39 / 45
終章 悪役は、幸せになる
35話 元王宮魔術師の、願い
しおりを挟む「女神テラに思い込まされたって、どういうこと?」
アリサが頭上のディリティリオに尋ねると、ぽふんと頭頂に顎を置く感触があった。
『ん~? 言葉通りだよ。魔力なんてなくて、道具作れるだけ。けど自分たちこそが闇魔法使いと思い込んで、黒魔女を憎んだ』
その間バジャルドはひたすらに何かを唱え続けていて、ついに魔法の名前を叫んだ。
「イエーナッ!」
前に突き出したバジャルドの腕は、ところどころが紫に変色している。呪いが着実に侵食している証拠だ、と目で確認しながら、アリサは淡々と闇魔法を唱えた。
「アブソーバー」
バジャルドの呪いは、アリサが発した黒い霧に吸い込まれ消えていく。だが、バジャルドはめげなかった。
「まだまだ!」
『イヒヒ~、それ以上使ったら危ないヨ~』
「うるさい!」
ディリティリオの静止を聞かず、バジャルドは両手を前に出すようにし、空中で大きな黒い球状の塊を錬成しはじめる。それは周囲の空気を黒く染めながらぐるぐると渦巻き、闇の力を集めている気配がする。
『あーあ。ねえアリサ、このままだと死んじゃうけど、どーする?』
「なんとかして、止めないと」
「おい、死ぬってどういうことだ!」
驚くラムジに、ディリティリオはのほほんと応えた。
『見たらわかるでしょ。マグリブは闇魔法使いが滅ぼしたんじゃない。ああやって自分で滅んだんだ』
ラムジが、ハッとする。
「まさか……闇魔法の使い過ぎ……?」
『せいか~い。最後のひとりは、賢いみたいだね~。イヒヒ~』
アリサは、バジャルドにも聞こえるように説明する。
「闇魔法は、生命力を使うわ。いくら道具で補ったとしても、生来の素質がなければ命を削る。こんなの自殺行為よ」
魔力を補うのに、髪の毛や爪、血などを使うディリティリオを見れば、一目瞭然である。
「ふんっ。僕は偉大なる王宮魔術師だから! 平気なんだ!」
バジャルドが恍惚とした表情で、両手の中の黒い塊を手放すと、ふわりと浮かんで天井付近を漂う。
たちまちキャビネットにはめこまれたガラス扉がガチャガチャ音を立てはじめ、テーブルや机の上に置いてあった書類が舞い上がり、椅子が勝手に動く。
「なん、なんだ……」
愕然とするラムジに向かってニコが叫ぶ。
「ラムジ! ナキをこっちへ運べ!」
「お、おう」
ニコの先導でナキを抱えたラムジが隣室へ退避する一方で、ポーラはなぜかバジャルドを見つめて立っている。両腕の中に抱きしめるように、聖水の入った小瓶を持って。
「なんて、可哀想な人」
ポーラの言葉が耳に届いたのだろう、バジャルドは両腕を広げたまま、口の端を歪めた。
天井の黒い塊はぐるぐる回転しながら周囲の空気を絡めとり、舞い上がった紙や雑貨などを吸い込んでいく。
アリサは、ディリティリオに再び尋ねた。
「ちょっとディリティリオ、あれってまさか」
『闇の究極魔法~』
「消滅の魔法ってこと!?」
『うん。ルーインだねえ』
「周辺住民を避難させないと!」
『ん~? あんなのじゃ世界滅亡なんてしないよ? せいぜいこの店が消滅するぐらい』
「十分大ごとっ!」
ルーインとは全てを無に帰する魔法で、命も物も等しく吸い込み続けるまさにブラックホールである。
バジャルドとの対決に備えてきたアリサは、聖水の他にも対抗手段を色々と講じていたが、さすがに究極魔法は想定外だった。
(無効化するには? 抵抗でもいい!)
アリサがニコとラムジに、周辺の避難を促すよう頼むとふたりは店から出て「逃げろ!」と叫び始めた。
ポーラは、バジャルドに語り掛ける。
「あなたは、何がしたいの?」
「すべて、なくす!」
「弟さんに会えたのに?」
「弟なんて、いない」
「ラムジさんは?」
「……? 僕は……だれ……?」
「顔を変えすぎて、自分が誰か分からなくなっちゃったのね」
ぶるぶると唇を震わせるバジャルドへ、ポーラはさらに近づこうとする。
戻って来たニコが、走ってポーラの二の腕を掴んだ。
「なに考えてんだ!」
腕を掴み引きずるようにして隣室へ連れていこうとするニコに抗いながら、ポーラはバジャルドへ振り返る。
「放して、ニコ」
「避難しろ! アル様の邪魔になる!」
「放っておけない」
未だにオーブリーの姿のままであるバジャルドから、ポーラは目を逸らさない。
「同情してどうする!?」
「同情じゃないわ」
ニコの手を振り払おうと必死に腕を振りながら、ポーラはバジャルドへ訴える。
「羨ましいから、オーブリー様の格好をするんでしょう? オーブリー様には、魔法使いとしての地位があるから」
「うるさい」
「どんなにすごい魔道具を作っても。薬物で、偉い人たちを苦しめても。あなたは、何者にもなれなかった」
「ちがう! 僕は、王宮魔術師だ!」
たちまちポーラは、切なそうに眉根を寄せる。
「ハキーカ様に聞きました。呪いで有力者たちを脅して得た地位で、王太子殿下を引きずり降ろそうとしたあなたを、この国の誰もが捕まえようとしていると」
事情聴取の後でアリサも聞いた、事実である。
「うるさいな! 弟が王子になりたいって言ってたんだからさあ! 兄としてそんぐらいっ!」
支離滅裂なバジャルドの発言に、アリサが疑問を呈する。
「弟なんていないんじゃなかったの?」
「いない!」
「王子になりたいのは誰?」
「王子なんか、引きずり下ろす!」
頭上のディリティリオが『壊れかけてる~』と呟く。
話している間にも、天井近くに浮いている黒い霧上の渦は、どんどん勢力を増している。開店準備中で、重要書類がなかったのが不幸中の幸いだとアリサは思った。
今度はラムジが、ポーラの肩をそっと抱き寄せる。
「……なあ。ありがとな。兄貴に言葉をかけてくれて」
「ラムジさ……」
「居場所失って、自我も失ってんだな。オレと交代してくれないか? それ、割れたら大変だしよ」
ポーラは大事に抱えていた聖水に目をやるとようやく素直に頷き、ニコと共に隣室へと入っていく。
こうなればどこにいても同じかもしれないが、とアリサは思いつつ、打開策がないことに苛立っていた。
「消滅魔法を打ち消すなんて、それこそ聖女の祈りとかじゃないと……まったくもう、これも太陽の女神テラの試練てこと!?」
怒りのまま吐き出したアリサに、ラムジが苦笑いしながら指さすのは、魔道具のペンダントだ。
「オレのこれが、それこそ太陽ならなあ」
首に下げられた、黄金の太陽の中にはめ込まれたレッドカーネリアンという石が、輝いて見える。
「ま、兄貴がやっちまったってんなら……弟のオレが責任取るのも、悪かねえわな」
「ラムジさん!?」
「なあ。仲間のこと、頼むぜ」
顔中をくしゃりと歪めて笑ったラムジが、突然走り出して、バジャルドを真正面から抱きしめた。
「!?」
「オレが、一緒に逝ってやるから……兄ちゃん」
「はな、せ! はなせ! おまえ、だれっ」
「忘れんなよ。コレくれたの、兄ちゃんなんだろう? ああきっと、マグリブなんかに囚われるなって意味かあ。太陽の証みたいだもんな!」
アリサは、ハッとする。
長年顔を変え続けられるような魔道具でしかも、ハキーカが「なかなか強固」と言っていたほどの力であれば。
「それ! 封印に使えるかもしれないっ!」
「よーし。んじゃオレ、放さねえから。やっちゃってくれ」
「でも、ラムジさんが!!」
「いーって、いーって。オレが誰なのか分かった。それだけで十分!」
ところが、バジャルドは――ブチッとラムジの首にあるペンダントを取って、するりと身を翻し、部屋の隅へと逃げた。
「あ、おい!」
慌てて追いかけるラムジの足へ向かって、バジャルドが何かの魔法を唱えると、途端に身動きが取れなくなった。
「くそ!」
「ディスペル!」
アリサがラムジにかけられた魔法を解いた隙に、バジャルドはペンダントを持った右手を宙に掲げ、闇の塊を自身へと呼び寄せる。
「バジャルド!?」
「兄ちゃん!」
闇が近づくにつれ、真っ黒な髪を細かく編んだコーンロウと褐色肌で、細い目をした、華奢な男性が現れた。おそらくそれこそがバジャルドの真の姿であり、変身の魔術が消滅したのだろう、とアリサはそれを見て身震いをする。ルーインの威力が本物だと分かったからだ。
「ふふ。やっと気づいたよ。僕は僕を――消したかった」
22
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
わたしの婚約者の好きな人
風見ゆうみ
恋愛
わたし、アザレア・ミノン伯爵令嬢には、2つ年上のビトイ・ノーマン伯爵令息という婚約者がいる。
彼は、昔からわたしのお姉様が好きだった。
お姉様が既婚者になった今でも…。
そんなある日、仕事の出張先で義兄が事故にあい、その地で入院する為、邸にしばらく帰れなくなってしまった。
その間、実家に帰ってきたお姉様を目当てに、ビトイはやって来た。
拒んでいるふりをしながらも、まんざらでもない、お姉様。
そして、わたしは見たくもないものを見てしまう――
※史実とは関係なく、設定もゆるく、ご都合主義です。ご了承ください。
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる