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終章 悪役は、幸せになる

37話 襲撃後、裏事情は

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 軍へ「魔道具が暴走した」旨の説明を終え、再び店内へ戻って来たロイクへ、アリサは状況説明を試みた。
 まずマグリブ族を守ろうとした、盗賊団員のナキがラムジを救出するため侵入し、対話で事なきを得た。ところがバジャルドが施していたと思われる呪いを受け、倒れてしまった。
 次に、直接バジャルドが襲ってきて、ラムジがなんとか撃退してくれた、と。

 封印結界は解かれたものの、呪いが深く浸食している様子のバジャルドは、ポーラが敷いた布の上に横たえられ、ラムジが付き添っている。
 一方、隣室で寝かされていたナキは、意識を取り戻したため、ニコが飲み物を与えつつ様子を見ていた。

 オーブリーが呆れ顔で
「ずいぶん派手に暴れたね」
 と魔法杖を片手に室内を歩きまわり、魔法で後片付けをしていくのを眺めながら、ロイクは盛大な溜息を吐いた。
 
「バジャルドが、直接乗り込んできたというのか」
「はい」

 アリサが頷くと、ロイクは部屋の隅を横目でちらりと見た後で、苦々しい顔をしてアリサを見つめた。
 
「……アル。怪我はしていないか」
「この通り大丈夫です」
「本当だな?」

 あまりに疑うので、アリサは雑に被ったウィッグとずれた眼鏡、砂埃にまみれたトーブ姿で、両腕を広げたりくるりと回ったりして見せた。
 
「はあ。大丈夫なようだな。良かった」

 ようやく安心したロイクの様子に、アリサはなんだか気恥ずかしくなる。

「あそこに寝ているのがバジャルドか。元とはいえ魔術師をよく撃退できたものだ」
「えとですね、そのー」
 
 言い淀むアリサの代わりに、床に片膝を突いたままのラムジが、バジャルドから目を離さないまま口を開く。
 
「オレが力でねじ伏せた。あと、商会長は悪くねえ。こいつはオレを追いかけてきたんだ」
「本当に血縁関係があったということか」
「ああ。バジャルドの肩にオレのと同じ文様がある。オレの兄だと言っていた」
「なんだと!」
 
 さすがに驚いた様子のロイクを、ラムジは首だけで振り返った。

「重罪人なんだろう? 兄ちゃんを捕まえるなら、オレも一緒に」
「そんな簡単な話じゃない。下手をすれば」
「分かってる。斬首になるとしても、一緒に償うって誓ったから」 

 ロイクの眉間には、みるみる深い皺ができる。
 
「今後のことは、一晩考えてみよう。その代わり、絶対に逃がすなよ」
「わかっている」

 ラムジが強く頷くのに頷き返したロイクが、再度アリサを見つめた。
 
「アル。この店の外は、念のためクアドラド軍が見張っている。身柄を移すのは無理だ。ラムジとニコに任せて平気か?」
「はい。バジャルドもナキも消耗しています。拘束してカギをかければ、十分でしょう」
「なら、俺とポーラとアルは王宮へ戻るぞ。良いな?」

 ニコが、手を挙げて『了解』の意志を示すと、オーブリーがポーラをエスコートしながら、憮然と告げた。

「あの服。また僕の真似してたんでしょ。腹立つー」

 それを聞いたポーラが、くすくすと笑う。
 
「オーブリー様、大丈夫ですよ。全然似てませんでした」
「ほんと? ポーラ」
「はい。仕草ですぐ分かりました」

 照れるオーブリーを見ているうちに、アリサはどんどん眠くなり――

「おい、アル!?」

 ふらりと倒れかかったのを、ロイクに抱きかかえられた時には既に意識を失っていた。
 そのまま横抱きにされて馬車に乗せられたのだが、本人は知る由もない。しかも、馬車の中でポーラが
「アル様、ロイク様の顔を見て安心されたのですね」
 と無邪気に微笑んだのを、ロイクはうっかり喜んでしまい――アリサにしようとしていた説教のほとんどを忘れた。

 ◇
 
 翌日の午後、王宮の一室に呼び出されたロイクは、背後にオーブリーとアリサを伴って、ぐちぐちと止まらないサマーフの嫌味を全身で受け止めていた。
 
「ヨロズ商会で事故が起きたと聞いたが?」
「は。スークで手に入れた怪しげな魔道具が暴走したようです」
「全く人騒がせな……大事に至っておらぬなら、良いが」
「不問に付していただき、感謝申し上げます」
「ああ。ハキーカ。陛下へは貴様が報告せよ」
おおせのままに」

 アリサは、王宮魔術師であるハキーカの強い視線に、必死で気づかないふりをしている。
 魔道具選定係として、王宮に入れる資格を与えてくれた恩を、仇で返してしまったことは重々承知している。が、やむをえまいと心の中で必死に言い訳をしていた。
 
「それで? いつから開店できるのだ。商人が痺れを切らしているぞ」
「……恐れながら殿下。砂漠の治安についてはいかがされますか」
「軍を配備する」

 一時的にはしのげるかもしれないが、根本解決ではない、とアリサは奥歯を噛みしめる。だが、一介の商会長という立場では何の発言力も権限もない。戯れに、サマーフからは直接会話しても良いと言われたが、男装することでようやくこの場に立てているに過ぎないのは変わらない。
 
 この国の貧困や差別問題は、特権階級から見えづらい。薬物の蔓延で広がった政情不安と、様々な強盗団による治安の悪化もある。
 政治が機能していない今の状況を、どうすれば伝えられるのだろうかとアリサは必死に考えている。

「ロイク。店が決まり、織物貿易の約定やくじょうも交わした。あと何が必要だ」
「国同士としては、十分でございましょう。ただ」
「ただ、なんだ」

 発言を躊躇ためらうロイクに、サマーフは続けろと目だけで促す。
 しばらく無言の攻防があった後で、観念したとばかりにロイクは口を開いた。

「殿下の友人としての、私の個人的な見解ですが。思っている以上に、クアドラド王国の問題は根深いように思えます」
「なんの問題だ」
「王国民の貧困状態が、あまりにも深刻ではと。高価な織物を運ぶ我々のことが知られたらと考えると、いついかなる時も襲撃に備えなければならない。商隊キャラバンは、想定以上に命がけとなることでしょう」
「軍を配備すると言っただろう!」
「……は」
 
 激高するサマーフに対して、ロイクは軽く頭を下げるに留めた。
 王宮から、盗賊だらけの砂漠の状況はなかなか想像がつかないものだろう。当然、スリだらけのスークを知ることもない。ましてやマグリブという絶滅寸前の小さな部族についてなど、バジャルドのことがなければ気にもかけなかったに違いない。

(そっか……バジャルドは自分たちの苦しみを、知ってもらいたかったんだ。犯罪を正当化するなんて許されない。けど、訴えたい気持ちは分かっちゃったな)
 
 王太子という立場では、知らずとも当然だとアリサも分かってはいる。細かな市況や治安まで把握し、さらに歩み寄ろうとするロイクの方が、なのだ。

(ロイク様って、やっぱりすごい……)
 
 ビジネスのパートナーとしても、トリベール侯爵次期当主としても、これ以上ない人なのではないか、とロイクの横顔を見上げた。
 そうして素晴らしい人だと思う度に――胸がドキドキと高鳴る気がする。

「どうした、アル?」

 気づくと、水色の目が心配そうにアリサを覗き込んでいた。

「あっ、いえ。ハキーカ様のお説教、怖いな~って思ってしまってハハハハ」

 眉尻を下げるロイクの肩越しに、王宮魔術師がいたずらっぽく笑う。
 
「ふふ。そうですね。これからじっくり、お説教します」
「うっ」

 サラサラと衣擦れの音をさせ、白ローブ姿のハキーカはサマーフへ向かってうやうやしく礼をする。
 
「殿下。盗賊団ガジ及びバジャルドの件。そしてヨロズ商会との貿易の件。私めに委任いただけたとの理解でよろしいでしょうか」
「ああ」
「かしこまりました。では然るべき調査を終え次第、殿下への報告、それから陛下への報告ををさせていただきます。そののちに、軍への通達も行います」
「そのようにせよ。いいか、ハキーカ。バジャルドの名を貴様が塗り替えろ。そのために任せている」
「ハッ」
 
 深々と臣下の礼を執った後で、厳しい表情になったハキーカが、アリサを別室へと促した。
 ロイクもアリサの背を追うように体の向きを変えるが、サマーフに「ロイクは残れ」と言われる。オーブリーが「僕がついていくから」とアリサの背後へ付き従った。

「ちょっと歩きますよ」
 ハキーカは、王太子と謁見した部屋から出ながら意味深に微笑む。
「内緒話ができる場所へ。ね」
「……」

 アリサの胸の内を、不安感が満たしていく。
 
(一体、どこまで把握されているのだろうか。私の正体? バジャルドが現れたこと? 全部知られていると想定した方が良いか……)

 アリサは、最高級素材である白絹、しかも贅沢な金糸で彩られたクアドラド王国王宮魔術師の背中を見つめてみるが、当然その中身は読めない。
 
 三人は、中庭の白砂の上に設置された大きな噴水が奏でる水音を聴きつつ、開放的な砂漠の王宮内の回廊を無言で歩いていく――
 
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