上 下
20 / 43
甘い呪縛

月下の蛇とカエル

しおりを挟む



「旦那様、奥様、お帰りなさいませ。ご無事のお戻り、何よりにございます」

 エーデルブラートのタウンハウスでは、執事のリニをはじめ、メイドのミンケ、従僕兼調理人のノエルがそろって待ってくれていた。
 
 夜遅くにも関わらず、起きていてくれたことに驚くと
「なにかあるかもしれないと、旦那様が脅すので致し方なく」
 リニが微笑みつつ、皮肉を言い
「はは。備えは必要だろう? 何事もないのが一番だけどな」
 ユリシーズが苦笑した。

 王都郊外の小さな屋敷は、ユリシーズが幼少時に住んでいた家なのだそうだ。
 大きく取られた二階のバルコニーはサンルームになっていて、大人二人ぐらい優に寝そべることができるカウチソファが置いてある。
 
 湯浴みを終えて、すぐに寝るのも躊躇ためらって、そうだあそこに行ってみようと思い立った。
 ソファの背もたれに背を預けてぼうっとしていたら、リニがホットミルク、ミンケがブランケット、ノエルが干し肉とチーズの乗った小皿をそれぞれ持ってきてくれる。
 
「「「ごゆっくり」」」
「へ? ありがと……?」
 
 やたら気が利くな? と驚きつつも、ありがたくコクリと温かいミルクを飲む。
 サンルームには昼間のぬくもりがまだ残っていて、居心地が良い。
 晴れた夜空にはたくさんの星々がまたたいていて、ただただ、その美しさに惹きこまれた。

 
 
「寒くないか?」

 どれだけの時間、ぼうっとしていたのだろう。
 背後から、低く落ち着いたユリシーズの声がして、我に返った。

「……はい」

 ブランケットにくるまって、ソファの上で膝を抱えていた私は、振り向かずに言う。

「そうか。隣、いいか?」
「どうぞ」

 彼が手に持っていたのは、グラスに入ったホットワイン。ふうわりと立ち上る湯気から、芳醇ほうじゅんなブドウとアルコールの香りがする。
 カン、とそれをローテーブルに置いてから、左隣にどかりと座ったユリシーズ。その体積と体温を身近に感じて、たちまち心臓が跳ねる。
 
「はー。気疲れしたな」
 足を組みながら、彼はホットワインを楽しんでいる。
「ふふふ。ほんと」
 
 
 このドキドキが、悟られませんように……

 
 ユリシーズも湯浴みをしてきたようだ。
 ナイトガウン越しに、微かに石けんの香りがする。

 
 隣にいるだけで、ドキドキする。嬉しい。……苦しい。

 
 きゅーんと絞まる喉にあらがいたくて、私は何度も何度も唾を飲み込む。

「セラ? どうした」
「んーん。なんでもないよ」

 あえて、軽く答える。

「なんでもなくは、ないだろう。何があった」
「何も、ないよ?」

 月を見上げたまま、口角を上げる。

「セラ……そんなに辛そうな横顔で、そんなことを言うな」
「っ」
「なんでも言え。言っただろう? 俺様は」
「大魔法使い、ユリシーズ様」
「わかってるなら、……!?」

 私の左目から、涙が一筋ツーッと静かに流れ落ちるのを見て、大魔法使いは息を呑んだ。
 
「わかっています。これ以上、望んではいけないって」

 月明かりだけが、ふたりを隔てているのに、
 
「どういう意味だ? 望みたいだけ望めばいい」

 ユリシーズは軽々とそれを乗り越えて、こちらに体ごと向けて強い言葉で言うから――私の思いが、せきを切って溢れてしまった。

「これ以上! 望んではいけないんですっ! ……貴方様を! だってこれはっ、白いけっこ……」

 言い終わる前に、抱きしめられた。
 
 強く、強く。
 熱く、厚く、ゆるぎないユリシーズに。
 そして――

「望みたいだけ望め。許す」
「え」
「俺も、望む。お前が欲しい」
「り……す……?」
「信じられないか? あれだけ『ちゅー』をしたのに」
「はえ!?」

 腕をゆるめ身体を離したユリシーズが、至近距離でおかしそうにクククと笑っている。

「前世では、キスをそう呼ぶのだろう?」
「な、なななな」

 
 ちょちょちょ、なに!? わた、わたし、なにやっちゃったの!!

 
「ちゅー、した……?」
「した。が、覚えてないんだろ。相当酔ってたからな」
「ううううそおおおおおお」
 

 酔っぱらってキスするとか! 穴があったら入りたいとは、このことだ!

 
「だからまあ、あれはなかったことにしないか」
「えっ」

 顔を上げると、エメラルドが眼前できらめいている。

「セラ……」

 それから、熱い息が鼻先にかかったので、自然と目を閉じた。
 柔らかな唇が、――優しく私の唇に触れて、すぐに離れる。

「リス……」
「ん?」
「大好き」
 
 ちゅ、と返事代わりにキスが降ってきた。

「ずっと、一緒にいたいの」

 
 今度はまぶたに、ちゅっと降ってきた。
 後頭部からうなじを撫でられ、くすぐったいけど気持ちがいい。指先で、私の鱗の感触を楽しんでいるようだ。

 
「ああ。ずっと一緒だ」
「うううほんとぉ?」
「本当だ。よかった、心変わりしていなくて」
「ずび。え?」
「ディーデが、お前を嫁に欲しいって言い出しててな」
 

 ディーデが、私を、よめ……嫁……嫁ぇ!?


「はあ!?!? 絶対、嫌! 断固拒否!!」
「ぶっはははは! そらよかった」
「えっ……あ! だからあの時、匂いで分かるって……あーいーつーめーーーーーー!!」
「ああ。ほんと困った奴だ。油断も隙もない。だから」
「キャッ!」

 一瞬で膝の上に抱っこされました、私。
 慌てて首にしがみついたけど、びくともしない。やっぱり筋肉すご!

「今すぐ、匂いでも分からせてやりたいんだが」
「ふふ。『白い』契約を破棄しないと、ね?」
「はー。カールソンだからな」
「あとが怖いです」
「おいセラ。言っておくがこの俺様が二回もお預けなんだぞ? ったく信じられねえ。覚えとけよ」
「ひー!」
「ぶは、なんだその声」
「んふふ。ちゅー」

 遠慮なく、ユリシーズの唇に吸い付いたら
「こら、あおんなって」
 と苦笑されて、落ち込んだ。

「じゃあ、もうしない?」
「……する。くっそ、今すぐ食いてぇのによ」
「ゲコゲコ」
「! ぶふふっ」
 

 わたくし、カエルちゃん。どうやら後ほど蛇侯爵様に、美味しくいただかれてしまうようです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】ワケあり事務官?は、堅物騎士団長に徹底的に溺愛されている

卯崎瑛珠
恋愛
頑張る女の子の、シンデレラストーリー。ハッピーエンドです! 私は、メレランド王国の小さな港町リマニで暮らす18歳のキーラ。実は記憶喪失で、10歳ぐらいの時に漁師の老夫婦に拾われ、育てられた。夫婦が亡くなってからは、食堂の住み込みで頑張っていたのに、お金を盗んだ罪を着せられた挙句、警備隊に引き渡されてしまった!しかも「私は無実よ!」と主張したのに、結局牢屋入りに…… 途方に暮れていたら、王国騎士団の副団長を名乗る男が「ある条件と引き換えに牢から出してやる」と取引を持ちかけてきた。その条件とは、堅物騎士団長の、専属事務官で…… あれ?「堅物で無口な騎士団長」って脅されてたのに、めちゃくちゃ良い人なんだけど!しかも毎日のように「頑張ってるな」「助かる」「ありがとう」とか言ってくれる。挙句の果てに、「キーラ、可愛い」いえいえ、可愛いのは、貴方です!ちゃんと事務官、勤めたいの。溺愛は、どうか仕事の後にお願いします! ----------------------------- 小説家になろうとカクヨムにも掲載しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

すれちがい、かんちがい、のち、両思い

やなぎ怜
恋愛
占術に支配された国で、ローザが恋する相手であり幼馴染でもあるガーネットは、学生ながら凄腕の占術師として名を馳せている。あるとき、占術の結果によって、ローザは優秀なガーネットの子供を産むのに最適の女性とされる。幼馴染ゆえに、ガーネットの初恋の相手までもを知っているローザは、彼の心は自分にはないと思い込む。一方ガーネットは、ローザとの幸せな未来のために馬車馬のごとく働くが、その多忙ぶりがまたふたりをすれ違わせて――。 ※やや後ろ向き主人公。 ※18歳未満の登場人物の性交渉をにおわせる表現があります。

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

処理中です...