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第三章 帝国留学と闇の里

〈127〉普通に勉強が、したいのです

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「ここが、先生のお部屋かしら?」
 呆然とする軍人三名は、レオナのその発言でようやく、はっと意識が戻った。
「は。あの、大丈夫でしょうか? 良ければ今日一日付き添いますが」
 マクシムが気遣ってくれるが
「大丈夫よ。あの方、すごく弱いんだもの」
 レオナがにこりと返す。
「はあ……えっ!?」
「そっすねえ。なんか虚勢が痛々しいっつか」
「ジンライ様、あまりはっきり言うのもどうかと」
「あ、さーせん、師匠!」
「その師匠って……」
「だめすか? マリー師匠」
「はあ、まあ良いでしょう」
 
「え!?」
「弱い!?」
「虚勢、とは……」
 軍人三名が動揺するのも無理はない。
 
 
 ジンライは、あの常に覇気満ちあふれる闘神、ゼルと一緒に暮らしていたのだ。しかも体術の師匠は、守護神タウィーザと、最強メイドで夫のドラゴンスレイヤーと毎日殴り合っている妻、マリー。それに比べたら、生半可な人間では脅威にはならないだろう。それでも、ずいぶん逞しくなったな、とレオナとマリーは思わずその成長っぷりに微笑んでしまう。

 あの時のいじめられっ子は、もういない。
 たくさん勉強して、ギルドに生かせる魔道具を開発したい! そして、技術を磨いて、鍛治に革命を起こしたい! が今の彼の夢。
 ローゼン公爵家での慰労会で、留学の話になった時に、ジンライはキラキラとその夢を語ってくれた。ラドスラフは彼を選んで正解だったと微笑み、レオナは、嬉しさに泣いた。
 

 ともに未来を夢見る仲間がいることの、心強さ!
 

 だからフィリベルトは、ジンライの背中を優しく押してくれた。
「ギルドのことは心配いらないよ」
 と。
 実は、ジンライの学費を捻出ねんしゅつするために、かなり無理をしていたらしい。そのためフィリベルトは、今まで団員個人で対応していた騎士団の武器防具メンテナンスを、一括で鍛治ギルドに依頼することを提案し、宰相決裁を得たのだ。
 
「ギルドだって、バラバラに持って来られるより、納期管理しやすいし、まとめた方が料金も下がるだろう?」
 
 騎士団は、給料が足りなくて古いものを仕方なく使っている団員を公に救済できるし、「整備された物」を使ってもらうことで、少ない投資で武力や防御力が上がる。
 ギルドは代金回収が騎士団相手になり、取りっぱぐれる心配はなくなるし、何よりも商人に大口で消耗品発注ができるので、価格交渉ができる。作業自体も計画を立てるのが容易になることで、人件費を抑えられるし、休める。
 団員も経費でメンテしてもらえる! つまり小遣い増える! 飲める! と大喜びでモチベも上がり、まさにウィンウィンウィン。さすがのビジネスセンスである。――
 
 
 レオナは改めてマクシムに向き直った。
「皇帝陛下にも、魔法の使用許可は頂いているの。後日アレクセイ様へご挨拶したいわ。整えてくださる?」
「は、はい、それはもちろんですが……その、ディートヘルム様の無礼について、心よりお詫び申し上げます」
「いいえ。マクシム様が代わりに謝罪する必要はなくってよ。本人でないと意味がないわ」

 ぐ、とマクシムもヤンもオリヴェルも、下唇を噛んだ。

「お気になさらないで。先生へご紹介くださる?」
「……御意」

 

 ※ ※ ※



 担任は、ものすごく気が弱そうな、ひょろひょろの学者っぽい人で、ホンザ・ヴァフと名乗った。
「ヴァフって、ひょっとして、サシャ君とご縁が?」
 と聞くと、なんと実の兄なのだという。
「弟のサシャは賢いんですが、僕は普通でして」
 ははは、と頭をかいて話すと、同じように大きめの丸眼鏡がずり落ちる。
「……おぶった方がいいすか?」
 思わず言ってしまったジンライを
「おぶ……?」
「先生、お気になさらずに」
 マリーが咄嗟にフォローしていた。
「ああすみません。あの、僕のクラスは貴族クラスなんですが、その、厄介な人というか……」
「ディートヘルム様なら、先程お会いしましたわ」
 レオナが言うと、背後でマクシムが頷いた気配がした。
「ああ。情けないけど、彼には誰も文句が言えなくてね。逆らうと、サロンで悪口を言いふらされて、社交界で爪弾つまはじき者になっちゃうんだ。そこのマクシム君みたいに」

 そうだったの! なんてこと!

「先生、私のことは……」
 マクシムが止めようとするが、ホンザはキッパリと言う。
「ううん。ちゃんと言わせて。マクシム君はね、すごく優秀で、閣下も特別可愛がられていたから、嫉妬したんだろうね。根も葉もないことだよ。でも、社交界での評判は、その後の生活に関わるから、それ以来誰も何も言えなくなっちゃった。だから、要注意だよ」
 すう、と大きく息を吸い込んで、だが声量は限界まで落として、彼は続ける。
「僕なんかはもう何言われても平気だけど、奴らは女子学生を傷つけることもあるから……っとにかく逃げてね。そうなってからじゃ遅い」
 ホンザが握りしめた手が、震えている。
 きっと、が、実際にあったに違いない。
「……かしこまりました」
 レオナがかろうじて返事をすると
「ご忠告、感謝申し上げます」
「俺、おふたりから離れません!」
 マリーとジンライも追随ついずいする。
「うん。ごめんね、こんな話で。だけど授業の質は、僕が自信を持って保証するよ」
「まあ! それは楽しみですわ!」
「はい、すげー楽しみです!」
 レオナとジンライが無邪気に喜ぶと、ホンザは嬉しそうに笑った。
 
 笑顔は、サシャとそっくりだった。

 

 ※ ※ ※

 

「では、教室までお送りします」
「ありがとう、マクシム様」

 廊下を静かに歩く、ホンザを追加した一行は、まるでお通夜のようになってしまった。
 レオナは、なぜ皇帝ラドスラフがあの『護衛』をよしとしたのか、気になっていた。


 ――まさか、全て分かっていて私に対処させようとか……じゃないよね!? ガキ大将の子守りなんて、まっぴらなんだけど!


 正直、自身の家族もだが、騎士団や魔術師団の皆と日々接してきたレオナにとって、先程のディートヘルムは『こどもの駄々』でしかない。
 親の威光を笠にきて好き放題するような人間は、残念ながらマーカムにもたくさん居る。そういったことも貴族社会あるあるで、マクシム達が気にするほど、レオナはダメージを負っていない。
 ただ、、だ。

 マクシムを偽の情報でおとしめ、社交界から放逐したのが事実であるのだとしたら、それをよしとしているアレクセイ、そしてその上司であるラドスラフへの信頼が揺らぐ。


 ――そのうち確かめないと、だわ……えーん、普通に勉強がしたいだけなのに! けどもうこれは、降りかかった火の粉と思った方が良いわね……はあ。


「マクシム様、お願いが」
「はい、何でしょう」
「彼ら学生が持ちうる、武器魔道具の資料が欲しいわ」
「!」
 致し方ないが、レオナのこの発言で、空気がピリついてしまった。
「あまり考えたくはないのだけれど、魔力を封じるものや、体を拘束するものも含めて。できれば彼らが所有しているかどうか、把握したいの。備えるために」


 レオナの魔力があれば、絶対に負けることはない、が。
 仮に封じられてしまったら、肉体の強さだけでは抵抗できない。


「――本日中に、お調べします」
「ええ。あと、マリー」
「はい。それらを把握した上で対策を」
「お願いね。ジンは、勉強に集中よ」
「うす。稽古もしますよ」
「無理しないで?」
「もちろんす! そうだ、マクシムさん」
「はい」
「この学校ってやっぱ、動物は入れないすよね?」
「ああ、猫を飼われているのでしたっけ……そうですね、忍び込まれる分には良いのでは」
「! なるほど。結構悪い大人っすね!」
「ふふ、はい。これでも悪さは一通り」
「えー! 想像つかないすよー!」
「あー」
 ヤンが思わずその声を漏らした。
「あ、もしかしてヤンさん、色々知ってるんすか?」
「はっ、自分で良ければ、少佐の武勇伝はいくらでも」
「自分もいくつか、存じております」
 オリヴェルも同調する。
「おいおい」
「やべー! 今度教えてもらうっす!」
「いやいや」
 マクシムが止めようとするが、
「じゃ、こっそりで」
 ジンライが意地悪な笑みで畳み掛けると、
「「はっ」」
 部下二人は、悪ノリで敬礼した。
「そんなことで敬礼するなよ……」
「まあ!」
「うふふ」


 ――ジンライてば、すっかりムードメーカーね!


 ホンザは、それらのやり取りを、目をパチクリさせて見た後に
「サシャは、すごい子達を呼んでくれたんだねぇ……」
 と独り言を放ったが、誰の耳にも入っていなかった。



 ※ ※ ※



 教室に入る前にマクシム達とは別れ、いざ室内に足を踏み入れると、ほとんどが男子学生。女子はざっと見、五名程度しかいない。居心地の悪そうに、端っこに小さく固まって座っている。
「ぴゅうー! 待ってたよー、田舎王国のお嬢様達ーっ」
「ギャハハ!」
「かわいこちゃーん!」
 早速のディートヘルム軍団の洗礼だ。


 ――平常心!


「静粛に。知っている者もいるかもしれないが、マーカムからの留学生を紹介します。レオナ・ローゼン様、マリー殿、ジンライ殿。貴方がたの振る舞いがブルザークの評判になります。節度ある……」
「うっせえなあ!」
 ホンザの発言を遮るディートヘルムに、教室内の学生達は無反応だし、軍団はニヤニヤ。


 ――学級崩壊、だわ……


「……はあ。すみません、レオナ様方。あちらの空いている席にどうぞ。みなさん、授業をはじめます」
「レオナとかいうお前は、ここ座れよ!」
 ディートヘルムが、ニヤついて自分の横を顎で指す。


 ――はいはい、呼び捨ても想定内!
 やっば! 残念王子が可愛く思えちゃった!


「レオナ様……」
 マリーが心配げに様子をうかがっている。
 今、レオナの頭の中は――


 喧嘩を
 →買う
  買わない
 であるからして。もちろん、答えは決まっている。
 

「お断り致しますわ」
 脳内で、『カーン!』とゴングの音が鮮やかに鳴り響く。


 ――わたくし、売られた喧嘩は買う性質たちでしてよ!

 
「あぁ!?」
「マーカムを田舎王国と仰るなら、こちらは猿山ですわね」
「なっ、てめえ!」
「私、人間ですから。ボス猿さんに興味はなくってよ」

 ぷいっ、と先生指定の席へ向かった。
 学生達が、静かに戦慄せんりつしている。
 
「ぶふ! ボス猿! 確かにっ……あっ」
 
 はい、天然ジンライ爆弾炸裂です。これは想定外!
 
「クク、クククク……ボス猿……ククククク」

 あ、やばい、マリーのツボついちゃった。
 これ、長引くんだよねー。

「ククク……猿山……ぶふふふふ」

 うんうん、これは、かなり長くなるぞおー。

「てんめえらあっ!」
 激高して机を蹴り上げるディートヘルム。
 マーカムのハイクラスルームと違って、一人に一つの木の机が割り当てられているので、その木の塊は簡単に宙に浮いて――
 
「危ないっすよ」

 ジンライが、土魔法の『ゴーレムの手』で掴んだ。
 教室内の学生達は、木の床から突然生えた巨大な手に、パニックに陥った。

「あ、すんません! 俺の魔法っす!」
 ジンライは、へらりと謝って、たちまちその手を消した。
「びっくりして思わず使っちゃいました! すんませんした!」
 ペコペコ周りに頭を下げながら席に着き、
「先生、もう大丈夫なんで! 授業お願いしまっす!」
 と明るく言うジンライ。


 天然には、誰もかなわないことを、改めて学んだレオナとマリーであった。
 

 


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お読み下さりありがとうございました!
天然ヤンキー君、大活躍でした。

ファンタジー小説大賞ノミネート中です。
是非応援宜しくお願い致しますm(_ _)m
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