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【弐】「もう一回」※
しおりを挟む男は硬直してしまっているが、拒否はされていないので遠慮なく唇の隙間から舌を入れ込こんだ。戸惑っている様子はあるが、相手も応えてくれるように舌を絡めてくる。口付けを深くしながら、俺は男の肌へと手を這わせた。そして、下肢へと手を伸ばす。
「アル……待てっ……」
俺の意図に気づいたのか、男は口籠もりながらも慌てた声を上げるが、構わず下衣の中に手を滑り込ませる。熱を持ち始めたそれをやんわりと握ってやれば男の身体が僅かに揺れた。そのままゆるゆると刺激を与えればそれは徐々に硬度を増す。
「グダグダ悩んでんじゃねえよ。お前が罪悪感感じる必要なんてないだろ。『ルシア』は、もう死んだんだ。とっとと忘れろ」
俺は男の耳元で低く囁いた。男は苦しげな表情のまま、俺を見つめてくる。
「っ……、俺は……」
「もう黙れ」
何か言いたげな男の言葉を遮って再びその口を塞ぐ。男は一瞬身体を強ばらせたが、すぐに俺の口付けを受け入れた。そのままゆっくりと男の下衣を剥ぎ取り、直にそれに触れる。手の中でそれが質量を増していくのを感じ、俺は目を細めた。
酒に混ぜた媚薬が効いているのか、男は興奮している。それが分かると俺は安堵すると同時に、自分の下半身にも熱が集まるのを感じた。男のそれはすでに完全に勃ち上がっており、先端から蜜を溢れさせていた。
俺は一旦唇を離して身体を起こし、男の上に跨ったまま自分の下衣を脱ぎ捨てて床に落とした。サイドテーブルの引き出しから小瓶を取り出す。中身は香油だ。男を受け入れる際必要になる。
蓋を開けようと瓶を傾けた俺を見て何を思ったのか、男が俺の手を掴んだ。
「どうした?」
俺は動きを止めて男の顔を覗き込んだ。男は気まずそうな表情をしている。
「いや、その……する、のか?」
「……落ち込んでるみたいだから、慰めてやろうかと。嫌か?」
「そういう訳では……」
男の琥珀色の瞳が揺れている。俺は思わず笑ってしまった。
「買ってくれたんだろ?好きに使えよ」
「違うんだ。そういうつもりでは……」
この状況になってもまだ、男は迷っているようだった。俺相手にこんなに勃たせているくせに、往生際の悪い奴だ。
「ひょっとして、婚約者に申し訳ないとかか?別にこんなのは浮気には入らない。黙っていれば分からない」
「……俺に婚約者はいない」
男は憮然とした表情で呟いた。
俺は小さく笑うと、「それは失礼」と告げた。別に言いつけたり脅したりするつもりはないが、警戒されているのかもしれない。
男は不機嫌な表情のまま俺の手から小瓶を奪い取ると、蓋を開けて自分の手に香油を垂らした。それから俺の手を掴んで引き寄せ、香油を自分の指先に絡める。
「え?」
「掴まってろよ」
男はそう言うと、俺の指を伴って自分の背後に回らせた。それから香油に濡れた手を俺の尻の間に滑らせる。男の武骨な指が後孔に触れてきて、思わず身体が震えた。そのままゆっくり塗り込むように縁をなぞられ、堪らず声を上げそうになる。
「ちょっと待て。自分でやるからっ……」
俺は慌てて男の手を掴んだが、男は俺の訴えを無視しして指先を奥へと進めてきた。そのまま俺の中を拡げるように指を動かし、抜き差しを繰り返す。他人に初めて暴かれる感覚に息を飲む。
「……狭いな。本当にここを使ってるのか?」
男は指を動かしながら、訝しげに呟いた。俺は下唇を噛み締めて、漏れそうになる声を必死に抑えた。
「う、るさいっ……」
俺は顔を背けたまま悪態をつく。
男がその気になってくれたのは嬉しいが、主導権を握られるのは正直怖い。男の前で足を開いて痴態を曝すなんて、想像しただけで死にたくなる。身体の震えが止まらずに、思わず男の首に縋り付いた。
「……大丈夫だ。怖いことはしない」
男はそんな俺の様子に気づいたのか、言い聞かせるように優しく囁き、背中を撫でてくる。その感触に、少しだけ緊張が和らいだ。自分の情けなさに内心舌打ちしながら、顔を顰める。
「痛いか?」
男は気遣わしげに俺の顔を覗き込んで聞いてきた。俺は唇を噛み締めて首を振る。
「アル、噛むな。傷になる」
男は宥めるように俺の頬を撫でると、自分の指を俺の唇に割り入れてきた。無意識に噛み締めていた歯をゆっくりと緩めると、そのまま唇を重ねられ舌を絡め取られる。軽く舌を吸われれば、甘い痺れが下肢にまで広がりそうだった。
「んっ……んん」
男の指に翻弄されているうちに、いつの間にか後孔には男の3本の指が収まっていた。舌で口腔内を嬲られながら、内部をかき混ぜるように動かされ、俺はくぐもった悲鳴を上げる。
「……大丈夫か?」
唇を離すと男が心配そうに声をかけてきた。俺は潤んだ視界で男の琥珀色の瞳を見つめ返した。
「いいからっ、もう早く挿れろ……」
俺は男の肩口に顔を埋めると、消え入りそうな声で懇願した。ここでやめられた方が困るのだ。
男は少し躊躇っているようだったが、やがてゆっくりと指を引き抜くと俺の身体を抱き寄せた。お互いの肌が密着する。そのまま身体を入れ替えるようにして体勢を反転させられ、ベッドに押し倒された。両手をシーツに縫い付けられ、熱を帯びた双眸と視線がぶつかる。
「挿れるぞ」
男はそう宣言すると、その剛直をぬかるんだ入り口に押し当ててきた。男の熱が伝わり思わず身体に力が入るが、覚悟を決めて目を閉じたのも束の間、一気に貫かれた。身体が真っ二つに引き裂かれるような衝撃に、思わず目を見開く。呼吸が止まりそうになったが、男は構わず体重をかけてきた。
「っあ……」
圧迫感に思わず声が漏れるが、男は気にすることなくさらに腰を進めてくる。
「力を抜け」
男は俺の耳元で囁くと、耳朶に軽く歯を立てて甘噛みした。その刺激に思わず身体を揺らせば、中に入った男のものが角度を変えて内壁を抉る。俺は悲鳴を上げて背を仰け反らせたが、男は構わず動き始めた。
「ま、待って……まだキツい……」
「無理だ。待てない」
男は短く答えると俺の足を抱え上げ、膝が肩に当たるほどに折り曲げた。そしてさらに深くまで押し入ってくる。内臓を押し上げられるような苦しさに俺は呻いたが、男は構わず激しく腰を打ち付けてきた。
俺の制止の言葉にも聞く耳を持たず、男はひたすら求めてくる。激しさを増す動きに俺はただただ翻弄されるしかなかった。
「あんっ……くっ……」
何度も突き上げられ、その勢いのまま一番深い所を犯されて嬌声が上がった。あまりの激しさに思わず逃げを打つが、すぐに引き戻されてしまう。そのまま揺さぶられ続け俺は為す術もなく喘いだ。
誘ったのも挿れろと言ったのも確かに自分だが、最初の戸惑いや優しさは何だったのかと恨めしく思う。何なんだ、この男。
生理的な涙で視界が滲んでいく。
「すまない」
男の口から謝罪の言葉が漏れた。謝るくらいならもう少し優しくして欲しい。俺は内心でそう毒づいたが、それは言葉にはならかった。
琥珀色の瞳が俺を捉え、苦しそうに細められる。何故か今にも泣きそうだ。俺の乱れた姿を見つめながら、男は唇を噛み締めた。何かに耐えているようだ。俺は涙を零しながら思わず手を伸ばしたが、それは男によって捕らえられた。そのまま掌に口付けられる。
「……ルシア」
男は俺をそう呼んだ。俺は思わず目を見開き男の琥珀色の瞳を見つめ返した。熱い吐息が頬を掠める。その呼気だけで脳髄まで溶かされそうだった。男の目が更に熱を帯びる。
「……ルシア、約束を、守れなくて……、すまない」
男は懺悔するように言葉を吐き出すと、呆然としている俺に口付けてきた。何度も角度を変えて口付けられながら再び激しく揺さぶられ、次第に俺の意識は曖昧になっていく。
自分が溶けてしまいそうな感覚に包まれながらも、俺は夢中で目の前の男にしがみついた。
「んあっ……ああぁっ……」
俺の中に熱い飛沫が注ぎ込まれる。同時に俺のものからも白濁した液が溢れ出て、腹の上に飛び散った。その感触にすら感じてしまい、俺は小さく身体を震わせる。
男は荒い呼吸を繰り返しながら、俺の中から自身を引き抜いた。その拍子に中に出された精液が溢れ出て足を伝う。再び反応してしまいそうになるが、俺は何とかそれを耐えた。男はそんな俺の様子を見下ろしていたが、やがて俺の隣に横になった。
「……すまない、無理をさせた」
男の指が優しく俺の髪を梳く。その心地良さに俺は目を閉じた。
「……全部、赦してやるから、もう謝るな。人違いだけどな」
「……そうか」
疲れ果てて目を閉じたまま言ってやると、男が小さく笑う気配がした。そのまま腰に手を廻され、引き寄せられる。腕の中に抱き込まれるが、安堵感から身を任せてしまっていた。男から伝わる温もりに幸せを感じてしまうなんて、俺はどうかしている。
「髪を染めているのか?目の色は……同じだな」
男が俺の髪に鼻を擦り付けながら呟いた。誰と比較しているかはすぐに分かった。
目立ちたくないので今は栗毛に染めているが、俺は元々髪は派手な色だ。質問には答えずに男の首に腕を廻してその顔を引き寄せると、自分から口付けた。
「……もう一回」
何となく寂しくなり、唇を尖らせて強請れば、男は苦笑しながらも俺を抱き寄せ「今度は優しくする」と囁いた。
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