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〚03〛煩わしい支配者とセクハラタイム
しおりを挟む俺とアドラシオン王子は、王立学園に通っている。学園には貴族階級の子弟が多く通い、将来の人脈作りや教養を身につける場として利用されることが多い。
学園内では、学生同士の身分は表向きは考慮されず平等を求められる。爵位や血筋による上下関係はあるものの、入学して2年間の間は生徒全員が同じ扱いだ。これは後々王族の側近になるような人材を育てるための措置であり、無駄な諍いを避けるためでもあった。
「ルシアは学園に通わなくても良かったのに」とアドラシオン王子は言うが、俺はこの学園生活を楽しんでいた。
貴族階級の子弟が多いとはいえ、優秀な平民も通うことができるため、色々と刺激を受けることが出来る。何より同年代の友人ができるというのは貴重な経験だった。ただ、俺の場合、王子の婚約者ということで学園で注目を浴びてしまうのは少々煩わしかった。
ただ一番煩わしいのは、変態エロ王子こと、俺の婚約者であるアドラシオン王子だった。
高等部の二回生となり、王子は生徒会の会長になった。その補佐役として、俺も生徒会に在籍している。
意外なことに王子は仕事ができる人だった。成績も優秀だし、運動神経も良い。その上容姿端麗な王子様だ。性格以外は非の打ち所のない人物だろう。
奴は一度俺に触れてから箍が外れたのか、隙あらばベタベタ触ってくるようになった。城で呼び出した時しか会えなかった以前とは違い、今はその気になれば毎日会えてしまう。というか、生徒会室に呼び出される。
「後は僕とルシアでやっておくよ」
と、何故か他の役員達を帰宅させた後、二人きりで生徒会室に残って作業することも度々あった。
「ルシア、こっちへおいで」
この発言は、セクハラタイムの始まりの合図だ。二人きりのときにしか言われず、周囲に誰かいるときは触れてこないので、一応王子も常識はあるらしい。俺は素直に立ち上がり、手元の書類とともに、彼の方へ移動する。
「あの、殿下。この書類は今日中に仕上げなければいけないもので……」
「ルシア、膝の上に座って」
俺の言葉は無視された。まあいつものことなので、今更怒り狂ったりしない。
「……はい」
諦めて、書類を机に置いて王子の膝の上に座ると、彼はすぐに俺の腰に腕を回してきた。この体勢でしばらく作業をすることになるのだ。正直、全く集中できない。
「ルシア、キスしよ」
いきなり中断である。俺は無駄な抵抗はせずに振り返ると、素直に彼の唇を受け入れた。啄むような軽い口付けを繰り返すうちに舌が入ってきたが、抵抗することなく受け入れることにする。さっさと終わらせて、書類の続きをやりたい。
はじめてキスされた時はショックのあまり泣いてしまったが、今はもう慣れてしまった。王子は俺が恥ずかしがったり、怯えたりすると興奮を覚える変態だと最近分かったので、なるべく無反応を貫くようにしている。
今のところ、服の上から身体を触られたり、口付けられたりする程度なのでなんとか耐えられているが、これ以上行為がエスカレートしたら困るなと思う。その前に、王子が俺に飽きてくれれば一番いいのだが。
「ルシア、僕の言いつけをちゃんと守ってる?身体鍛えたり、剣を振るったりしてない?」
口付けの合間に王子が問いかけてきた。
「はい。してません」
俺はシレッと嘘をつく。
本当は、隠れてめちゃくちゃ鍛えている。剣も毎日振り回してる。筋トレもしまくっている。ムキムキマンになる計画を着々と進めているのだ。
「そう?なんかこの辺筋肉質に……」
王子はそう言いながら、俺の腹の辺りを撫で回し、そのまま胸の辺りまで手を伸ばそうとする。俺は慌ててその手を押さえつけた。
「……申し訳ございません。私は男なので、女性と比べると柔らかさに欠けると思います」
「うーん、でもなんか最近、前と比べて触り心地が違うような……?それに、背も伸びてきたし」
王子は最近の俺に不満があるようだった。俺は遅れてきた成長期を迎えて、身長が一気に伸びた。男性の平均身長よりはまだ低いが、以前のように女の子に間違われることはなくなった。王子はそれが面白くないらしい。
俺は現在の状況にほくそ笑む。このまま最後まで手を出される前に王子の興味を削いで、白い結婚に持ち込めば、俺の勝ちだ。
俺のその考えが甘かったことを、いずれ知ることになるのだが。
***
ジラルドも一応、学園に在籍している。
しかし、彼は騎士科に所属するため学園で会うことはあまりない。そもそも彼は騎士団にも見習いとして出入りしているから、学園に顔を出す時間があるかどうかすら怪しい。
生徒会室からは、学園の演習場がよく見える。剣術の稽古や鍛錬をしている生徒の姿を羨ましく思いながら、俺は窓からよく演習場を眺めていた。俺の場合、王子に禁止されているので、剣術や武術など、武闘派の授業は受けることができないのだ。護身術でさえ禁止だ。
王子によれば、「ルシアの身体に誰かが触れるなんて許せない」らしい。独占欲が強いというより、単純に俺に対する支配欲のようなものを彼は持っているのだろう。
ジラルドは、演習場ではあまり見かけない。それでもたまに見かけると嬉しいし、つい目で追ってしまう。偶然話が出来た日は、1日中気分良く過ごせる。
そのジラルドに、縁談が来ているらしい。俺の親が「おめでたいこと」と喜んで、その話を俺の耳にも入れてきた。彼の顔の傷跡は、彼の結婚の妨げにはならなかった。
とりあえず婚約して、学園を卒業してから結婚らしい。俺と同じだ。
相手はどこぞの侯爵令嬢だとか。なんでも街で暴漢に襲われそうになっていたところを、たまたま通りかかったジラルドに助けられたらしい。それで相手が一目惚れしたとか、なんとか。
何だそれ、である。
俺だって子どもの頃、ジラルドに助けられたことがあるのに、と思った。
……いや、違うな。
彼は、困っている人がいれば、きっと誰であろうと手を差し伸べるだろう。その対象が俺じゃなくたって。
ジラルド本人からは何も聞かされてない。彼から結婚の話をされて、笑顔で「おめでとう」と言える自信がない。相手の女性がどんなに素晴らしい人でも、俺はその人を嫌いになる、絶対に。
ジラルドは、どういう気持ちで俺の婚約報告を聞いていたのだろう。
俺は、自分の想いを自覚している。
***
「ルシア様。今までお世話になりました」
子供の頃から一番近くで俺の世話をしてくれていた執事が、綺麗にお辞儀をしてそう言った。
「……まあ、世話してもらったのは俺の方だと思うけど」
俺は、この執事がいなくなることを寂しく思いながらしんみり答えた。彼は俺が幼いときからずっと俺の側にいて、家族以上に見守ってくれていた人だ。
「言われてみればそうですね」
失礼なことを口走っているのに、彼は穏やかな笑顔のまま答えた。
俺がどんなに怒り狂いながら罵倒しても、いつも彼は「可愛いお顔が台無しですよ」「その顔で睨まないで下さい、まったく怖くないです」と軽く流していた。そんな彼だから、他では見せられない本音を曝け出すこともできたし、それなりに楽しく暮らしてきたのだが。
「どこに転職するんだよ」
「秘密です」
彼はそう言って、悪戯っぽく笑った。俺は思わず頬を膨らませる。
「教えてくれたっていいじゃん」
「うーん、まあ、じゃあ白状しますと、私学校に行くんです。おカネも貯まりましたし」
執事はニコニコしながら教えてくれた。思いがけない回答に、俺は目を瞬かせる。
「え、学校?」
「ええ、魔術師になろうかと。ルシア様には内緒にしてたんですけど、実は副業も少しやってまして」
「お前、魔術なんか使えたの?」
思わず失礼な言い方をしてしまう。執事は気分を害した様子もなく、ただ面白そうに笑っている。
「ていうか、そもそもお前何歳なんだよ。学校行く年齢じゃねえだろ?」
物心ついた頃からずっとそばにいた執事の外見は昔と全く変わらない。彼は濃紺の髪を後ろに撫で付けていて、切れ長のターコイズブルーの瞳が特徴的な整った顔立ちをしていた。顔には皺一つなく、物腰も柔らかで優雅な雰囲気を醸し出している。見た目は若々しく20代の青年にしか見えない。
「ふふふ、まあ詳細はヒ・ミ・ツです」
執事は意味ありげに片目を瞑り、唇に人差し指を当てた。妙に様になっているのが腹立つ。
「本当はルシア様がご結婚されるまではお側を離れたくなかったんですけどね。私、才能が有りすぎるみたいでスカウトされちゃいまして」
「はああ?何言ってんだ、お前」
執事の言動はいつものことだが、今日は特によくわからない。どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、全く判断がつかない。兎に角胡散臭いのだ。
「何歳からでも人生やり直せるって話ですよ。ルシア様も毎日頑張って筋トレしてるじゃないですか。無駄な努力をする姿が可愛らしくて泣けますね」
「……お前、馬鹿にしてるだろ?」
俺は思わず執事を睨みつけた。彼は相変わらず穏やかな笑顔のままだ。
「してませんよ。……ルシア様には、幸せになって欲しいと心から願っています」
執事は微笑みながらそう告げると、俺の頭を優しく撫でた。俺は思わずその手を振り払ったが、彼は気にした様子もない。
「そうそう、ルシア様に贈り物があるんです。そのうち必要になる知識の詰め合わせです」
「何これ」
「指南書です」
俺は執事が差し出した分厚い本を不審げに見つめた。
「かなり詳しく書かれていますが、分からなけれは実践で教えて差し上げます。私の助けが必要になったら、いつでも連絡くださいね」
「……はあ」
意味深な笑みを向けてくる執事に、俺は間の抜けた返事をするしかなかった。よく分からないが、とりあえず受け取っておく。
なお、この書物は後日俺の中で禁書扱いとなるのだが、それはまた別の話だ。
「ではルシア様。お身体には十分気をつけてくださいね。あまり溜め込みすぎないように」
そんな挨拶で締めくくり、執事は俺の前から姿を消したのだった。
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