ガラス越しの宝石

尾高 太陽

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お祖母様

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 朱雀の隣に立ち、同じように見上げると空洞の上から足音が響いていた。
「、、、助け、ですか?」
 助け。警察でもレスキュー隊でもない助け。
 そして鏡にとって、地獄の〈入り口〉。

 足音は1人。
 しかし歩く速度は遅く、足音とは違う木製の、杖の音がしていた。
(年寄りか?なら、、、)
 逃げられるかもしれない。
 助けが来たという事はおそらく谷に橋が架かっているだろう。
〈もし〉助けが1人で、〈もし〉谷を渡る方法が簡単な橋ならば、朱雀と助けの2人よりも先に橋を渡り、橋を落とせば逃げられる、、、が。
  鏡は大きなため息を吐く。
(そんな〈もし〉は無いか、、、)

 ゆっくりな足音が、地獄の入り口が2人の前で立ち止まる。
「朱雀、無事だったかい?」
 そう声のかけた、少しシワのある緑の着物の女性の髪は、とても美しい物だった。
 しかし、、、。
(緑?)
 その女性の髪は緑だった。

 まるで翡翠のように混じりない翠で、春先の新芽のように優しく、美しい緑。

 その緑に、朱雀の髪を見た時と似た、それでいて少し違った胸の高鳴りを感じていた。
 
「はい、お祖母様。」
「お祖母様!?」
 鏡は思わず声をあげる。
 確かに、朱雀の祖母には見えない若さという事にも驚きはしたが、それ以上に髪の色に驚いていた。
(血が繋がってないのか?いやそれよりも、、、お祖母様、か。)
 「その子は?」
 お祖母様と呼ばれた女性の視線が鏡に移される。
 鏡は朱雀の言葉を思い出す。
 〈それを決めるのはお祖母様だから〉
 朱雀の言い方から、今目の前にいるのは鏡の今後を左右出来るだけの権力者で、それを決めれるという事は朱雀の背後団体でもかなりの権力を持った人物だと予測できた。
 つまり、、、。
(ここで失敗は出来ない。)
「初めまして、自分は多神 鏡と言います。」

 ここまでは出来るだけ愛想よく笑顔を作り。
 そして次。出来るだけ危害の無い事を表情で伝え、それでいて石神が見える事も伝える。
「玄、朱雀さんと同じく、石神を見る事が出来ます。」
 お祖母様と言うには、姓が同じだど思い、名前呼びに言い直す。
(もし機会があれば、これ以外にも必要性がある事をアピールしたいけど。)
 もしお祖母様にとって必要以上の成果を認められれば、後は朱雀の同情を買ってどうにか出来ると、鏡は考えていた。
(まあ今は、、、)

 お祖母様に目を移すと、驚いた顔で鏡を見ていた。
 お祖母様は朱雀に視線で確認を取ると、朱雀は真剣な眼差しで頷いた。
 お祖母様はまた鏡に目線を戻すと、何も言わずじっと鏡の目を見ていた。
(すごい見られてる、、、)
 しばらくすると、お祖母様は手に掛けていた巾着のから1枚の紙を取り出した。
「鏡君、だったね?この紙を見てくれるかい?」
 鏡はお祖母様が手に持ったまま紙を見る。
 紙には赤い文字で〈亀蛇〉と書かれていた。
「かめ?へび?きじゃ?」
 その言葉を聞いて、お祖母様は心底驚いたような顔をしていた。
「フフフ、これはずいぶん大当たりは引いたもんだ。
失礼、私は玄武 縁(げんぶ ゆかり)」
 緑は上を見上げる。
「外はもう安全だ、続きは歩きながら聞くことにしよう。」



 3人は階段を歩きながら説明と質問を繰り返していく。
「なるほど、つまり鏡君はその眼鏡を掛ける事で石神を見る事が出来ると、、、」
「でもお祖母様!鏡君は!」
 縁は手を上げて朱雀を黙らせた。
「さて、2人はこの後の事をどう考えている?」
 この後、それはおそらく必要性が有るか否かの話だろう。
 理想ではここでもうひと押ししたいところだった。
 が、鏡は考えすぎるがゆえに言葉を失ってしまった。
「お祖母様!鏡君は必要だよ、石神が見れなくてもね。」
 朱雀の真剣な顔を見て、縁は小さく笑った。
「2人は何か勘違いをしているようだ。どのような解釈をしたのかは知らないが、何を怯えている?」
 鏡と朱雀は顔を見合わせて頷くと、縁が来るまでの事を話した。

 〈逃げる〉などの部分は裏を合わせずとも理解し合い、あえて〈省略〉した。
 しかしその努力も無駄だったとでも言うように縁は大声で笑った。
「そりゃいい妄想をしたもんだ。だが心配しなくても、殺しやしないし、強制的な監禁もしない。もちろん帰りたいと言うのなら多少の手続きは踏んで貰うが、3週間ほどで帰れるさ。」
 鏡と朱雀は絶句する。
 鏡は、はち切れる程に使っていた頭の電力と回線が急に必要無くなり、まるでスイッチをオフにしたように思考は完全停止した。

「え、え!?お祖母様!?」
 隣で放心している鏡をよそに、朱雀は慌てて縁に問いかける。
「それじゃぁ今まで消えた人達は!?」
「消えた?」
「いや、今までにも鏡君はみたいに石神の秘密を知った人は消えたでしょ!?」

 それは朱雀が〈屋敷〉にいた時の話。
 2、3年に一度のペースで迷い込む〈外の人間〉。その者達はいつもすぐにいなくなってしまう。
 そして、物心つく前からそれを見ていた朱雀は、勝手に消えた、〈消された〉と勘違いしていた。
 また幼い頃からの先入観と言うのは、多少の矛盾や疑問では無くならない。

 縁は少し間を置くと、フッと小さく笑う。
「全く、鏡君も含めて2人の妄想力と言うのは1つの才能と言ったところだ、、、。しかし朱雀?彼らは消えてはいない、〈彼らの意思〉で玄武に残ったんだ。」
「残った?」
 縁は頷く。
「朱雀と彼らは〈屋敷〉が違うからね。彼らは消えたのでは無い。ここに残る事を望んだ者は玄武で働き、帰る事を望んだ者は帰った、ただそれだけだ。」
「、、、」
 朱雀もまた、スイッチをオフにしたように鏡と並んで放心した。



 朱雀はふと現実に引き戻された。
 隣では、鏡がまだどこか遠くを眺めていた。


「つまり、鏡君はここに残る事も出来るし、帰る事も出来るって事?」
 縁は呆れた様子でため息を吐いた。
「そうだと言っているだろう。」
 すると、朱雀はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、まだ現実に戻る予定のない鏡の耳元であるセリフを囁く。
「僕は逃げます。結果的に巻き込まれるのなら、ただ元の生活に戻るため、それだけのために、足掻きます。」
 それは、鏡が朱雀に言ったセリフ。
 その一字一句違わず言われたセリフを聞いていくごとに、鏡は現実に引き戻されていく。
「わけのわからない石神とかいう石とか、惜しいですけど綺麗な髪の女の子とか、全部から逃げて、何があっても元の生活に戻って見せます、かぁ。」
 ニヤニヤと笑う朱雀の横で、鏡は顔を真っ赤にさせていた。
「どう?正気に戻って聞いた自分のセリフは。」
 鏡は顔を手で覆い、うずくまる。
(死にたい。)
 顔が見ずとも、後ろで朱雀と縁の顔がニヤケている事は分かった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
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