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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈36〉身分よりも中身です

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「ずびばぜん……」
 
 芝生に仰向けに寝転がるジンライが、腕で目を覆って嘆いている。とりあえず彼は吐かずに済んだが、動揺しすぎて顔面蒼白のままだ。
 テオは申し訳なく思ったようで『お水もらってくる』とひとっ走りして来てくれた。
 
「僕こそごめん、大丈夫?」
 テオが差し出す水の入った瓶を、へろへろと起き上がってラッパ飲みしたジンライは、
「ぶは、あざます……」
 と、半ば放心はしているものの、徐々に目に光が戻ってきた。
 
「ほんとに俺、知らなくて」
「うん、誤解してごめんね」
 テオが即座に謝る。
「違います! そうじゃなくて、こっちこそ、知らなくてすんませんした!」
 レオナ、シャルリーヌ、テオは、顔を見合わせた後に
「問題ないわ」
「別に大丈夫よ」
「二人が良いなら僕も」
 と言い、
「じゃ、そういうことだから。大丈夫なら座りましょ」
 シャルリーヌが再度促した。
「は、はえ?」
「んー。……座らないと無礼よ」
「っはひ!」
 
 ガバッ、ドタッ、ドカッ!
 
 ブリキのおもちゃみたいに彼がテーブルにつくと
「ま、嘘だけどね」
 しれっとシャルリーヌ、悪い顔でいきいきしている。
 
「えっ!」
「ふふ、シャルったら! そんなに緊張しなくていいのよ。ねえ? テオ」
「……うん。この二人には、そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ」
 テオが苦笑している。
「僕は、テオフィル・ボドワン。子爵家だけど、ほとんど平民だから。僕にも気を遣わないで」
「テオフィルさん……あの、ジンライ、です。鍛治ギルドの見習い、です。あ、ジンて呼んでもらえれば……」
「テオでいいし敬語もいらないってば。いつもクラスにいないよね? どこで講義受けているの?」
「か……隠れてる……」
「「「隠れてる?」」」
「その……あの、蹴られたり、本破られたりするんで……面倒臭いから」
 

 ――はあぁー!?
 さっきのもそうだけど、完全なるイジメじゃん!
 あったまきた!

 
「大体、やりそうな奴らは分かるなぁ」
 テオが呆れる。
「レオナ、顔、顔」
 シャルリーヌが指摘する。
「許せませんわ」
 両拳をテーブルに置いて、ワナワナするレオナ。
「いやその、俺平民だし……」
「「「関係ない」」」
「はうっ」

 レオナには今、疑問点が二つわいている。

「ねえ、担任の先生は何か言っていないの?」
「多分気づいてないと思うす。俺がいないこと」
「……取得してる講義の先生方は?」
「落ちこぼれってことで、課題だけくれます」

 
 ――頭が痛くなってきたぞ!

 
「ジンライ様」
 レオナは、すくっと立ち上がり、いきなり彼に対して、九十度のお辞儀をした。
「う、うわっ! な、なん」
「この国の貴族を代表するローゼン公爵家の人間として、まずは貴方に謝罪をさせてください」
 
「えっ」
 ジンライだけでなく、シャルリーヌとテオも、固まった。
 レオナは構わず、身を起こすやしっかりとジンライを見すえて、続けた。
 
「この学院では、入学した全員に等しく学ぶ権利があります。にも関わらず、貴重な機会が失われてしまったこと、本当に申し訳ございません」
「ちょちょ、やめてください!」
「いいえ」
 
 レオナが強く言うので、ジンライは黙った。
 
「貴方の苦しみに気づけなかった私、また蛮行を許すこの学院の体質を、大変恥ずかしく思います」
「……」
「どうか、貴方の持つその素質に、誇りを持って下さい」
 もう一度、レオナは顔を下げてから、再び彼と目を合わせ、そして言う。
「持って生まれたものは、親方様の言われた通り、神様の贈り物なのです。身分も、何も! 関係ないわ!」
「……あ……う」

 ジンライは、静かに泣いた。


 ――苦しかっただろう。
 恩に報いたくとも、行き場も方法も無くて。
 闇の中を独りで。


 シャルリーヌが、そっとハンカチで彼の頬を拭った。
 テオが俯いて、唇を噛み締めている。
 レオナは、彼の顔を覗きこんで、続ける。

「私が今謝罪をしたところで、貴方の時間は取り戻せないし、許されようとも思っていないわ。ただ、貴方の受けた仕打ちが、この国の貴族の常識とは思わないで欲しかったの」

 ジンライは、こくこくと頷いてくれた。

「ありがとう……ね、せっかく知り合えたのだから、もっとあなたのことが知りたいわ」 
 
 レオナが言うと、ジンライは涙を拭いてくれたシャルリーヌに、丁寧にお礼を言ってから、恐る恐る
「……お、俺のこと?」
 と居住まいを正す。
 
「ええ! 良かったら、教えて欲しいわ! 鍛治って、何をするの!? 見たことがないもの!」
 レオナがワクワクしながら聞くと
「えぇー……ええと……その、あのですね」
 ジンライは、わたわたと落ち着かない。
 
「もー、レオナったら」
「レオナさん……」
 シャルリーヌとテオが、二人で顔を見合わせ、笑っている。
 
「ね、シャルもテオも、聞きたいでしょう?  お茶飲みながら聞きませんこと?」
「ええ! ジン。教えてくれる?」
「うう、嬉しいっす……」
「……ジン。僕、同じクラスなのに気づけなくて、本当にごめん。良かったら、僕にも聞かせて」
「!」
 
 ジンライは慌てて首を振る。
 
「俺もめんどくさくて、隠れてたわけだし!」
「そんなにおっきいのにね」
 とシャルリーヌがつっこむと、
「どこに隠れられるのかしら?」
 とレオナ。
「それは秘密っ」
「「えー!」」
「ははっ! ははは! めちゃくちゃ仲良いすね」
「ね、仲良いよね、レオナさんとシャルさん」
「だって六歳からの付き合いだし?」
 何故かえっへんのシャルリーヌに
「シャルの秘密いっぱい知ってるわよー? 例えばそうねー、初恋相手とか~」
「ちょ! レオナ!!」
 慌てるシャルリーヌに
「えっ!」
 もっと慌てるテオがおかしく、
「は、初恋とか響きがやべー!」
 また真っ赤になりつつ笑っているジンライが、嬉しいレオナだった。

 あはは、と皆で笑っていたら。

「んなぁん」
「あ、オスカー!」
 黒い相棒が戻ってきて、なぜかレオナの膝に駆け昇って、スンスン匂いをかいでいる。随分人懐っこいなとレオナは驚いた。とりあえず、自由に指先の匂いを嗅がせる。
 
「え、オスカーて名前なんだ、この猫」
 テオが聞くと、ジンライが苦笑しながら言う。
「いや、俺が勝手に名付けたんだ。そうだ! エサ」
「あ、そうそう、時々干し肉あげてる。ダメだった?」
「いや、めちゃくちゃ助かる! お礼言いたかったんだ、可愛がってくれてありがとうって。って俺の猫でもないんだけど」
「あはは、なら良かった。オスカー、オヤツ食べる?」
「なーん!」
「ははは、腹減ったから戻ってきたのか」
 
 テオがジンライと仲良く出来そうで、ホッとしたレオナは、膝の上で毛繕いを始めたオスカーを撫でつつ
「シャル、ジンの講義一覧を確認して、遅れている部分を把握しましょう」
 と提案する。
 
「分かったわ! ジン。明日、見せてくれる? 良かったらお昼休みに、またみんなでここに集まりましょう」
「はい、おなしゃす」
 
 ぺこり。
 
「私は、お兄様とお話して、後期のことを考えておくから」
「お兄様……とは……?」
 ジンライがまたびくりとする。
「あー、今はなしなし」
 シャルリーヌが誤魔化すと、テオがすかさず
「あと実習何取ってるかも教えて。魔力量多いのに、攻撃魔法にはいなかったよね?」
 と指摘する。
「あの……ペア組めなくて、そのまま帰った……」
「「「……」」」


 ――えーん!
 正真正銘のぼっちがここにいたよー!


「な、なるほど」とテオ。
「わ、分かったわ」とレオナ。
「……ラザールのせいね」とシャルリーヌ。


 ――シャルったら!
 でも、その通りかも!



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 お読み頂きありがとうございました。

 2023/1/16改稿
 
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