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第三章 悪役は、華麗に抵抗する
23話 婚約の条件
しおりを挟むアリサの証言で、バジャルドの身体的特徴を含めた手配書がラブレー王国と、クアドラド王国の両方に配られることになった。
「まさか、素顔を見ていたとはな……!」
お陰でクアドラド王太子サマーフが、アリサを国へ連れ帰ると言って聞かず、ロイクと軽く争いが勃発しかけた。
呆れたアリサは、キッパリと断る。
「この国を離れる気は、ございません」
「欲しいものはなんでも与える! 地位も、財産も!」
「いりません」
「そこをなんとか」
「しつこい」
じわじわ足元から黒い霧を出してみるも、サマーフがそれにすら感動してしまったので、移動魔法で消えることにした。行き先はもちろん――
「うお?」
「ホルガー様。また匿ってください」
「いいけどよぉ」
決まって、ホルガーの研究室だ。移動の魔法陣を敷かせてもらったのである。
「その代わり、ディリティリオに聞きてぇことがある」
『はいはーい』
「アリサ嬢の魔力でなくとも、補充できんのか?」
『うーんと、美味しかったらネ?』
「美味しいの基準は、なんだ?」
『ほるがーのは、クセ強いからヤダ』
「あんだよ!!」
『イヒヒ~』
「はああ。それはそうとアリサ嬢、そろそろロイクに耳貸してやれ」
「わたくしの意思も確認せず、外堀を埋めるような人に貸す耳はないですわよ。まさか、仲裁を頼まれたんですの?」
「頼まれてねえよ!」
ジト目で見つめると、ホルガーはバツが悪そうに後ろ頭をがりがり掻く。
「ただの、儂のお節介だ」
「どんなお節介ですの?」
「ただのジジイの独り言と思え」
「はい」
「自分で言うのもなんだが、儂は膨大な魔力量と知識を持っててな。しかもメシ食うのも忘れるぐらい魔法研究に没頭する」
「はい」
「だから、こう見えて二百歳だ」
「え!」
目をまん丸くするアリサに、ホルガーはハハッと無精髭を撫でながら笑う。
「森の中でひとりでいたなら、気楽だったんだけどよ。色々見てきて、人間はひとりで居たらダメなんだと分かった。誰かと記憶や知識や価値観を共有してから死んでいかないと、悪いものになって巡る」
「悪い、もの?」
「ディリティリオみたいな奴さ」
「ええっ!」
『オイラ~?』
「テラのことをどう思う」
「っ、正直、愛の女神ってことには疑問を感じます」
「だろうな。だが愛と憎悪は背中合わせ。だろ? とことん愛して憎んだから、黒魔女を手元に置いておきたいんだろうよ」
ホルガーの瞳が、黒く光った気がする。
「なんとなく、分かるような……?」
「おう。んで、黒魔女は必ず孤独になる」
悲しそうな顔で笑うホルガーは、アリサを通してはるか過去を見つめている。
「ロイクは、良い奴だ。だからあいつが黒魔女と添い遂げる覚悟をしたんなら、応援してやりたい。それだけだ……すまんな、勝手に」
ぎゅ、とアリサの胸が痛んだ。
ホルガーの気持ちが、嬉しい。
必ず孤独になるという未来が、怖い。
「お前さんから見たロイクはどうだ? 商会長として、深く接してきただろう。せめてそれで判断してやれ」
「良い、方だと……思いますわ。でも、あえてわたくしのような……その、茨の道を選ばずとも……」
モゴモゴ話すアリサを見たホルガーは、なあんだ、と大きく息を吐いた。
「なら、お得意の商談にすりゃあいい」
「あっ」
「どの道、ヴァラン公爵家から逃げんのは無理だ。なら、条件とかつけて話進めりゃ良いだろ。そういうの得意だろ?」
「そうします!」
ようやく明るい顔になったアリサに、ホルガーは「儂の弟子になる話も、考えておけよ」と笑った。
◇
「条件?」
春になり学院が再開した頃、アリサはようやく意を決して、王宮にある宰相補佐官執務室を訪れていた。
卒業パーティであるプロムまであと三十日ほど。卒業予定者が学院へ通うことはもうほとんどなく、いるとすれば補講を受ける者や退寮準備をする者、友人たちとの気軽な会話を楽しむ者、などだけだ。
アリサは当然、ヴァラン公爵家のタウンハウスから、学院寮へ戻っていた。つまり退寮手続きをしなければならない。
切羽詰まってきたので。致し方なく。背水の陣……と心の中で様々な言い訳を展開している。
そんなアリサを、相変わらずの冷たいアクアマリンの瞳で迎えるロイクはロイクで、非常に忙しい日々を送っていた。
投獄されたハルトムートに代わって、法務大臣が宰相を兼務することになった。引き継ぎもままならないため、ほぼロイクが行う羽目になっている。
ジョクス伯爵家廃爵のための根回しや手続き。トリベール侯爵家への打診。
それと並行してクアドラド協定のサポートや、フォクト辺境伯への礼、バルナバスと共同での騎士団の再配備案策定。
まともに寝ておらず、あまりにも忙しすぎてアルが無事であったことを知っても会いに行く余裕すらなく、手紙のやり取りだけ。『ヨロズ商会』のことはオーブリーに任せっきりになっている。
「はい。勝手ながら、ロイク様との婚約を承諾するにあたり、わたくしの提示する条件にご同意いただきたいのです」
応接テーブルに、書いてきたであろう書類を広げるアリサの仕草に、ロイクは既視感を覚えた。
「っ? ああ。とりあえず聞こう」
「ありがたく存じます。まず、ひとつめは――白い結婚を望みます。もし後継が欲しければ、第二夫人を娶ってくださいませ」
「は?」
ロイクは眉間に皺を寄せ、思わず額に手を当てた。
「次に、トリベール侯爵家の復興については、わたくしの意見も取り入れていただきたいですわ」
「ご令嬢……夫人が意見するなど聞いたことがない」
「ええ。表向きはロイク様ということで構いません」
「っ」
「みっつめ。別居婚願います」
「別居婚、とは?」
「ロイク様は、こちらのタウンハウスにお住いを。わたくしは、トリベールの実家に住みます」
ロイクの頭痛が酷くなる。
「よっつめ」
「……まだあるのか」
「これで最後です。トリベール侯爵家並びにジョクス領が問題なく再興した暁には……」
「暁には?」
「……離縁いただきたいです」
ついにロイクは、机に両肘を突いて頭を抱える。
「あの、ロイク様に不利益は生じさせておりません」
「不利益などはどうでも良い。これらの条件を提示した、その理由をお聞かせ願いたい」
アリサは、下唇をギュッと噛み締めた。
「あなた様は、将来宰相になるべき、大変優秀なお方です。しかも王族の血を引く、由緒正しいヴァラン公爵家の」
「長い。簡潔に言え」
「……巻き込みたくないです」
「巻き込む、とは」
「わたくしは、黒魔女です」
「ご自身をそのように卑下するような」
「事実です!」
ロイクは、ハッと息を止める。
目の前のアリサが、魔力を高めてディリティリオを起こしたからだ。
「サマーフ殿下には申し上げておりませんが。わたくしはバジャルドにある種の呪いを施しました」
「!!」
「あやつがわたくしに近づくと、そこに居るということが分かります……わたくしは、バジャルドを許す気はございません。黒魔女と魔術師の戦いに、由緒正しいヴァラン公爵家を巻き込むわけには」
「俺は、トリベール侯爵家に入るのだ。ヴァランとしてではなく」
「そんなの、ただの手続きに過ぎませんわ」
アリサは、悲しそうな顔をする。
それを見たロイクの胸は、逆に高なった。ふ、と頬の力が緩む。普通はどうでも良い存在に対して、ここまで心を割いたりしない。ロイク個人へというより、知人のためぐらいのものではあっても、アリサの愛情の深さを感じることはできた。
「やれやれ、頑固だな」
今はそれでよしとしよう、とロイクは眉間に力を入れる。
「一方的な要望ではつまらん。俺からも条件を付けたい」
「なんでしょうか」
「住む場所については、却下。お互いの状況把握に支障が出ると、貴族同士の交流もままならん。政治的理由だ。代わりに離れを用意する」
「……はい」
「それから、この協定に無効要件を付けよう」
「え?」
「トリベール並びにジョクスの再興、もしくは、バジャルドの確保。どちらが早いか勝負だ。再興が早かったら、契約は破棄」
「は?」
にやりとロイクは笑う。
「非常に困難なことだからな。褒美は欲しい。だろう?」
「ほ、うび?」
「気にするな。そうだな……俺との勝負と思ってくれたら、それで良い」
「勝負?」
「うむ。燃えるな」
「! わたくしが、先にバジャルドを捕まえたら!」
前のめりになったアリサに、ロイクはしてやったりとばかりに微笑んだ。
「お望み通り、離縁しよう」
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