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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈41〉憂鬱ですが準備です

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 復興祭二日前に、レオナのデビューで身につけるドレスとアクセサリーが届いた。
 
「お待たせしてしまって大変申し訳ございません」
 と、オートクチュールのマダムは深く謝罪をするが、三日寝てないと聞いて、寝て下さい! とレオナは慌てて言った。
「いえ、試着を見届けませんと……」
 ものすごいプロ根性に脱帽する。

 瑠璃色のサテン生地をベースにした、アシンメトリーなフリルデザインのドレスは、あえてレースは使わず同生地のフリルのみでボリュームを出している。
 ところどころに、深紅の薔薇のコサージュが縫い付けられており、散りばめられたダイヤやルビーで夜の薔薇園のよう。
 腰は同じくサテン生地の、太い深紅のリボンが後ろで結ばれ、わざと長く流されていて歩くと動きが出る。
 お揃いのサテンのハイヒールも、薔薇のコサージュがアクセントで、ヒール部分をパールで装飾してあった。ダンスでドレスの裾が翻ったら、映えるんだろうなあと気付いた。
 三連パールのルビーチョーカーとお揃いで作られたイヤリングは、ゴールド地にバランスよくパールが並べられ、小粒のルビーが揺れる。
 金糸とレースと赤いサテンで作られたヘッドドレスまで……正直に言おう。やり過ぎである。

「……ふう、宜しいようですね」
 マダムが満足そうで良かったと思った。
「お嬢様、薔薇の生まれ変わりのようです。大変お美しくて……」
 涙ぐむマダムに、あとはお任せ下さい、とマリーが気合いを入れていた。
「ありがとう。どうでしょうか、お母様、シャル」
 シャルリーヌには、ドレスのでき上がり日をお手紙で知らせたら、絶対に見に行くと返事をくれ、来てくれたのだった。
 アデリナの瞳も心なしか潤んで見える。
「いやあね、ベルナルドの病気がうつったかしら? レオナをどこにも出したくないって思ってしまったわ。とても綺麗よ、レオナ。私の愛する自慢の娘」
「ありがたく存じます、お母様」
 嬉しくてモジモジしてしまう。

「……シャル?」
 シャルリーヌがなぜか必死な顔だ。
「綺麗。綺麗すぎよ、レオナ。夜会で変な男に捕まっちゃダメよ! 私は近くにいられないんだから! 油断しちゃダメだからね、ちゃんとキッパリ断るのよ! 分かった!?」
 大袈裟すぎる。シャルリーヌも大概過保護だと思う。本人は気付いていないようだが。
「分かったわ」
「……って言って分かってないのがレオナだもんなー、フィリ様に念押ししなくちゃ……」
 とブツブツ言われるのを聞きながら、シャルリーヌとフィリベルトの仲の良さを改めて思う。

 ちなみに、過去にフィリベルトのことを男性としてどう思うか? とシャルリーヌに聞いたところ『完璧超人、息が詰まる』とシンプルにすげない回答だった。
 シャルリーヌが義姉になる日は来なそうで残念だ。でも確かに完璧超人よね……とレオナも思う。
 
「こんなに素敵なドレスを、感謝いたしますわ、マダム!」
「こちらこそありがたく存じます。お嬢様の小さな頃から沢山のドレスを納めて参りましたが、デビューのドレスを作らせて頂けるなんて、感無量にございます。素晴らしい夜会となりますこと、心よりお祈り申し上げます」
「ありがたく存じますわ!」
「相変わらず良い仕事ね、マダム。ありがとう」

 アデリナと共にお礼を伝えると、ルーカスがマダムを帰りの馬車へ案内した。一刻も早く休んで頂きたい。男性陣には当日のお楽しみとしているので、さっさとこれ脱ごう。お茶しよう、と思ったレオナだったが。
「じゃあお茶を飲みながら、出席者の確認をしましょうね。シャルも将来のために聞いてらっしゃいな」
 アデリナが言う。
「はい」
「はい!」
 他国からの賓客も多い。失礼があってはならない。せめて名前と家名、爵位や役職は叩き込まなければ! となると休憩はだいぶ先になりそうだ。
「うげー、こんなに……」
 リストを見てシャルリーヌが引いている。


 
 が、頑張ろ……

 

 ※ ※ ※


 
 ブルザーク帝国皇帝になってから、初めて国境を超えるために馬を走らせていたラドスラフは、違和感に気づいていた。
 ちなみに帝国の男達は皆『狭くて息苦しい』という理由で馬車が嫌いであり、帝国内で馬車は、老人や子供や女性が乗っているものと荷馬車ぐらいである。
 
「サシャ」
「はひゃいっ」

 書記官兼外交官のサシャと呼ばれた彼は、常に側近として皇帝に侍っている人間の内の一人で、ラドスラフが最も信頼を寄せている人間でもある。

 頭脳明晰で歴史、政治、経済だけでなくあらゆる文化にも通じ、非常に優秀ではあるのだが、大きめの眼鏡が頻繁にずり落ち、さらに常時挙動不審である。
 もちろん武力は皆無で、ラドスラフが気まぐれにデコピンするだけで、三日は寝込む貧弱さだ。

 その代わり仕事には誇りを持っており、マーカムに行くのも遠いからと断り続けていたが『余の好きなように貿易協定結んで来ても良いのか?』と聞くと一言で『行きます』と翻した。ただ馬には乗れないので、ラドスラフの後ろにちょこんと乗っている。
 
「あれは、自然の魔素に湧く魔獣の量として、適正か?」
「さささすが陛下でっすね」
 
 ――この話し方に慣れているのもラドスラフだけだ。特に軍部の連中は、あからさまに嫌な顔をする。

「たたたぶん南の奴らが、嫌がらせで撒いたですよ、獣粉じゅうふん
 獣粉じゅうふんというのは、魔獣を野焼きにして作る人工の粉で、わざと魔獣を呼び寄せたい時に使う物である。
 素材狩りに活用したり、冒険者ギルドが初心者救済措置として買い取っていることもあり(死体を焼くだけなら誰にでも出来る)、帝国内の市場には割と流通している。
「なぜ南の奴らだと?」
「みみ南の冒険者ギルドの在庫が一気に減ったです」
「ほう」
 
 こいつそんなことまで把握しているのか、と若干呆れたラドスラフに、サシャはもちろん気づかない。
「して、これがなんになる?」
「ぼぼ妨害と、ひょ評判を貶めたいのでっしょ。ここ皇帝の行くところ、なな難ありって」
「くだらんな」
「ですです……ま、ほほんとのことでっすけど」
 ラドスラフは、またデコピンしたい衝動を辛うじて抑えてはあー、と長い溜息をついた後
「ヨナターン」
「は!」
「即時殲滅せよ」
 と命令を下す。
 
「御意」
 皇帝直轄の陸軍大将アレクセイは、念のために帝国に置いてきた。ヨナターンは州軍総大将であり、地方の軍には彼の命令の方が、むしろ通りやすい。
 
「アーモス! ボジェク!」
 ヨナターンは、自身直轄軍五将のうちの二人を連れてきていた。
「はっ」
「は!」
「最短で終わらすぞ!」
「「御意!」」
 獣粉の件は、念のためベルナルドに言っておくか、とラドスラフは先を急いだ。
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