笑するが、俺は警戒を緩めない。だってこの部屋には今、俺と王子以外誰も居ないから。

 王子は微笑んだまま、俺に告げた。




「ルシア、こっちへおいで」


 


 
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