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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈52〉後期開始です!

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 十月、学院の後期が始まった。
 誕生日パーティ、社交界デビューに交流試合観戦、と充実した九月が終わって、なんだか気が抜けた気持ちでいたが、気合いを入れ直さなければならない、とレオナは朝の馬車で深呼吸をする。

 エドガーの暴走を経て、学院での警護体制を懸念したフィリベルトが、ヒューゴーを入学させることを決断した。
 護衛、と言うと角も立つためジョエルの親戚、騎士見習い、公爵家で修行中という設定である。
 過去のジョエルと同じ道筋なので違和感はないが、どうしても注目はされてしまうであろう。
 
 侍従と苗字もち(しかもブノワ)との差は、とてつもなく大きい。そのブノワ家はと言うと、本気で騎士団に入るなら是非後ろ盾に! と申し出たらしく、ヒューゴーが慌てて丁重に断っていた(レオナはヒューゴーに、騎士団に行きたいなら遠慮しないでね、と言ったら物凄く恐ろしい顔をされたので、それ以上言うのをやめた)。
 
 そのヒューゴーは、テオやゼルとは誕生日パーティ以来であるし、特にテオはヒューゴーを見たら驚くと思うので、レオナから事前に手紙を出しておいた。『分かりました、楽しみです』と丁寧な字の返事で、嬉しかった。

「……っはー、憂鬱っすねー」
 思わず漏らすヒューゴーは、今日から馬車に同乗だ。
 ここで情報共有もできるので、一石二鳥である。
「でも制服よく似合っているわよ?」
「くく、だいぶ若返ったな」
「フィリ様、レオナ様。正直に言って下さい。十六歳に見えます? 無理じゃないですか? これ」
 ジャケットの襟を持って渋い顔をするヒューゴー。
「「見える見える」」

 

 いやほんとだから怖い! 既婚者二十三歳。
 元ヤンが現ヤンになったよ!

 

「……えー、おっほん」
 シャキッと座り直すヒューゴー。
「ヒューゴー・ブノワと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 
 パチパチパチパチ!

 

「新入生みたいだぞ」
 フィリベルトが言うと、苦虫を噛み潰したような顔。
「二度とやりたくねーことをまたやらされるのって、結構拷問っすよ」
「おや。せっかくだし卒業したらいいじゃないか」
「フィリ様!? 冗談すよね!?」
「ハッハッハ」
「目が笑ってないっす……」
 ヒューゴーの目が死んでいる。まだ朝なのに。
「とにかく、見習いとはいえ公爵家の人間ではなく『預かり』だからね。レオナは同級生だよ」
「むずー」
「ヒューはいつも通りで大丈夫よ!」
「一番テオの反応が怖い」
「「たしかに」」
 手紙で事前に伝えているとはいえ、だ。

 フィリベルトと別れて、ハイクラスのクラスルームに向かうと、シャルリーヌが自席から手を振っている。案の定、笑みを噛み殺しきれていない。
「ごきげんよう」
「おはよう、シャル!」
「おはようございます」


 
 ぷくぅって頬が膨らんでいるよシャル、耐えて!
 吹いちゃダメ!

 

 それをジトーっと見るヒューゴー。
「ふふ、すごい。良く似合っているわ!」
「……ありがとうございます。シャル様。本日よりよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、ヒューゴー。頑張ってね」
 演劇を見ている気分なのはなぜだろうか。
「おお? あれ?」
「ゼル様! おはよう! お久しぶりね!」
「お、おう、おはよう。久しぶり、レオナ嬢、シャル嬢」
 戸惑い気味のゼル。それはそうだろう。
「お前は確か……」
「はい。ゼル様。先日お会いいたしました、ヒューゴーと申します。本日よりお世話になります」
「おう、よろしく?」
「私の家で修行中なのだけど、学院にも通うことになったの」
「へえ」
 
「皆さん、おはようございます。席に着いて下さい」
 
 カミロだ。慌てて席に着く。
「本日、エドガー殿下は午後から登校とお聞きしています。他の皆さんはお揃いですね?」
 そういえば見当たらない。
「では、今日から途中入学した生徒を紹介します。ヒューゴー君」
「はい」
 教卓まで降りていく彼は、さすが堂々とした佇まいである。
「ヒューゴー・ブノワと申します」
 ブノワの家名にどよめくクラスルーム。王国騎士団副団長のネームバリューはやはり強い。
「本日よりよろしくお願い申し上げます」
 パチパチパチ、と紹介が終わる。なぜかユリエが訝しげな目で、ヒューゴーを見ていた。

 午前の国際政治学と経済学の講義で、ヒューゴーがほぼ全てを理解していることを知ったレオナは、とても驚いた。
「公爵家を来訪されるお客様を一番に応対しますし、家計の管理は家令の職掌の範疇です。家によっては領経営の一部を担うこともあります」
 修行の一環で一通り習いました、とランチで説明されて、素直に感心する。

 

 ただの元ヤンじゃなかった、インテリ元ヤンだった!


 
 ちなみにルーカスは、家令の地位を固辞している。後任の旦那様の執事が決まればお受けできるのですが、というのが理由である。ベルナルドが忙しすぎてかかりきりになるので、家のことはアデリナがほぼ取り仕切っており、フィリベルトも補佐をこなしている。卒業後は自分もせめて屋敷内の補佐をしたい、と思っているレオナである(婚約は微塵も考えていないところが、残念であることには気づいていない)。
 

 午後は剣術実習なので、レオナは早めにヒューゴーを伴って更衣室へ向かう。途中で偶然、中庭からエドガーが登校してくるのが見えた。
 後ろにジャンルーカがいて、近衛に復帰できたことを知って嬉しくなる一方で、その隣に黒髪長身の騎士を見つけてレオナは心臓が止まりかけた。
「ルス……様?」
「あれ? フィリ様から聞いてません?」
 しれっと言うヒューゴー。
「近衛に異動したそうですよ。エドガー殿下付きになったんですね」


 
 聞いてない!
 だからジョエル兄様、あとでゆっくり会えるって……このこと!?

 

「レオナ様、講義に遅れますので、まずは行きましょう」
 動揺するレオナを、半ば無理矢理促すヒューゴー。全然足が動かないので、文字通り引きずっていく。
 


 えっ、じゃあルス様とはこれから学院で会えるってこと!?
 パニックなんだけど!!
 お兄様ー!!
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