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獣人王国

新たな出会いは、不穏です

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 強さが正義、という価値観のある獣人たちは、肉体は弱くとも強い魔法を扱えるということで、人間を少し見直してくれたようだ。
 キレてよかったかも、と思ってしまった(よくはない)。

 それからきちんと挨拶を終えた私たちは、宮殿内の客室に案内してもらう。
 
 騎士団長のレイヨさんが直々にエスコートすることで、廊下などですれ違う獣人たちにも賓客ひんきゃく扱いが伝わっていく。脇に避け会釈をしてもらうのは申し訳なかったけれど「ご滞在中の安全のためにも」とレイヨさんに言われたので、気にしないようにした。
 
 廊下を歩きながら、ユリシーズが大きな息を吐く。
 
「ったく、ハラハラしたぞ」
「ごめんなさい」
「いや。セラがキレなかったら俺がキレてた」
「宮殿、壊れちゃうね!?」
「そうだな」
「冗談にならない~!」

 そっと見上げる横で「はは」と笑うユリシーズの目がなくなっている。

「懐かしかったな」
「やっぱり? 思い出しちゃったよね~」
「ああ」

 ふたりの初めての出会い。あの時はまさか本当に結婚するだなんて思ってもみなかった。
 
 私はユリシーズの腕に思わずギュッとしがみつく。
 元通り会話ができていることが、嬉しくて仕方がない。

「!」
「あらあ。見せつけてくれちゃうわね~」
「ごめんなさい!」

 その横を歩きながらクスクスと笑うマージェリーお姉様は、心から楽しそうだ。

「こんな怖い顔をしてる兄が、デレデレになってるの初めて見たわ」
「なってない」
「デレデレユリシーズ~」
「その髪、焼いてやろうか」
「げ」

 世界でこんなにユリシーズをいじれるの、マージェリーお姉様だけだと思うの。

「あの、お姉様、私の魔法怖くなかったですか?」
「ん? ああ。わたくし、兄のお陰で感覚が麻痺しているのよ」
「麻痺!?」
「この方、制御ができるまで、母の手は凍らせるし椅子は燃やすし」
「!?!?」
「だから、多少のことは大丈夫よ!」
 
 前を歩いていたレイヨさんが、ぶふっと吹く。

「なんとたくましい」
「はい。この通り、強すぎて夫が見つかりませんの」
「なんだ、自覚あったのか」
「なによ!」
 
 足を止めて、レイヨさんはびっくりした顔で振り返っている。
 
「え。独身でいらっしゃったのですか。私はてっきり」
「あら」
「人間の女性の婚姻は早いと聞いておりましたので……」
「お恥ずかしいですわ」
「いえ! そんなことは!」

 おやおや~? レイヨさん? もしかして!

「……狼は一途だからな」

 ぼそりとユリシーズが耳元でささやいて、私の心臓はキュンキュンしてしまった。

 

 ◇ ◇ ◇
 

 
 ディーデの誕生日パーティを二日後に控えた私たちには、王妃殿下主催のお茶会や首都の観光など、目白押しらしい。

「ミンケー。疲れちゃったね~」
「はい、はい。奥様お気に入りの茶葉、お持ちしております。すぐご用意いたしますね」
「さすが!」

 夫婦ということで、用意された客室はコネクティングルームのように二部屋がひとつづきになっている。
 
 大きなベッドと、小さなベッドがそれぞれの部屋に設置されているのには少しホッとした。ユリシーズと一緒に寝たことはなかったからだ。
 
 大きな部屋ではユリシーズが早速リニと何か打合せをしているので、私は小さな方の部屋で休憩することにする。
 
「お荷物はクロゼットへ入れてあります」
「ありがとう、ミンケ。その、大丈夫?」
「なにがでしょう」
「帰ってくるの、嫌じゃなかった?」

 ユリシーズが「拾った」と言っていたミンケを獣人王国に連れてくることには、躊躇ためらいがあった。
 
「……嫌じゃないと言ったら嘘になりますが。大丈夫です」
「そう……何かあったら、言ってね!」
「竜巻起こしてくれますか」
「起こす!!」

 私の大好きなメイドがふふ、と笑ってくれた。

「ごめんね。私、余裕なかったから」
「メイドをそのように気遣う必要はないのですよ」
「やだ。だってミンケも家族だもん」
「!」
  
 目を見開いたサーバルキャットの尻尾が、ピーン! と立った。
 それからプイッと顔をそらして、かちゃかちゃとティーセットをテーブルの上に広げていく。
 気に触ることを言ってしまったかな? と不安になりながら見ていると、カップにお茶を注いでからソーサーごと手渡してくれる。
 
「……旦那様と仲直り、できたようでよかったですね」
「うん! とりあえず、だけどね」

 まだ根本的な問題は解決していないけれど、家に帰ってからじっくり話そうと思っている。

「結婚式までには、ちゃんと話しておきたいな」
「はい。お屋敷に戻ったら怒涛の打ち合わせが待っていますよ」
「うひー」

 式をしたら少し変わるのかな。夫婦らしく、なれるかな。

 
 
 ◇ ◇ ◇ 
 
 

 その日のディナーは、堅苦しいのは抜きにして欲しいというユリシーズの要望で、王子たちだけの簡易的な場になった。とはいえ、三人の白虎王子がテーブルに並んで座る様は、なかなかの迫力がある。
 
「獣人の味付けが気に入るかは分からないが。その肉に合うワインを選ばせてもらった」

 態度の柔らかくなったヨヘム殿下が、手ずからワインを注いでくれたのには驚く。

「美味しそうですわ!」
「これは高原ぶどうを使ったワインで、ヤギ族が徹底した管理を」
「んもー、ヨー兄のやつ、またはじまった」

 ディーデがたちまち眉根を寄せるのに、シェルト殿下がうんうんと頷き、グラスを掲げる。
 
「腹が減ったぞ! さっさと食おう!」
「あはは! また後で聞かせてくださいね」
「っ、わかった」

 苦笑しながら席に戻ったヨヘム殿下を待って、それぞれ乾杯! とグラスを上げた。
 
 お皿には、大ぶりのステーキと豆類のつけ合わせが乗っている。それから、鳥を煮込んだであろうチキンスープ。お野菜がないのがらしいなと思いつつ、美味しそうだ。
 
 そうして食事を楽しんでいると、突然ノック音が鳴り響き、対応したと思われる給仕長きゅうじちょうが慌ただしくシェルト殿下に耳打ちをする。

「はあ……」

 渋々といった感じでシェルト殿下が頷くと同時に、一番下座にあたるディーデの隣にもうひとつ、席がセッティングされはじめた。

「食事中の無礼ですまないが、もうひとり参加者が増えることを許してくれ」

 断れないタイミングで割り込んでくるとは、なかなかの強引さだなと思っていると、ユリシーズが「構いませんよ」と応える。
 ディーデがものすごく憂鬱そうな顔をしているのが、気になった。
 
「ディー?」
 
 左斜め前で、ディーデが大きな溜息を吐く。耳が垂れ、きっと尻尾も垂れているだろう。
 
「お食事中に、大変な失礼をいたしますわ」
「っ」

 甲高く可憐な声が、ダイニングに響き渡った。
 
「サユキ嬢、突然来られると困惑するよ」

 さすがに苦言を呈す王太子のシェルト殿下にも臆することなく、濃い青のイブニングドレス姿の令嬢――白い毛皮に黒い小さな斑点がある――がツンとした目線でディーデを射抜いた。

「こういった場があるにも関わらず、婚約者を無視する方が困惑しますわ」
「まあ、……うん」
「ディーデ様! ごきげんよう」

 サユキと呼ばれた彼女は、客人への挨拶もすっ飛ばして、ディーデの元へ向かい右手を差し出す。渋々といった様子でディーデは立ち上がったが、手は取らないまま私たちに紹介をする。

「えっと……彼女はぼくの婚約者の、サユキ嬢。父……陛下が勝手に決めちゃったんだ」
「まあ! なんて心外なご紹介なのかしら」
 
 プイッと拗ねるサユキ嬢に対して、シェルト殿下が眉尻を下げる。
 
「陛下は、俺たちに輪をかけて過保護だからな」

 一方で、剣呑な空気を出すのはヨヘム殿下だ。
 
「失礼なのはサユキ嬢の方だ。これは歓待のためのディナー。いわば人間の王国との外交の一歩目」
「あら。そちらの女性に開口一番失礼なことを言った殿下にだけは、言われたくないですわね」
「っ……」

 そう言われては、何も言えなくなるだろう。
 王子たちにすら遠慮のないこのご令嬢は、相当な権力者をバックに持っていると考えて良さそうだ。
 
「ごめんね、ユリシーズ、セラ。空気を悪くして。ぼく、もう下がるよ」
「おい」
「ディー?」
「サユキ嬢。陛下の言うことに、ぼくは逆らいたくはないけれど。少なくともぼくの大切な友人たちを蔑ろにするような人と、結婚したくない」
「っ、だって! こうでもしないと」
「謝りもせずに言い訳? さっきのやり取り、見てたんでしょ。セラはまず、母上に謝ってくれたよ」

 サユキ嬢は、目を真ん丸に見開いた。
 
「セラのそういうところが、ぼくは本当に好きなんだ」

 切なそうな顔をしてから、ディーデは足早にダイニングルームを出ていく。

「まっ……!」

 サユキ嬢は、私のことをキッと睨んでから、それを追いかけていった。

 気まずい空気になってしまった私たちに、シェルト殿下から「筆頭公爵家の長女で、王国の要である水源を管理しているので強く出られない」と謝罪をされたが、ユリシーズが「貴国の事情をとやかく言うつもりはないので、気にしないで欲しい」と穏やかに返した。

 一方の私はというと――

「あの、今のって、ユキヒョウさんですよね!? ツンとしてても、可愛かったー!」

 もふもふ好きを呆れられたものの、和やかな空気に戻ったので、大目に見て欲しい。
 
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