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終章 悪役は、幸せになる

35話 元王宮魔術師の、願い

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「女神テラに思い込まされたって、どういうこと?」

 アリサが頭上のディリティリオに尋ねると、ぽふんと頭頂に顎を置く感触があった。

『ん~? 言葉通りだよ。魔力なんてなくて、道具作れるだけ。けど自分たちこそが闇魔法使いと思い込んで、黒魔女を憎んだ』

 その間バジャルドはひたすらに何かを唱え続けていて、ついに魔法の名前を叫んだ。
 
イエーナ呪いッ!」

 前に突き出したバジャルドの腕は、ところどころが紫に変色している。呪いが着実に侵食している証拠だ、と目で確認しながら、アリサは淡々と闇魔法を唱えた。

アブソーバー吸収

 バジャルドの呪いは、アリサが発した黒い霧に吸い込まれ消えていく。だが、バジャルドはめげなかった。

「まだまだ!」
『イヒヒ~、それ以上使ったら危ないヨ~』
「うるさい!」

 ディリティリオの静止を聞かず、バジャルドは両手を前に出すようにし、空中で大きな黒い球状の塊を錬成しはじめる。それは周囲の空気を黒く染めながらぐるぐると渦巻き、闇の力を集めている気配がする。

『あーあ。ねえアリサ、このままだと死んじゃうけど、どーする?』
「なんとかして、止めないと」
「おい、死ぬってどういうことだ!」

 驚くラムジに、ディリティリオはのほほんと応えた。
 
『見たらわかるでしょ。マグリブは闇魔法使いが滅ぼしたんじゃない。ああやって自分で滅んだんだ』

 ラムジが、ハッとする。

「まさか……闇魔法の使い過ぎ……?」
『せいか~い。最後のひとりは、賢いみたいだね~。イヒヒ~』

 アリサは、バジャルドにも聞こえるように説明する。

「闇魔法は、生命力を使うわ。いくら道具で補ったとしても、生来の素質がなければ命を削る。こんなの自殺行為よ」

 魔力を補うのに、髪の毛や爪、血などを使うディリティリオを見れば、一目瞭然である。
 
「ふんっ。僕は偉大なる王宮魔術師だから! 平気なんだ!」

 バジャルドが恍惚とした表情で、両手の中の黒い塊を手放すと、ふわりと浮かんで天井付近を漂う。
 たちまちキャビネットにはめこまれたガラス扉がガチャガチャ音を立てはじめ、テーブルや机の上に置いてあった書類が舞い上がり、椅子が勝手に動く。

「なん、なんだ……」

 愕然とするラムジに向かってニコが叫ぶ。
 
「ラムジ! ナキをこっちへ運べ!」
「お、おう」

 ニコの先導でナキを抱えたラムジが隣室へ退避する一方で、ポーラはなぜかバジャルドを見つめて立っている。両腕の中に抱きしめるように、聖水の入った小瓶を持って。
 
「なんて、可哀想な人」

 ポーラの言葉が耳に届いたのだろう、バジャルドは両腕を広げたまま、口の端を歪めた。
 
 天井の黒い塊はぐるぐる回転しながら周囲の空気を絡めとり、舞い上がった紙や雑貨などを吸い込んでいく。
 アリサは、ディリティリオに再び尋ねた。

「ちょっとディリティリオ、あれってまさか」
『闇の究極魔法~』
「消滅の魔法ってこと!?」
『うん。ルーイン全てを無にだねえ』
「周辺住民を避難させないと!」
『ん~? あんなのじゃ世界滅亡なんてしないよ? せいぜいこの店が消滅するぐらい』
「十分大ごとっ!」

 ルーインとは全てを無に帰する魔法で、命も物も等しく吸い込み続けるまさにブラックホールである。
 バジャルドとの対決に備えてきたアリサは、聖水の他にも対抗手段を色々と講じていたが、さすがに究極魔法は想定外だった。
 
(無効化するには? 抵抗でもいい!)

 アリサがニコとラムジに、周辺の避難を促すよう頼むとふたりは店から出て「逃げろ!」と叫び始めた。
 ポーラは、バジャルドに語り掛ける。

「あなたは、何がしたいの?」
「すべて、なくす!」
「弟さんに会えたのに?」
「弟なんて、いない」
「ラムジさんは?」
「……? 僕は……だれ……?」
「顔を変えすぎて、自分が誰か分からなくなっちゃったのね」

 ぶるぶると唇を震わせるバジャルドへ、ポーラはさらに近づこうとする。
 戻って来たニコが、走ってポーラの二の腕を掴んだ。

「なに考えてんだ!」
 
 腕を掴み引きずるようにして隣室へ連れていこうとするニコに抗いながら、ポーラはバジャルドへ振り返る。
 
「放して、ニコ」
「避難しろ! アル様の邪魔になる!」
「放っておけない」
 
 未だにオーブリーの姿のままであるバジャルドから、ポーラは目を逸らさない。
 
「同情してどうする!?」
「同情じゃないわ」
 
 ニコの手を振り払おうと必死に腕を振りながら、ポーラはバジャルドへ訴える。

「羨ましいから、オーブリー様の格好をするんでしょう? オーブリー様には、魔法使いとしての地位があるから」
「うるさい」
「どんなにすごい魔道具を作っても。薬物で、偉い人たちを苦しめても。あなたは、何者にもなれなかった」
「ちがう! 僕は、王宮魔術師だ!」

 たちまちポーラは、切なそうに眉根を寄せる。
 
「ハキーカ様に聞きました。呪いで有力者たちを脅して得た地位で、王太子殿下を引きずり降ろそうとしたあなたを、この国の誰もが捕まえようとしていると」

 事情聴取の後でアリサも聞いた、事実である。
 
「うるさいな! 弟が王子になりたいって言ってたんだからさあ! 兄としてそんぐらいっ!」

 支離滅裂なバジャルドの発言に、アリサが疑問を呈する。
 
「弟なんていないんじゃなかったの?」
「いない!」
「王子になりたいのは誰?」
「王子なんか、引きずり下ろす!」

 頭上のディリティリオが『壊れかけてる~』と呟く。
 話している間にも、天井近くに浮いている黒い霧上の渦は、どんどん勢力を増している。開店準備中で、重要書類がなかったのが不幸中の幸いだとアリサは思った。
 
 今度はラムジが、ポーラの肩をそっと抱き寄せる。

「……なあ。ありがとな。兄貴に言葉をかけてくれて」
「ラムジさ……」
「居場所失って、自我も失ってんだな。オレと交代してくれないか? それ、割れたら大変だしよ」

 ポーラは大事に抱えていた聖水に目をやるとようやく素直に頷き、ニコと共に隣室へと入っていく。
 こうなればどこにいても同じかもしれないが、とアリサは思いつつ、打開策がないことに苛立っていた。
 
「消滅魔法を打ち消すなんて、それこそ聖女の祈りとかじゃないと……まったくもう、これも太陽の女神テラの試練てこと!?」

 怒りのまま吐き出したアリサに、ラムジが苦笑いしながら指さすのは、魔道具のペンダントだ。

「オレのこれが、それこそ太陽ならなあ」

 首に下げられた、黄金の太陽の中にはめ込まれたレッドカーネリアンという石が、輝いて見える。

「ま、兄貴がやっちまったってんなら……弟のオレが責任取るのも、悪かねえわな」
「ラムジさん!?」
「なあ。仲間のこと、頼むぜ」

 顔中をくしゃりと歪めて笑ったラムジが、突然走り出して、バジャルドを真正面から抱きしめた。

「!?」
「オレが、一緒に逝ってやるから……兄ちゃん」
「はな、せ! はなせ! おまえ、だれっ」
「忘れんなよ。コレくれたの、兄ちゃんなんだろう? ああきっと、マグリブなんかに囚われるなって意味かあ。太陽の証みたいだもんな!」

 アリサは、ハッとする。
 長年顔を変え続けられるような魔道具でしかも、ハキーカが「なかなか強固」と言っていたほどの力であれば。

「それ! 封印に使えるかもしれないっ!」
「よーし。んじゃオレ、放さねえから。やっちゃってくれ」
「でも、ラムジさんが!!」
「いーって、いーって。オレが誰なのか分かった。それだけで十分!」
 
 ところが、バジャルドは――ブチッとラムジの首にあるペンダントを取って、するりと身をひるがえし、部屋の隅へと逃げた。

「あ、おい!」

 慌てて追いかけるラムジの足へ向かって、バジャルドが何かの魔法を唱えると、途端に身動きが取れなくなった。

「くそ!」
ディスペル解除!」

 アリサがラムジにかけられた魔法を解いた隙に、バジャルドはペンダントを持った右手を宙に掲げ、闇の塊を自身へと呼び寄せる。

「バジャルド!?」
「兄ちゃん!」

 闇が近づくにつれ、真っ黒な髪を細かく編んだコーンロウと褐色肌で、細い目をした、華奢な男性が現れた。おそらくそれこそがバジャルドの真の姿であり、変身の魔術が消滅したのだろう、とアリサはそれを見て身震いをする。ルーインの威力が本物だと分かったからだ。

「ふふ。やっと気づいたよ。僕は僕を――消したかった」
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